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第三章:罪人の記し
罪人の記し 17
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切断された笠島さんの舌は、ベッドの上に放置されていた。
シーツを被せられた新たな死体の横たわる部屋の中で、お兄ちゃんは静かに室内を見渡す。
他の男性メンバーは、やりきれないような面持ちで被せたばかりのシーツを見つめ、途方にくれたように立ち尽くしているだけ。
あたしと葵さんは、そんな室内の様子を廊下から不安げに眺める。
「……花面さんまで殺されていたなんて、きっとあたしのせいですよね」
肩を寄り添わせるようにして立っていた葵さんが、突然ポツリと呟いた。
「え?」
何を言っているんだろうと思い、あたしは室内に立つお兄ちゃんから目を逸らし隣に向ける。
「だって、あたしが昨日無理矢理でも一人になることを止めていれば、助かっていたかもしれないのに。あたしがもう少ししっかりしてれば……」
悔しそうに足元へ目を伏せ、唇を噛む葵さん。
精神的に参っているのか、血色の悪くなったその横顔を直視しながら、あたしはそっと葵さんの肩へ手をやった。
「別に、葵さんが悪いわけじゃないですよ。悪いのは、こんな事をしている犯人です。そんな風に自分を責めないでください」
あたし程度ではそんな月並みな言葉しか浮かばなかったけれど、素直に思ったことなのでそう口にして伝える。
間違っているわけでもない。犯人が殺人なんて狂ったことをしなければ、それ以前にこんな場所へみんなを集めたりさえしなければ、誰も犠牲にならず今まで通りに平穏な日々を過ごせていたのだ。
それを最悪の形で壊した犯人。
どう考えても、悪いのはこの一人だけだ。
「……ありがとう」
微かな笑みを無理矢理浮かべ、ぎこちなく葵さんは言う。
そんな彼女へ頷きを返し、肩に触れていた手に少しだけ力を込めたとき。
視界の端で、お兄ちゃんが動いたのが見え、あたしはふとそちらへ意識を戻した。
「……個室のドアノブに血が付着しているな」
独り言のような声を漏らすお兄ちゃんへ、全員が振り向く。
みんなの視線を浴びる中、そのドアノブを慎重に掴んで開けると、お兄ちゃんはトイレの中を覗いた。
「内側のノブにも血が付いている。鍵をかけたのか? ……ん?」
ブツブツと言いながら何をしているんだろうと思い、あたしは一度葵さんから離れ室内を覗くように顔を入れると、屈み込んだお兄ちゃんがトイレの床から何かを拾い上げるところだった。
「……お兄ちゃん、何してるの?」
代表するように、訊ねてみる。
すると、お兄ちゃんはくるりと振り返り、たった今拾い上げたばかりであろう何かをあたしへ見せてきた。
「何それ? ゴミ?」
その手に摘ままれた、黄色い紙屑みたいな小さな塊。
赤いものが混じっているのは、血だろうか。
「さぁな。血が付いている時点で、事件と関係がありそうな気はするが……」
言いながら、お兄ちゃんはその丸められた紙屑を開き始める。
「付箋、か。片面が黒く塗りつぶされているが……」
やはり僅かに血の付いていた付箋を観察して、お兄ちゃんは目を細める。
それから、すぐに何かを思いついたようにトイレから出ると、そのまま笠島さんの死体へと歩み寄り、かけたばかりのシーツを剥がした。
「お、おい、いきなり何を……」
驚いた声を漏らす伊藤さんを無視して、お兄ちゃんは笠島さんの着ている服をあさる。
そして、ズボンの右ポケット。そこに手を入れた瞬間一瞬だけ動きを止め、ゆっくりとその手を引き抜いた。
「……ふん。笠島の私物で間違いないな」
その手にあったのは、三色のボールペンと小さな付箋の束。
付箋の方は、今お兄ちゃんが拾ったものとサイズも色も一致している。
しゃがみ込んでいた体勢を元に戻してベッドを見ると、それからまたトイレへ顔を向ける。
切断された笠島さんの舌は、ベッドの上に放置されていた。
シーツを被せられた新たな死体の横たわる部屋の中で、お兄ちゃんは静かに室内を見渡す。
他の男性メンバーは、やりきれないような面持ちで被せたばかりのシーツを見つめ、途方にくれたように立ち尽くしているだけ。
あたしと葵さんは、そんな室内の様子を廊下から不安げに眺める。
「……花面さんまで殺されていたなんて、きっとあたしのせいですよね」
肩を寄り添わせるようにして立っていた葵さんが、突然ポツリと呟いた。
「え?」
何を言っているんだろうと思い、あたしは室内に立つお兄ちゃんから目を逸らし隣に向ける。
「だって、あたしが昨日無理矢理でも一人になることを止めていれば、助かっていたかもしれないのに。あたしがもう少ししっかりしてれば……」
悔しそうに足元へ目を伏せ、唇を噛む葵さん。
精神的に参っているのか、血色の悪くなったその横顔を直視しながら、あたしはそっと葵さんの肩へ手をやった。
「別に、葵さんが悪いわけじゃないですよ。悪いのは、こんな事をしている犯人です。そんな風に自分を責めないでください」
あたし程度ではそんな月並みな言葉しか浮かばなかったけれど、素直に思ったことなのでそう口にして伝える。
間違っているわけでもない。犯人が殺人なんて狂ったことをしなければ、それ以前にこんな場所へみんなを集めたりさえしなければ、誰も犠牲にならず今まで通りに平穏な日々を過ごせていたのだ。
それを最悪の形で壊した犯人。
どう考えても、悪いのはこの一人だけだ。
「……ありがとう」
微かな笑みを無理矢理浮かべ、ぎこちなく葵さんは言う。
そんな彼女へ頷きを返し、肩に触れていた手に少しだけ力を込めたとき。
視界の端で、お兄ちゃんが動いたのが見え、あたしはふとそちらへ意識を戻した。
「……個室のドアノブに血が付着しているな」
独り言のような声を漏らすお兄ちゃんへ、全員が振り向く。
みんなの視線を浴びる中、そのドアノブを慎重に掴んで開けると、お兄ちゃんはトイレの中を覗いた。
「内側のノブにも血が付いている。鍵をかけたのか? ……ん?」
ブツブツと言いながら何をしているんだろうと思い、あたしは一度葵さんから離れ室内を覗くように顔を入れると、屈み込んだお兄ちゃんがトイレの床から何かを拾い上げるところだった。
「……お兄ちゃん、何してるの?」
代表するように、訊ねてみる。
すると、お兄ちゃんはくるりと振り返り、たった今拾い上げたばかりであろう何かをあたしへ見せてきた。
「何それ? ゴミ?」
その手に摘ままれた、黄色い紙屑みたいな小さな塊。
赤いものが混じっているのは、血だろうか。
「さぁな。血が付いている時点で、事件と関係がありそうな気はするが……」
言いながら、お兄ちゃんはその丸められた紙屑を開き始める。
「付箋、か。片面が黒く塗りつぶされているが……」
やはり僅かに血の付いていた付箋を観察して、お兄ちゃんは目を細める。
それから、すぐに何かを思いついたようにトイレから出ると、そのまま笠島さんの死体へと歩み寄り、かけたばかりのシーツを剥がした。
「お、おい、いきなり何を……」
驚いた声を漏らす伊藤さんを無視して、お兄ちゃんは笠島さんの着ている服をあさる。
そして、ズボンの右ポケット。そこに手を入れた瞬間一瞬だけ動きを止め、ゆっくりとその手を引き抜いた。
「……ふん。笠島の私物で間違いないな」
その手にあったのは、三色のボールペンと小さな付箋の束。
付箋の方は、今お兄ちゃんが拾ったものとサイズも色も一致している。
しゃがみ込んでいた体勢を元に戻してベッドを見ると、それからまたトイレへ顔を向ける。
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