愛され上手は程遠い!?

ざっく

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1巻

1-1

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   第一章 自意識過剰


   プロローグ


 私――田中たなか夕夏ゆうかは、男の人が大の苦手だ。
 異性であることを意識するあまり、いつも変な態度を取ってしまうから。そんな私の態度は当然、相手の気分を害するし、その結果何度となく『自意識過剰な女』と思われてきた。
 誰も私になんて興味ないと、頭ではわかっている。でも、周りの目を気にしすぎてしまう癖が抜けず、二十四年間誰ともお付き合いしたことがないまま。さすがに最近は、あせる気持ちもあるけれど、どうすることもできず日々を過ごしている。


 ――私が自意識過剰だと最初に自覚したのは、小学五年生の時だった。
 当時はそんな難しい言葉は知らなかったけれど、もしかしたら自分は、ずかしい勘違いをしたのかも、と気づいたのだ。
 それは、家が近所で、一緒に登下校していた男の子との悲しい思い出。
 女友達を含めても、彼とは一番仲良しだった。ゲームなどの趣味も合って、いつも一緒にいたように思う。
 おませな周りの友達からは、『付き合っちゃえば!?』とひやかされたものの、彼のことが大好きだったから否定しなかった。
 ……今思えば私は、同い年の子たちと比べて、考え方が少し幼かったのかもしれない。好きな人を他人に知られることをずかしいと思わなかったし、隠そうともしていなかった。本当に彼と「こいびと」になれるかも、とひそかに胸を高鳴らせていたくらいである。
 しかし、現実はそう甘くなかった。
 私が彼のことを好きだと知った男の子たちが、私たちをからかい始めたのだ。すると、好きだった男の子の態度が一変し――

『ふざけんな、ブス! 俺のことが好きなんて、気持ち悪ぃこと言うなよ! お前なんて、最初から大嫌いだ』

 そう言って、もう二度と笑いかけてくれることはなかった。


 次にまた、同じようなショックな経験をしたのは中学生の時。
 入学したばかりの頃、放課後に友達と連れ立って、どの部活に入ろうかとグラウンドや体育館を回っていた時だった。
『うわ、すげえ可愛い子がいる! 超好み!』っていう声がすぐ近くで聞こえた。見るとそこには数人の、先輩とおぼしき男の人の姿。そして今、声を上げたであろう人が私に笑顔を向けてきた。
 さらに彼は私に近付いてきて、こう続ける。

『ねえねえ、うちの部のマネージャーしてくれない?』

 その人は柔道部に所属していると自己紹介した。先輩はすごく堂々としていて、女子に声をかける時にもまったくずかしがったりしない。周りの友達に冷やかされても『うらやましいんだろ!』とねのけた。小学生の頃、思春期特有の異性を意識する心境があまり理解できていなかった私。そのせいで好きな男の子に嫌われてしまった経験があったため、先輩の態度はすごく大人でかっこよく見えた。
 ――わざわざ自分に声を掛けてくれるなんて嬉しい!
 ドキドキして、舞い上がって、一緒に見学していた友達の朱里あかりと、すぐさま入部を決めた。
 毎日の洗濯に飲み物等の買い出し、部員たちのストレッチの手伝いなど、柔道部のマネージャーは重労働だった。
 だけど、『重いものの買い出しは俺が一緒に行くから言えよ』と言って先輩が手伝ってくれたから頑張れたのだ。それに、買い出しの帰り道、二人だけでアイスクリームを食べたりもして楽しかったから。……デートみたいだと、思っていた。
 そんな風にして、いい雰囲気で過ごしていたある日。

『夕夏、毎日ありがとな』

 ふいに先輩が、私を呼び捨てにした。今まではずっと名字で呼ばれていたから驚いて、『いえっ……!』とかなんとか、よくわからない反応をしてしまう始末。
 けれど先輩は、戸惑う私になにも言わなかった。そして、以降は名前呼びが定着した。
 もう一人のマネージャーである朱里のことは『生田いくた』と名字で呼んでいたし、知る限りでは先輩が女の子を呼び捨てにするのは私だけだったと思う。
 それに、たくましくて大きな手で、いつも私の頭をでてくれた。
 缶ジュースを飲んでいると先輩が現れて、私が飲んでいた缶にそのまま口をつけるようなこともあった。ジュースを飲むたびに上下する先輩の喉仏のどぼとけを見ていると、彼が男の人だということを急激に意識してしまって心臓が破裂しそうだったのも、よく覚えている。そんな私を見て先輩が、『間接キスだな。でも、お前と俺なら、いいよな?』と言ってニヤリとしたことも。
 ――先輩は、私のことを特別に想ってくれているのかな?
 そんな淡い期待を抱いていた。
 早く想いを伝えて、恋人になりたい。最初はそう思ったけれど、告白するのは先輩が部活を引退してからにしようと考え直した。
 もし付き合えたとして、他の部員に気を遣わせるのは悪いし、意識しすぎて自分が変な態度を取ってしまいそうだと思った。それに、先輩から告白してもらえたら、飛び上がるほど嬉しいとも……
 そして私たちの関係は、ただの先輩後輩から変わることはなく、ついに先輩の引退の時が来た。
 引退試合のあと、誰もいなくなった道場。先輩に残ってもらえるよう頼んでおいた私は、勇気を振り絞って『好きです。付き合ってください』と伝えた。
 すると……

『あ~、悪い。俺、彼女いんだよ』

 眉間みけんにしわを寄せて迷惑そうに言う先輩。
 ポカンとする私に、彼はさらに深いため息を吐く。

『なんでこのタイミングで告白なんかすんだよ。断った手前、これから俺が部活に顔出しにくくなんだろ。……ったく、めんどくせえ』

 本当にこれは先輩がしゃべっている言葉かと、耳を疑いながら彼の口元を見つめた。
 ――あんなに優しかったのに。あんなに、「特別」を感じていたのに。
 そのすべてが私の思い違いだったことがショックで、あからさまに嫌そうな態度を取られたことが悲しくて。なにも言葉を発することができなかった。

『うざっ』

 そう言い捨てて彼は立ち去り、卒業までほとんど部活に顔を見せることはなかった。
 柔道部の同級生が『先輩、なんで来てくれないんだろ。稽古けいこつけてほしいな~』と寂しそうに言う声に、胸が痛んだ。
 ……私のせいで、ごめん。
 他のOBが来てくれるたびに、先輩がいないことが申し訳なくて、涙をこらえていた。


 先輩との一件がこたえた私は、高校生になる頃にはかなり警戒心を強めていた。
 自分の思い込みの激しさを自覚し、男子と仲良くならないと決めたのである。
 仲良くなって、好きになって、また同じことになったら……って思うと、怖くて。
 できる限り、話したくないし、関わりたくなかった。
 挨拶あいさつされても目を合わせることもできずに、返事をするのもうつむいたまま。男女ペアでおこなうような日直さえ、無言で自分の仕事を終わらせてさっさと帰った。
 そんな態度だったから、男子からは好かれてなかったと思う。
 でも、それでいい。そう思ってた。
 そして迎えた二年生の体育祭。
 二年生はフォークダンスが演目にあった。一年以上男子を避け続けた結果、男子への免疫めんえきがまったくなくなった私。練習で手をつないだだけで、顔がカーッと熱くなるのがわかった。
 授業をサボるわけにはいかず、頑張って練習を続け、当日も無事に終えることができた。
 しかし、体育祭当日、またしてもショックな言葉を聞いてしまったのだ。
 ようやくダンスが終わり、一人ホッとして木陰で休んでいる時に聞こえてきた、クラスの男子たちの笑い声。

『ダンスで手をつなぐたび、真っ赤になんの!』

 瞬時に自分のことを言っているのだとわかった。
 気が付かれないように小さく体を丸めて息をひそめた。

『あいつさ、自意識過剰だよな~。いっつも男子を警戒しまくってるけど、なに? 手ぇ出されるとでも思ってんのかよ』
『勘違いしてんじゃねーよ』

 ぎゃはははっ。
 大きな笑い声を上げながら、すぐ近くを通り過ぎていく男子たち。
 ずかしくてずかしくて、消えてしまいたい衝動にられる。その後しばらく、顔をおおってその場でうずくまることしかできなかった。
 その後は、高校卒業と同時に、それまでの友達みんなと連絡を絶ち、逃げるように大学へ進学した。
 自意識過剰と思われていた自分を知る人がいない場所で、静かに暮らしていきたい。その一心だった。
 男の人と関わって、『勘違い』『自意識過剰』――そんな風に思われるのが怖い。
 もう誰かを好きになって傷ついたり、相手も私を好きかもしれないなんて舞い上がったりしたくない。私は心に厳重に鍵をかけて、生涯一人で生きていこうとちかったのだった。



   1


 時は流れて五年後。
 私は、工事用車両や建築機械のレンタル会社に就職した。パワーショベル、掘削くっさく機械、発電機、コンプレッサー、高所作業車などなどの大型機械を扱う会社だ。そこで営業事務の仕事をしている。
 仕事にも慣れてきた社会人二年目のある日、大学時代の同級生・祐子ゆうこと電話をしていた。
 祐子と出会ったのは、大学に入ってしばらくした頃。とある講義の教室で出会った。

『あなた、田中夕夏っていう名前なの? 私は「田中たなか祐子」。私たちって、名前が似てるね!』

 確か最初は、そんな風に話しかけてくれたはず。
 祐子は社交的で友人が多く、かなり分厚い自分の殻に閉じこもっていた私にも気さくに話しかけてくれた。私たちは、すぐに仲良くなった。
 当時の私は、人目を過度に怖がっていたため、祐子が遊びに誘ってくれても、ほとんど応じなかったと思う。それでも彼女は嫌な顔をせず、私のペースに合わせて付き合いを続けてくれた。
 大学を卒業して一年以上経った今でも連絡を取り合う、唯一ゆいいつの友人だ。
 その祐子が、結婚することになった。前々から話は聞いていたけれど、今日正式にプロポーズを受けたそうだ。
 そんな彼女が、喜びの報告とともに、こんな提案をしてきた。

『私の独身最後の思い出に食事会しよ! ちょっといいところ、予約したの!』

 そう言われて、断る理由はない。むしろこういう場合は、私から誘うべきだったのに、なんて気がきかないのだ。自分にがっかりしながらも快諾し、当日着る服とか、結婚祝いのプレゼントとかを準備して、すごく楽しみにしていた。


 しかし数日後、ふたたび祐子から電話があって――

『今度の食事会の時、夕夏に紹介したい男性がいるの。康司こうじの友達なんだけど、二人とも連れてきていい?』

 ――その言葉で、状況が一変した。
 康司さん、というのは祐子の旦那さんになる方で、私も何度か会ったことがある。
 といっても、祐子と遊ぶ時に彼が送迎役を買って出てくれて、少し車に乗せてもらった程度だけど。しかも、会話したことはほとんどない。
 康司さんが同席するってだけでも、ハードルが高い。

「無理だってば! そんな食事会になるなら、行かない!」

 思い切り拒否してしまった。でも、知らない男性と食事なんて冗談じゃない。

『結婚のお祝い、してくれるんじゃないの?』

 悲しそうな祐子の声を聞いても譲れない。

「するよ! したいよ! けど、私と祐子の二人きりか、もしくは旦那さんを含めた三人じゃなきゃ無理!」

 これでも、相当な譲歩だ。せっかくのお祝いのことで拒否して悪いけど、本当に無理だから!
 それにしても、祐子がこんな風に私に男の人を紹介しようとするなんて初めてだ。私が男性を苦手とわかっている彼女が頼んでくるなんて、なにか事情でもあるのだろうか。

『すごくステキな人だよ! おすすめなの!』
「おすすめされても、無理なものは無理なの」
『お願い! 会ってみるだけ。向こうも、お祝いしてくれるって言ってるから、せっかくなら一緒にと思って』
「別で一席設けてもらったらいいじゃない。その人だって、男性が苦手で不審な行動を取っちゃうかもしれない私が一緒じゃないほうが楽しいよ!」
『……ねえ、夕夏。いつまで自分の殻に閉じこもってるつもりなの? 夕夏は可愛いし、いい子だから、もっと自分に自信を持ちなさい。食事会は、そのきっかけだと思って』
「祐子……」

 感動だ。そんな風に私のことを考えてくれていたなんて嬉しい。でも勇気が出ない。そう考えていたら――

『つまりはアレよ。私の自慢の友達を見せびらかしたいのー!』

 ……私は見世物みせものパンダか!
 祐子は最後、照れ隠しのように言っていたけれど、彼女が心配してくれているのが伝わってきた。
 だから私も、一歩踏み出すことを決意したのだ。
 四人で食事をする。ただし、紹介とか、そういうのではなく、あくまでも普通に食事するだけ、と約束して電話を切った。
 その後、ベッドに寝そべってあれこれ考える。紹介目的ではなくなったとはいえ、緊張することには変わりない。
 ――当日、どんな格好をしていこう? お洒落しゃれしすぎて、自意識過剰って思われたらどうしよう。ああ、でも、この日のために、すでにお高いワンピースを買ってしまった。ドレスコードのある高級店だから、普段着で行くわけにはいかない。それに、こんな、気合いの入ったワンピース、そうそう着る機会なんてない。
 加えて、五桁もする金額の服を着ないままタンスのやしにするなんて、もったいなさすぎる。
 さらに、他に着ていける服が手持ちにあるわけでもない。
 ワンピースに合わせて選んだアクセサリーと……かばんと……くつと……。使わないまましまっておくのは悲しすぎる。
 その夜は、熱が出るんじゃないかというほど悩み、ようやく眠りについたのは明け方だった。


   ◇ ◆ ◇


 約束の食事会当日の金曜日。
 私たちはお店の前で待ち合わせた。
 到着した時には祐子だけがいて、いきなり男性がいないことにホッとした。
 祐子は私を見た途端、両手を広げて歓声を上げる。

「夕夏! すごい可愛い!」

 ――悩みに悩んだ末、結局、予定通りの服装で来た。
 祐子が驚くのも無理はない。本当に普段はしないようなお洒落しゃれをしてきたのだ。
 淡いピンク色のワンピースと、それに合わせて買ったネックレス。肩まである真っ直ぐな黒髪は、下ろしたままにした。そのほうが、ピンクのワンピースの甘さをほどよく抑えられる気がして。こういう色を普段着ないから、ずかしさもあったのだ。足元は、足首に花のポイントがついたストッキングに、ふちにレースがあしらわれたパンプスをいている。

「ありがと。そして、おめでとう」

 まずはお祝いの言葉とともに、プレゼントを渡した。

「ありがとう~」

 幸せそうに笑う彼女は、文句なしに可愛い。優しくて社交性がある上に美人なんて、鬼に金棒じゃないか。康司さんがうらやましい。

「そういえば、康司さんは? 一緒じゃないの?」
「友達と来るって言って…………、あ、来た!」

 その言葉に、ビクンと体がふるえてしまった。
 ――ああ、胃が痛い。
 落ち着け、落ち着け、意識する必要はない。
 祐子が手を振る先に視線をやると、背の高い二人組の男性がこっちに向かってきていた。
 二人とも細身のスーツに身を包んでいる。すらりと背が高くお洒落しゃれだ。
 遠目にも格好いいのがわかる。

「お待たせ」

 間近で見る彼らは、どこぞのファッション雑誌から抜け出てきたようだった。
 少しれ目気味の優しげな顔立ちのほうが、祐子の旦那さんの岸谷きしたに康司さん。
 もう一人は、康司さんよりももっと背が高くて、たくましい体つきだ。サイドの毛は無造作にうしろに流し、前髪は軽く上げている。おでこが出ているからか、肌の綺麗きれいさが強調されているなあと思う。少し太めの眉毛と切れ長の目、薄い唇が絶妙に配置されていて、思わずうっとりするほどの整った顔をしていた。
 康司さんは「こんばんは」とにこやかに挨拶あいさつをするけれど、もう一人は気に入らなそうにこっちを見ているだけだ。
 そんな不機嫌な顔さえ絵になる姿を見て――――なぜか、すとんと肩の力が抜けた。
 ――あれ? 私、男の人を前にしても全然緊張していない。
 カーッと顔が熱くなったり、緊張から体が強張こわばっているような様子も皆無だ。
 不思議に思いながらも導き出した答えは……格好よさが異次元すぎて、緊張する必要もない、と私の頭が判断したんじゃないかってこと。
 こんな素敵な男性が、私の人生に関わることなんて絶対にない。そう断言できるから、身構える必要もないと思えた。
 ――ああ、逆にラクチンだ。
 そっかあ。こういう人なら、逆に緊張しないのね。
 新発見だ。なんだかすごく楽しくなって、ふふっと笑い声を上げてしまう。
 すると、康司さんたちがびっくりしたようにこっちを見たので、失礼なことをしてしまったと気づき、慌てて頭を下げた。

「初めまして。祐子の友人の、田中夕夏です」

 場を取りつくろうように、康司さんの友達に向かって自己紹介する。ちゃんと目を見て、きちんと挨拶あいさつできた。私にしては、奇跡的な出来事だ。

「あー、岩泉いわいずみみはやとです。よろしく」

 彼は素っ気なくそう言い、ふいと顔をらしてしまう。
 私は、イケメンは声までイケメンなのね、と場違いなことを考えながら、連れ立って店に入っていった。


 岩泉さんは、最初の不機嫌そうな印象とは一転、席につくと軽く微笑ほほえんでくれた。
 コース料理をあらかじめ頼んでいたため、ドリンクメニューだけを渡される。しかし、横文字ばかりでわからない! 戸惑っていると、隣からひょいと手が伸びてきた。

「アルコールは呑める? 甘めと辛め、どっちが好み?」

 岩泉さんは私の好みを聞いて、スマートに注文してくれた。
 高級店に慣れていて、女性の扱いにもけているんだなあと感心すると同時に、ますます自分とは縁のない相手だと確信し、さらにリラックスできる。
 和やかに、思った以上に楽しく食事は進んだ。
 その中で祐子と康司さんのなれそめを聞いていると、なんと、新事実がたくさん出てきた。

「え? 祐子ってば玉の輿こしに乗ったの!?」

 いつもよりも多めにワインを呑んでいた私は、ふわふわしながら尋ねた。康司さんの前で、そんなあけすけなことを言うのはよくないと思いつつも、口が勝手に動いてしまう。

「玉の輿こし? そうと言えば、そーだねえ。康司の家は、由緒正しい立派なお家だからねえ」

 祐子も酔っているようで、同じようにふわふわした口調の答えが返ってきた。
 なんと、祐子ってば、勤めている会社の社長子息を射止めたらしい。
 彼女の勤め先は大手総合商社で、康司さんは二十八歳という若さながら将来の社長との呼び声も高い社長子息だという。ロマンス小説みたいな展開だ。
 ちなみに康司さんと岩泉さんは同じ会社に勤めており、年齢も同じ幼馴染おさななじみらしい。
 しかも、岩泉さんのお父さんは、その商社の九州支社の支社長さんだという。
 支社長って言ったって、大手総合商社の支社をまとめているのだ。彼だって、充分御曹司と言える。康司さんとは親同士が友人だったこともあり、小さな頃からよく遊んでいたそうだ。将来は康司さんの右腕となるべく勉強中だという。岩泉さんは謙遜けんそんしていたけれど、祐子が言うには彼も、確実に副社長の座にくだろうと、社内で評判らしい。
 私には幼い時からずっと一緒の友達なんていないからうらやましい。そして、目標に向かって勉強しているなんて、とても格好いいと思う。
 思ったことを素直に伝えたら、岩泉さんは照れくさそうに笑った。
 家柄がよく、将来も有望で、女性の扱いにもけていて、背が高くてイケメン。――なんてハイスペック。
 祐子が、こんなお方を私の交際相手として紹介しようとしたなんて笑ってしまう。私なんて相手にされるはずもない。どんな女性でも選び放題の人だ。
 岩泉さんのことを知れば知るほど警戒心が解けていき、いつも通りに振る舞えた。
 あまりにリラックスしすぎて、男性二人はそっちのけでガールズトークに花を咲かせてしまう。

「そっかあ。そういうところへお嫁に行ったら、家のしきたりとか、上流階級の付き合いとかあって、大変なんじゃないの? それに、嫁いびりもあったりして。掃除しても『祐子さん、こちらがまだ汚れていてよ!』って、指でほこりを取って言われたり」
「いつの時代の話だ! そんないびりはないよ~」

 祐子はのんびり手を振るけれど、万が一そんなことがあった時には助けになりたいと意気込んだ。私は、祐子の手をにぎって力説する。

「よし、いじわるされたら私に言いなさい。バックが巨大すぎて、多分守ってはやれないけど、かくまってやる! そうなったら、私と祐子で愛の逃避行だ!」
「やったあ」

 祐子もノリノリで手をにぎり返してきた。

「やったあじゃないよ……」

 康司さんは、手を取り合ってちかう私たちの手を引き離して、祐子の手をにぎり込む。

「愛の逃避行なんて聞き捨てならないな。それに、どこかへ出かけるなら俺も行きたい」
「え~~? たまには夕夏と二人でも行きたい」
「じゃあ、逃避行って言われるとどこかへ消えちゃいそうで心配だから、普通の旅行でお願いします」

 康司さんの慌てた様子に、岩泉さんが噴き出す。その後も、岩泉さんが康司さんを小突いては冗談を言っている。二人は気の置けない友人同士という感じで、見ているこちらも楽しくなった。
 私だけじゃなくて、テーブルにいるみんなが、この場を楽しいと思ってくれている。その雰囲気がとても嬉しくて、私は岩泉さんを見て微笑ほほえんだ。彼も同じようにこちらを見て笑ってくれた。


 食事もデザートも食べ終わると、康司さんが軽く手を挙げた。
 すると、さっと店員さんが来て、銀のトレーに載せられた小さな紙が康司さんの前に差し出される。
 あっ……と思って、私は慌てて隣の岩泉さんの服の袖を引っ張った。そして「あの紙、取ってください」とお願いする。私の席からでは手を伸ばしても届かなそうだったので、康司さんの向かいに座る岩泉さんにお願いしたのだ。
 彼はチラリと私を見てから、康司さんが確認しようとしていた紙をひょいと取り上げた。

「これ?」
「ありがとう」

 私を見下ろして言う彼から、伝票を受け取った。

「ちょっと、夕夏、割り勘だからね」

 私の行動を察知した祐子が、くぎを刺してくる。

「ダメよ。今日はお祝いなんだから。ふところ事情により、景気よく全員分……と言えないところが情けないけど、せめて祐子の分は私が払う」

 格好悪いけど、正直にそう話した。しかし祐子はなかなか首を縦に振らず、しばらくの間、押し問答することになってしまう。
 そんなやり取りをしている間に、岩泉さんが財布から出したカードを銀のトレーに置いて、店員さんに渡していた。
 私が驚いて目を見開きながら彼を見ると、視線が合った。

「ここは、全部俺に任せなさい」

 くすくすと笑って、私を見ている。
 だけど、その言葉に甘えるわけにはいかない。

「初対面の人にご馳走ちそうしてもらうなんて、できません。そして、お祝いの気持ちなので祐子の分は私が払いたいんです」

 岩泉さんを見て私が首を横に振ると、彼は驚いた顔をした。
 その横で、祐子が噴き出す。

「夕夏がそう言うなら、おごってもらおうかな。ご馳走ちそうさま
「うんっ」


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