婚約者候補

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求婚まで(ベルト視点)

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これで、婚約者候補には入れてもらえた。
次は、求婚者として、正式に訪ねていかなければならない。
王太子の正式な婚約者が発表されてから、婚約者候補者たちには、降嫁先が示されるだろう。
そうなったら、誰よりも先に求婚する。
ベルトは正式発表を待っていた。

しかし、実際には、正式発表は対外的なものでしかなく、内々には早々に知らされていた。
もちろん、婚約者候補の家には真っ先にお触れが出される。
令嬢をいたずらに縛りつけておくことをしてはならないというシャルルの考えの元、降嫁先リストは、一緒に送られていた。
その降嫁リストを確認して、元婚約者候補から希望の嫁ぎ先が返ってくる。
ここで、ようやく、王家から降嫁先へと打診されるという流れだ。
本来であれば、王家から打診されるまでは降嫁先リストに加えられていることは知らされていない。だが、家柄から考えて、まあなんとなく分かるだろうという暗黙の了解だ。
そこで、本家を選んで欲しいと内々で話をする貴族もいる。
あれほど急いてシャルルに進言してきたベルトは、もう告白でも求婚でも、なんなら既成事実でも作りに行っているだろうと、シャルルは思っていた。
律儀に正式発表を待っているとは思ってなかったのだ。
そうして、コンフィール伯爵家から、すべて断りの書状が届き判明する。
王家への叛意があるわけでは決してなく――などと言い訳を並べた後に、今回の降嫁先はすべて断る旨が記されていた。
「ベルト……お前、求婚に行ってないのか?」
なんとなく、あれからベルトとシャルルは仲が良くなっていた。
公的な場でなければ、ベルトの駆け引きがいらない会話が楽なこともあり、シャルルから何度か話しかけることが増えたのだ。
書状を手に、シャルルがベルトを見上げると、彼は目を丸くして口を開いた。
「いつ……いつから、手を出してよかったのですか?」
「待て。前提条件が違う。求婚だと言っただろ?いきなり襲うな」
シャルルが苦い顔をするが、ベルトにとっては同じことだ。
求婚して、同意を得られれば、いいのではないか?
同意を得られることが大前提で話してはいるが。
マリアの降嫁先候補に、入れてもらったことは確実だ。
爵位順になると言われたので、一番下だっただろうが、ベルトの名前はあったはずだ。
名前……名前?
マリアは、自分の名前を知っているだろうか。
もしかしたら、誰だか分からずに断りを……。
「分かっていると思うが、彼女は、お前の家名などは知っているぞ。警護の責任者を伝える意味でも、最初に挨拶しただろう」
ちょっとした希望を抱いたところで、すぐに砕かれた。
もう何も言えることが無い。
何も言えずに終わってしまった。
「まあ、これからエリザベスの友人としては来てくれるようだから、そこでアピールしてみたらどうだ?」
シャルルに気遣われるほど、ベルトは打ちひしがれていた。


数日後、マリアが、今度は王太子の友人として私的な茶会に訪れた。
無表情のため、周りには気が付かれないが、まだまだ落ち込み中のベルトは、護衛を別の騎士を割り振ろうとして――やっぱり、できなかった。
マリアの護衛は必ず自分がしたい。
シャルルに言わせれば、「お前は私の護衛だ」と呆れた顔をするだろうが、それは仕事だ。
気持ち的には、マリアに張り付いていたいのだ。
婚約者候補としての訪問ではないからか、今までのきらびやかなドレスではなく、落ち着いた体に沿うようなドレスだった。
レースで埋もれていた姿も、それはそれで愛らしかったが、この姿も、華奢な体が強調されて、また可愛らしい。
そして、思ったよりも胸が大きい。
思わず見つめてしまい、マリアの隣に立つエリザベスから睨み付けられてしまった。
マリアは、何故か、ベルトに視線を向けてくれない。
いつもは、後ろをついていくベルトに、感謝するような視線と微笑みを向けてくれていたのに。
マリアの後ろには、エリザベスが連れてきたシュヴァリエ家の護衛が二人立っていた。
今までの婚約者候補であったときは、城に入る時には護衛は置いて来ていたが、内定とはいえ、エリザベスは王太子の婚約者になったのだ。
有事の際には王族を優先する近衛ではなく、エリザベスにも専用の護衛をつけて城に入ることが許されたのだ。
その、護衛が、マリアの後ろにいる。
――お前らは、エリザベスだけ守っていればいい。
マリアが目を合わせてくれないことも付加されて、ベルトのいつも鋭い眼光がさらに鋭くなっていた。

エリザベスはシャルルの隣に座り、マリアはその向かい側で二人を見て嬉しそうに微笑んでいる。
マリアは、もう、婚約者候補ではなくなったのだ。
今からだったら、口説くこともできる。
結婚先として一度断られているようなものだから、また断られる公算が高い。
面と向かって、困った顔をするマリアを想像して、ベルトの胸が軋む。
無理矢理抱きしめて口づけをしたら、泣かれるだろうか。
泣かれても……マリアの中に何かを残したい。
ベルトがじっと思いつめるようにマリアを見つめているのに、彼女からの反応は何もない。
あの愛らしい瞳を自分に向けるにはどうしたらいいだろうか。
自分だけを見つめるようにするには……。
ベルトは、自分の思考が暗く沈んできているのを感じていたが、止められなかった。
「それで、マリア。縁談をすべて断ったらしいじゃないか」
ダイレクトにベルトの傷をえぐる話題を選択するシャルルを蹴り飛ばしたい。
守るべき相手にそんなことを想像するほど、ベルトは病みつつあった。
しかし、話していく中で、マリアは降嫁先一覧を見てもいないような口ぶりだ。
さすがに、国王から勧められた縁談を見もせずに断ったというのは不敬であるので、はっきり口にしないが、あの中から選ぶ気がないと言っているも同然だ。
「マリア様は、他に想い人がいらっしゃるでしょう?」
エリザベスが微笑みながら発した言葉に、大きな衝撃を受ける。
そんなこと、聞いたことも無い。
聞くような立場でもないのだが――。
少しの希望を見出したところで、またしても叩きつけられる現実。
マリアの取り繕っていない驚いた顔が可愛い。
彼女の表情を見ながら絶望に染まっていく心をどうにかすくい上げている時、シャルルが呑気な口調で言った。
「マリアは、がっしりとした体つきで大きな男が好きだろう?」
「はい?」
――なんだと?
「そうですわよね。寡黙で、ほとんどしゃべらず、表情もあまり動かない方かしら」
エリザベスも付け加えると、マリアが明らかに動揺して、ソファーから腰を浮かせる。
「黒目黒髪だったりすると、さらに好みだろうか」
「なっ……!?」
マリアが目を見開いて固まってしまう。この様子を見るに、本当の事なのだろう。
だったら、自分だってそうじゃないか。
寡黙かどうかは分からないが、表情があまり変わらないので怖いと言われたことがある。とすると、自分はマリアの好みであるのでは。
「ちっ……違います違います違いますっ!デリカシーなさすぎですっ!」
「その相手も、降嫁リストに入れていたのだが」
シャルルが言っているのは、ベルトの事だろう。
マリアの好みを把握したうえで、自分を薦めてくれている。ベルトは初めて自分の主に感謝をした。
「帰ります!」
しかし、マリアはシャルルの言葉に返事をしないまま、さっと立ち上がってドアへ向かう。
いつもマナーを守る彼女には珍しい暴挙ともいえる行動。
ベルトは当たり前のように退室するマリアについていく。
部屋を出るときにシャルルをちらりと見ると、にやにやと笑って手を振っていた。
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