婚約者候補

ざっく

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婚約者候補(ベルト視点)

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最初の印象は、軍人のように胸を張って堂々と歩く令嬢だなと思った。

王太子の婚約者を選ぶ茶会。
いずれも高位の令嬢が、華やかに着飾ってそよそよとうごめいている。
付き添いの侍女でさえも、大きく広がったスカートを着ているため、見ているだけで邪魔だ。
昼の茶会に着てくるのは特に、肌も露出していないので、ベルトには、レースの中に女性が埋まっているようにしか見えないのだ。
その中でも、特に小柄なマリア・コンフィール伯爵令嬢は、座っている時は、ぬいぐるみのようだと思った。
部屋に飾っておきたい愛くるしさだ。
しかし、立って歩き始めると、背筋を伸ばし、最大限に自分を大きく見せながら歩く。
他の令嬢よりもレースが少なめの広がらないドレスを着ているというのに、一つ一つの動作が大きく、華やかな所作を身に着けている。
彼女が歩くと目が惹きつけられる。
気が付けば、いつも彼女を目で追っていた。

彼女は、茶会に飽きるとそっと人混みから抜ける。
その時は、普段の所作を控えめなものに変えて動くので目立たないのだ。
そうして、一人になって花を愛でて風を堪能する。
風で飛ばされたきた花びらに目を細めて、嬉しそうに微笑む姿に心を奪われた。
美しく、愛らしい女性。
大勢の人の目を惹きつけるように堂々と歩き、しかし、一人になれば控えめに花を愛でる愛らしさを傍で見守りたいと思った。
マリアを守りたくて、茶会の時だけの限定だが、専属の護衛のように彼女が動く先々に付き従った。
「マリア」
そこに、いつも邪魔者が現れる。
この茶会の主役であるシャルル王太子。
二人だけの時間を邪魔されたような気分になってしまうが、そんなはずはない。彼女は、王太子妃候補なのだ。
邪魔であるのが、自分の方であることに悔しさを覚える。
体調を気遣うシャルルの言葉に、マリアは満面の笑みを見せる。
王太子に気遣われて嬉しいのだろう。
一人になろうとするのは、実はシャルルの気を惹きたいがためだろうか。
勝手に二人きりだと喜んでいた気持ちが、ギシリといびつな音をたてた。
マリアは王太子妃候補で、ベルトはその護衛。
景色と同化して、いると認識さえされない立場だというのに、何を考えていたのか。
彼女に見惚れるあまり、通常よりも距離を縮めすぎてしまった。
会話が聞こえてしまう。
そっと距離をとるために移動しようとするベルトの耳に、表情と全く合わない声が聞こえた。
「いや、もう帰りたくて」
至極冷静な声に、ベルトの足が止まる。
「そう言うなよ。どうにか、エリザベスとの仲を取り持ってくれよ」
エリザベス・シュヴァリエ公爵令嬢。
候補の筆頭と言われている令嬢が、確かそんな名前だった。
二人は、にこにこと表情だけは変わらず、恋愛相談のようなことをしていた。
堪えきれなかったようにため息まで吐くマリアに、ベルトの胸に希望が湧き上がる。
マリアはシャルルとの結婚を望んでいない。
ならば、自分にも望みはあるだろうか。
ただ、こうして見つめているだけではなく、マリアの手を取って、彼女に微笑みかけてもらえる権利を手に入れたい。

ベルトは、景色ではなくなることを決意した。

ベルトは伯爵家三男。
継ぐ家を持たないため、自分の力で稼いで生活をしなければならない。
幸運なことに、ベルトは体を動かすことに長けていた。
体格と運動能力、ついでに強面の顔も少しは役に立ち、騎士の中でも実力を認められて近衛になった。
そこでも実力を発揮し、今は近衛第三部隊の隊長を任せられるまでになった。
ついでに、騎士爵をいただいたときには、少々煩わしいと思ったが、今はそれが有難い。
騎士爵でも、一代限りでも、一応は貴族だ。
王太子の婚約者候補にまでなった令嬢をもらい受けるには、少々身分が足りない。
だけど、彼女が欲しい。
ベルトの視線を受けて、時々はにかむように微笑むマリアに希望を捨てきれない。
マリアが候補で亡くなった時、縁談相手として候補に入れてもらいたい。

茶会終了後、いつも通りにマリアを馬車まで護衛して、シャルルの傍まで戻る。
シャルルは、エリザベスと何か話しているようだ。
先ほどのマリアとシャルルの会話を聞いたので、彼が何を話したいのかは分かるのだが……。

「お話とは何でしょう?」
「い、いや、話というかな、少し私の思ったことを聞いてもらおうかと」
「……何か不手際がございましたでしょうか」
「不手際とかではない。そうではなくてな……」
「――ご心労をおかけします事、お詫び申し上げます」
「違うんだ!詫びがいるようなことではない。ただ、ちょっと……」

――どうしてそこで言い淀むのだろう。
目の前の女性が不安気に瞳を揺らしていることには気が付かないようだ。
エリザベス・シュヴァリエ公爵令嬢は、良くも悪くも、目立つ女性だ。
マリアは所作で大きく華やかに動くのとは対照的に、エリザベスは静かに動く。しかし、その美貌と見事な体に、人の目を惹くのは同じだ。
ただ、ベルトは別に好みではないだけで。
気高く、高度な学問に通じた素晴らしい女性だという人もいれば、高慢で意地が悪い女だといううわさも聞く。
後者は、どう聞いても嫉妬から悪意を持って流された噂だ。
そんなものは信じるに値しない。
しかし、エリザベス本人はそう思っていないようだ。
彼女は、シャルルに咎められると思ったのだろう。
罪状を聞いた後に謝罪すれば、認めていると取られかねない。
だから、罪状を聞く前に謝った。
シャルルはそんな令嬢の不安も気が付かずに必死で言葉をひねり出そうとしている。
「あまり、周りに聞かせたいことではないのだ」
「……かしこまりました」
エリザベスはとても悲しそうにして、シャルルに付き従う姿勢を見せた。
シャルルは、自室に向かい数歩歩いて、もう一度エリザベスを振り返る。
彼女は、いつもの感情を見せない笑顔はなくなり、青白く緊張した表情を浮かべている。
その態度に、シャルルはシャルルで、エリザベスに嫌がられているのだと感じ取ってしまう。
エリザベスは、自分の態度が高慢だとシャルルから叱責されると思っておびえている。その表情を見たシャルルは、彼女に嫌がられているのだと認識する。
ベルトから見れば、遠回しな言葉遣いが誤解を生んでいっているだけだ。
「いや……そうだな。気が進まないようであれば、別に今日でなくても構わない」
そして、シャルルは先延ばしにすることを選んだ。
「お待ちください」
思わず声をかけてしまった。
シャルルが目を丸くしてベルトを振り返った。
通常、近衛が緊急時以外で主の会話を遮ることはない。
普通はないが、ベルト的には緊急事態だった。
ようやく、マリアが婚約者候補ではなくなるはずなのだ。さっさと終わらせて、マリアを口説く時間を作って欲しい。
「断られても気にしないと格好つけて告白されるのでしょう?先ほどコンフィール伯爵令嬢と約束していたではないですか」
「なっ……!おま、ベルト!?」
シャルルが目を丸くして、ついでに顔を赤くして叫ぶ。
マリアに許していた口調から察するに、彼は公的な場ではない時の、少々の不敬は許す人間だと判断した。
そうでないと、ベルトは自分よりも高位の人間とは、自分の口調のせいでなかなか話せないのだが、この王太子は大丈夫だろう。
ベルトはただの近衛なので、シャルルとこうやって親しく(?)口をきくのは、ほぼ初めてだ。
それにも関わらずベルトのファーストネームをしっかりと呼ぶシャルルを面白くも思う。
「フラれるのを覚悟されたのでは?」
「そう簡単にできるか!」
「コンフィール伯爵令嬢に、シュヴァリエ公爵令嬢との仲を取り持ってもらえるように必死にお願いしていた覚悟をもってすれば簡単なのでは?」
「どこで聞いていた!?」
護衛に対して、今更なことを。
できるだけ、会話が聞こえない位置を心掛けるが、思わぬ秘密を握ることもある。
そんなことを、この王太子ならば、知っているだろうに。
ベルトは、シャルルの横で真っ赤になっているエリザベスをちらりと見て、視線を戻す。
たったそれだけの動きで、シャルルには伝わったようだ。
動きが固まったまま、徐々に顔が赤く染まっていく。
ベルトはそれを見届けて、そっと距離をとる。
他の人間が来ないように見張ることを伝えるために、背中を向けると、ダンダンと大きく足を踏み鳴らす音が二回聞こえた。
王太子に地団太を踏ませるほどに怒らせてしまったようだ。

だが、静かになった背後に、ベルトはそっと安堵の息を吐く。
マリアを婚約者候補でなくすことが第一歩。
次は――。

「殿下。降嫁先に、私も加えてください」

「ええい、振り返るのが早い!」
そろそろいいかと振り返ると、まだ手を握ったところだった。
自分だったら、もう抱きしめてキスまで終わらせているだろうと思う時間を待ったのに。
「了解しました」
もう一度背中を向けるが、
「仕切りなおせるか!部屋に戻る!」
「左様ですか」
ベルトを怒りながらも、エリザベスをエスコートする動きは滑らかだ。
エリザベスは、頬をわずかに染めてはいるが、嬉しそうに顔をほころばせている。
「じゃあ、婚約者殿は決まったので、コンフィール伯爵令嬢の降嫁先に、私を加えてください」
部屋まで護衛しながら、先ほどの言葉を繰り返す。
シャルルはベルトを見上げ……何か言おうとした言葉を呑み込んで頷いた。
「いいだろう。その必要なことだけを言う物言いは嫌いではない」
そう言った後、シャルルは大きなため息を吐いて、エリザベスにだけ聞こえるように呟いた。
「マリアは、趣味が悪いな……とは思うがな」
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