断頭台で魔女は笑う

月址さも

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 目覚めたのは見知らぬ部屋のベッドの上だった。
 起きて数分の間、夢と現実の区別がつかなかった私が全てを思い出せたのは、近くにあった鏡に自分が映った時だ。

 「何......この包帯......?」

 そこに映っている首が包帯でぐるぐる巻きになった自分。
 冷静に記憶を整理しても、私は断頭台で首を刎ねられたはず。普通ならこうやって呼吸をしたり、喋ったり、瞬きしたりすることはまず不可能だ。
 信じられないと思いつつも恐る恐る首の具合を確認しようと包帯に手をかけた瞬間、背後から低い声が聞こえた。

 「まだ駄目ですよ」

 「きゃあ!? あ、あなた誰!」

 そう言って突然部屋に入ってきたのは背の高い青年だった。
 外見は前髪が目にかかるくらいのオレンジがかった赤い長髪。その不思議な雰囲気を持つ紫の瞳に見られるとなぜか全てを見透かされているような、そんな感覚があった。
 彼は驚く私を気にもとめず、淡々とこう答える。

 「とにかくまだくっつけたばかりなので、貴方は安静にしてください」

 「く、くっつけたってあなたが?」

 そんな馬鹿な、とララは思った。だって真っ二つだ。少し裂けたとかそんなレベルではない、本当にスパッと綺麗に首を切断されたのだ。
 どれだけ優秀な医者があの場にいたとしても絶対に首をくっつけることなんて出来やしない。
 それなのに目の前の青年はさも当然のような顔をしている。

 「う、嘘よ!」

 「あ、ちょっと!」

 青年の静止を無視して、私は自分の首に巻かれていた包帯を無理やり取った。
 すると切断されたはずの首は綺麗に繋がっていたのだが――
 その代わりに私の首に刻まれていた複数の恐ろしい文字に目を疑った。
 それはこの国の禁忌。願望に見合った犠牲を払えばどんな不可能な現実も叶えてくれるという法律で禁止されている闇の魔術。

 「く、ろ、まじゅつ......」

 「ああもう、包帯を巻き直すのでじっとしていてください」

 驚く私をなだめて、彼は包帯を巻き直しながら「貴方を生き返らせるのに四十二人も犠牲にしましたよ」と苦笑しながら言った。
 その数字は実に、パトリスやポーラを含めた処刑に関わった上流貴族の数だ。
 処刑の日からはすでに二週間たっており、死体を持ち帰った彼は隣国で私を蘇らせたのだという。

 「貴方はあの場で処刑されてもう死んだことになっているはずです。これからはあんな国のことは忘れて、この国で幸せに生きてください」

 その言い方はまるで私の幸せを願っているかのような発言だった。
 禁忌を犯せばあの国では犯罪者として処刑されるだけ。それなのに面識のない彼がどうして、私にそこまでするのだろう。

 「え、えっと、それはありがたいけど......私普通に働いたこともないし、これからどうしたら」

 疑問に思いつつもこれからのことに不安を持つ。
 憎しみの対象だった元婚約者も私から全てを奪った妹も、もうここにはいない。
 自由になりたいとは常々願っていたものの、実際こんな日が訪れるとは思ってもみなかったのでどうしていいか分からなかった。
 その不安を読み取ったのか、包帯を巻き終わった彼が私の目の前にしゃがんでこう言った。

 「それなら、いい職業を紹介しますよ」

 「いい職業?」

 「――俺の伴侶です」

 そう言って目の前の青年は真っ直ぐに私を見て微笑んだ。
 その笑顔を見て、ふいに一人の少年の顔を思い出す。
 それは幼い頃、私が城から抜け出した時に一度だけ遊んだオレンジがかった赤毛の少年。そう、まさに今、目の前にいる彼のような――

 「まさか――アンジー?」

 「やっと、思い出してくれたんですね」

 その時初めて私は、彼が自分のことを助けてくれた理由が分かった気がした。
 アンジーは城から逃げ出した私を匿ってくれた恩人だ。あの日も私の愚痴を聞いてくれて、そして最期には「大人になったら俺が貴方のことを助けます」と言ってくれたのだ。

(もしかしてあの約束を、ずっと......?)

 その言葉が現実的に叶わないと分かっていても、世界のどこにも味方がいなかった私には、それがどれだけ救いになったことか。
 愛する者を救うために地獄に落ちた男は、愛する者がずっと欲しかった自由を運んでくれた。
 それなら私は応えなければいけないだろう、彼の誠意に。いや恋心に。

 「でも、まずはお友達からです!」

 「ははっ、喜んで」








 ――『魔女』

 それは忌まわしい悪霊と契約したとされる人間のことを指す。魔”女”とされるが、実際は女に限らす男も含まれるものとする。
 あの日、一人の少女の首が落とされる直前、ニヤリと嗤ったその”魔女”は今もずっと彼女の隣で幸せに暮らしているらしい。
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