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 そして夜会の日がやってきた。

 この日は朝からノーラによる入念な準備が行われ、いまだに慣れない私はすでに疲労困憊である。
 それに今日は緊張している。この国の女性の頂点である王妃様に新商品を献上するのだ。もちろんいいものができたとの自負はあるが、それでもさすがに緊張する。


 (そりゃ王妃様相手だもの。緊張するのは当たり前よ。…それなのにリオの前でも緊張するのはなぜかしら)


 私は今馬車に揺られ夜会の会場である王城へと向かっている。馬車には私とノーラ、それにリオとケビンが乗っている。別にリオと二人っきりというわけではないのだが、あの日からなんだがリオに会う度に緊張からかドキドキしてしまう。
 あの後に会うリオはいつもどおりだった。だけど会う度に跪いて手を取られたことや、真剣な声と眼差しが記憶に甦ってしまう。


 (私ったらどうしちゃったのよ…)


 今まで頼れる兄としか見ていなかったリオを一人の男性だと認識し始めたからなのだが、今まで恋愛に全く興味がなかったヴァイオレットが気づくわけもなく。
 一人悶々とした気持ちを抱えながら馬車は王城へと向かうのであった。




 ◇◇◇




「ヴィー、お手をどうぞ」

「…ありがとう」


 リオの手を借りて馬車から降り、そのままエスコートされて会場へと入っていく。ノーラとケビンも私たちの付き添いとして共に会場へと入る。会場へ入ると至るところから視線を感じた。


「グレイル公子様よ!今日も素敵だわ…」
「リオンハルト様が女性を…」
「あの女は誰なのよ…!」


 どうやら感じた視線はリオを狙っている女性からのものだったようだ。道理で視線が痛いと思った。やはりリオは女性からの人気がすごい。


「…リオってやっぱりモテるのね」

「ん?急にどうしたんだ?」

「いえ、会場にいる令嬢からの視線がすごいから気になっちゃって…」

「ああ。ヴィーがすごくきれいだからな」

「っ!そ、そんなわけないわよ!私がきれいだなんて…。き、きっとリオの隣にいる私が邪魔だからだわ」

「そんなわけないだろう?よく耳を澄ませて聞いてみなよ。みんな言っているぞ。青いドレスを着た美しい女性は一体誰なんだ、ってね」

「え?」


 そんなわけないだろうと思ったが、ちょっと気になってしまいそっと周りの声に耳を澄ましてみた。


「あの美しい女性は誰なんだ?」
「初めて見る方だけどとてもきれいな方ね」
「グレイル公子が相手じゃなければぜひとも一曲踊りたかった」
「悔しいけどお似合いね…」


「っ!」


 (わ、私とリオがお似合い!?リオが格好いいのは昔から知っているけど…!)


「な、言っただろう?みんなヴィーのことが気になって仕方ないんだよ」

「…みんなの目がおかしいのよ」

「ヴィーは誰よりも美しいさ」

「っ!…リオは最近変わったわね。前はそ、そういう言葉は言わなかったじゃない」

「…ここで変わらなくちゃ後がないからな」

「え?それはどういう…」

『国王陛下ならびに王妃陛下のご入場です!』


 先程の言葉が気になりリオにどういう意味か聞こうとしたところ、ちょうど国王様と王妃様の入場と重なってしまった。私は頭を下げる前にチラっとリオの方に視線をやると、リオが私を見て微笑んでいた。


 (っ!…どうして?)


 私は急ぎ頭を下げ礼を執ったが、国王様と王妃様が入場されている間も先程見たリオの顔が頭から離れない。
 表情はとても穏やかに微笑んでいただけ。だけど気づいてしまった。穏やかとは正反対の熱の籠った視線に。


 (どうしてあんな…)


「ヴィー、これ持って」

「っ!あ、ありがとう」


 先程のリオの顔を思い出していたら、いつの間にか国王様が夜会の開催を宣言する直前であった。急いでリオから受け取ったグラスを掲げる。


「――それではここに開催を宣言する。乾杯」

「「「乾杯」」」


 そうして夜会が始まった。私にとって勝負の夜会が。


 (…そうよ。今は戸惑っている場合じゃないわ。今日は私にとって勝負の日なのよ。この日のために準備してきた時間を無駄にするわけにはいかないわ!)


 私は手に持ったグラスの中身を一気に飲み干した。リオのことは気になるが、今一番大切なことは王妃様へ新商品を献上することだ。ここの判断を間違えるわけにはいかない。


「っ、よし!やるわよ!」

「今日が勝負だもんな。じゃあ早速挨拶に行こうか」

「…ええ。行きましょう!」


 今日の私はベル商会のオーナーとして夜会に参加しているのだ。個人的なことは仕事が終わってから考えればいい。

 私は気合いを入れ直し国王様と王妃様への挨拶に向かうのだった。
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