対ソ戦、準備せよ!

湖灯

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★TOKYO 1940★

【Tokyo 1940③】

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 招待国が東京湾に到着した翌日の9月13日、イタリアの統治下にあるリビアからイタリア軍が隣国のエジプトに侵攻する事態が報じられた。

 エジプト選手団は急遽帰路に就くかどうかの判断を迫られる形となったが、本国から今から帰って来るのは危険だから、国のためにもオリンピックで頑張って欲しいという要請があり日本に留まることとなった。



 昭和15年9月21日に開会した東京五輪は参加30カ国と地域が24の競技を行い、欧州勢が居ない中とは言え各会場で白熱した熱戦が繰り広げられ、特に他国の侵略を受けながらも真摯に競技を続けるエジプトには盛大な声援が送られるばかりでなく、その声援は日本と対戦する時も衰えることなく逆に日本よりも大きな声援が送られた。



 全ての競技を見ることは出来なかったが、その模様はラジオで伝えられ、家庭にラジオのない人たちのために街の至る所に街頭ラジオが設置されその周辺には連日大勢の人が集まっていた。



 テレビという家庭用映像媒体が普及して通信衛星による世界同時放送も可能となっている未来から来た薫さんには少し退屈なのかと思っていたが、私よりも薫さんの方がむしろ積極的で土曜日の半ドン(午後から休み)と日曜日は私も薫さんに連れられて各会場を巡って観戦した。



 特に東京湾上空で行われたグライダーによる滑空競技を観に行ったときは上空を飛ぶグライダーを走って追いかけたりターンポイントを優雅に回るグライダーの様子を、まるで子供たちがそうするように両手を広げて私にみせたりと騒いでいたばかりでなく、競技が終わった帰り道でもその興奮は冷めやらず手を焼かせた。



 いまや各企業の技術顧問として引っ張りだこになっている柳生さんには、この様なイベントにはあまり興味を抱かないのかと思っていたが、特定の企業に縛られないその立場を利用して彼は東京五輪期間中全ての依頼を断って連日競技の観戦に足繁く通う熱中ぶりだった。



 未来の世界にあるテレビも通信衛星もないので生中継とはいかないものの、映画用フィルムに収められた五輪競技の様子は各地の映画館で上映され、連日多くの人が映画館に押し掛けて賑わった。

 また近くに映画館のない地域には学校にフィルムが配られ、暗くなったころ学校の運動場に白い幕が張られて地域の人たちが集まって五輪の様子を観戦した。



 こうして東京五輪は大いに盛り上がり、欧州各国の参加がなかったので日本は過去最高のメダル数を獲得したが、収穫はそれだけではない。

 特に目立ったのはアジア勢の活躍。

 中国は水泳の飛び込み競技と水球で優勝し、イギリス領インド帝国はホッケーで優勝。

 日本の招待国の中でもマラソンで優勝したエチオピアを筆頭に、サッカーで銀メダルを獲得したサウジアラビアと銅メダルを獲得したイラン。

 柔道で銀メダルを獲得したイラクと銅メダルを獲得したモンゴル。

 重量挙げで銅メダルを獲得したアフガニスタンなど、いままで五輪に参加したこともなかった国々も目覚ましい活躍を見せ欧米人が唱える白人優位主義に一石を投じ、東京五輪は16日間の日程を無事に終え10月6日に閉会した。



 閉会式で駒沢五輪競技場のトラックを各国の選手たちが笑顔で手を振りながら歩く姿に、満員の観客たちは惜しみない拍手を贈る。

 薫さんも最初は拍手を贈っていたが、途中から人目も気にせずにボロボロと涙を零して泣き出してしまった。

 私は感動屋の薫さんが、感極まって泣き出したのかと思い「みんなよくやった。頑張った!」と言いながら俯せて泣く薫さんの小さな頭を撫でていると、彼女は「違うの」と言った。



「違う?」

 思いもよらない言葉に戸惑う私に、薫さんは私の膝に屈むようにして理由を明かす。

 本当なら、ここに来て同じ様に競技を終えて笑顔で手を振るはずだった人たちが、今は戦場となった国々で苦しい思いをしていると思うと耐えられなくなったこと。

 世界中の人たちが戦争という暗いニュースではなく、街の街頭ラジオや映画館で世界の国々を自由に応援できる世の中に暮らせていないことを思うと、悔しくてたまらないと。



 薫さんの言葉は重く、彼女の髪を撫でるしかできないでいた私にも堪えたが、勇気を持って彼女に伝えた。

「君たちは、そういう世の中を実現するために、この時代に来たんだろう? それなのに何をくじけているんだ」と。

 薫さんは私の言葉に泣きながら「うん」とだけ答えたあと、小さな声で「もう少し、このままで居させて」と言った。

 私たちの両隣の席に居た人たちは、会話から何となく事情を悟ってくれたらしく優しく見守ってくれていたが、斜め後ろの席に居たオバサンが「まあ、なんてハシタナイ‼」と軽蔑する言葉を投げつけた。

 たしかに斜め後ろから見れば、私たちの全体像が見えないのでそう思っても不思議じゃない。

 しかし、それで軽蔑するのは早過ぎる。

 薫さんは純粋な心で泣いていて、決して軽蔑されるようなことは何もしていない。

 だから私は、オバサンの言葉には耳を貸さずに、薫さんの心が落ち着くまで小さな彼女の頭を撫で続けてあげた。





 閉会式も終わり、招待した国と地域の選手団を祖国に送る段になって問題があった。

 それは今現在イタリアによる侵攻を受けているエジプト選手団のこと。



 日本政府はエジプト選手団に戦火が治まるまで日本に残れるように配慮したが、彼らは祖国や祖国の家族が心配だからたとえ戦場になっていても帰ることを決断した。
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