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仲直りのところてん
お文がくる
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細い竹の棒を猿を形どった人形がひょこひょこと揺れながらゆっくりと下りていく、朔太郎はそれを目を輝かせて見ていた。
「面白いねえ」
声をかけるとこくんと頷きまたじっと見ている。
「さてこれで、よし、と」
田楽屋の腰掛けに座り青い千代紙でできた風ぐるまを手に、真っ黒に日焼けした少女が言う。からから売りのお文である。
「坊や、これでまた回るよ」
朔太郎に声をかけて、振り向いた彼の前でふーっと息を吹きかける。風ぐるまはくるくると回った。
「おお! まわった」
朔太郎が嬉しそうに声をあげ受け取ると、自分もふーっとやった。
「やっぱり餅は餅屋だね」
のぶは感心して息を吐いた。
今日、店じまいをしたばかりの田楽屋に、からから売りのお文に来てもらったのは、朔太郎の風ぐるまが壊れてしまったからである。
彼は風ぐるまを気に入って大切にしていたが、しょっちゅう走り回って遊んでいたから二日まえに転んで床にぶつけてしまったのである。
盛大に泣くのがかわいそうで、のぶは一生懸命直してやろうとしたが、あまりうまくいかなかった。一晩寝れば忘れると晃之進は言ったが、そんなことはなく次の日もしょんぼりしていた。
だからのぶはさちに頼んでお文に来てもらうことにしたのである。同じような青い千代紙のものを買い求めようと思ったのだ。
お文は、先を割った長い竹の棒を担いでやってきた。細かく割った竹の先に、でんでん太鼓、都鳥などの玩具がたくさん結びつけられているのである。
もちろんその中に風ぐるまもあったのだが、朔太郎の壊れた風ぐるまを見たお文は、直してやろうと言って、すぐに取り掛かったのである。
新しいものを売る方が、儲けになるはずなのに、なんて商売っけのない娘なのかとのぶは思う。お文は、嬉しそうに風ぐるまにふーっとやる朔太郎を、同じくらい嬉しそうに見ている。
のぶは風ぐるまを買うつもりだったぶん金子で別のおもちゃを買い求めることにした。
朔太郎は、都鳥という木の周りをくるくると鳥が飛んでいるかのようなおもちゃを選んだ。
「一日中歩き回ってお腹が空いたでしょう? よかったら、食べていって。商売もので申し訳ないけど、」
「ありがとうございます」
田楽を差し出すと、お文は嬉しそうに頷いてかぶりつく。そんな姿は、のぶからしたらまだ子どもに見える。
「お文ちゃん、いくつ?」
「十五になりました」
「そう、若いのにひとり立ちしてえらいわね。お手なみも鮮やだし、私がやっても全然うまく回らなかったのに」
「ちょっとコツがいるんです。練習するれば誰にでもできるようになりますよ」
お文が田楽を頬張りながら答えた。
「でも手先が器用でないと……これ全部お文ちゃんが作ったの?」
「はい」
「そう、誰におしえてもらったの?」
からから売りはたいていじいさんで、こんな若い子、しかも娘というのは珍しい。
「近所からから売りのじいさんにおしえてもらったんです。もともとは弟のために作ってやろうと思って習っていたんですが、筋がいいって言われて……。で、親が亡くなってから本腰を入れておしえてもらうことになりました。そのじいさんが、江戸の町を売り歩くのがなんぎになってきたので、去年島を引き継ぎました」
「そう、ご両親が亡くなっているの。苦労したのね」
この歳の娘が顔を真っ黒にして毎日江戸の町を売り歩いているのだから、わけありだと思ったがその通りだった。自分も両親を早くに亡くしているのぶは、しんみりとした気持ちになる。
けれど当のお文はさっぱりしたものだった。
「いえ、生きてるときのほうが苦労させられましたよ。母親は早くに亡くなったんですが父親が飲んだくれでしたから。今はこうして商売ができるんだからありがたいです。あたしは手仕事も好きだけど、子どもが好きだから、この仕事は天職だと思っております」
「いつもはどのあたりを回るの?」
のぶが尋ねると彼女は田楽をもぐもぐしながら、すらすらと答える。
「もちろん日によって違いますが、たいていは……寝ぐらが今川町なんですが、そこから冨岡さんの門前町を通って堀まで行ってあとは堀に沿って浄心寺まで山本町を通って、二橋町堀りに沿って松平様のお屋敷の前を通って霊義寺のあたりから……」
「それじゃ深川ほとんどじゃない!」
思わずのぶは声をあげる。いくら若いからといっても、暑い寒いもあるだろうに。
「はい、だけどこういうのはそうたくさん売れるものでもありませんし、武家屋敷や大店のお得意先もないですから、とにかく足で稼ぐしかありません」
「感心ね……だけどそんなに一日中歩いてるなら、弟さんはどうしてるの?」
弟がいくつかは知らないが、そもそもお文が若いからまだ子どもなのではないだろうかと思ったのだ。
お文の顔にさっと影が差した。
「弟は死にました。親が亡くなる前の年に」
「そうなの……」
さっき父親の話をしたときとは正反対の反応だった。そもそも、弟のためにおもちゃ作りを学んだという話だから可愛がっていたのだろう。
「お文ちゃん、家はいつもの道から外れているようだけど、これからはときどき寄ってくれる? うちにはさくちゃんがいるし」
その際は、今みたいになにか食べさせてやろうと思う。のぶにできることは、そのくらいなのだけど。
「はい、これからもご贔屓に」
気を取り直したようにお文はにかっと笑う。田楽を食べ終えて、彼女は通りを富吉町の方へ向かって歩いていく。
ねぐらの今川町へ帰るにしては、遠回りになる方向だ。もう日が傾いているというのに、もうひと稼ぎして帰るのだろう。
デンデンデンという太鼓がなる音につられるように、近所の子どもらがついていく。たくましい背中にのぶの胸が熱くなった。
「面白いねえ」
声をかけるとこくんと頷きまたじっと見ている。
「さてこれで、よし、と」
田楽屋の腰掛けに座り青い千代紙でできた風ぐるまを手に、真っ黒に日焼けした少女が言う。からから売りのお文である。
「坊や、これでまた回るよ」
朔太郎に声をかけて、振り向いた彼の前でふーっと息を吹きかける。風ぐるまはくるくると回った。
「おお! まわった」
朔太郎が嬉しそうに声をあげ受け取ると、自分もふーっとやった。
「やっぱり餅は餅屋だね」
のぶは感心して息を吐いた。
今日、店じまいをしたばかりの田楽屋に、からから売りのお文に来てもらったのは、朔太郎の風ぐるまが壊れてしまったからである。
彼は風ぐるまを気に入って大切にしていたが、しょっちゅう走り回って遊んでいたから二日まえに転んで床にぶつけてしまったのである。
盛大に泣くのがかわいそうで、のぶは一生懸命直してやろうとしたが、あまりうまくいかなかった。一晩寝れば忘れると晃之進は言ったが、そんなことはなく次の日もしょんぼりしていた。
だからのぶはさちに頼んでお文に来てもらうことにしたのである。同じような青い千代紙のものを買い求めようと思ったのだ。
お文は、先を割った長い竹の棒を担いでやってきた。細かく割った竹の先に、でんでん太鼓、都鳥などの玩具がたくさん結びつけられているのである。
もちろんその中に風ぐるまもあったのだが、朔太郎の壊れた風ぐるまを見たお文は、直してやろうと言って、すぐに取り掛かったのである。
新しいものを売る方が、儲けになるはずなのに、なんて商売っけのない娘なのかとのぶは思う。お文は、嬉しそうに風ぐるまにふーっとやる朔太郎を、同じくらい嬉しそうに見ている。
のぶは風ぐるまを買うつもりだったぶん金子で別のおもちゃを買い求めることにした。
朔太郎は、都鳥という木の周りをくるくると鳥が飛んでいるかのようなおもちゃを選んだ。
「一日中歩き回ってお腹が空いたでしょう? よかったら、食べていって。商売もので申し訳ないけど、」
「ありがとうございます」
田楽を差し出すと、お文は嬉しそうに頷いてかぶりつく。そんな姿は、のぶからしたらまだ子どもに見える。
「お文ちゃん、いくつ?」
「十五になりました」
「そう、若いのにひとり立ちしてえらいわね。お手なみも鮮やだし、私がやっても全然うまく回らなかったのに」
「ちょっとコツがいるんです。練習するれば誰にでもできるようになりますよ」
お文が田楽を頬張りながら答えた。
「でも手先が器用でないと……これ全部お文ちゃんが作ったの?」
「はい」
「そう、誰におしえてもらったの?」
からから売りはたいていじいさんで、こんな若い子、しかも娘というのは珍しい。
「近所からから売りのじいさんにおしえてもらったんです。もともとは弟のために作ってやろうと思って習っていたんですが、筋がいいって言われて……。で、親が亡くなってから本腰を入れておしえてもらうことになりました。そのじいさんが、江戸の町を売り歩くのがなんぎになってきたので、去年島を引き継ぎました」
「そう、ご両親が亡くなっているの。苦労したのね」
この歳の娘が顔を真っ黒にして毎日江戸の町を売り歩いているのだから、わけありだと思ったがその通りだった。自分も両親を早くに亡くしているのぶは、しんみりとした気持ちになる。
けれど当のお文はさっぱりしたものだった。
「いえ、生きてるときのほうが苦労させられましたよ。母親は早くに亡くなったんですが父親が飲んだくれでしたから。今はこうして商売ができるんだからありがたいです。あたしは手仕事も好きだけど、子どもが好きだから、この仕事は天職だと思っております」
「いつもはどのあたりを回るの?」
のぶが尋ねると彼女は田楽をもぐもぐしながら、すらすらと答える。
「もちろん日によって違いますが、たいていは……寝ぐらが今川町なんですが、そこから冨岡さんの門前町を通って堀まで行ってあとは堀に沿って浄心寺まで山本町を通って、二橋町堀りに沿って松平様のお屋敷の前を通って霊義寺のあたりから……」
「それじゃ深川ほとんどじゃない!」
思わずのぶは声をあげる。いくら若いからといっても、暑い寒いもあるだろうに。
「はい、だけどこういうのはそうたくさん売れるものでもありませんし、武家屋敷や大店のお得意先もないですから、とにかく足で稼ぐしかありません」
「感心ね……だけどそんなに一日中歩いてるなら、弟さんはどうしてるの?」
弟がいくつかは知らないが、そもそもお文が若いからまだ子どもなのではないだろうかと思ったのだ。
お文の顔にさっと影が差した。
「弟は死にました。親が亡くなる前の年に」
「そうなの……」
さっき父親の話をしたときとは正反対の反応だった。そもそも、弟のためにおもちゃ作りを学んだという話だから可愛がっていたのだろう。
「お文ちゃん、家はいつもの道から外れているようだけど、これからはときどき寄ってくれる? うちにはさくちゃんがいるし」
その際は、今みたいになにか食べさせてやろうと思う。のぶにできることは、そのくらいなのだけど。
「はい、これからもご贔屓に」
気を取り直したようにお文はにかっと笑う。田楽を食べ終えて、彼女は通りを富吉町の方へ向かって歩いていく。
ねぐらの今川町へ帰るにしては、遠回りになる方向だ。もう日が傾いているというのに、もうひと稼ぎして帰るのだろう。
デンデンデンという太鼓がなる音につられるように、近所の子どもらがついていく。たくましい背中にのぶの胸が熱くなった。
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