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運命のつがい
大切だからだよ
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発情期は、恋人や伴侶がいれば、誰にも邪魔をされなずに過ごせる幸せな蜜月期間だ。相手がまだいないのであれば抑制剤で衝動を抑えて部屋に篭ってやり過ごせばいい。
でも僕は避妊薬を飲むので症状を和らげる作用のある抑制剤が飲めなかった。薬に弱い体質みたいで両方飲むと飲み過ぎになるらしいのだ。初めての時に嘔吐したのは抑制剤と避妊薬をどちらも飲んだことによる過剰摂取だったのだ。
抑制剤を飲まない発情期は高村さんと体の相性が良すぎることもあり、ずっと頭も体もドロドロの状態だった。最中ならどんな痴態も取るし、痛いのも構わなくなる。だがそれらは正気に戻ったあとは辛かった。血だらけの爪は痛いし、アクロバティックな体位も、必死に懇願する自分の声もひっきりなしの嬌声も、思い出したら死にたくなる。
中でもそんな僕を見て嘲笑する高村さんの目が何よりも心をえぐった。
好きになって欲しい。優しくして欲しい。
本能はそう願っているのに、逆に情けない姿を嗤われて心が暗い深淵に沈んでいく。
体の痛みと自分の行動がコントロール出来なくなる恐怖、そして高村さんの蔑む視線に気持ちが萎縮するようになり、僕はすっかり発情期が怖くなっていった。
ヒートの最中に皮の首輪を外そうとノドを掻き毟るから、毎回僕の手は血だらけになった。
高村さんに「俺が虐めてるみたいだからやめろ」と言われるけど、無意識にやっているから止められないんだ。だから高村さんが悪いわけじゃない。だけど周りのみんなは、僕の絆創膏を貼った指や体から見える部分の傷を見て、高村さんを非難していた。
でも面と向かっては 口に出来ない。それは、相手が立場の強いαだからという理由だけじゃなく、誰しもヒート中は本能がむき出しになり、悪気がなくてもやり過ぎることがあるからだ。多少の傷ならばしょうがないのだ。また、一般的にαは自分のΩに対する執着心と独占欲が凄まじい。へたに口を挟むと拗れることが多いので、滅多なことがなければ、たとえαであっても他人は干渉しない。
でも藤代先輩は高村さんに怒鳴りに行こうとしてくれた。
見たこともない怖い顔になり、怒りを露わにした強いオーラで周りを圧倒し、クルリと背を向けて高村さんの所へ向かおうとした。
僕も威圧されて固まっていたけど、ハッと我に返って慌てて先輩の腕を掴んだ。
「ダメ、駄目です!」
「どうして!」
感情が高ぶっているためか、いつもと違って威圧する激しいオーラ。それをまともに浴びた僕の体はガタガタと震えていた。足も逃げ出したがっている。けれど踏ん張り、両手で腕を掴んで必死に首を振った。
文句を言いに行ったら先輩が悪者になる。優しい先輩を巻き込むのだけは絶対に嫌だったのだ。
先輩の怒った顔を泣きそうになりながら見つめていたら、彼は何かを耐える顔をした。
「君は……」
何かを言いかけたけど、そのまま目を閉じ、フーッ、と大きくゆっくり息を吐いた。
短い沈黙が、まるで時が止まったみたいだった。
静かに目を開けた時には威圧するオーラは霧散して、いつもの優しい先輩だった。
「分かった。でも我慢強いことは必ずしも美徳ではないよ。周りのみんなも心配する。何かあったら必ず言って助けを求めなさい」
「はい。……ありがとうございます」
「じゃあ携帯を出して。僕の連絡先を登録しておくから」
「えっ、いえ、それは」
僕がまごまごしていると、先輩は僕のカバンからサッと携帯を取り出し、ササッと登録をしてしまった。なんという早技なんだ。そんなことより、Ωの僕が殿上人である先輩の番号を知ってしまってもいいのだろうか。
「僕でも友達でも誰でもいいから。迷惑なんて考えなくていい、助けられない方がつらい。いいね、困ったらすぐに連絡をするんだよ」
「……どうして、」
どうしてそこまでしてくれるんですか。僕はあなたに何も返せないのに。
「大切だからだよ。君に痛かったりつらかったりしてほしくない」
「――――」
運命の相手にさえ蔑ろにされているみすぼらしいΩだというのに、後輩というだけでここまで言ってくれるなんて。
心配をかけてごめんなさい。
そして、僕なんかのために、あんなに怒ってくれてありがとうございます。
でも僕は避妊薬を飲むので症状を和らげる作用のある抑制剤が飲めなかった。薬に弱い体質みたいで両方飲むと飲み過ぎになるらしいのだ。初めての時に嘔吐したのは抑制剤と避妊薬をどちらも飲んだことによる過剰摂取だったのだ。
抑制剤を飲まない発情期は高村さんと体の相性が良すぎることもあり、ずっと頭も体もドロドロの状態だった。最中ならどんな痴態も取るし、痛いのも構わなくなる。だがそれらは正気に戻ったあとは辛かった。血だらけの爪は痛いし、アクロバティックな体位も、必死に懇願する自分の声もひっきりなしの嬌声も、思い出したら死にたくなる。
中でもそんな僕を見て嘲笑する高村さんの目が何よりも心をえぐった。
好きになって欲しい。優しくして欲しい。
本能はそう願っているのに、逆に情けない姿を嗤われて心が暗い深淵に沈んでいく。
体の痛みと自分の行動がコントロール出来なくなる恐怖、そして高村さんの蔑む視線に気持ちが萎縮するようになり、僕はすっかり発情期が怖くなっていった。
ヒートの最中に皮の首輪を外そうとノドを掻き毟るから、毎回僕の手は血だらけになった。
高村さんに「俺が虐めてるみたいだからやめろ」と言われるけど、無意識にやっているから止められないんだ。だから高村さんが悪いわけじゃない。だけど周りのみんなは、僕の絆創膏を貼った指や体から見える部分の傷を見て、高村さんを非難していた。
でも面と向かっては 口に出来ない。それは、相手が立場の強いαだからという理由だけじゃなく、誰しもヒート中は本能がむき出しになり、悪気がなくてもやり過ぎることがあるからだ。多少の傷ならばしょうがないのだ。また、一般的にαは自分のΩに対する執着心と独占欲が凄まじい。へたに口を挟むと拗れることが多いので、滅多なことがなければ、たとえαであっても他人は干渉しない。
でも藤代先輩は高村さんに怒鳴りに行こうとしてくれた。
見たこともない怖い顔になり、怒りを露わにした強いオーラで周りを圧倒し、クルリと背を向けて高村さんの所へ向かおうとした。
僕も威圧されて固まっていたけど、ハッと我に返って慌てて先輩の腕を掴んだ。
「ダメ、駄目です!」
「どうして!」
感情が高ぶっているためか、いつもと違って威圧する激しいオーラ。それをまともに浴びた僕の体はガタガタと震えていた。足も逃げ出したがっている。けれど踏ん張り、両手で腕を掴んで必死に首を振った。
文句を言いに行ったら先輩が悪者になる。優しい先輩を巻き込むのだけは絶対に嫌だったのだ。
先輩の怒った顔を泣きそうになりながら見つめていたら、彼は何かを耐える顔をした。
「君は……」
何かを言いかけたけど、そのまま目を閉じ、フーッ、と大きくゆっくり息を吐いた。
短い沈黙が、まるで時が止まったみたいだった。
静かに目を開けた時には威圧するオーラは霧散して、いつもの優しい先輩だった。
「分かった。でも我慢強いことは必ずしも美徳ではないよ。周りのみんなも心配する。何かあったら必ず言って助けを求めなさい」
「はい。……ありがとうございます」
「じゃあ携帯を出して。僕の連絡先を登録しておくから」
「えっ、いえ、それは」
僕がまごまごしていると、先輩は僕のカバンからサッと携帯を取り出し、ササッと登録をしてしまった。なんという早技なんだ。そんなことより、Ωの僕が殿上人である先輩の番号を知ってしまってもいいのだろうか。
「僕でも友達でも誰でもいいから。迷惑なんて考えなくていい、助けられない方がつらい。いいね、困ったらすぐに連絡をするんだよ」
「……どうして、」
どうしてそこまでしてくれるんですか。僕はあなたに何も返せないのに。
「大切だからだよ。君に痛かったりつらかったりしてほしくない」
「――――」
運命の相手にさえ蔑ろにされているみすぼらしいΩだというのに、後輩というだけでここまで言ってくれるなんて。
心配をかけてごめんなさい。
そして、僕なんかのために、あんなに怒ってくれてありがとうございます。
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