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運命のつがい
優しさの欠片
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藤代のオーラが高村を威圧した。そこには皆に慕われるにこやかな姿など微塵もない。存在感が全く違う。
「……それがあんたの本性か」
「高村、見てごらんよ、甘えるこの子はなんて可愛いんだろうね」
「そんなの気持ち悪いだけだろ。地味で平々凡々、 Ωの可愛げなんてちっともありゃしない。どっから見てもフツーの野郎じゃねえか。ま、そんなんでも一応俺の相手なんで返してください」
「お前の相手?いいや、これは私の相手だ。お前の番は死んでしまったのだからね。凄くいい子だったよ。とても我慢強い子だった。いくら私が手を差し伸べても、最後の最後まで一人で耐えていた」
「何でそんな過去形で話すんだよ。その言い方だとまるでホントに死んじまってるみたいじゃないか。気味が悪い」
高村がαでなければ、この威圧感にはきっと耐えられなかったであろう。そんな異様な力を持つ男が語る、薄気味悪い話。ありえない話だというのに、嫌な予感がして背筋に冷たいものが走った。
「お前はこの子がヒートの最中に体中を掻き毟っていたのを知っていたね」
「ああ、あれね。幾ら止めても止めやしねえ。あれは病気でしょ。気持ち悪い。だから俺は……」
「逃げた。発情期で呼ばれたのに、そこらにいた適当な女に夢中な振りをして避けた。晶馬の体がお前しか受け付けないことを知っておきながら。あの子は、これまで発情期でお前から酷い扱いを受け続け、心も体ももはや限界だったのだ。私が行くのがあと少しでも遅かったなら、心か体かそれとも両方か、どれかが壊れて死んでいただろう。私が間に合っても間に合わなくても、お前の番は死んだのだ」
「だから、何であんたはさっきからそいつが死んだみたいに言ってんだよ。そこに生きてるじゃん」
「高村、晶馬は鎖を切ったと言ったが、お前の言うとおり、運命の鎖は切れない。死なない限りな」
「そうでしょ、だから生きてる限りそいつは俺のだ」
生きてる限り。
死んだ俺の番。
俺のではない晶馬。
高村は、奇妙なパズルが頭の中で噛み合い始めたことに苛立ちを感じ、イライラと足を揺すりだした。
「今回お前が来なかったせいで苦しんで、逃れる術がなくなった晶馬はやっと私を呼んだ。助けを求めた晶馬に応え、体をこじ開けて私の精子を注いだ時、彼の体はお前ではない精子を異物とみなしてアナフィラキシーショックを起こした。その結果、心臓が停止した。運命の番であるお前以外が抱いたから、晶馬はショックで死んだのだ」
「!」
「だが、その直前に私は彼のうなじを噛んで私の番にしていた。ショック死の原因となった私の精子を、番の子種と認識させ、私の心臓マッサージで息を吹き返させた。今私の腕の中で眠る晶馬は、私の番として甦った別の存在だ。お前の番ではない。この子の体も、もうお前を必要としない」
「そんな……嘘だろ、一度死んで別の存在として戻ってきた?そんなことが出来る訳ない!ありえない!」
「出来る訳ないだろうね、普通なら。だが私は全ての種の上に君臨する最上位種、稀少種だ」
その瞳は、到底人とは思えなかった。いつの間にか金に変わっていた虹彩は、獰猛な獣のようでもあり、気高いオリュンポスの神のようでもあった。その目でこちらを睥睨し、静かに口角を上げる藤代のオーラを、高村の肌はビリビリと痛いように感じていた。
「今まではさほど必要性を感じなかったが、この時ほど己が稀少種に生まれた事を神に感謝したことはない。この私がうなじを噛み、私の子種を胎内に抱えさせた私の番を、運命ごときが奪えるものか。私の命令は全ての種に絶対である。晶馬は私の呼びかけに応え、私の番として戻ってきた」
「ばかな……稀少種は……そんなことも出来るのか……」
「諦めろ。お前の番はもういない。死んだんだ」
「そんな!そんなことがあるもんか!それは俺のだ!返せ!返せよ!返してくれ!!」
高村はここにきてようやく焦りを憶えた。これまでは運命という絶対的な繋がりの上に胡坐をかき、喪失を少しも疑っていなかったのだ。
「もしお前が少しでも優しくしていたなら、私は晶馬を手に入れられなかった。運命が引き合う力は絶対で、そのうえ晶馬はお前を好きになりたがっていたのだから。お前が少しでも好意を示せば、お前達はたちどころに恋に落ちただろう。そうなればいくら私といえども引き離すことは出来なかった。
しかしお前は徹底的に晶馬を拒絶した。運命に屈したくなかった?それとも相手が男でありふれた外見をしているという事実をプライドが許さなかった?ククッ、愚かだな。だが、そのお陰で私は晶馬を手に入れる事が出来た。もっとも、私のほうが先に見初めていたのだから取り戻したというべきか」
「なあ、あんたみたいな全てを兼ね備えている存在が、何であんな奴にこだわるんだよ。あんたの周りには他に良いのがいっぱいいるじゃねえか。他のでいいだろ」
高村は不思議でならなかった。
「本当に分からなかったのか?この子は私達αが惹かれる最上級の理想を持ったΩなのに。我々αは、高い知能と身体能力を所有して生まれてくる。それ故に、相反する弱き存在により強く惹きつけられる。本能が庇護したいと訴えるのだ。我々がΩに惹かれるのは見た目の美しさや可愛らしさだけではない。その弱さも愛おしい。
お前はこの子を犯しはしても慈しんで抱きはしなかった。運命の相手に愛されず犯し続けられるこの子は、どれだけ辛く恐ろしかったであろうか。それを誰にも言わずに心に秘め、ずっと耐えていた。いつかお前が優しくしてくれる、自分もきっとお前を好きになれると信じていた。
最も我慢強く、最も可哀想で、最も健気でいじらしい。知れば知るほど庇護欲を掻き立てられるこの存在を、お前はどうして愛せなかった」
「!」
そうだ、俺だって本当は......
「本当は惹かれていただろう?自分でも分かっていた筈だ。知れば知るほどこの子の魅力は見えてきた。ましてや互いに惹かれ合う運命の相手だ。惹かれない筈がない。
だが優しく出来なかった。αのプライドが、凡庸な男を伴侶と認められなかったか?
酷い目に遭ってる姿を見下す事で、運命に勝った気分になったか?
目が合えば追い払い、噛んでと求められれば縛った。ヒートの最中も見下し嘲笑い、掻き毟る姿も止められず、挙句の果てに晶馬と向き合えずに逃げた」
止めろ、言うな、それ以上言うな……
「ところで一体どうすれば掻き毟るのを止めさせられたか分かるか?」
どうすれば?方法なんてあったのか?
「至って簡単。ほんの少し、欠片だけでもあの子に優しくすれば良かったのだ。そうすればあの子は犯され続ける体を汚いと掻き毟ることを止め、愛してもらえる愛しい体として大事に出来た。お前は晶馬から逃げずに済み、私が彼に呼ばれることもなかった。ほんの少しだけ、たったひと言優しい言葉を掛けただけでお前の番は死なずに済んだのだ。たったそれだけの事を許さなかったお前のプライドが、あの子を殺したんだ」
たったそれだけ?
たったそれだけで良かったのか!!
たったそれだけであいつは掻き毟ることを止めた。
たったひと言、それだけであいつは俺と恋に落ちた。
ほんのひとかけらの優しさ、それだけであいつは、あいつは、あいつは……
死ななかった―――
「……それがあんたの本性か」
「高村、見てごらんよ、甘えるこの子はなんて可愛いんだろうね」
「そんなの気持ち悪いだけだろ。地味で平々凡々、 Ωの可愛げなんてちっともありゃしない。どっから見てもフツーの野郎じゃねえか。ま、そんなんでも一応俺の相手なんで返してください」
「お前の相手?いいや、これは私の相手だ。お前の番は死んでしまったのだからね。凄くいい子だったよ。とても我慢強い子だった。いくら私が手を差し伸べても、最後の最後まで一人で耐えていた」
「何でそんな過去形で話すんだよ。その言い方だとまるでホントに死んじまってるみたいじゃないか。気味が悪い」
高村がαでなければ、この威圧感にはきっと耐えられなかったであろう。そんな異様な力を持つ男が語る、薄気味悪い話。ありえない話だというのに、嫌な予感がして背筋に冷たいものが走った。
「お前はこの子がヒートの最中に体中を掻き毟っていたのを知っていたね」
「ああ、あれね。幾ら止めても止めやしねえ。あれは病気でしょ。気持ち悪い。だから俺は……」
「逃げた。発情期で呼ばれたのに、そこらにいた適当な女に夢中な振りをして避けた。晶馬の体がお前しか受け付けないことを知っておきながら。あの子は、これまで発情期でお前から酷い扱いを受け続け、心も体ももはや限界だったのだ。私が行くのがあと少しでも遅かったなら、心か体かそれとも両方か、どれかが壊れて死んでいただろう。私が間に合っても間に合わなくても、お前の番は死んだのだ」
「だから、何であんたはさっきからそいつが死んだみたいに言ってんだよ。そこに生きてるじゃん」
「高村、晶馬は鎖を切ったと言ったが、お前の言うとおり、運命の鎖は切れない。死なない限りな」
「そうでしょ、だから生きてる限りそいつは俺のだ」
生きてる限り。
死んだ俺の番。
俺のではない晶馬。
高村は、奇妙なパズルが頭の中で噛み合い始めたことに苛立ちを感じ、イライラと足を揺すりだした。
「今回お前が来なかったせいで苦しんで、逃れる術がなくなった晶馬はやっと私を呼んだ。助けを求めた晶馬に応え、体をこじ開けて私の精子を注いだ時、彼の体はお前ではない精子を異物とみなしてアナフィラキシーショックを起こした。その結果、心臓が停止した。運命の番であるお前以外が抱いたから、晶馬はショックで死んだのだ」
「!」
「だが、その直前に私は彼のうなじを噛んで私の番にしていた。ショック死の原因となった私の精子を、番の子種と認識させ、私の心臓マッサージで息を吹き返させた。今私の腕の中で眠る晶馬は、私の番として甦った別の存在だ。お前の番ではない。この子の体も、もうお前を必要としない」
「そんな……嘘だろ、一度死んで別の存在として戻ってきた?そんなことが出来る訳ない!ありえない!」
「出来る訳ないだろうね、普通なら。だが私は全ての種の上に君臨する最上位種、稀少種だ」
その瞳は、到底人とは思えなかった。いつの間にか金に変わっていた虹彩は、獰猛な獣のようでもあり、気高いオリュンポスの神のようでもあった。その目でこちらを睥睨し、静かに口角を上げる藤代のオーラを、高村の肌はビリビリと痛いように感じていた。
「今まではさほど必要性を感じなかったが、この時ほど己が稀少種に生まれた事を神に感謝したことはない。この私がうなじを噛み、私の子種を胎内に抱えさせた私の番を、運命ごときが奪えるものか。私の命令は全ての種に絶対である。晶馬は私の呼びかけに応え、私の番として戻ってきた」
「ばかな……稀少種は……そんなことも出来るのか……」
「諦めろ。お前の番はもういない。死んだんだ」
「そんな!そんなことがあるもんか!それは俺のだ!返せ!返せよ!返してくれ!!」
高村はここにきてようやく焦りを憶えた。これまでは運命という絶対的な繋がりの上に胡坐をかき、喪失を少しも疑っていなかったのだ。
「もしお前が少しでも優しくしていたなら、私は晶馬を手に入れられなかった。運命が引き合う力は絶対で、そのうえ晶馬はお前を好きになりたがっていたのだから。お前が少しでも好意を示せば、お前達はたちどころに恋に落ちただろう。そうなればいくら私といえども引き離すことは出来なかった。
しかしお前は徹底的に晶馬を拒絶した。運命に屈したくなかった?それとも相手が男でありふれた外見をしているという事実をプライドが許さなかった?ククッ、愚かだな。だが、そのお陰で私は晶馬を手に入れる事が出来た。もっとも、私のほうが先に見初めていたのだから取り戻したというべきか」
「なあ、あんたみたいな全てを兼ね備えている存在が、何であんな奴にこだわるんだよ。あんたの周りには他に良いのがいっぱいいるじゃねえか。他のでいいだろ」
高村は不思議でならなかった。
「本当に分からなかったのか?この子は私達αが惹かれる最上級の理想を持ったΩなのに。我々αは、高い知能と身体能力を所有して生まれてくる。それ故に、相反する弱き存在により強く惹きつけられる。本能が庇護したいと訴えるのだ。我々がΩに惹かれるのは見た目の美しさや可愛らしさだけではない。その弱さも愛おしい。
お前はこの子を犯しはしても慈しんで抱きはしなかった。運命の相手に愛されず犯し続けられるこの子は、どれだけ辛く恐ろしかったであろうか。それを誰にも言わずに心に秘め、ずっと耐えていた。いつかお前が優しくしてくれる、自分もきっとお前を好きになれると信じていた。
最も我慢強く、最も可哀想で、最も健気でいじらしい。知れば知るほど庇護欲を掻き立てられるこの存在を、お前はどうして愛せなかった」
「!」
そうだ、俺だって本当は......
「本当は惹かれていただろう?自分でも分かっていた筈だ。知れば知るほどこの子の魅力は見えてきた。ましてや互いに惹かれ合う運命の相手だ。惹かれない筈がない。
だが優しく出来なかった。αのプライドが、凡庸な男を伴侶と認められなかったか?
酷い目に遭ってる姿を見下す事で、運命に勝った気分になったか?
目が合えば追い払い、噛んでと求められれば縛った。ヒートの最中も見下し嘲笑い、掻き毟る姿も止められず、挙句の果てに晶馬と向き合えずに逃げた」
止めろ、言うな、それ以上言うな……
「ところで一体どうすれば掻き毟るのを止めさせられたか分かるか?」
どうすれば?方法なんてあったのか?
「至って簡単。ほんの少し、欠片だけでもあの子に優しくすれば良かったのだ。そうすればあの子は犯され続ける体を汚いと掻き毟ることを止め、愛してもらえる愛しい体として大事に出来た。お前は晶馬から逃げずに済み、私が彼に呼ばれることもなかった。ほんの少しだけ、たったひと言優しい言葉を掛けただけでお前の番は死なずに済んだのだ。たったそれだけの事を許さなかったお前のプライドが、あの子を殺したんだ」
たったそれだけ?
たったそれだけで良かったのか!!
たったそれだけであいつは掻き毟ることを止めた。
たったひと言、それだけであいつは俺と恋に落ちた。
ほんのひとかけらの優しさ、それだけであいつは、あいつは、あいつは……
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