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第18話 殿下の側近・ジェローム卿
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◆◆◆ジェローム視点
半屋外になっている厨房の近くには、素朴な木のテーブルセットが置かれていた。最近修繕されたのか、板割れしていた部分が新しくなっている。
小さな建物だからか、食事を煮込む匂いが庭先まで漂って来る。
防音魔法も施していないから、厨房での会話が丸聞こえだ。
「ソフィー。急にごめんなさいね」
「いえ。お嬢さまがご友人をお招きするなんて超レアですから、嬉しいですよ」
「残念ながら、友人といえるほど親しくはないけどね」
「でも、良い人そうじゃないですか」
「まあね。っソフィー、指の傷、まだ治っていないじゃない!」
「大丈夫ですよ」
「痛むでしょうに。渡した薬は使っているの?」
「勿体なくって」
「……嘘ばっかり。どうせ他の子にあげたんでしょう?」
「すみません」
「遠慮しないで使いなさい。必要な子にもあげていいから」
「はぁーい」
「水仕事は私がするから、デザート皿の用意をお願いね」
◇◇◇デルフィーヌ視点
「――お待たせいたしました」
猫舌のソフィーには、東方の国から仕入れた菊花茶を用意した。お湯を注ぐと徐々に茶器の中で花が開いていく。その様子を見るのがまた華やかで愉しくもある、そうこうしている間に丁度良い温度になるはずだ。
そしてジェローム卿には、予め作っておいた水出し珈琲をサーブする。
「アイス珈琲ですか?」
「温暖な国では、冷やした珈琲を飲むのだそうです。お口に合えばいいのですが」
「とても美味しいです。博学でいらっしゃるんですね」
「義父の受け売りです。仕事柄、義父は異国の文化に通じていますから」
「あっ! 花が開いてきました」
「もう飲み頃のはずよ?」
「んーっ、洋ナシのタルトとよく合います」
「デルフィーヌ嬢は召し上がらないのですか?」
「ちょっと胃腸が疲れていて。薬草茶だけで十分です」
「独特な香りですね」
「ふふっ。特別なレシピで作ったものですから」
「ほぉう。手作りですか?」
「ええ。庭に咲いている虞美人草の花も、乾燥させたら咳止めの生薬になるんです。あと、森の入り口にある菩提樹の新芽や白い花も乾燥させてハーブティーにすると美味しいんですよ? よかったら、次回ご馳走しますね」
「ははっ、楽しみにしています。――それはそうと、ソフィー殿、その指はどうされたのですか?」
「テーブルを修理してたら、木片が刺さってしまって」
「それは痛むでしょう。――少し診せてもらえますか? 指先に触れても?」
「はい……」
ソフィーが恥ずかしそうに睫毛を伏せながら指先を見せると、ジェローム卿が遠慮がちにソフィーの指先に触れ、慎重に患部を観察し始めた。
「これよ、これっ! これがあの男には足りていないのよ!」
「お嬢様? いきなりどうされたんです?」
「ジェローム卿は流石だわ。女性を敬うエスプリというか、相手を慮る心遣いというか、そういうのを殿下に教えてくださらない?」
「あの、殿下が何か粗相を?」
「聞いてくださいます? 殿下ったら、『君にはイチイチ触れる前に断りを入れないといけないんだな』っておっしゃったんですよ? それも、すっごく面倒くさそうな顔で! しまいには、私に向かって何て言ったと思います?」
「さ、さぁ?」
「『空気を読め』!」
「それは……」
「おまいう! って叫びそうになったのを寸前で何とか呑み込んだ私の気持ち、分かる!?」
「殿下に代わり謝罪いたします」
「ちょっとお嬢様!? 殿下を『お前』呼ばわりするのはさすがに不敬ですよ!」
「いいのよ。殿下だって出会った頃の私のこと、『お前』って呼んでたんだから」
「それ、いつの話ですか! 本当にもう、どうしちゃったんです?」
「別に。どうもしないけど?」
「あ――っ、それ!! 薬草茶じゃなくて薬用酒じゃないですか!」
「ソフィー、私の遵法精神の高さを疑う気? 飲酒は成人するまで我慢しようと13歳のあの日、決意したんだから!」
「決意するには若すぎでしょう!? 13歳のその日、何があったんです? もうっ、ジェローム様の前なのに、しっかりしてくださいよぉ」
その後は2人に言われるまま大人しくベッドに入り、ジェローム卿の見送りはソフィーに任せることにした。
「お嬢様、大丈夫ですか? お水です」
「ありがとう。ジェローム様のお見送り、任せちゃってごめんなさいね」
「いいえ。でもジェローム様って、もしかして2年前の――」
「ええ、たぶん」
「人質だった御方ですよね」
隣国との最期の戦い。
リシャール殿下の右腕として仕えていたジェローム様は紛れ込んでいた敵軍のスパイによって拘束され、敵側の陣地へ連れて行かれた。
後に人質交換という形で帰ってきたわけだが、あの時の後遺症が原因で騎士になる道はあきらめたのだろう。
ソフィーと2人、野戦病院に運ばれてきたジェローム卿を迎え入れた時、彼は破傷風を発症していた。創部を念入りに洗浄して、医師によるデブリドマンを受けたが、神経麻痺が残ったのかもしれない。
半屋外になっている厨房の近くには、素朴な木のテーブルセットが置かれていた。最近修繕されたのか、板割れしていた部分が新しくなっている。
小さな建物だからか、食事を煮込む匂いが庭先まで漂って来る。
防音魔法も施していないから、厨房での会話が丸聞こえだ。
「ソフィー。急にごめんなさいね」
「いえ。お嬢さまがご友人をお招きするなんて超レアですから、嬉しいですよ」
「残念ながら、友人といえるほど親しくはないけどね」
「でも、良い人そうじゃないですか」
「まあね。っソフィー、指の傷、まだ治っていないじゃない!」
「大丈夫ですよ」
「痛むでしょうに。渡した薬は使っているの?」
「勿体なくって」
「……嘘ばっかり。どうせ他の子にあげたんでしょう?」
「すみません」
「遠慮しないで使いなさい。必要な子にもあげていいから」
「はぁーい」
「水仕事は私がするから、デザート皿の用意をお願いね」
◇◇◇デルフィーヌ視点
「――お待たせいたしました」
猫舌のソフィーには、東方の国から仕入れた菊花茶を用意した。お湯を注ぐと徐々に茶器の中で花が開いていく。その様子を見るのがまた華やかで愉しくもある、そうこうしている間に丁度良い温度になるはずだ。
そしてジェローム卿には、予め作っておいた水出し珈琲をサーブする。
「アイス珈琲ですか?」
「温暖な国では、冷やした珈琲を飲むのだそうです。お口に合えばいいのですが」
「とても美味しいです。博学でいらっしゃるんですね」
「義父の受け売りです。仕事柄、義父は異国の文化に通じていますから」
「あっ! 花が開いてきました」
「もう飲み頃のはずよ?」
「んーっ、洋ナシのタルトとよく合います」
「デルフィーヌ嬢は召し上がらないのですか?」
「ちょっと胃腸が疲れていて。薬草茶だけで十分です」
「独特な香りですね」
「ふふっ。特別なレシピで作ったものですから」
「ほぉう。手作りですか?」
「ええ。庭に咲いている虞美人草の花も、乾燥させたら咳止めの生薬になるんです。あと、森の入り口にある菩提樹の新芽や白い花も乾燥させてハーブティーにすると美味しいんですよ? よかったら、次回ご馳走しますね」
「ははっ、楽しみにしています。――それはそうと、ソフィー殿、その指はどうされたのですか?」
「テーブルを修理してたら、木片が刺さってしまって」
「それは痛むでしょう。――少し診せてもらえますか? 指先に触れても?」
「はい……」
ソフィーが恥ずかしそうに睫毛を伏せながら指先を見せると、ジェローム卿が遠慮がちにソフィーの指先に触れ、慎重に患部を観察し始めた。
「これよ、これっ! これがあの男には足りていないのよ!」
「お嬢様? いきなりどうされたんです?」
「ジェローム卿は流石だわ。女性を敬うエスプリというか、相手を慮る心遣いというか、そういうのを殿下に教えてくださらない?」
「あの、殿下が何か粗相を?」
「聞いてくださいます? 殿下ったら、『君にはイチイチ触れる前に断りを入れないといけないんだな』っておっしゃったんですよ? それも、すっごく面倒くさそうな顔で! しまいには、私に向かって何て言ったと思います?」
「さ、さぁ?」
「『空気を読め』!」
「それは……」
「おまいう! って叫びそうになったのを寸前で何とか呑み込んだ私の気持ち、分かる!?」
「殿下に代わり謝罪いたします」
「ちょっとお嬢様!? 殿下を『お前』呼ばわりするのはさすがに不敬ですよ!」
「いいのよ。殿下だって出会った頃の私のこと、『お前』って呼んでたんだから」
「それ、いつの話ですか! 本当にもう、どうしちゃったんです?」
「別に。どうもしないけど?」
「あ――っ、それ!! 薬草茶じゃなくて薬用酒じゃないですか!」
「ソフィー、私の遵法精神の高さを疑う気? 飲酒は成人するまで我慢しようと13歳のあの日、決意したんだから!」
「決意するには若すぎでしょう!? 13歳のその日、何があったんです? もうっ、ジェローム様の前なのに、しっかりしてくださいよぉ」
その後は2人に言われるまま大人しくベッドに入り、ジェローム卿の見送りはソフィーに任せることにした。
「お嬢様、大丈夫ですか? お水です」
「ありがとう。ジェローム様のお見送り、任せちゃってごめんなさいね」
「いいえ。でもジェローム様って、もしかして2年前の――」
「ええ、たぶん」
「人質だった御方ですよね」
隣国との最期の戦い。
リシャール殿下の右腕として仕えていたジェローム様は紛れ込んでいた敵軍のスパイによって拘束され、敵側の陣地へ連れて行かれた。
後に人質交換という形で帰ってきたわけだが、あの時の後遺症が原因で騎士になる道はあきらめたのだろう。
ソフィーと2人、野戦病院に運ばれてきたジェローム卿を迎え入れた時、彼は破傷風を発症していた。創部を念入りに洗浄して、医師によるデブリドマンを受けたが、神経麻痺が残ったのかもしれない。
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