辞令:高飛車令嬢。妃候補の任を解き、宰相室勤務を命ずる

花雨宮琵

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第19話 つかみどころがない女性

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 あの頃、私たちは偶然秋休みにの地にある野戦病院へ派遣されていた。
 ジェローム様は軍の中でも高い地位にあったから、私やソフィーが直接看護をすることはなかったけれど、汚れたガーゼや処置に使った布の洗濯を担当していたから、彼がどれだけの傷を負ったのか、容易に想像できた。

 何かしらの気晴らしになればと、ガブリエル隊長からもらった珈琲を淹れて出したところ、とても喜んでくれた。煙草も珈琲も、当時15歳だった私にはどちらも価値が分からなかったけれど、きっと、贅沢品だったのだろう。

「ジェローム様、殿下の側近という新しい役割を見つけられたんですね」
「そうみたいね」
「良かったですね」
「ええ」

 誰かが言ってたっけ。何かを失うことで、新たなチャンスが見つかることもある、って。庭の菩提樹をしげしげと眺めていたジェローム卿の背中を見つめていたとき、彼のことを少しだけ羨ましく思ってしまった。

 だって私は――。
 侯爵令嬢という肩書も、殿下の妃候補という地位もなくなって、ただのデルフィーヌとなった私がこの世に残せるものってなんだろう?
 そもそも私は、人から求められるような人間なんだろうか?
 いなくなったところで、誰も困らないし悲しまないんじゃ……。
 そんなことを考えていたら、初夏だというのに身震いがした。
 
 私ってば、知らない間にずいぶん、臆病になっちゃったみたいだ。

 ◆◆◆

「殿下、ただいま戻りました」
「ずいぶん遅かったな」
「水出し珈琲とやらをご馳走になっていたもので、申し訳ございません」
「アイスコーヒーか、たしかに珍しいな。で? 噂の高飛車令嬢、お前はどう見た?」
「高飛車な悪女というより、の方がしっくりくるといいますか」
「ふっ。黒髪に翠の瞳だからか?」
「デルフィーヌ嬢も侍女殿も医薬の心得があるようです。厨房も、見たこともない植物や薬草で溢れていました」
「それで魔女か。言い得て妙だな。……それにしても、あの小屋を選んだのは意外だったな」
「私たちが子供の頃、よく管理人夫婦の家に遊びに行きましたよね? 菩提樹も大きくなっていて、懐かしさを覚えました」
「そうだな」

「そういえば殿下、黒い森の結界は有効ですか?」
「そのはずだ」
「妃候補たちの立ち入りは許されているのでしょうか?」
「わざわざ禁じたりはしていない。そもそも、結界が張られている場所へは入れないはずだからな」
「そうですか……。それはそれと、デルフィーヌ嬢より、『来週のお茶会は見送らせてほしい』とのことです」
欠席か?」
「いえ。欠席ではなく、してほしいのだそうです」
「分からんな。これで4回連続だろう? 俺と交流を深める気がないとしか思えない」
「4回分をまとめて9月19日の午後に充ててほしいのだそうです」
「ずいぶん勝手だな。どういう謀略だ?」
「分かりません。ですが――」
「なんだ?」
「断ったら必ず後悔するとお伝えください、とのことです」
「なんとも高飛車な物言いだな」

「夕方からでしたら調整可能ですが、如何いたしましょう?」
「……一応、予定を押さえておいてくれ」
「出席ということでお返事をしてよろしいですか?」
「確定ではない。あくまで気が向けば、だ」
「かしこまりました」

「――やはり、お前をもってしても人物像を判断しかねるか?」
「申し訳ございません。あれ程つかみどころがないご令嬢は初めてでして。ですが、身を挺して殿下のことをお護りしたくらいですから、慕われているのは間違いないのではありませんか?」
「彼女が慕っているのは俺じゃない」
「というと?」
「お前も分かるだろう? 長年こういう立場にいると、それが純粋な思いからくるものかどうかを見抜けるようになる。彼女は俺に他の誰かを投影しているだけだ。正直……俺はそういうのに一番、嫌悪感を抱く」

「殿下……。でしたら、彼女の望みどおり解放してさしあげたら如何でしょう?」
「そうしたいところだが。――高いんだよ」
「?」
「揃いも揃って、俺が信用している人物からの評価が高いんだ」
「といいますと?」

「筆頭は宰相のダヴィッドだ。次いで俺の乳母にして現女官長のマチルダ。それから今度近衛騎士団を率いることになったガブリエル。極めつけは、俺の恩師でもある学院長だ。彼が彼女を妃候補に推薦してきた」
「それだけ大物が口をそろえて太鼓判を押すのなら、迷う必要などなさそうですが……」

「同じくらい悪く評価する者もいるんだよ。その筆頭がソンブレイユ公爵リリーの父にカロリーヌ妃、元老院の議員たち。その他、聖女を保護している神殿の神官長に貴族学院の同窓生たちからの評判もすこぶる悪い」
「公爵やカロリーヌ妃殿下、議員たちがデルフィーヌ嬢を悪くいうのは、リリー嬢を推したいがためでしょう。ただ、同窓生たちの評価が悪いというのは少々気がかりですね。調べますか?」

「いや。人の噂ほど当てにならないものはない、というからな。この機を利用して自分の目で確かめたいところだが――こうも茶会を欠席されてしまってはな……」
「来月、ミス・エライザが来国されますよね? どうでしょう、同性・同年代の彼女の観察眼に託してみるというのは」
「……なるほど。その手があったな」
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