辞令:高飛車令嬢。妃候補の任を解き、宰相室勤務を命ずる

花雨宮琵

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第32話 無名の英雄

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「そういえば、デルフィーヌ様は戦術にお詳しいですよね? 実は殿下とデルフィーヌ様のお茶会の内容がおもしろいと仲間内で評判だったんです」
「そうなの!?」

 たしかに、殿下と交流を深めるためのお茶会の席で質問するのは専ら軍事作戦についてだった。2人の会話はもはや国防軍の戦術会議の様相を呈していたそうで、後ろで控えている衛兵たちも興味津々といった感じに聞き耳を立てていたらしい。

「私ってば、淑女にあるまじき話題を振ってたのね」
「存外に愉しそうでしたよ? なぁ?」
「あぁ。少なくとも他の妃候補殿が振る話題よりは、ずっと興味を示していたな」
「けどまぁ、決まってその後、お顔に影が差してたけど」
「仕方ないさ。多くの仲間を失ったんだ、楽しい想い出ばかりじゃない」

「殿下は、皆さんとそういったお話をすることはあるんですか?」
「いや、ありませんね」
「そうですか……」

 殿下の寝顔を盗み見る。
 長い睫毛。殿下ってば、睫毛まで白銀なのね。
 殿下の、水の惑星を閉じ込めたような瞳。近い将来、彼がその瞳に映すのは、どんな女性なんだろう。

 聖女リリーなら、重責を担う殿下を心身ともに癒してあげられるのかもしれない。
 他の妃候補たちなら、生家の権力を背景に、殿下の治世がより強固で安定したものになるよう支えられるのかもしれない。
 でも私は――殿下のために、してあげられることが何もない。

 実家の権威も財力も、庶子である私の味方にはなってくれない。
 世間では才女だなんて言われてるけど、地道な努力を惜しまなかっただけ。天才型の才女とは訳が違う。
 それよりなにより――魔力なしの私では、魔力が豊富な王族の血筋を引き継いでいくことができない。

 はじめは、妃教育で得られる恩恵を得られるだけ得て、殿下に私がディーだって種明かしをしたら、ドロンしようと思っていた。
 でも今は――。
 殿下のために出来ることは何だろうと、考え始めている自分がいる。
 こういうのを世間では“情”と呼ぶのかな? 臣下としての忠誠心、みたいな?

 結局殿下は、日が暮れるまで目を覚ますことはなく、ジェローム卿が迎えに来てくれてようやく王宮へ戻ることになった。

「ジェローム卿には、大変お世話になりました」
「まるで、もう会わないみたいな物言いですね」
「……」
「まさか、本当に?」
「ジェローム卿に、たってのお願いがございます」
「……はい」
「ソフィーのこと、どうかよろしく頼みます」
「!?」
「好いてくださっているのでしょう?」
「……はい」
「私にとって、姉のような人なのです。ですから――」
「大切にすると、お約束します」
「良かった。……これで安心して、ここを発てそうです」
「まさか、王都を去られるのですか?」
「ええ」
「どうしてです? いったい何があったのです!?」
「ジェローム卿?」
「っ、申し訳ございません。声を荒げたりして。――殿下は、このことは?」
「おそらく、もうご存知のはずです」
「そうですか」

 ――翌日の夕方。
 離宮の部屋を片付けていた私のもとへ、何の先触れもなく殿下が訪ねてきた。

「少し、散歩しないか?」

 陽が傾いてきたからと、殿下がエスコートしてくれることになった。私の手首をガッチリと掴んで。

 なぜにまた、連行!?
 もう最後だから聞いてみよう。

「殿下。どうして私をエスコートするときに手首を掴むんですか? これじゃまるで、連行です!」
「どうしてって、危ないからに決まっているだろう?」
「え?」
「ガブリエルから聞いた。デルフィーヌは鳥目で、なんにもない所でもよく転ぶと。腕に手を添えるくらいじゃ、転んだ時に助けてやれないだろう? だからだ」

 え? え? そうなの!?
 それってまるで、愛の告白みたいじゃない。
 せっかく殿下に対する片思いを終わらせてここから去ろうとしてるのに。また恋心が燻ぶっちゃうじゃない!

 どうやら殿下は王家の黒い森へ案内してくれるようで、入口に建つ銅像の前までやってきた。

「……」
「どうした?」
「いえ」
「――無名の英雄像が気になるのか?」
「英雄?」
「あぁ。17年前、北方民族との終戦協定の締結に尽力した名もなき英雄だ」
「その英雄は――」
「北方の風土病が原因で亡くなったと聞いている。勝ったのにな。祖国の地を踏むことは適わなかったそうだ」
「どうしてそんな英雄が無名のまま――」
「真相は分からない。ただ、彼の死を偲んだ父がこの銅像を建てたと聞いている」
「陛下が?」
「あぁ。きっと、父の大事な人だったんだろうと思う」
「大事な人……」
「この森には、家族の大切な想い出が詰まっている。もしかしたら、俺やレオが産まれる前から母にとってはそういう場所だったのかもしれないな」

 思わず、英雄像を仰ぎ見る。
 初めてここを通ったとき、ソフィーが何気なく言った一言が、今になって想い出された。

「この騎士様、お嬢様に雰囲気が似てますね?」
「え? どこが?」
「ほら。目尻のあたり。キリリとしていて凛々しいというか」
「それ、単に目つきが悪いだけじゃない?」
「そんなことないですって! それにほら、ちゃんと見てください。なんだか……愛し気に森を見つめている気がしませんか?」
「案外そうだったりして。森の守り人、みたいな」

 王妃様と双子の王子がこの森を散歩する姿を、この英雄は微笑ましく見守っていたのではないか。特に理由はないけれど、ただ何となく、そんなふうに思った。

 それから殿下に案内されるまま森の中を少し歩き、日が落ちる前に離宮まで戻ってきた。これが最後の語らいになるだろうから、少しは踏み込んだ話ができるかも……なんて期待していたのは私だけだった。
 あっけないほど何にも起こらないまま解散となり、すっかり肩透かしを食らってしまった私は、少しだけ落ち込んだ。

 そりゃそうか。
 殿下にとって私は、数多くいる妃候補の一人にすぎない。それも過去形の。
 それなのに――茶飲み仲間になってもいいだなんて、おこがましいにも程がある。

退しりぞきどき、ってやつなのかな……」

 殿下を巡る婚活戦線から退くことを決めたのは自分なのに、未練たらたらなんだから。名うての高飛車令嬢が、かっこ悪いったらないわね。

 そうして2日後。
 学院長が出した“推薦取消申請”が正式に受理され、私は妃候補から外れることになった。
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