辞令:高飛車令嬢。妃候補の任を解き、宰相室勤務を命ずる

花雨宮琵

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第31話 期待に応えられなくて

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 殿下と朝食をとってから離宮の部屋へと戻ると、実家から私宛の郵便が届けられていた。差出人は教育省だ。

「お嬢様!」
「うん。……開けるわよ?」
「はい」
「――合格だって!」
「きゃー、お嬢様、おめでとうございます!!」
「ありがとう。早速、学院長宛てに退学届を提出してこなくちゃね」
「……本当に、妃候補はご辞退なさるのですか?」
「厳密に言えば、取消ね。学院長推薦は、あくまで貴族学院に所属する生徒に対してのみ有効だから、退学したら妃候補になる資格を失うのよ」
「では、離宮ここのお部屋も?」
「ええ。明け渡しの準備を始めておいてくれる?」
「かしこまりました」

 ――その日の午後。
 久しぶりに貴族学院へ赴き、学院長と面談をした。
 卒業認定試験に合格したことを伝え退学願を提出すると、それでもあと一年通ってはどうかと引き留められた。

「ありがたいお言葉ですが……」
「退学してしまえば、妃候補の資格も取り消されることは、知っているんだろう?」
「はい」
「気持ちが変わるということは、ないのかい?」
「ございません」
「そうか。……残念だ」

「学院長。これまで数多くの機会を与えていただきましたこと、心から感謝申し上げます」
「これからどうする予定なんだい?」
「外国派遣の文官試験を受けるつもりです」
「ほぉう、外交官を目指すのかい? やはりマルタンの娘だね」
「学院長は、義父をご存知なのですか?」
「ん? あぁ、学生時代の同窓生なんだ。物静かだけれど頭の切れる男だったよ、昔から。高嶺の花だったミシェル夫人を射止めた彼の豪胆さを知っている人は少ないだろうがね。今でも、複雑な外交問題を裏で解決しているのは彼だと知っているだろう?」
「……いいえ。恥ずかしながら、義父とはあまり近しい関係ではありませんので」

「そうか。うん、そうだったか……。そうか、マルタンは――うん。……本当に、これで良いのかい?」
「はい」
「分かった、退学届は受理する。妃候補の推薦も取消になるから、今日中に王宮へ届け出ておくよ」
「宜しくお願いします」
「それから、義母上にはきちんと報告しておいた方がいい。分かったね?」
「はい。そうします」

 それから離宮へ戻り、女官長へ事の顛末と今日は実家へ帰省するため外泊すると告げると、ロワーヌ侯爵家のタウンハウスを訪れた。

 義母はすでに学院長から報告を受けていたのか、はたまた義娘の進路などには関心がないのか、私の決断を驚くふうでもなく淡々と受け止めると、スッと立ち上がった。
 閉じた扇子を手のひらでパンパンと打ちながら私の身体を一周すると、正面から私の顔を見据えてこう聞いてきた。

「――殿下とはどこまでの関係なの?」
「関係、と言いますと?」
「将来の約束を交わしているのか、と聞いているのよ」
「いいえ」
「……そう。情けないわね、2年もあったのに」

 義母を失望させてしまった。
 学院長の推薦で妃候補になってからも、義両親はこれまでずっと中立と沈黙を貫いてきた。
 けれど、義母も他の妃候補たちの親と同じように、私が妃の座を射止めることを密かに期待していたのだろうか。そうだとしたら、私はこれからどうやって彼女に恩を報いていけばよいのだろう……。

 ――翌日。
 家令のクロードが殿下の来訪を告げに来た。

「殿下が?」
「はい。奥様も面会を承諾されていらっしゃいます」
別邸こちらの裏庭へご案内してもらえるかしら? すぐに支度するから」
「かしこまりました」

 一応、私は独身の貴族令嬢だ。殿下をお招きするのならば両親のいる本邸の応接室でもてなすのが礼儀だろう。
 けれど、不意にガブリエル隊長に言われた言葉が脳裏をよぎった。
 ――殿下が望んでいるのってさ、案外、気の置けない茶飲み仲間だったりするのかもよ?

 妃候補から外れる以上、殿下を側でお支えすることはできない。それどころか、王都にいれるのもあと僅かだ。
 けれど。もし殿下が望むのなら、気楽な茶飲み仲間になってやろうじゃない。
 物理的な距離がある方が、かえって話しやすいこともあるかもしれない。
 レオに誓ったんだもの。ちゃんと殿下をお支えすると。

「ソフィー、昨日作ったプルーンのフランを出してくれる? お茶は私が淹れるから、お湯の用意だけお願いね」
「かしこまりました」

 勝手口から外へ出ると、殿下は裏庭から見える景色に見入っていた。
 優秀な護衛たちは――今日に限って侯爵家の護衛も数名加わっているのが不可解だが――5メートル程離れた場所で気配を消して待機している。

「殿下、お待たせいたしました」
「急な訪問ですまなかった」
「いいえ。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」

 これからはもう、事前に断りを入れろなんて言いませんからと言うと、殿下は「そうか」と言って微笑んだ。

「驚いたな。裏庭から見た景色がこんなふうになっているとは、意外だった」
「綺麗でしょう? 夕方は街全体がオレンジ色に染まって、ロマンチックなんですよ?」
「そうだろうな」

 世間では、養子である私がロワーヌ侯爵家でぞんざいな扱いを受けていると噂する者もいる。
 たしかに私は、別邸という名の小さくて古くて不便な建物で生活をしている。ここへ来るには本邸の裏玄関からゆるやかな坂を上っていく必要があるため、訪れる人は家令のクロードくらいだ。
 けれど、家の中は実母と暮らした薬師院を再現したかのように、暮らしやすく整えられている。

 私はたしかに義両親からは距離を置かれているけれど、だからといって意地悪をされたことは一度もない。妃教育が始まってすぐの頃に教師から貰った称賛の言葉――『とても社交界デビューを果たしていない令嬢とは思えませんわ。ブラボーです!』――で、義母から受けた淑女教育が超一流のものであったことを知った。

「殿下。もしお時間が許すようであれば、お茶でも如何ですか? プルーンの実を使ったケーキがあるんです。甘さ控えめでお勧めですよ?」
「あぁ、いただこう」
「デッキチェアに掛けてお待ちください。準備してまいります」

 再び勝手口から半屋外になっている厨房へ戻ると、コポコポとお湯が沸いていた。
 殿下の飲み物、どうしようかな。
 目の下に酷い隈ができてたから、睡眠不足に違いない。だとしたら、黒豆のお茶が良いかしら?

「――お待たせいたしました」
「スー……スー」

 どうやら待っている間に、寝てしまったみたいだ。
 そりゃそうか。日頃の寝不足に加えて、心地よい木漏れ日を浴びながら小鳥のさえずりに耳を澄ませて目を閉じちゃったら、そりゃあ寝ちゃうわよね。

 そっと殿下の身体に布を掛けると、控えていた衛兵たちを手招きして黒豆茶とフランケーキを振る舞うことにした。
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