辞令:高飛車令嬢。妃候補の任を解き、宰相室勤務を命ずる

花雨宮琵

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第38話 夜襲の狙いは…

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 正式に任官されてからというもの、宿舎と職場を往復する時間があれば少しでも睡眠をとりたいと思うくらい激務の日々が続いた。だから、繁忙期が終わるまでは職場と同じ棟内にある仮眠室に寝泊まりすることにした。

 そんなある日、事件は起きた。

 通常、仮眠室にはシングルベッドが2台置かれていて、男女で部屋が分かれているのだけれど、その日は男性用の仮眠室しか空いていなかった。

「仕方ないな。フィーヌが1人で使え。俺は執務室の椅子で寝るよ。じゃーな」
「だったら、一緒に使いましょうよ?」
「お前、本気で言ってんのか?」
「だって先輩、私に手を出したりしないでしょう?」
「ああ。絶対にお前に手を出さないと誓う」
「じゃあ良いじゃないですか。さっさと寝ちゃいましょ? 明日も早いですから」
「そうだな、おやすみ」

 ベッドにダイブしてものの数秒で寝息を立て始めた先輩を横目に私も目を瞑った。
 深い眠りから覚めたのは、「カタン」という僅かなドアの開閉音だった。

 ガブリエル隊長と共に戦場をまわっていた習慣からか、わずかな物音で目を覚ますようになっていた。鳥目だからよく見えないけれど、暗闇で誰かが先輩の身体に馬乗りになっているようだ。ご丁寧に防音魔法まで施されている。

「これ、マズいやつだ!」
 人差し指をくいっつと動かして防音魔法を解くと、大声で叫んだ。

「9号、男性用仮眠室から出火!! 助けてーーー!!」

 絶えず燭台の灯りが煌々としている王宮において、火災の危険は常につきまとう。そういう場合に備えて、日夜問わず給水担当が常駐し、衛兵が歩哨に立っているのだ。「暴漢」なんて叫ぶよりも、「火事」と言った方が絶対に早く駆け付けてくれる。

 男は私の声に反応すると、「チッ」と舌打ちをして、「そっちだったか」と言った。
 え? 本当は、私が狙いだったってこと!?

「お粗末な防音魔法なら、解いたわよ?」
「なにっ!?」

 男が部屋を飛び出したすぐ後に給水担当の親方と衛兵がやってきて、無事に男を捕らえたことを報告してくれた。

 灯りに照らされて、室内の様子が見えるようになると――

「ん……どうした? 騒がしいな」
 襲われていた先輩が瞼をこすりながら呑気な声を出す。

「ひっ!! 先輩……」
「ん? あれ、なんで服がはだけてるんだ?」

 先輩の上服は4つほどボタンが外されていて、奴が何を企んでいたのか理解した私は青ざめた。
 
 私を襲うつもりだったんだ。
 ん? でもそうなら、先輩の真っ平な胸元を見て私じゃないって気付くはず……。

 翌朝――といっても事件発生から数時間後。
 すでに衛兵から話を聞いていた宰相閣下に呼ばれて、先輩と2人、改めて事の顛末を報告することになった。

「事情は分かった。ともかく、2人とも無事で良かった。あまり眠れていないだろうから、お昼まで休んでいなさい」
「ありがとうございます」

「とはいえお前たち。異性が同じ仮眠室で休むのは、感心できないな」
「そうですが……先輩がいなかったら、私は奴に襲われていました」
「まぁ、そうなんだが」

 その時、ドアをノックして男の事情聴取を終えた衛兵が入ってきた。

「男の素性が判りました。通訳として王宮に出入りしている外国人文官でした」
「外国人文官? そいつがどうしてフィーヌに?」
「面識があったそうです」
「デルフィーヌはどうだい?」
「はっきり顔を見ていないので何とも。ですが、ガブリエル隊長の指揮下にいた時は、相手国の通訳と顔を合わせる機会も少なくなかったかと」
「どうやら奴は、少年兵としてのデルフィーヌ嬢に劣情を頂いていたようです」
「少年兵!? 何かの間違いだろ? なぁ、フィーヌ」
「いえ。えっと、あの――」
「デルフィーヌ嬢は戦場では常に男装をしていたため、男だと思っていたそうです。王宮でも騎士服に似た装いでいらっしゃいましたし、昨夜も男性用の仮眠室へ入って行かれたから誤解したままだったようです」
「戦場!? フィーヌ、お前、いったい……」

 そっか。
 だから先輩の真っ平な胸元を見ても私だと思ったんだ。納得。
 だとしても、狙われたことに変わりはないわけで。これからどうしよう……。

「いずれにしても、フィーヌが狙われたということですよね?」
 先輩が神妙な顔つきでつぶやいた。

「デルフィーヌ。暫くガブリエル卿の自宅に身を寄せるのはどうだろう?」
「え?」
「今朝、リシャール殿下といる場で報告を受けたからね。ガブリエル卿もいたんだ。彼と一緒なら警備は万全だし職場にも近いだろうからと殿下が提案されて、ガブリエル卿も賛同した。落ち着くまではそこで――」

 久しぶりに耳にした『リシャール』という響きに、心臓がキュッとなった。
 殿下が私の身を案じてくれている。
 なんでだろう、もうそれだけで十分な気がした。

「大変ありがたいお話ですが、ソフィーと暮らす部屋を庶民街に見つけたところですので……」
「庶民街で女2人暮らしって、それこそ危なくねぇ?」

 先輩っ!! そこ、口を挟まないでっ!!

「……だったら、うちに来なさい」
「え?」
「うちは領地を持たない侯爵家だ。王宮の近くに邸宅を構えている。5年前に妻を亡くしてからは、男ばかりの4人暮らしでね。娘たちはみな嫁いでしまったし、デルフィーヌが来てくれたら賑やかになる」
「……ソフィーも一緒にいいですか?」
「ちょうど定年を迎える侍女が一人いてね。募集をかけるところだったから、住み込みで働いてくれると助かる」
「お家賃は、どのくらいでしょう?」
「そんなものは不要だよ」

「いけません。家賃を受取ってくださらないのなら、その分、労働でお返しいたします」
「だったら、時々でいいから三男の遊び相手をしてやってくれ。まだ5歳なんだ」
「かしこまりました」
「それから、義両親にも報せておいた方がいいだろう。私から連絡しておいてもいいかな?」
「宜しくお願いいたします。――義母は心配性なので、多少脚色してお伝えいただけると助かります」
「分かってる。心配いらないよ」

 私へロワーヌ侯爵の駐在先である帝国へ向かうよう指示していた義母は、私が正式に任官されて宰相室で働き始めたと聞くと烈火のごとく憤慨し、宰相室まで乗り込んできた。
 宰相閣下を「ダヴィッド」と呼ぶ義母の交友関係にも驚かされたのだけど、今回のことで分かったことがある。
 私はどうやら、義母に疎まれてはいないらしい。むしろ気に掛けてもらっていると言ったほうが正しいかもしれない。それがどんな動機から来ているのかまでは分からないけれど、異性の先輩と仮眠室で寝ていたところを外国人文官に襲われそうになったなんて聞いた日には、本気で別邸に軟禁されそうだ。

 ものすごく分かりづらい愛情表現をする人ではあるけれど、底流に愛を持っている人だということは伝わってくる。そんな義母の不器用な誠実さに、生粋のお坊ちゃま育ちである義父は惹かれたのではないだろうか。

 そういうわけで、まだまだ自由を謳歌したい私としては、今朝の事件をきっかけに宰相閣下の邸宅へ世話になることに決めたのだけれど……そう一筋縄にはいかなかった。

◇◇◇宰相閣下の邸宅

「デルフィーヌ、紹介するよ。長男のエリー・22歳、次男のラファエル・20歳、三男のテオドール・5歳だ」
「こちらは、宰相室に勤務している文官のデルフィーヌ嬢だ。先触れで伝えているとおり、今日から一緒に暮らすことになった」
「デルフィーヌと申します。このたびは――」
親父おやじ、どういうことだよ!?」

 オヤジ……。泣く子も黙る宰相閣下を『親父』呼ばわりするなんて。
 長男と三男は知的で物腰の柔らかい雰囲気をまとっているのに、次男――ラファエルだけは、私と同類の匂いがする。
 思わず閣下を見ると、すまなさそうに眉尻を下げられた。
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