辞令:高飛車令嬢。妃候補の任を解き、宰相室勤務を命ずる

花雨宮琵

文字の大きさ
40 / 67

第40話 優しい匂い

しおりを挟む
「デルフィーヌ。テオドールの件、ありがとう。早速、明日にでも医者に診せるよ」
「そうなさってください。テオドール様は、聡明で勇敢なお子様ですね」
「ゆうかん?」
「そうです。一見、我儘だと思われそうなことを主張するのは、勇気のいることです。テオドール様は自分で自分のカラダを守ったのです。それは、素晴らしいことです。ブラボーです!」
「えへへ。そうかな?」
「そうですよ。胸を張ってください」

「僕ね、大きくなったら騎士になりたいの」
「それはようございます。優秀なくせに人の訴えに耳を傾けないアタマでっかちな文官などより、よほど世のため人のためになるお仕事です」
「おい、それ、誰のことを言っているんだ!」
「別に特定の誰かというわけでは。ラファエル様、もしかして――」
「俺は財務省に勤める文官だ!」
「――後ほど、少しよろしいですか?」
「なんで?」
「来年度の予算編成のことでご相談が――」
「家庭に仕事を持ち込むなっ!」
「……そうですよね。大変、失礼いたしました」

『家庭』かぁ。久しぶりに聞いたな、この響き。実母を亡くしてから、私の生活にそういう優しい匂いみたいなものは消えてしまった。

 そっか。
 閣下のお家には、奥様がいなくなった今でもそういう温もりがあるんだ。
 いいな。
 素敵だな……。

「――ご馳走様でした。どれもとても美味しかったです。では、わたくしはこれにて。閣下、本日はご招待いただきありがとうございました」
「待ちなさい。どこへ行くんだ?」
「宿舎に戻ります」
「安全が確認されるまでは戻らない方がいいと言っただろう?」
「わたしの戻る場所は、あそこですから」

「……いいぞ」
「?」
「別に、ここで暮らしてもいいぞ、と言ってるんだ」
「ラファエル様?」
「あんた、親父や俺たちにも色目使わないし。テオも気に入ったみたいだし」
「でも……」
「私も賛成だよ?」「僕も!」
「じゃあ決まりだね。部屋を案内するから、ついておいで」
「閣下、本当によろしいのですか?」
「私たち親子がみんな賛成なのだから、良いに決まっている」
 閣下はそう言って、お茶目にウインクをした。

 それからというもの、朝はラファエル様と一緒の馬車で登庁している。
 時間が合えば、帰りも同じようにして帰っている。たぶん、私を一人にしないように気を遣ってラファエル様が退庁時間を合わせてくれているのだろうと思う。
 めっぽう口の悪い人だけれど、根は優しい人なのだ。

 ふふっ。なんだかそういう人、私の周りに多い気がするな。

 一緒に侯爵家の邸宅でお世話になることになったソフィーはすぐに仕事にも慣れたようで、週に一度の休日にはジェローム卿とのデートを楽しんでいるらしい。
 王宮勤めだった頃よりも外で会いやすくなったと喜んでいた。

 休日の私はといえば、家賃代わりにテオドール様の遊び相手をしたり、邸宅の家事などを手伝いながら過ごしている。
 “家事”といっても優秀な侍女が揃っている侯爵家。
 私がやっているのは、自分のお給料で買った材料をもとにお菓子を作ってみんなに振舞ったり、薬草を使った手作りの石鹸やクリームなんかを作ってみんなへ配ったりするくらいだ。

 それでもまぁ、使用人のみんなが喜んでくれるから、職場環境の向上に貢献できていると信じたい。

 侯爵家の庭には季節の花々が咲いていて、それらを少し摘んで職場に飾るようになったら、最近の宰相室は雰囲気が明るくなったと言われるようになった。どこからか宰相室で出されるお茶が絶品だとの噂が立ち――単にお茶の淹れ方を先輩方に伝授しただけで茶葉は変わっていないのだけれど――それを目当てに出入りする人が増えたせいで、活気も増してきた気がする。

 案外私、良い奥さんになれるかも!? なーんて。

 そんなこんなで気が付けば、宰相閣下の邸宅にも自分の居場所みたいなものができてきた。三兄弟と出逢えたことは、ここ最近で一番嬉しい出来事だと、義両親に向けた手紙にそう書いた。

「そういえば、ラファエル様にはテレサ様という愛しの婚約者様がいらっしゃるんですよね?」
「いつもながら、唐突だな?」
「会わせてください」
「は? なんで?」
「だって嫌でしょう? 婚約者の実家に妙齢の女性が住んでたりしたら。しかもそれが、元妃候補にして数々の悪名を持つ私だったら!」
「悪名?」
「あれ? ご存知ないですか? 腹黒令嬢、高飛車令嬢、ガリ勉令嬢、ディスら令嬢。そうそう、強気MAX令嬢なんてのもありましたね」
「誰にそんなことを言われた!?」
「え? 誰からっていうより……みんなから?」
「っいいか、フィーヌ? 今度そんなことを言うやつがいたら、すぐ俺へ報告するんだぞ? 親父を通して報復してやる」

 貴方も初対面の席で同じようなこと、言いましたからね!?
 それに、報復するならご自分で! 
 いくら父親が権力者だからって、公私混同はマズいでしょ!?
 とはいえ、こんなふうに庇ってもらえて嬉しくはあるのだけれど。
 ラファエル様とは初日に激しい火花を散らしてからというもの、気を許した兄妹みたいな関係を続けている。

――そういうわけで、今日はテレサ様と初めての顔合わせをすることになっている。
 ソフィーとともに、侯爵家にある小さな温室でアフタヌーンティーの準備を進めていく。

「ほぉう、これは見事だな」
「今日はお二人のために、腕によりをかけて準備いたしましたから」
「そうか。――彼女が俺の婚約者にして最愛の、テレサ壌だ」
「お初にお目にかかります、テレサ様。ラファエル様の同居人兼テオドール様の家庭教師をしております、デルフィーヌと申します」
「貴女が……。随分と印象が異なりますのね? それに、その簡素なワンピース……」
「2か月前に妃候補から退きまして、今は文官として宰相室に勤務しております。とある事件で住む場所がなくなった私に同情くださった閣下が、休日に邸宅で働くことを条件に滞在を許可してくださいました」
「まぁ……ご苦労なさったのね。大変だったでしょう?」
「それなりに。でも、皆さまが温かく迎えてくださったおかげで、元気に暮らせております」
「そうなのね。良かったわ」
「今日はテレサ様がお好きだという旬の林檎を使ったデザートをご用意させていただきました」
「まぁ! 本当に? 嬉しいわ」
「こちら――ラファエル様のお気持ちです」
「!!」

 デザートを乗せたお皿の手前には、チョコペンで書いた「結婚してください」というメッセージが添えられている。
 テレサ様のことを『最愛の婚約者』と人に紹介できるくせに、10文字にも満たない『結婚しよう』が言えないラファエル様の背中を、ほんの少し押すお手伝いをさせてもらったのだ。

「それでは、ご挨拶も済みましたのでわたくしはこれで」
「ええ、ええ。どうもありがとう、デルフィーヌさん」
「閣下のお戻りは夜になる予定です。ごゆっくりどうぞ」

 それから悠に4時間が経った頃。
 テレサ様を乗せた馬車が玄関ポーチから発つところをラファエル様が見送っていた。

「ラファエル様。お背中が恋する男そのものですね」
「おっ、おう。デルフィーヌか」
「あらあら、大変! 紅が移ってらっしゃるわ」
「なっ!!」

 パシッ。
 慌ててハンカチで唇を拭おうとしたラファエル様の腕を取る。

「ふふふ。冗談です。――良い時間を過ごせたみたいですね?」
「お前っ!! 揶揄からかうなよ!」
「えへへっ! 良いじゃないですか。どうでした? プロポーズ大作戦」
「……おかげ様で、うまくいったよ」
「わぁっ! おめでとうございます!!」
「借りは返すからな?」
「ふふふっ。楽しみにしています!」

 この時の私は、予想もしていなかった。ラファエル様のお返しが、特大ブーメランになって自分に返ってくる日がくるなんて。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?

処理中です...