41 / 67
第41話 9月19日
しおりを挟む
―リシャールの執務室。
「殿下。そろそろお時間です」
「あぁ、そうだったな……」
「デルフィーヌ嬢は?」
「会場でお待ちしております、とのことです」
「自分から誘っておいて現地集合か。じゃあ、決裁待ちの書類を持って来てくれ」
「馬車の中でも執務を?」
「時間がもったいないからな」
もうすぐ立太子して2年になる。
月末には終戦記念日、来月には収穫祭と国を挙げての重要行事が控えていて、移動時間も仕事に充てないと終わらない。
ガタン
「――会場に着いたようですね」
ジェロームがそう言ったのと同時に、馬車のドアが外側から開けられた。
自分たちを迎えたのは、ガブリエルだった。
「殿下、お待ちしておりました」
「ガブリエル、どうした? 今日は休暇のはずだろう?」
「休暇ですけどね、殿下のお迎えを頼まれましたので」
「誰から?」
「フィーヌからです。殿下に会いたい奴らが、首を長くして待っていますよ」
「?」
「あの日、一緒に終戦を迎えた仲間とその家族です。殿下が支援してくださっている施設で暮らす遺児たちも」
「まさか……」
国が定めた終戦記念日は9月30日となっている。
だが、あの日、あの場所にいた者たちにとって終戦を迎えた日は9月19日――2年前の今日だ。だから彼女は今日、ここへ来いと言ったのか?
「そうそう、フィーヌから伝言です。今日は来賓ではなく一参加者としてお過ごしください、と」
「……分かった」
広場に私とジェロームが姿を見せるなり、あっという間に懐かしい面々に取り囲まれた。
「殿下!」「将軍!」
「今日は参加者として来たんだ。どうか、普通に接してほしい」
「じゃあ、今夜は無礼講ですか!」
「そうだ」
夜の帳が降りる頃、広場の中央に組まれた薪に火が灯された。
焚火の周りには、戦死した仲間のデッサン画や花束、彼らが生前好きだったものが並べられている。
亡くなった仲間の慰霊のため、みなで祈る。
「ポール、ルイ、エマー、ビクトール、シャルル、アナトル………許してくれ」
炎が空に巻き上がる様子を眺めていたら、仲間の顔が次々と浮かんできた。
隣にいるジェロームが静かに涙を流しているのを見て、少しだけ羨ましく思う。
人前で感情を出すことを自分に許さなくなったのは、いつからだったろう。
王太子としての重責を自覚し始めるのと同時に、人間らしい感情をどんどん手放していった気がする。
どんなに素晴らしい景色を見ても、絶品だと言われる料理を食べても、至宝の輝きとされる宝飾や芸術に触れても、心を動かされることがなくなった。
暫くすると、ギター弾きが音楽を奏で始めた。王宮の夜会とは違う、素朴な温かみのある音色に心の奥がほぐれていくのを感じる。
その後は、夕食が用意されている会場へと移動した。
広場には大きなテーブルがいくつも並べられていて、その上には大鍋で煮炊きした豪快な料理が並べられている。奥様会のご婦人たちが、腕によりをかけて作ったという。
こんなふうに仲間と笑い合うのも、野外で食卓を囲むのも、本当に久しぶりだった。
「――ジェローム。家族会、昨年もあったんだな」
「今年で2回目だそうです」
「声を掛けてくれていたら……というのは、今さらか」
「昨年もデルフィーヌ嬢から招待状を受け取っていましたが、事務官が“欠席”と返事を出していたようです」
「俺は何も聞いてないぞ!?」
「昨年の今頃は聖女誕生で大変な騒ぎでしたから、事務官レベルでそう判断したのでしょう」
「……俺はそんなに頼りないか」
「殿下が亡き王妃様の分まで公務を担っていることは皆が知っております。少しでも殿下の負担を減らしたいと慮った結果、齟齬が生じてしまったのでしょう」
「デルフィーヌ嬢は来ているのか?」
「実行委員の一人だそうですから、どこかにはいらっしゃるかと」
「――殿下、楽しんでいらっしゃいますか?」
「ガブリエルか。おかげさまで良い時間を過ごせている。ところで――」
◆◆◆デルフィーヌ視点
ここは、数多くあるイベントブースの中の『癒し所』。
今日はここにソフィーと2人、マッサージ師として出店している。
野戦病院で勤労に励んでいた頃、「看護は雑だがマッサージは上手い」と評判だったのだ。
頭・肩・首のマッサージを希望する人は椅子に座ったまま、身体全体のマッサージを希望する人は簡易ベッドで施術する。主なお客さんは、朝から参加者全員分の食事を大鍋で作っていた奥様会のご婦人たちだ。
「はーい、これで終了です」
「ありがとね、フィーヌ。おかげで肩がずいぶん楽になったよ。これ、お礼に食べとくれ」
「わー、お饅頭! ありがとうございます!」
「ところでフィーヌ、もうすぐ誕生日だろう? 誰か良い人はいるのかい?」
「え?」
「結婚の約束を交わしている人がいてもおかしくない年頃じゃないか。ましてやフィーヌは美人なんだから」
「うーん。お嫁さんにしても良いって言ってくれてる人が、いるにはいるんですけど……」
「なんだよ、ハッキリしないね?」
「ちょっと、歳の差がありまして」
「どのくらい離れているんだい?」
「一回りくらいです」
「相手は30歳なんだね? 大人の余裕が出てくる年齢じゃないか。それくらいの歳の差、夫婦になればすぐ気にならなくなるよ」
「そんなものですかね? あはは……」
実は、年上じゃなくて一回り年下なのよねぇ。5歳のテオドール様は、将来私をお嫁さんにするんだと意気込んでいる。まぁ、現実を知る頃には私に求婚したなんてこと、綺麗サッパリ忘れているんだろうけれど。
「とにかく、結婚はタイミングとご縁なんだから。逃しちゃいけないよ?」
「はーい。頑張ります」
次のお客さんが来る前の間、入口に背を向けて先ほど貰ったお饅頭を頬張っていたら、早速、新たなお客さんがやって来た。
「――頼めるか?」
「はーい。モグモグ……マッサージは全身をご希望ですか?」
「そう、だな」
「じゃあ、そこのベッドにうつぶせになって、布を掛けた状態でお待ちください。すぐに伺いますから。モグモグ……」
「分かった」
「はーい、お待たせしました。じゃあ、全身マッサージを始めますね」
「……」
口数が少ない人だな。軍人さんかしら? 奥様会のご婦人たちと違って、身体がおっきい。
「よいしょっ、と」
「おい!?」
「あ、お客さん大きいから、腰の上に乗らせてもらった状態でマッサージしていきますね」
「……」
「うわーっ、首も肩もカッチコチ。相当辛かったんじゃありません?」
「いつもこんなもんだ」
「揉み返しがこないように、強さは加減しておきますね」
「――おいっ!! どうして尻を触る!?」
「お尻にもツボがあるんです。お客さん、腰痛もあるんじゃないですか?」
「仕事が忙しすぎるんだ」
「ひとりで抱え過ぎなんじゃありません?」
「俺がやらないと回らないからな」
「そう思ってるの、実はお客さんだけだったりして~」
「なっ!?」
「案外、任せてみたらそれなりに回るもんですよ?」
「……そういうものか?」
「思い切って権限委譲しちゃったらどうです? 新しい視点が入って効率化のヒントが得られるかもしれないし」
「そうだな」
「あとは時々、お風呂上りに奥さんにマッサージしてもらうと良いですね」
「……妻はいない」
「じゃあ、恋人とか」
「恋人もいない。……婚約者もどきはいたがな」
「もどきって何ですか、もどきって!! そんな不誠実なこと言ってたから、逃げられちゃったんですよ! えいっ!!」
「痛っ!! 何をする!?」
「ふふっ、足裏のツボを押しただけです。ここは頭でこっちは肩、ここは消化器系で……」
「くっ……言っておくが、不誠実なことなど何もしていない。それに、逃げられたわけじゃない」
「ハイハイ、そうですか。ほらここ、ゴリゴリしてるでしょう?」
「あまり強く押すな」
「痛気持ち良いくらいがちょうどいいんですよ。がまん、がまん」
「くぅっ……」
大柄なお客さんの全身をほぐし終わったところでソフィーが戻ってきた。
「殿下。そろそろお時間です」
「あぁ、そうだったな……」
「デルフィーヌ嬢は?」
「会場でお待ちしております、とのことです」
「自分から誘っておいて現地集合か。じゃあ、決裁待ちの書類を持って来てくれ」
「馬車の中でも執務を?」
「時間がもったいないからな」
もうすぐ立太子して2年になる。
月末には終戦記念日、来月には収穫祭と国を挙げての重要行事が控えていて、移動時間も仕事に充てないと終わらない。
ガタン
「――会場に着いたようですね」
ジェロームがそう言ったのと同時に、馬車のドアが外側から開けられた。
自分たちを迎えたのは、ガブリエルだった。
「殿下、お待ちしておりました」
「ガブリエル、どうした? 今日は休暇のはずだろう?」
「休暇ですけどね、殿下のお迎えを頼まれましたので」
「誰から?」
「フィーヌからです。殿下に会いたい奴らが、首を長くして待っていますよ」
「?」
「あの日、一緒に終戦を迎えた仲間とその家族です。殿下が支援してくださっている施設で暮らす遺児たちも」
「まさか……」
国が定めた終戦記念日は9月30日となっている。
だが、あの日、あの場所にいた者たちにとって終戦を迎えた日は9月19日――2年前の今日だ。だから彼女は今日、ここへ来いと言ったのか?
「そうそう、フィーヌから伝言です。今日は来賓ではなく一参加者としてお過ごしください、と」
「……分かった」
広場に私とジェロームが姿を見せるなり、あっという間に懐かしい面々に取り囲まれた。
「殿下!」「将軍!」
「今日は参加者として来たんだ。どうか、普通に接してほしい」
「じゃあ、今夜は無礼講ですか!」
「そうだ」
夜の帳が降りる頃、広場の中央に組まれた薪に火が灯された。
焚火の周りには、戦死した仲間のデッサン画や花束、彼らが生前好きだったものが並べられている。
亡くなった仲間の慰霊のため、みなで祈る。
「ポール、ルイ、エマー、ビクトール、シャルル、アナトル………許してくれ」
炎が空に巻き上がる様子を眺めていたら、仲間の顔が次々と浮かんできた。
隣にいるジェロームが静かに涙を流しているのを見て、少しだけ羨ましく思う。
人前で感情を出すことを自分に許さなくなったのは、いつからだったろう。
王太子としての重責を自覚し始めるのと同時に、人間らしい感情をどんどん手放していった気がする。
どんなに素晴らしい景色を見ても、絶品だと言われる料理を食べても、至宝の輝きとされる宝飾や芸術に触れても、心を動かされることがなくなった。
暫くすると、ギター弾きが音楽を奏で始めた。王宮の夜会とは違う、素朴な温かみのある音色に心の奥がほぐれていくのを感じる。
その後は、夕食が用意されている会場へと移動した。
広場には大きなテーブルがいくつも並べられていて、その上には大鍋で煮炊きした豪快な料理が並べられている。奥様会のご婦人たちが、腕によりをかけて作ったという。
こんなふうに仲間と笑い合うのも、野外で食卓を囲むのも、本当に久しぶりだった。
「――ジェローム。家族会、昨年もあったんだな」
「今年で2回目だそうです」
「声を掛けてくれていたら……というのは、今さらか」
「昨年もデルフィーヌ嬢から招待状を受け取っていましたが、事務官が“欠席”と返事を出していたようです」
「俺は何も聞いてないぞ!?」
「昨年の今頃は聖女誕生で大変な騒ぎでしたから、事務官レベルでそう判断したのでしょう」
「……俺はそんなに頼りないか」
「殿下が亡き王妃様の分まで公務を担っていることは皆が知っております。少しでも殿下の負担を減らしたいと慮った結果、齟齬が生じてしまったのでしょう」
「デルフィーヌ嬢は来ているのか?」
「実行委員の一人だそうですから、どこかにはいらっしゃるかと」
「――殿下、楽しんでいらっしゃいますか?」
「ガブリエルか。おかげさまで良い時間を過ごせている。ところで――」
◆◆◆デルフィーヌ視点
ここは、数多くあるイベントブースの中の『癒し所』。
今日はここにソフィーと2人、マッサージ師として出店している。
野戦病院で勤労に励んでいた頃、「看護は雑だがマッサージは上手い」と評判だったのだ。
頭・肩・首のマッサージを希望する人は椅子に座ったまま、身体全体のマッサージを希望する人は簡易ベッドで施術する。主なお客さんは、朝から参加者全員分の食事を大鍋で作っていた奥様会のご婦人たちだ。
「はーい、これで終了です」
「ありがとね、フィーヌ。おかげで肩がずいぶん楽になったよ。これ、お礼に食べとくれ」
「わー、お饅頭! ありがとうございます!」
「ところでフィーヌ、もうすぐ誕生日だろう? 誰か良い人はいるのかい?」
「え?」
「結婚の約束を交わしている人がいてもおかしくない年頃じゃないか。ましてやフィーヌは美人なんだから」
「うーん。お嫁さんにしても良いって言ってくれてる人が、いるにはいるんですけど……」
「なんだよ、ハッキリしないね?」
「ちょっと、歳の差がありまして」
「どのくらい離れているんだい?」
「一回りくらいです」
「相手は30歳なんだね? 大人の余裕が出てくる年齢じゃないか。それくらいの歳の差、夫婦になればすぐ気にならなくなるよ」
「そんなものですかね? あはは……」
実は、年上じゃなくて一回り年下なのよねぇ。5歳のテオドール様は、将来私をお嫁さんにするんだと意気込んでいる。まぁ、現実を知る頃には私に求婚したなんてこと、綺麗サッパリ忘れているんだろうけれど。
「とにかく、結婚はタイミングとご縁なんだから。逃しちゃいけないよ?」
「はーい。頑張ります」
次のお客さんが来る前の間、入口に背を向けて先ほど貰ったお饅頭を頬張っていたら、早速、新たなお客さんがやって来た。
「――頼めるか?」
「はーい。モグモグ……マッサージは全身をご希望ですか?」
「そう、だな」
「じゃあ、そこのベッドにうつぶせになって、布を掛けた状態でお待ちください。すぐに伺いますから。モグモグ……」
「分かった」
「はーい、お待たせしました。じゃあ、全身マッサージを始めますね」
「……」
口数が少ない人だな。軍人さんかしら? 奥様会のご婦人たちと違って、身体がおっきい。
「よいしょっ、と」
「おい!?」
「あ、お客さん大きいから、腰の上に乗らせてもらった状態でマッサージしていきますね」
「……」
「うわーっ、首も肩もカッチコチ。相当辛かったんじゃありません?」
「いつもこんなもんだ」
「揉み返しがこないように、強さは加減しておきますね」
「――おいっ!! どうして尻を触る!?」
「お尻にもツボがあるんです。お客さん、腰痛もあるんじゃないですか?」
「仕事が忙しすぎるんだ」
「ひとりで抱え過ぎなんじゃありません?」
「俺がやらないと回らないからな」
「そう思ってるの、実はお客さんだけだったりして~」
「なっ!?」
「案外、任せてみたらそれなりに回るもんですよ?」
「……そういうものか?」
「思い切って権限委譲しちゃったらどうです? 新しい視点が入って効率化のヒントが得られるかもしれないし」
「そうだな」
「あとは時々、お風呂上りに奥さんにマッサージしてもらうと良いですね」
「……妻はいない」
「じゃあ、恋人とか」
「恋人もいない。……婚約者もどきはいたがな」
「もどきって何ですか、もどきって!! そんな不誠実なこと言ってたから、逃げられちゃったんですよ! えいっ!!」
「痛っ!! 何をする!?」
「ふふっ、足裏のツボを押しただけです。ここは頭でこっちは肩、ここは消化器系で……」
「くっ……言っておくが、不誠実なことなど何もしていない。それに、逃げられたわけじゃない」
「ハイハイ、そうですか。ほらここ、ゴリゴリしてるでしょう?」
「あまり強く押すな」
「痛気持ち良いくらいがちょうどいいんですよ。がまん、がまん」
「くぅっ……」
大柄なお客さんの全身をほぐし終わったところでソフィーが戻ってきた。
465
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
婚約破棄されたから、執事と家出いたします
編端みどり
恋愛
拝啓 お父様
王子との婚約が破棄されました。わたくしは執事と共に家出いたします。
悪女と呼ばれた令嬢は、親、婚約者、友人に捨てられた。
彼女の危機を察した執事は、令嬢に気持ちを伝え、2人は幸せになる為に家を出る決意をする。
準備万端で家出した2人はどこへ行くのか?!
残された身勝手な者達はどうなるのか!
※時間軸が過去に戻ったり現在に飛んだりします。
※☆の付いた話は、残酷な描写あり
婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!
山田 バルス
恋愛
この屋敷は、わたしの居場所じゃない。
薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。
かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。
「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」
「ごめんなさい、すぐに……」
「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」
「……すみません」
トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。
この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。
彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。
「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」
「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」
「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」
三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。
夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。
それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。
「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」
声が震える。けれど、涙は流さなかった。
屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。
だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。
いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。
そう、小さく、けれど確かに誓った。
年増令嬢と記憶喪失
くきの助
恋愛
「お前みたいな年増に迫られても気持ち悪いだけなんだよ!」
そう言って思い切りローズを突き飛ばしてきたのは今日夫となったばかりのエリックである。
ちなみにベッドに座っていただけで迫ってはいない。
「吐き気がする!」と言いながら自室の扉を音を立てて開けて出ていった。
年増か……仕方がない……。
なぜなら彼は5才も年下。加えて付き合いの長い年下の恋人がいるのだから。
次の日事故で頭を強く打ち記憶が混濁したのを記憶喪失と間違われた。
なんとか誤解と言おうとするも、今までとは違う彼の態度になかなか言い出せず……
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる