辞令:高飛車令嬢。妃候補の任を解き、宰相室勤務を命ずる

花雨宮琵

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第41話 9月19日

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―リシャールの執務室。

「殿下。そろそろお時間です」
「あぁ、そうだったな……」
「デルフィーヌ嬢は?」
「会場でお待ちしております、とのことです」
「自分から誘っておいて現地集合か。じゃあ、決裁待ちの書類を持って来てくれ」
「馬車の中でも執務を?」
「時間がもったいないからな」

 もうすぐ立太子して2年になる。
 月末には終戦記念日、来月には収穫祭と国を挙げての重要行事が控えていて、移動時間も仕事に充てないと終わらない。
 
 ガタン

「――会場に着いたようですね」

 ジェロームがそう言ったのと同時に、馬車のドアが外側から開けられた。
 自分たちを迎えたのは、ガブリエルだった。

「殿下、お待ちしておりました」
「ガブリエル、どうした? 今日は休暇のはずだろう?」
「休暇ですけどね、殿下のお迎えを頼まれましたので」
「誰から?」
「フィーヌからです。殿下に会いたい奴らが、首を長くして待っていますよ」
「?」
「あの日、一緒に終戦を迎えた仲間とその家族です。殿下が支援してくださっている施設で暮らす遺児たちも」
「まさか……」

 国が定めた終戦記念日は9月30日となっている。
 だが、あの日、あの場所にいた者たちにとって終戦を迎えた日は9月19日――2年前の今日だ。だから彼女は今日、ここへ来いと言ったのか?

「そうそう、フィーヌから伝言です。今日は来賓ではなくいち参加者としてお過ごしください、と」
「……分かった」

 広場に私とジェロームが姿を見せるなり、あっという間に懐かしい面々に取り囲まれた。

「殿下!」「将軍!」
「今日は参加者として来たんだ。どうか、普通に接してほしい」
「じゃあ、今夜は無礼講ですか!」
「そうだ」

 夜の帳が降りる頃、広場の中央に組まれた薪に火が灯された。
 焚火の周りには、戦死した仲間のデッサン画や花束、彼らが生前好きだったものが並べられている。

 亡くなった仲間の慰霊のため、みなで祈る。

「ポール、ルイ、エマー、ビクトール、シャルル、アナトル………許してくれ」

 炎が空に巻き上がる様子を眺めていたら、仲間の顔が次々と浮かんできた。
 隣にいるジェロームが静かに涙を流しているのを見て、少しだけ羨ましく思う。
 
 人前で感情を出すことを自分に許さなくなったのは、いつからだったろう。
 王太子としての重責を自覚し始めるのと同時に、人間らしい感情をどんどん手放していった気がする。
 どんなに素晴らしい景色を見ても、絶品だと言われる料理を食べても、至宝の輝きとされる宝飾や芸術に触れても、心を動かされることがなくなった。

 暫くすると、ギター弾きが音楽を奏で始めた。王宮の夜会とは違う、素朴な温かみのある音色に心の奥がほぐれていくのを感じる。

 その後は、夕食が用意されている会場へと移動した。

 広場には大きなテーブルがいくつも並べられていて、その上には大鍋で煮炊きした豪快な料理が並べられている。奥様会のご婦人たちが、腕によりをかけて作ったという。
 こんなふうに仲間と笑い合うのも、野外で食卓を囲むのも、本当に久しぶりだった。

「――ジェローム。家族会、昨年もあったんだな」
「今年で2回目だそうです」
「声を掛けてくれていたら……というのは、今さらか」
「昨年もデルフィーヌ嬢から招待状を受け取っていましたが、事務官が“欠席”と返事を出していたようです」
「俺は何も聞いてないぞ!?」
「昨年の今頃は聖女誕生で大変な騒ぎでしたから、事務官レベルでそう判断したのでしょう」
「……俺はそんなに頼りないか」
「殿下が亡き王妃様の分まで公務を担っていることは皆が知っております。少しでも殿下の負担を減らしたいと慮った結果、齟齬が生じてしまったのでしょう」
「デルフィーヌ嬢は来ているのか?」
「実行委員の一人だそうですから、どこかにはいらっしゃるかと」

「――殿下、楽しんでいらっしゃいますか?」
「ガブリエルか。おかげさまで良い時間を過ごせている。ところで――」

◆◆◆デルフィーヌ視点

 ここは、数多くあるイベントブースの中の『癒し所』。
 今日はここにソフィーと2人、マッサージ師として出店している。
 野戦病院で勤労に励んでいた頃、「看護は雑だがマッサージは上手い」と評判だったのだ。
 頭・肩・首のマッサージを希望する人は椅子に座ったまま、身体全体のマッサージを希望する人は簡易ベッドで施術する。主なお客さんは、朝から参加者全員分の食事を大鍋で作っていた奥様会のご婦人たちだ。

「はーい、これで終了です」
「ありがとね、フィーヌ。おかげで肩がずいぶん楽になったよ。これ、お礼に食べとくれ」
「わー、お饅頭! ありがとうございます!」
「ところでフィーヌ、もうすぐ誕生日だろう? 誰か良い人はいるのかい?」
「え?」
「結婚の約束を交わしている人がいてもおかしくない年頃じゃないか。ましてやフィーヌは美人なんだから」
「うーん。お嫁さんにしても良いって言ってくれてる人が、いるにはいるんですけど……」
「なんだよ、ハッキリしないね?」
「ちょっと、歳の差がありまして」
「どのくらい離れているんだい?」
「一回りくらいです」
「相手は30歳なんだね? 大人の余裕が出てくる年齢じゃないか。それくらいの歳の差、夫婦になればすぐ気にならなくなるよ」
「そんなものですかね? あはは……」

 実は、年上そっちじゃなくて一回り年下なのよねぇ。5歳のテオドール様は、将来私をお嫁さんにするんだと意気込んでいる。まぁ、現実を知る頃には私に求婚したなんてこと、綺麗サッパリ忘れているんだろうけれど。

「とにかく、結婚はタイミングとご縁なんだから。逃しちゃいけないよ?」
「はーい。頑張ります」

 次のお客さんが来る前の間、入口に背を向けて先ほど貰ったお饅頭を頬張っていたら、早速、新たなお客さんがやって来た。

「――頼めるか?」
「はーい。モグモグ……マッサージは全身をご希望ですか?」
「そう、だな」
「じゃあ、そこのベッドにうつぶせになって、布を掛けた状態でお待ちください。すぐに伺いますから。モグモグ……」
「分かった」

「はーい、お待たせしました。じゃあ、全身マッサージを始めますね」
「……」

 口数が少ない人だな。軍人さんかしら? 奥様会のご婦人たちと違って、身体がおっきい。

「よいしょっ、と」
「おい!?」
「あ、お客さん大きいから、腰の上に乗らせてもらった状態でマッサージしていきますね」
「……」
「うわーっ、首も肩もカッチコチ。相当辛かったんじゃありません?」
「いつもこんなもんだ」
「揉み返しがこないように、強さは加減しておきますね」
「――おいっ!! どうして尻を触る!?」
「お尻にもツボがあるんです。お客さん、腰痛もあるんじゃないですか?」
「仕事が忙しすぎるんだ」
「ひとりで抱え過ぎなんじゃありません?」
「俺がやらないと回らないからな」
「そう思ってるの、実はお客さんだけだったりして~」
「なっ!?」
「案外、任せてみたらそれなりに回るもんですよ?」
「……そういうものか?」
「思い切って権限委譲しちゃったらどうです? 新しい視点が入って効率化のヒントが得られるかもしれないし」
「そうだな」
「あとは時々、お風呂上りに奥さんにマッサージしてもらうと良いですね」
「……妻はいない」
「じゃあ、恋人とか」
「恋人もいない。……婚約者はいたがな」
「もどきって何ですか、もどきって!! そんな不誠実なこと言ってたから、逃げられちゃったんですよ! えいっ!!」
「痛っ!! 何をする!?」
「ふふっ、足裏のツボを押しただけです。ここは頭でこっちは肩、ここは消化器系で……」
「くっ……言っておくが、不誠実なことなど何もしていない。それに、逃げられたわけじゃない」
「ハイハイ、そうですか。ほらここ、ゴリゴリしてるでしょう?」
「あまり強く押すな」
「痛気持ち良いくらいがちょうどいいんですよ。がまん、がまん」
「くぅっ……」

 大柄なお客さんの全身をほぐし終わったところでソフィーが戻ってきた。
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