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423番、吉田喜男④
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「お・ま・た・せ♪」
「そんなに待ってないよ。大丈夫」
診療所での逢瀬を数回重ねた後、Jは街にあるお洒落なカフェに誘った。カフェといってもこの街には刑務官しかいないので、従業員ももちろん刑務官である。客も犯罪者と刑務官だけなので、万が一何かがあっても一般人が巻き込まれることはない。
喜男の前に置かれたコーヒーを見て自分も同じものを、と注文する。
何度も逢瀬を重ねたかいあってか、刑務所であることを忘れさせるようなカフェという場所柄のせいも手伝ってか、喜男の表情から警戒心という文字が消えたように思える。
まあ相手の特性上、油断は禁物なのだが。
「ねえ、信濃先生ってさ。名前、なんていうの?」
「あら。アタシの名前に興味あるの?」
「なかったら聞かないよ。ねえ、なんていうの?」
「ふふ。アタシの名前はね、ジュリアンよ」
「…嘘だ。真剣に聞いてるのに誤魔化さないでよ」
「嘘じゃないわよ。オトコの名前はとっくに捨てたの。そうねえ…でも呼びにくいのであれば、同僚達は皆、Jと呼ぶわ」
「みんなと同じじゃつまんないよ。僕だけの呼び名がいいな。そうだ! ジュリーとかどう?」
「あら、いいじゃない。にしても…いいの? 吉田さん最愛のカレ、ヤキモチ妬いちゃうんじゃない?」
「いいんだ、あんなやつ。それよりさ、吉田さんなんて他人行儀な言い方しないでさ。下の名前で呼んでよ」
「あら、そう? じゃあねぇ……よっしーなんてどう?」
「うん、いいよ」
嬉しそうに言う喜男に、演技でなく素で笑みが溢れる。
自称彼氏から自分へと興味が移るよう仕向けてきた事がようやく功を奏した、と言いたいところだが、問題はここからである。
自称彼氏に執着したままでは刑期が明けた際に事件が起こるのは明白である。一般市民に護衛を付けるわけにもいかないし、そもそも24時間体制で警護するのは生半可なことではない。まして、相手はサイコパスだ。目的の為なら一般人の想像をはるかに超える大事件を引き起こしかねない。
そこで、執着の対象を自分に向け、自称彼氏を忘れさせる、という方向性に持っていったわけだが。
執着された者には当然ながら危険が伴う。良好な関係が築けているうちはいいが、執着心が強くなればなるほど本人は元より、周りの人間に危害が及ぶ可能性もある。
まあ、ここの職員は一筋縄ではいかないし、他の受刑者同士が接触できないような造りになってはいるのだが、万が一、ということもある。
更にいうと、自分のものにならないのならいっそ……という思考になったり、相手の心に永遠に刻まれたい、と自殺を図るケースもある。
ここはあくまでも更生を促す施設であって、自殺されてしまっては困るのである。
時には相手を追い詰めたり過激な手法を使ったりはするが、匙加減とフォローには余念がない。
にこやかに談笑しながら、胸の内は悟らせず、こちらのペースに誘導していく。
緊張感と疲労を伴う仕事のはずだが、ᒍは心底楽しんでいた。
何が起こるかわからないという事は、ᒍにとっては恐怖や不安の対象ではなく、期待や高揚の対象なのである。
「ねーねー、ジュリーの連絡先教えてよ」
「あら、それはダメよ。忘れてるかもしれないけど、ココは刑務所であなたは受刑者、私は刑務所職員なのよ。診療所の電話番号を教えるのが限界ね」
「ジュリーは僕にいつでも連絡できるのに、ズルいじゃん」
「診療所にかけてきたらいいじゃないの。というかそもそも毎日診療所に来てるじゃない」
「でも会えない時だってあるじゃないかー」
「それは仕方ないわよ。アタシにも仕事があるんだから」
「あ、じゃあさ! ジュリーの家、教えてよ!」
「もっとダメにきまってるでしょ?」
苦笑しながら返すと、すかさず返答が返ってくる。
「じゃあさ、じゃあさ! 僕んちに来てよ!」
「それもダメね」
「えーなんでー」
「規則で決められてるのよ。規則を破ったらアタシここにいられなくなっちゃうわ」
「それは駄目!」
「でしょう? そもそも、本来であればこうしてプライベート出会う事自体、規則違反なのよ? そこをなんとか、って説得したんだから、感謝してほしいわね」
「へへ。ありがとう」
「ふふ。どういたしまして」
傍から見たら完全にカップルである。
二人はそれからしばらく談笑し、喫茶店を出たところで別れた。
「そんなに待ってないよ。大丈夫」
診療所での逢瀬を数回重ねた後、Jは街にあるお洒落なカフェに誘った。カフェといってもこの街には刑務官しかいないので、従業員ももちろん刑務官である。客も犯罪者と刑務官だけなので、万が一何かがあっても一般人が巻き込まれることはない。
喜男の前に置かれたコーヒーを見て自分も同じものを、と注文する。
何度も逢瀬を重ねたかいあってか、刑務所であることを忘れさせるようなカフェという場所柄のせいも手伝ってか、喜男の表情から警戒心という文字が消えたように思える。
まあ相手の特性上、油断は禁物なのだが。
「ねえ、信濃先生ってさ。名前、なんていうの?」
「あら。アタシの名前に興味あるの?」
「なかったら聞かないよ。ねえ、なんていうの?」
「ふふ。アタシの名前はね、ジュリアンよ」
「…嘘だ。真剣に聞いてるのに誤魔化さないでよ」
「嘘じゃないわよ。オトコの名前はとっくに捨てたの。そうねえ…でも呼びにくいのであれば、同僚達は皆、Jと呼ぶわ」
「みんなと同じじゃつまんないよ。僕だけの呼び名がいいな。そうだ! ジュリーとかどう?」
「あら、いいじゃない。にしても…いいの? 吉田さん最愛のカレ、ヤキモチ妬いちゃうんじゃない?」
「いいんだ、あんなやつ。それよりさ、吉田さんなんて他人行儀な言い方しないでさ。下の名前で呼んでよ」
「あら、そう? じゃあねぇ……よっしーなんてどう?」
「うん、いいよ」
嬉しそうに言う喜男に、演技でなく素で笑みが溢れる。
自称彼氏から自分へと興味が移るよう仕向けてきた事がようやく功を奏した、と言いたいところだが、問題はここからである。
自称彼氏に執着したままでは刑期が明けた際に事件が起こるのは明白である。一般市民に護衛を付けるわけにもいかないし、そもそも24時間体制で警護するのは生半可なことではない。まして、相手はサイコパスだ。目的の為なら一般人の想像をはるかに超える大事件を引き起こしかねない。
そこで、執着の対象を自分に向け、自称彼氏を忘れさせる、という方向性に持っていったわけだが。
執着された者には当然ながら危険が伴う。良好な関係が築けているうちはいいが、執着心が強くなればなるほど本人は元より、周りの人間に危害が及ぶ可能性もある。
まあ、ここの職員は一筋縄ではいかないし、他の受刑者同士が接触できないような造りになってはいるのだが、万が一、ということもある。
更にいうと、自分のものにならないのならいっそ……という思考になったり、相手の心に永遠に刻まれたい、と自殺を図るケースもある。
ここはあくまでも更生を促す施設であって、自殺されてしまっては困るのである。
時には相手を追い詰めたり過激な手法を使ったりはするが、匙加減とフォローには余念がない。
にこやかに談笑しながら、胸の内は悟らせず、こちらのペースに誘導していく。
緊張感と疲労を伴う仕事のはずだが、ᒍは心底楽しんでいた。
何が起こるかわからないという事は、ᒍにとっては恐怖や不安の対象ではなく、期待や高揚の対象なのである。
「ねーねー、ジュリーの連絡先教えてよ」
「あら、それはダメよ。忘れてるかもしれないけど、ココは刑務所であなたは受刑者、私は刑務所職員なのよ。診療所の電話番号を教えるのが限界ね」
「ジュリーは僕にいつでも連絡できるのに、ズルいじゃん」
「診療所にかけてきたらいいじゃないの。というかそもそも毎日診療所に来てるじゃない」
「でも会えない時だってあるじゃないかー」
「それは仕方ないわよ。アタシにも仕事があるんだから」
「あ、じゃあさ! ジュリーの家、教えてよ!」
「もっとダメにきまってるでしょ?」
苦笑しながら返すと、すかさず返答が返ってくる。
「じゃあさ、じゃあさ! 僕んちに来てよ!」
「それもダメね」
「えーなんでー」
「規則で決められてるのよ。規則を破ったらアタシここにいられなくなっちゃうわ」
「それは駄目!」
「でしょう? そもそも、本来であればこうしてプライベート出会う事自体、規則違反なのよ? そこをなんとか、って説得したんだから、感謝してほしいわね」
「へへ。ありがとう」
「ふふ。どういたしまして」
傍から見たら完全にカップルである。
二人はそれからしばらく談笑し、喫茶店を出たところで別れた。
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