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パーティーで婚約破棄 (2)

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 ジュールは牛肉の煮込みが入っていたボウルに触れながらレイアに言う。
「この店は中世ヨーロッパのレシピを再現してますが、さっきレイアさんは美味しいと言ってくれましたよね」
「はい。牛肉の煮込みも美味しかったですし豆と野菜のスープも」
 にっこりと笑って「社交辞令ではありません」と言い添える。

「ローズマリーは史実に忠実な中世ヨーロッパ料理が美味しいはずはないと食わず嫌いするんです。ジャガイモもトマトもないのでバリエーションに欠ける、パンは固くて皿の代わり、香辛料は使わないか使い過ぎ、手づかみで食べてテーブルクロスで拭くので不衛生——取捨選択の問題でそういう要素は選ばなければ良いと思うんですが、そうすると彼女にとって『それらしくないもの』になってしまい、結局は支持できないと」

「ジャガイモ、トマト、コーンを入れてなくとも、わたしはポトフが大好きです。
 このお店の料理だってコロンブス以後の食材なしで一貫しているようですけど、味もメニューの種類も問題ないと思います。玉葱のパイも美味しかったです。
 まあわたしの場合はジャガイモ料理にもトマト料理にも好きなものが多いので、ずっと食べられないとなれば辛いと感じるでしょうけれど、近世ヨーロッパ料理のお店もこの国には何軒もあって……ローズマリーさんは専ら近世ヨーロッパ料理なのですか?」

「単純に近世ヨーロッパ料理にいけば良かったのですが、ローズマリーはこの塔の外観がお気に入りで、ここにお店を出したいと言い出したんです。
 この塔とは別に、近世ヨーロッパ料理の店を集めた城——今度ご案内しますね——があるんですが、この塔の方に出したいと」

「うわ、何だか記憶が疼くなあ。俺は護衛に専念して話の内容はロクに聞いていませんでしたけど、オットーさんは熱心に話に参加していませんでしたっけ?」

「開店するために必要と思われることを説明していただけですよ。
 僕は専門家ではないですけれど、城に新規出店するのは費用の点からも競争率や審査の点からも、とにかく大変だとは知っていました。
 塔は城よりはまだ参入しやすいと言えますが、場所を新しく確保するための工事費はやはり相当かかりますし、その前に内装やメニュー、企画の審査があります。
 その審査に通りそうもない理由を殿下が苦労して説明していたから、つい口を出してしまったんです。店員の衣装がこれではビクトリア様式を通り越して二十世紀に流行ったゴシックロリータではないですか、とか色々」とオットー。

「十九世紀のゴシック復興、二十世紀ポップカルチャーのゴシック、大いに結構。
 〈隣国〉と競合はするけど、まあ頑張ってと言いこそすれ特に反対はしません。
 時間と金を僕に負担させようとしなければ、ですが。
 開店できるまで面倒を見ろって無理だと逃げたら薄情な婚約者呼ばわりされて、もう駄目だ限界だと思いました」とジュール。

「あの当時、『審査を確実に通すための王族特権など存在しないっ』とか『コネに根回し? 自分でやれ』とか『開業資金が足りない? 融資の相談を僕にするな』とか荒れていたよなあ。殿下が自分で言った通り相性が悪いんでしょう。価値観の違いから話も噛み合わない——ああ、レイアさんが相手ならそんな事態には陥らないでしょうね。そういうことですか、殿下?」とイザーク。

「ウィリアムに『結婚の対象』と言われたとき確かにそんなことが頭をよぎって……心が揺れました。
 同時に怖いと思いました。これでレイアさんが〈ヒロイン〉認定されたらどんな面倒事に巻き込むことになってしまうかと。本当に申し訳ないと思います」

 ジュールへのレイアの答えは残りの三人にとって意外なものだった。

「わたしは構いません。
 どうせもう〈ヒロイン〉認定をされているような気もしますし、学園内で虐められたとしても反撃は控えめに穏便に済ませますから心配いりません。
 ローズマリーさんにとってはジュールさんは正式に〈婚約者〉で——これは今日、オットーさんに聞くまで思い至りませんでした——パートナーのいる男性に粉をかけるような女性は嫌われても仕方ないでしょう。わたしも嫌いです。そのような心情でキツく当たってくる人がいても気持ちはわかると我慢もできます。
 破落戸からの襲撃や暗殺者については遠慮なく反撃させていただきますけれど。でも派手に騒ぎ立てて深刻な外交問題に発展することのないように頑張ります。
 さらに〈ヒロイン〉のお役目として〈悪役令嬢〉さんに『殿下を解放してあげてください』と叫んでみたり、パーティーでジュールさんが〈婚約破棄〉を宣言するのに付き添ったりするのも良いかもしれません。でも腕に胸を押し当てるのや〈真実の愛〉のお相手扱いは無しにしてください」
「……」

 三人はしばし沈黙し、お互いに目を見合わせた。

「そこまでしてもらう訳には……」とジュールが苦しそうに言う。
「『殿下を解放してあげてください』や『パーティーで婚約破棄』はジュールさんが希望しない限り実行したりしません。
 虐めや襲撃については、わたしの意志で行われるものではなく、もしも起きたときにどう対応するかという問題になるでしょう」

「ローズマリー嬢は、虐めをする〈悪役令嬢〉にはならないと思うけど。
 甘いのかなあ、俺は」とイザーク。
「将来の王子妃として相応しいお振る舞いを、と行儀作法の指導に乗り出しそうですね。いや特別講座問題は解決したとは聞いたけど、将来はこの国に根を下ろすならやっぱり必要と再燃する恐れがあるのでは」とオットー。

「わたしはまだ〈シナリオ〉は勉強中ですが、〈悪役令嬢〉が〈ヒロイン〉を虐める路線は避けると予想します。ただし周辺の人たちはどう動くか——ジュールさんの『時間と金』をポッと出の〈ヒロイン〉に奪われてたまるかと思う人たちが過激な行動に出る可能性は否定できないと思います。
 ローズマリーさん、アリスさんたちは、王子様と〈ヒロイン〉が〈悪役令嬢〉を糾弾することを警戒して対策を練ると予想しています。特別講座再びの可能性は……半々でしょうか。まあ学園を一歩出たら学園内平等の適用外という主張には、S級冒険者のカードを切れば対抗できるでしょう」

「S級冒険者?」とオットーが驚いた声を出す。
「はい。あれは身分的な序列の埒外にいけますよね。こんなこともあろうかと資格を取っておいたのです」
「S級冒険者の資格取得……そうかあれも国家資格、ですか」
「AAAランクのエスパーはS級冒険者に相当と言われます。片方を持っていればもう片方の資格を無条件に取れる訳ではないのですが資格試験は簡素化されます」

 オットーは「知っていたか?」と言いたげに、ジュールとイザークの顔を交互に見つめる。

 ジュールは「一応、聞いていました」と言い、
 イザークは「まあ、レイアさんだから」と言った。

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