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ヒドインの差し入れ

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 学園長は微妙に話題をずらすことに決めたらしい。
「ああ、似たようなことは、差し入れの飲食物についても議論された次第でして」

 ——〈ヒドイン〉の場合は、〈攻略対象〉を落とすために、魅了の魔法、媚薬入りの飲食物や香水などを平気で使う。

 フェルゼンがそれに応える。
「製菓実習で作ったお菓子の差し入れの習慣は廃れてほしいと思いますよ、〈ヒドイン〉対策とは別に。
 寄ってくる令嬢を華麗に捌くのが貴公子としてあるべき姿というのがウチの親の方針だったりしますが……イザークやローズマリー嬢に対処してもらえる殿下が羨ましかったです」

「そのような方々は数としては極少数で、安全安心の手作り菓子の供給ということで、差し入れを受け取る側の男子生徒多数の支持を集める人気講座となっておりますわな」と学園長。

 手作り菓子に混ぜられることのある毛や爪、体液等々を警戒し、信用できる相手以外から贈られた物を毒味以前に廃棄するのは、この国に限った対処法ではない。この国においては混ぜられる材料が、より魔術的で、より洒落にならないものとなる傾向があるため、「絶対に食べるな」がより徹底される。

 学園長の語る「安全安心の手作り菓子の供給」は、実習で使用される材料を厳選して、製造工程を人とカメラとドローンの目で監視することにより実現される。

「にも関わらず王家方面から問い合わせがあったときには結構焦って、〈ヒドイン〉さんの調理記録を洗い直したり、調理室への入退出チェックの見直しをしたり。果ては〈ヒドイン〉さん個人を徹底追尾する極小ドローンの配備まで。色々と手を尽くしたのも今はもう良き思い出ですわなあ。
 並行して、一体全体どういう経緯で彼女の手作り菓子が媚薬入りだという話になったのか、仮に物凄い媚薬効果のある菓子だとしても最初の一口はどうやって食べさせたのかの聞き取りもしましてな——」

 学園長の視線を受けたジュールが話を受け継ぐ。
「兄上——王太子殿下の側には最低でも護衛が付いていて、普通はまず彼が阻止するはずだったんだが、『え~、じゃあアナタがお毒味してみてよ。お・願・い』とか言われた護衛は腹が減っていたので、ついパクリと。
 余程美味そうだったのか王太子殿下まで、どれどれと手を出して『美味いっ!』『もう一個!』と。うん、バカでしょ。で、そのとき言われたんだって。
『えへへ、美味しいでしょ。実はね美味しくな~れって魔法をかけたの。本当よ』
とか何とか」

 学園長は肩をすくめながら言う。
「念のため申し上げますが、魔力阻害も魔法行使制限も、調理室内では強められることこそあれ緩められることは決してない仕様ですからね。
 まあ調査の暫定的結論として、手作り菓子に媚薬成分は混入されていなかったし魅了魔法の形跡も見当たらない。彼女の容姿の可愛らしさ、警戒心を起こさせない雰囲気づくりの上手さ、菓子づくりの腕の良さに起因するものと思われる、と。
 いや実際、〈ヒドイン〉さんの調理の手際の良さや作った菓子のレベルの高さは、担当教師含めて皆が真面目に賞賛していたんですわ」

 そこにレイアが軽く挙手しながら質問する。
「差し入れには調理実習のお菓子以外に地下モールの商品が使われることがあると聞いたのですが、そのあたりはどうだったのでしょうか」
 本当だったら今日、ケイトやカタリーナと一緒に地下モールで菓子を物色する予定だったのだ。

 地下モール好きのフェルゼンが食いつく。
「おお、〈ヒドイン〉の愛したお菓子は今でも問題なく販売してます。
 世界観を損なわない包装ですから学園内への持ち込みもオーケー。
 包装のまま未開封で渡すか、その場で開けるかすれば差し入れにも使えるのは〈ヒドイン〉時代と変わりません。
 〈ヒドイン〉が上手くやったなと思うのは、強壮効果のあるチョコレートをベースにした飲み物や食べ物を得意として、中でも『貴婦人のキス』とか『ビーナスの乳首』とか気を引く名前の菓子を愛用してたことですね。いや、名前はちょっとアレですが実物は、ええと何と説明すれば良いか……ああ、それそれ。それです」

 レイアは、中空に浮かせる透明度調整可能ディスプレイに、該当の菓子を表示させていた。この場所なら世界観を壊す云々は心配ないかと思いまして——と楽しそうに笑う。

 ジュールと学園長は、香水には神経質だったのに、地下モールの食品ならば持ち込み・差し入れ大賛成なのかと内心で首を傾げながら、まあ良いかと流すことにした。

 フェルゼンはまとめるように言う。
「さっき学園長のおっしゃっていたことの焼き直しになりますが、容姿の良さ、警戒心をなくす雰囲気、菓子それ自体のそこそこの品質があれば、王太子殿下たちを籠絡できたということになります。菓子にも香水にも伝説級の媚薬効果は付与されていなかった。普通の手作りか市販品で充分。
 それでも〈ヒドイン〉以前も以後も類似品がなかなか出ない理由はある程度推測できます。
 普通の女の子は『男性を落とす』ことのみに全力を注げません。
 周囲に嗜められたら少しは気にするので、〈ヒドイン〉のように〈攻略対象〉に何度も何度も全力突撃できません。
 全力突撃のために走りやすく速度の出る靴まで特注していました。差し入れ用の菓子や『モテ香水』は学園の生徒にはやや身分不相応の価格でしたし、男性受けのする衣装やアクセサリーの出費もそれなりに、です。
 その分、女性から見た女性の格を上げるための出費はバッサリ削っていたようなんです。男性からは見分けがつきにくい生地や意匠の優劣など知ったことかと。同じ女性の目を少しでも気にしたらできるはずのない節約をしてたそうです。
 そこまでするのか、自分にはとてもとても——というのが大方の感想です」

 ジュールは言う。
「それに加えて、〈ヒドイン〉本人が声高に主張していた『幸運』の要素もある。
 驚く程都合の良いタイミングで〈攻略対象〉に出くわすことのできる運の良さ。
 その〈攻略対象〉たちに警戒心の足りなかったことや、ボディタッチが恐ろしく有効だったことも『幸運』のうちだろう」

 内心では、こうも思っていた。
 (いや『そこまでするのか』って、〈ヒドイン〉よりまず濃硫酸ソフィーだろ。
 逃避モードに入っているのかなあ。
 でも『そろそろ謹慎寮に戻ってソフィーやロザリーの相手をしろ』とも言いにくいんだよな、何か可哀想で)

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