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悪役令嬢の侍女はモブからの主役昇格を目指してる?

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「それで、アリスさん、どうしましょう?
 わたしがジュールさんたちに頼んで、カタリーナさんやケイトさんに加えてローズマリーさんとも行動を共にするようにしたとします。
 わたしはローズマリーさんを憎らしいとも恋敵とも思っていません。
 わたしにも譲れないものがあるため全てローズマリーさんの言うなりにはできませんが、ローズマリーさんの顔をつぶさないように配慮しながら最大限誠実にお付き合いするとは約束できます。
 しかし『邪魔』はしない、『味方』になるとは約束できません。
 オットーさんが『邪魔者』『敵』と認定されるような基準で言うなら、わたしは同じくらいかそれ以上の『邪魔者』となり『敵』となる可能性が高いからです。
 それでもアリスさんは、わたしがローズマリーさんと仲良くなるルートを進めたいと思いますか?」

 アリスは何の反応も返さなかった。返せなかったというのが適切かもしれない。
 しばらく待っても何も言おうとしないアリスを見て担当官は首を振り「やっぱり謹慎用の寮に行ってもらうしかない」と言い、学園長が直々に迎えに来て、力無く歩くアリスと共に去っていく。

「面倒くせぇ」
 去っていく彼らを見て吐き捨てるようにレイアが言った。



「……この『面倒くせぇ』は、レイアさんが警告していた危険な別人格が現れる兆候、ですか?」
 結局、謹慎用の寮に戻ることを拒否して居残ったフェルゼンが聞く。
 レイアとアリスの対話を目にするのはジュールと学園長は二度目、フェルゼンは初見だ。

 レイアは説明を試みる。
「記憶が途切れたりはしませんけれど、行動の原理原則から異なるため別の人格と言えないこともないです。性格の違う役を演じることを選択し、それにのめり込むという感じです。
 超能力の使用、威圧、脅しに積極的になり、味方に流れ弾を当たらせないための配慮は若干疎かになり——危険人物度が増すため周囲は注意が必要で、取扱注意状態であると他の人にわかるように乱暴な言葉を話す役づくりはしてます。
 まあ乱暴な物言いは、ジュールさんの言うところの『縛りプレイ』を辛いと思う気持ちから出てしまうことがあり、手詰まり感を嘆いて『面倒くせぇ』と言ったものの、『縛りプレイ』をやめる気はありません。だから大丈夫です」

 ジュールが言う。
「やめても良いのでは——と僕よりも偉い人がチラチラ様子を伺っていますけどね。
 レイアさんがS級冒険者になった時点で有事の際の協力は取り付けているが、依頼した仕事の遂行にあたって我が国の魔術師等より厳しい『縛り』を与えるつもりはなかった、『縛り』をなくしたくらいがちょうど良いのでは、というお考えだそうです。
 それで先程、捜査権がどうこうという話をしかけたのは、アリスに面会拒否されても強制的に会って尋問することや、アリスが公爵家に雇われる前の経歴の徹底的な洗い出しは許されるかどうかレイアさんが心配していたからで……なぜか香水の話に持っていかれましたが」

 ジュールにちらっと見られたフェルゼンが口を挟む。
「香水の話を持ってきてごめんなさい。
 それはともかくアリスの経歴ですか……孤児院からの紹介で公爵家の侍女になったというのはレイアさんもお聞き及びと思いますが、確かに噂にはなってたんですよ。どうしてあんな子を公爵家は雇ったのか、それ以前に何を考えて孤児院はアレを公爵家に推薦したのかと。
 まあアリスの所業に苦情を入れるのはできても、公爵家の人事に本気で口を出したり、孤児院に調査を入れたりは誰もできなかったことです。今までは」

 学園長は言う。
「私は孤児院の長ではなく理事でしかないですが、余程のことがない限り調査が入るのには是と言い難いですね。様々な事情を抱えた子どもたちを詮索から守りたいと考えますし、フェルゼンさんの言うような理由で監査を受け入れていたら、貴族のいざこざや勢力争いに無駄に巻き込まれますしね。
 レイアさんが調査を望むのは『余程のこと』があるとお考えだからでしょうか」

 レイアは答える。
「はい。アリスさんに『中の人』が存在するかどうかの確認は必要と考えます。
 ……〈ヒドイン〉の犯した罪の中で最も重い罪に問われたのが未成年に恋愛を仕掛けたこと、次がとある男爵を騙して庶子として潜り込んだことです。
 〈ヒドイン〉は恋愛ゲームを楽しんだつもりでしたが年齢詐称が不正行為とは考えずにプレイしていたようです。五十に手が届く人生経験豊富な女性が、無邪気な同年代の少女に擬態して未成年の男子を騙し恋情を弄んだのが問題視されました。
 アリスさんはと言えば、〈悪役令嬢〉の侍女というモブに見えて実は自分が主役のゲームを演じたがっているように思えます。ローズマリーさんの行動を自分の望む方向に誘導し、まるで駒のように扱う——アリスさんが本当は見かけ通りの年齢ではなく、はるか年上の『中の人』がそれを実行しているとしたら悍ましい話ではないでしょうか。
 『中の人』が侍女に採用されるまでに法に触れることをしていたら、当然それも罪になります。〈ヒドイン〉は殺人や傷害といった重罪は犯していなくて、詐欺には問われたものの被害者が減刑を望みましたが、アリスさんの『中の人』も同様とは限りません。
 ……いえ『中の人』がいると決めつけるつもりはなく、『中の人』などいないと確認できたら、それはそれで一歩前進と思います。
 アリスさんから感じられる得体の知れない不気味さの由来が何か、可能性のいくつかを消せますから」

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