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アリス抜きでマッドティーパーティーに

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「それではウォーターブリッジ公爵夫人は『悪役令嬢小説』を何冊か収集していたというのですか?」
 黒猫のクロを撫でながらレイアがウィリアムに問いかける。
「はい。ただし、いわゆる〈ざまぁ〉が出てくるような本を十五歳未満に読ませるのはどうかと思って、しっかり管理していたはずだけど、とおっしゃっていました。集め始めたのはアリスが来てからですが、アリスの〈シナリオ〉に影響されたのではなく、王太子殿下の〈ヒドイン〉事件の顛末からの興味だそうです」

 いつもクロを愛でているガゼボには、ジュール、レイア、イザーク、フェルゼン、ウィリアムとメンバー勢揃いの様相を呈している。襲撃から一週間近く経ち、こちらが日常を取り戻していることを見物人たちに見せつけたい気持ちもある。
 カタリーナとケイトも誘ったが、自分たちはいつものメンバーではないし、そこまで注目されるのは好きではないと断られた。

「アリスを孤児院から引き取って侍女にしたのは、その当時、ローズマリー嬢の侍女兼お友達に自分の娘を推薦していた子爵夫人の売り込みを、どうしても退けたかったためだそうです。
 その子爵夫人は断っても断ってもあきらめず、他の侍女候補の家を牽制したりして本当に厄介だったので、孤児院からの侍女志望を歓迎したという話でした。
 アリスの愛嬌があって憎めない感じに好感が持てたし、多少の無作法はむしろ、どこかの貴族の息がかかっていない証拠のように錯覚して、好意的に受け止めてしまったと反省なさっていました。
 また、アリスへの苦情はその子爵夫人関係からのものが多く、さてはアリスを排除してからの後釜狙いかとアリスをかばい続けてきた結果、アリスもローズマリーも甘やかしてしまうことになってしまったのかも、とおっしゃっていました。
 ……このあたりから、このお茶会は何のために開催されたのか、わからなくなってきましたが」

「ウィリアムから情報を聞き出し、公爵家側の言い分も聞いてもらい、殿下とレイアさんを交えた公爵家会談の事前準備をしたかったのでは?」とフェルゼン。

 何を思い出したのか遠い目になったウィリアムが言う。
「それが、その子爵夫人を撃退したかった、今でも撃退したいと思っている理由の説明に話が移ってから、何とも言えない状況になりまして……。
 公爵夫人によるとその子爵夫人は『旦那様に色目を使う』、『娘にフランシスを誘惑させようとしている』とんでもないアバズレだそうです。同席していた母上がまた、公爵夫人を上回る勢いで子爵夫人の醜聞をあれやこれやと。口なんか挟めません。貴族婦人の笑顔って本当に怖いですね……」

「フランシスってローズマリーの兄上の? 久しぶりに名前を聞いたような」
「魔術師塔に引きこもっているのも、危険人物度トップクラスなのも、相変わらずなんじゃないですか」
 ジュールとイザークに続けてフェルゼンが言う。
「メアリー嬢との奇跡の婚約は今も順調に継続中のはずですよ。
 滅多に公爵家に帰らない彼を狙って公爵家と縁続きになろうとは無謀すぎる……」

「……来たんです、お茶会に」と、うめくようにウィリアムが言う。
「フランシス様が『遅れてスマン』と登場したんです。公爵夫人も母上も驚いていました。婚約者と一緒に来ないかと声はかけてみたけど、フランシス様が単身登場するとは予想外だったようです。
 フランシス様は、私を経由して、殿下にぜひ伝えたいことがあると詰め寄ってきました」

——公爵家の客間が十九世紀趣味に染まっているのは次期公爵として腹立たしく思っている。今回問題を起こした侍女も、黒ワンピースに白エプロンのビクトリア様式メイド服で恥ずかしげもなく出歩いていたと聞く。
 私もその同類とだけは思ってくれるなと、ぜひ第二王子殿下に伝えてくれ。

「あそこの十九世紀趣味は、〈隣国〉でやれと言いたくなるレベルだからなあ。
 頓挫したけど、十九世紀のゴシック復興な店を塔に出店しようとした話とかが、フランシス様の耳に届いていたりして」とイザーク。

「設定の時代を新しくしようとすれば、あちこちからの抵抗にあうでしょうね。
 私の着ているようなロココ中期のジュストコールとジレにクラバットですら微妙なところで、場所によっては着用を差し控えます」とフェルゼン。

 ジュールは言う。
「文句を言うならもっと頻繁に公爵家に顔を出せばと言いたい気もするが、魔術師が魔術師塔に引きこもるのは仕様だからしょうがない……。
 うん、伝言はしかと受け取りましたと————え? 話はまだ終わらない?」

 ウィリアムがどこか苦渋の表情で言う。
「はい。アリス抜きのマッドティーパーティーであるにも関わらず、十九世紀以降の要素を排除した本日の衣装について、ぜひ第二王子殿下にお伝えしてくれと。
 くれぐれもよろしくと、おっしゃっていました」

 皆が少しの間沈黙した後、レイアが口を開く。
「アリスさんは不在だけれど『不思議の国のアリス』のマッドティーパーティー……そのような趣旨で開催されたお茶会だったということでしょうか?」

 ウィリアムが答える。
「フランシス様は、そういう趣旨だと決めたようです。
 ええと、それで、『不思議の国のアリス』で帽子屋が被っているようなシルクハットは使用不可で、挿絵に描かれているようなスラックスというか長ズボンもダメだそうです。実際、膝丈のブリーチズに白タイツをお召しになっていましたね。ブリーチズとベストは鮮やかな赤で上着は今フェルゼンが着ているのをもっと濃い青にして、派手な金色のループ? 良くわからないけど、縁にも身頃にもたくさん付いていて、首には蝶ネクタイではなく大きなフリルのジャボタイで。とにかくフェルゼンよりもド派手なのに、使用人のお仕着せなんだそうです。巨大なポケットが自慢とか。全て十八世紀由来だぞと強調なさっていました。
 それからマッドティーパーティーの三月ウサギとのことで、顔の上半分がウサギで長い耳もしっかり付いた仮面をつけていらっしゃいました。ここは仮面舞踏会の会場じゃないなんて誰も言えません。実は本物そっくりの巨大ウサギの生首を作って被ろうと思ったけれど、婚約者様に止められたとも、おっしゃっていました」

「……で、メアリー嬢は結局、同行はしなかったんだね」とジュール。
「はあ、洒落っ気を出したら負けだとばかりに、いつも黒ローブでフードを目深に被っていた人のはずが、何をどうして、はね上がったんだか」とイザーク。
「婚約して変わった? いやでもメアリー嬢は真面な人だという噂ですし、だから同行を避けたのでしょうし」とフェルゼン。

 レイアがポツリと言った。
「明後日には、わたしとジュールさんは公爵家を訪問しますが、そのときにフランシスさんにも会えるでしょうか」

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