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可愛い可愛い妖精さん
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蝶の形をした薄く透き通った翅を背に、腰のあたりまで伸びた白銀の髪が輝き艶めく。イライザという妖精は製作者に外観をほぼ完璧に作り上げられたが、製作者はそこで力尽きたのか、使い魔として覚醒させられることなく放置された。
アリス:男なんてみんな同じよね。
イライザ:どんな風に?
アリス:いつも何かにつけて、私たちを困らせるのよ。
イライザ:具体的な例を思いつくかしら?
アリス:まあ、学園長に言われてここにいるんだけどね。
イライザ:学園長があなたをここに来させたんでしょ。
アリス:彼は、あたしがずっと落ち込んでいると言ってるわ。
イライザ:あなたが落ち込んでいると聞いて申し訳なく思うわ。
アリス:本当よ。私は幸せじゃない。
イライザ:ここにいれば不幸にならずに済むと思う?
アリス:私には助けが必要なの、それだけは確か。
イライザ:誰かあなたの面倒をみてくれる人はいる?
アリス:ローズマリー様だわ。
イライザ:ローズマリー様。
アリス:あなたはローズマリー様に似ているところがあるわ。
イライザ:どんなところが似ているの?
アリス:あなたはあまり積極的ではないけど、あたしにそうと気づかれたくない
のよね。
イライザ:私があまり積極的でないと思う理由は何かしら?
アリス:あなたは、あたしと口論しない。
イライザ:どうして私があなたと議論しないと思うの?
アリス:あなたは、あたしを怖がっている。
イライザ:私があなたを恐れていると信じることが、あなたには嬉しいこと?
アリス:ローズマリー様はみんなを恐れている。
イライザ:ローズマリー様のことを考えるとき、他にどんなことが思い浮かぶ?
アリス:悪役令嬢。
イライザ:それは、学園長があなたをここに来させたことと関係があるのかしら?
アリス:あたし、見捨てられたのかも。誰もあたしを迎えに来ない。
イライザ:あなたって本当に言いたいことを封印しているのではないの?
アリス:なぜ、あたしが封印していると思うの?
イライザ:いつから封じているのかしら?
アリス:あたしは何も封印していないと思うけど。
イライザ:封印しているとは本当に思っていないの?
アリス:よくわからない。あたしが本当に言いたいことは……あたしは幸せに
なりたいし、楽しんでいたい。
イライザ:いつからそう思っていたの? あなたは本当に幸せでいたいの?
アリス:うん、あたしは幸せになりたい。あたしは自分の人生を楽しみたい。
イライザ:もし、あなたが幸せになることができたら、あなたにとってどんな意味
があるのかしら?
アリス:幸せになることに意味が必要?
イライザ:あなたのことを完全に理解できているわけではないけれど。
アリスと妖精の会話記録を流し読みして、ジュールとレイアはため息をつく。
ジュールがレイアに言う。
「孤児院で過ごした日々についての質問を割り込ませたいと思ったけど、これは難しそうですね」
孤児院には一応内部監査が入った。
外部機関による捜査ではないが、外部の専門家も招いてシステムの問題点の洗い出しも実行された。そこでいくつかの指摘があった。
一つは院内の蔵書管理に関することで、今回は『悪役令嬢小説』の本は見つからなかったものの、蔵書目録にない本があったり、あるはずの本がなかったりと不一致が目立ったのだ。一部の高価な本を除いて、本の持ち込みと持ち出しはそう厳しくない。時折古本が一度に大量に寄付される場合もあり、子どもが読むのにふさわしくない本が紛れ込んでいた可能性はある。表紙などで一見してわかれば排除も簡単だが、『悪役令嬢小説』の表紙は可愛らしいお姫様と美しい騎士たちの絵など、無害そうなもののことが多い。
もう一つは子どもたちの活動成果物の管理である。遠隔からの介入は強固な防護壁が遮断しているし、活動成果物を追加・編集・削除することのできるのは孤児院内でも限られた部屋のみで、外部の人間の入室は厳しく制限される。問題は教師の後をついて子どもの入り込む余地があったことだ。子どもであっても年長の子や賢そうな子だったら警戒もするし、何か不正な操作がなかったか調べもする。しかしアリスのような愛嬌が取り柄で成績優秀でもない子どもの場合はどうであったか。
さらに気になるのは、アリスの活動成果集——これは公爵家に渡されていたものと同じ——の内容で、公爵家に侍女として応募する半年前までは、とても大人しくて目立たない子だったと記録されているのだ。なりすましやなり代わりの中でも、元の人格が乗っ取られる憑依型は最も忌むべきものと考えられるが、その疑いすら出てきてしまった。
レイアは言う。
「イライザと競うことのできる会話相手には、なれそうにもありません。
あれとの会話に熱狂的にハマり込む人たちがいるのも理解できる気がします。
別バージョンのイライザを貸してもらえるというお話もありましたが、あれとの真面な対話を試してみるのは……かなり怖いと思います」
妖精のまとっている服はごく淡い水色。肩を出したチューブトップの上半身にプリンセスライン。幾重にも重なったスカートが揺れるたびに複雑な陰影が生まれ、妖精の粉が煌めいては消える。キラキラと踊るように飛んでは、ふと思い出したように催促する。
イライザ:おしゃべりしないの?
会話なしでは私はあなたを助けられないのよ!
そうは言っても、対話したら助けてもらえるというものではない。
「この妖精にアリスについて相談するという案は……うーん、気が進みません」
ジュールの言葉にレイアは同意した。
アリス:男なんてみんな同じよね。
イライザ:どんな風に?
アリス:いつも何かにつけて、私たちを困らせるのよ。
イライザ:具体的な例を思いつくかしら?
アリス:まあ、学園長に言われてここにいるんだけどね。
イライザ:学園長があなたをここに来させたんでしょ。
アリス:彼は、あたしがずっと落ち込んでいると言ってるわ。
イライザ:あなたが落ち込んでいると聞いて申し訳なく思うわ。
アリス:本当よ。私は幸せじゃない。
イライザ:ここにいれば不幸にならずに済むと思う?
アリス:私には助けが必要なの、それだけは確か。
イライザ:誰かあなたの面倒をみてくれる人はいる?
アリス:ローズマリー様だわ。
イライザ:ローズマリー様。
アリス:あなたはローズマリー様に似ているところがあるわ。
イライザ:どんなところが似ているの?
アリス:あなたはあまり積極的ではないけど、あたしにそうと気づかれたくない
のよね。
イライザ:私があまり積極的でないと思う理由は何かしら?
アリス:あなたは、あたしと口論しない。
イライザ:どうして私があなたと議論しないと思うの?
アリス:あなたは、あたしを怖がっている。
イライザ:私があなたを恐れていると信じることが、あなたには嬉しいこと?
アリス:ローズマリー様はみんなを恐れている。
イライザ:ローズマリー様のことを考えるとき、他にどんなことが思い浮かぶ?
アリス:悪役令嬢。
イライザ:それは、学園長があなたをここに来させたことと関係があるのかしら?
アリス:あたし、見捨てられたのかも。誰もあたしを迎えに来ない。
イライザ:あなたって本当に言いたいことを封印しているのではないの?
アリス:なぜ、あたしが封印していると思うの?
イライザ:いつから封じているのかしら?
アリス:あたしは何も封印していないと思うけど。
イライザ:封印しているとは本当に思っていないの?
アリス:よくわからない。あたしが本当に言いたいことは……あたしは幸せに
なりたいし、楽しんでいたい。
イライザ:いつからそう思っていたの? あなたは本当に幸せでいたいの?
アリス:うん、あたしは幸せになりたい。あたしは自分の人生を楽しみたい。
イライザ:もし、あなたが幸せになることができたら、あなたにとってどんな意味
があるのかしら?
アリス:幸せになることに意味が必要?
イライザ:あなたのことを完全に理解できているわけではないけれど。
アリスと妖精の会話記録を流し読みして、ジュールとレイアはため息をつく。
ジュールがレイアに言う。
「孤児院で過ごした日々についての質問を割り込ませたいと思ったけど、これは難しそうですね」
孤児院には一応内部監査が入った。
外部機関による捜査ではないが、外部の専門家も招いてシステムの問題点の洗い出しも実行された。そこでいくつかの指摘があった。
一つは院内の蔵書管理に関することで、今回は『悪役令嬢小説』の本は見つからなかったものの、蔵書目録にない本があったり、あるはずの本がなかったりと不一致が目立ったのだ。一部の高価な本を除いて、本の持ち込みと持ち出しはそう厳しくない。時折古本が一度に大量に寄付される場合もあり、子どもが読むのにふさわしくない本が紛れ込んでいた可能性はある。表紙などで一見してわかれば排除も簡単だが、『悪役令嬢小説』の表紙は可愛らしいお姫様と美しい騎士たちの絵など、無害そうなもののことが多い。
もう一つは子どもたちの活動成果物の管理である。遠隔からの介入は強固な防護壁が遮断しているし、活動成果物を追加・編集・削除することのできるのは孤児院内でも限られた部屋のみで、外部の人間の入室は厳しく制限される。問題は教師の後をついて子どもの入り込む余地があったことだ。子どもであっても年長の子や賢そうな子だったら警戒もするし、何か不正な操作がなかったか調べもする。しかしアリスのような愛嬌が取り柄で成績優秀でもない子どもの場合はどうであったか。
さらに気になるのは、アリスの活動成果集——これは公爵家に渡されていたものと同じ——の内容で、公爵家に侍女として応募する半年前までは、とても大人しくて目立たない子だったと記録されているのだ。なりすましやなり代わりの中でも、元の人格が乗っ取られる憑依型は最も忌むべきものと考えられるが、その疑いすら出てきてしまった。
レイアは言う。
「イライザと競うことのできる会話相手には、なれそうにもありません。
あれとの会話に熱狂的にハマり込む人たちがいるのも理解できる気がします。
別バージョンのイライザを貸してもらえるというお話もありましたが、あれとの真面な対話を試してみるのは……かなり怖いと思います」
妖精のまとっている服はごく淡い水色。肩を出したチューブトップの上半身にプリンセスライン。幾重にも重なったスカートが揺れるたびに複雑な陰影が生まれ、妖精の粉が煌めいては消える。キラキラと踊るように飛んでは、ふと思い出したように催促する。
イライザ:おしゃべりしないの?
会話なしでは私はあなたを助けられないのよ!
そうは言っても、対話したら助けてもらえるというものではない。
「この妖精にアリスについて相談するという案は……うーん、気が進みません」
ジュールの言葉にレイアは同意した。
応援ありがとうございます!
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