東海道品川宿あやめ屋

五十鈴りく

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それから

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 ただ、昼餉を済ませた頃になって政吉が飛び込んできた。天秤棒は担いでおらず、身軽なものである。

「元助さん、高弥っ」

 妙に慌てて見えた。すぐに喋れないほど息を切らしている。このところ、重たい野菜を担いで歩き回り、体つきもしっかりとしてきたのに、それでも息が上がるほどに走ったらしい。
 高弥は呼ばれてすぐに台所から出てきたのだが、一度戻ってぐい呑みに水を汲み、それを持って戻ると政吉に差し出した。

「政吉さん、水を――」

 受け取る際に少し零した。それでも政吉は一気に水を飲み干す。その喉の動きを眺めながら元助は眉根を寄せた。

「どうした、何かあったのか」

 ふぅ、とひと息つくと、政吉は躊躇いながらうなずいた。

「あっしの早とちりかもしれやせんが――。元助さんも高弥もいねぇし、あやめ屋のことが気になって、あっしは一日に何回も前を通ってたんで。そうしたら、あやめ屋の辺りをうろついていた男たちがいて、最初はたまたまかって気にしてなかったのに、今もまたいたんでございやす。ありゃあ一体なんでしょう。あいつらが何か、よくねぇことを考えてたらどうしようかって、それで元助さんに知らせておこうかと」

 ああ、と高弥は思い当たる節があって笑ってしまった。

「あれじゃあありやせんか。湯屋にたむろっている元助さんの知り合いの」

 人相は、まあまあ悪かった。この間も彦佐に嫌な顔をされたところだ。
 しかし、元助はさらに顔をしかめた。

「なんであいつらが来んだよ」
「元助さんの居場所を教えてくれやしたし、元助さんがちゃんとあやめ屋に戻ったのか気になったんじゃありやせんか。いつもの湯屋に顔を出してねぇし、あやめ屋を覗いたんでしょう」

 きっとそうだと高弥は思った。けれど、元助はそう思わなかったようだ。

「そんなもんでいちいち来るかよ。それも連日」

 あの連中とは親しいというほどではないということだろうか。湯屋で顔を合わせれば少々喋りはするといった程度の付き合いなのかもしれない。

「じゃあ、何しに来たんでしょう」

 高弥が首を傾げると、元助は目を細め、ボソリと言った。

「あいつらじゃねぇ。別のだとして――」

 そこで黙った。もしかすると、元助は己が買っている恨みを数え、心当たりを探しているのだろうか。こう言ってはなんだが、多そうだ。

「あ、いつかの火事場泥棒とかっ」

 去年の暮れに大きな火事があり、逃げる逃げないの押し問答をしている時に泥棒が入った。盗人たちは元助にやり込められて逃げたのだが、もしかすると意趣返しの機会をまだ狙っていたのだろうか。
 元助もそれはないとは言わなかった。手強い元助の姿が見えない今、あやめ屋に泡を噴かせてやろうと狙っているのかもしれない。

「元助さん、今のあやめ屋を狙われたら危ねぇかと」

 てい、志津、浜――女たちはもとより、気の弱い平次も荒事には向かない。彦佐はどうかわからないが、あやめ屋のために体を張ってくれるとも思えなかった。

「――ここで間違えたら、取り返しがつかねぇ。想念様の仰ったことは確かでございやす」

 元助がグッと拳を握った。そして、無言のままに外へ出ようとする。その元助に高弥と政吉も続いた。壮助まで来ようとしたので、高弥はそれを押しとどめる。

「今に泊り客が来る頃じゃねぇか。壮助まで借り出しちゃ申し訳ねぇからいいよ。ちゃんと後で知らせにくるからさ」

 そんなやり取りをしている間にも元助は離れていく。高弥は慌ててその後を追った。
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