【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました

未希かずは(Miki)

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53.マティルダお嬢様の覚悟

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「お父様、お見苦しいですわ」

 静まり返った会場に、凛とした声が響いた。

 扉が開き、コツ、コツと靴音が近づいてくる。
 現れたのは、マティルダ嬢だった。

 お嬢様は、いつもの派手な赤いドレスではなく、深い紺の落ち着いたドレスを着ていた。
 そのほうが彼女の瞳や髪、唇の赤を際立たせ、思わず見とれるほどきれいだった。
 その姿を見て、もうお嬢様なんて軽々しく呼べないな、なんて思った。

 俺は思わず、背筋を伸ばした。

 彼女の後ろには、たくさんの紙束を持ったサーラの姿もある。
 二人は、まっすぐ伯爵の前まで歩いていく。

「……マティルダ」

 叔父さんの声が、わずかに震えていた。
 
 マティルダ嬢は、叔父さんの前で立ち止まり、まっすぐ見つめた。

 叔父さんは一瞬、茫然とした顔をする。
 けれど、次の瞬間には、いつもの刺すような目つきに戻った。

「なぜお前がここにいる。ここは、お前が来るような場所ではない。
 遊び場を間違えるな」

「いいえ、お父様。わたくしは証言のために参りましたの。間違ってなどおりませんわ」

 マティルダ嬢は、叔父さんの鋭い視線にも怯まず、堂々とした物言いだった。
 そして陛下へ向き直り、深々と一礼をする。

「陛下。こちらに我が伯爵家の帳簿がございます」

 サーラが帳簿を差し出す。
 文官がそれを受け取ろうとした、その時だった。

 叔父さんが飛びかかり、帳簿を奪い取ろうとした。

「やめろマティルダ!! それを渡すな!」

 帳簿を閉じていた紐がほどけ、紙が宙を舞う。

「違う、違うんだ!これはねつ造だ!!」

 床に散らばった紙を、叔父さんは必死にかき集めようとする。
 その姿があまりにも哀れで、俺は思わず目を逸らした。

 けれど、叔父さんが集めきれなかった紙は、次々と人々の手に渡っていく。

「なんと!」
「毎月これだけの額が流れておりますぞ」
「伯爵家の収入だけでは到底賄いきれない金額だ」
「ではどこから……」 
「やはり、国の予算が使われていたのでは?」

 会場がざわめき始める。

「違う……違うんだ……」

 叔父さんは震える手で、魔法石を取り出した。
 そして、ゴウッ―—という音とともに、紙が一瞬で炎に包まれ、灰になる。

「お父様」

 マティルダ嬢が、静かに呼びかけた。

「見苦しいですわ。これはこぴいというものらしいので、原本はこちらの手元にありますのよ」

 彼女は淡々と新しい紙の束を取り出した。
 叔父さんはそれを再び燃やす。

「これも、こぴいです。原本は、すでに文官へ提出済みですわ」

 陛下が文官を見る。

「はい、今朝方受け取り、先ほど確認がとれました。こちらの金額と、国の使途不明金の額が一致しております」

 その場の空気が一気に重くなった。

「ふむ。伯爵」

 陛下の声が、低く響く。

「その金はどこに消えたのだ?」

「……ち、違う。私は……」

 叔父さんは、助けを求めるように周囲を見回すが、誰もが、冷たい視線を彼に向けていた。

 その時、マティルダ嬢が一歩前に出た。

「お父様、まだ言い訳なさるつもりですか?」

 彼女はそっと叔父さんを抱きしめる。
 その声は、思いのほか優しかった。
 けれどそこには、もう後戻りできないという覚悟があった。

「お父様、わたくしがおります。
 たった二人の家族。ともに贖罪のために人生を歩みましょう」

 会場は静まり返った。

 俺の胸が痛んだ。
 マティルダ嬢は、父親とともに罪を背負って生きていくと、もう覚悟を決めたんだ。

 サーラの言葉が、彼女を変えたんだ。
 彼女は、罪とともに生きると。
 それがフィンのためだとも。
 推し活の話を聞いて、きっと覚悟を決めたんだ。

 俺は、静かにこぶしを握った。

 その時だ。

「はははははっ!」

 突然、狂った笑い声が響いた。

 カリオに捕えられていた、隣国の男だ。
 彼は、顔をゆがませて笑い続ける。
 マティルダ嬢は、叔父さんを抱きしめていた腕を外し、その男をじっと見つめていた。

「なんだ、この茶番は!」

 カリオが抑えようとするが、男は止まらない。

「何が贖罪だ!
 お前たちは、何もわかっていない!」

 その目は、狂気に染まっていた。
 フィンが静かに手を上げ、カリオを制止する。
 フィンは男にしゃべらせて、情報を引き出すつもりなんだ。
 
 彼は、何をしゃべるんだ?

 俺は、息をのんで男を見つめた。


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