18 / 48
18.その姿はまるで……
しおりを挟むヴァイオレットを初めて見たその日から二ヶ月後、彼女はクリフトフの婚約者と決まった。
今までとは違い、ジェラルドは本気で抵抗してきた。周囲も「ヴァイオレットはジェラルドと婚約すべきだ」という姿勢を崩さなかった。
しかしそんな足掻きも虚しく、結果は今までと同じ、クリフトフに取られる事となった。
幸せだ。クリフトフはヴァイオレットと一緒になれた事に浮かれた。
(これで、また少し良い方に進める)
クリフトフのヴァイオレットへの想いは本物だった。しかし、その裏には、過去から刷り込んで来た劣等感があることも、また事実だった。
『君を、愛してる』
その言葉に、嘘はない。今でもその想いは続いているし、その想いをヴァイオレットが目で見てわかるように、園庭の花は、彼女の青であり、彼女も好ましいと言った青色の花で統一させている。
先日も、新しい青い花を植えた──勿論、自分の手で。
ヴァイオレット以外は知らない。クリフトフの園庭の青い花は、彼が自らの手で植えて育てていることに……。
──だが……俺は、王族には向いていない
認めるしかなかった。
そして認める様になった切っ掛けは、やはりヴァイオレットだった。
兄や妹では反抗的な思いで全てを突っぱねてしまったが、ヴァイオレットの姿勢に、持っている知性と精神力に、クリフトフは打ちのめされて、自覚した。
そんなクリフトフが感じたのは絶望ではなく、解放感と、恐怖にも似た罪悪感だった。
(臣籍降下するなら、兄上から彼女を取った事はっ)
その先は、たとえ心の中だけとは言えど、到底口に出来るものではなかった。
一臣下になる自分に、王太子妃に相応しいヴァイオレットを連れて行く事など出来ない。仮にクリフトフとともに一貴族になったとしても、元々彼女は貴族であり、貴族の心得は既に身に付けている。だから何の問題もないのだが、それでは彼女の能力が死んでしまう。そんな事、クリフトフはしたくなかった。
(今更だが、彼女が……兄上と婚約出来るようにしなくては)
一人王族を抜ける事を決意した晩のこと。兄と婚約者を一緒にさせるべく、クリフトフは悶々とその計画を企てた。
──償いも含め、今まで以上に馬鹿な王子を演じて、“婚約解消”に持って行けばいい。
決めたその日から、クリフトフはヴァイオレットを遠ざけた。
週に一度は必ず開いていた二人のお茶会も、今ではもうない。暴言こそなくても、顔を合わせても何も言わない。すり寄って来る令嬢にヴァイオレットへの想いを乗せて接し、それを彼女に見せ付けて、来るその日に、ヴァイオレットが受ける傷が浅いように仕向けた
「これで良い、これで良いんだ」と、彼女を慕う想いが痛むのを、必死に無視しながら……
令嬢……エミリアには悪いが、臣下に下った時は責任を取って妻にする事を胸中で誓い、目的のために使わせてもらっていた。
エミリアに特に何か言った訳ではなかったが、彼女はクリフトフの思う通りに良く動いた。もしかしたら、似た者同士としては相性が良いのかもしれない、と思った事もしばしばあった。
だから、油断していた……いや、人の心を軽んじ過ぎていた。
「ヴァイオレット……」
周囲の目も気にする余裕もなく、クリフトフはヴァイオレットに駆け寄った。
傷付ける、とは思っていた。そしてその事実も自覚して、全て責任を取るつもりでいた……でもまさか、こんな流血事件にまで発展するとは、夢にも思っていなかった。
ハンカチで頬を押さえ、一応止血は出来ているものの、やはりその姿は痛々しい。
「クリフトフ……さまぁ?」
背後から、呆気に取られた様な声が聴こえた。
振り替えれば、ピンク尽くしの令嬢が、「信じられない」とでも言うように凝視している。
腹が立った。そんな権利はないとわかっていても、この状況を作ったのが自分自身であっても……
「……ヴァイオレットに何をした」
思った以上に低い声が出た。
ジャンもイライザも、弟の豹変ぶりに、僅かに目を見開いた……が、先に正気に戻ったのは、やはりというべきか、王女であるイライザだった。
「お前がっ!!」
──言えた事なのか。
手に取るようにわかる言葉に、クリフトフは自嘲した。
全部自分が望んだ事だ。ヴァイオレットが傷付いた事も、全部己が招いた事だ。
そう答えようとしたクリフトフだったが、先ほどよりも驚愕を表しているイライザに、どうしたのかと首を傾げた。
背後に現れた者に、憐れにも気付かずに……
「それは私の台詞だな。クリフトフ──ヴァイオレット嬢に、何をした?」
バッ! と向き直れば、今来てほしくなかった人物が、ヴァイオレットの肩を抱き、ハンカチを押さえる華奢な手の上から、己の手を重ね合わせていた。
「兄……上……」
怒りに燃えた赤い瞳に射抜かれて、クリフトフは恐怖に声が出なくなった。
突如園庭に降臨したその姿は、まるで怒りに満ちた魔王の様だった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~
水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」
第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。
彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。
だが、彼女は知っていた。
その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。
追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。
「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」
「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」
戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。
効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。
【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。
悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる