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ワタクシのように多くのものを持っている人間を前にすると、人々は何かを無条件で与えようとはしないものだ。欲しがるばかりの者、与える以上に大きな利益を求める者、不用品を恩着せがましく押し付けてくる者。そんな者達は、与えればもっと欲しがり、キリがない。
しかし、殿下は違う。何故ならば、殿下はワタクシよりも権力を持ち、財力を持ち、人脈を持ち、その他多くのものを持っているからだ。殿下がワタクシに与えた花やお菓子、宝石、そして芋虫は、見返りを期待したものではなかった。
人は誰もが心の中に欲望を持っている。贅沢をしたいし、偉くなりたいし、辛い仕事はしたくない、美しい人と遊びたいし、謙(へりくだ)ったりしたくない。
多くの人間は、嫌われたくなくて、その本心を隠す。だが、殿下は隠さない。その理由は簡単である。
本心が透けて見えても、殿下の周囲の人間は、殿下を嫌いになったりしなかったからだ。
『遊びたい!』『勉強したくない!』と言っても、誰よりも勉強する。口煩い家臣に『嫌いだ!』と言っても、言う事をきいて名誉と褒美を与え、側に置く。『不細工だな!』と言っても、自分の服飾品を与え、綺麗に飾って『これならいい!』と言う。
それは、ワタクシに対してもそうだった。
殿下がワタクシに与えた芋虫が、ワタクシにとってどれだけの価値があったのか、きっと殿下は気が付いていないだろう。
毎年、春になると舞う警備兵(蝶)が、どれほどワタクシを救ったかのかを...
ワタクシには殿下がいて下さるが、殿下には無条件で施しを与えてくれる人はいない。王太子夫妻や女王陛下ですら、殿下に国を背負う使命を期待している。
ワタクシは殿下の特別になりたかった。
絶対に、そうなろうと思ったのに、何処で間違えてしまったのだろうか?
ワタクシは殿下から頂いてばかりいたのに、殿下に多くのものを求め過ぎてしまったのだ。
一方、ヴィルヘルムは、自分のベッドで目を閉じて動かなくなったクリスチナにドキドキしていた。
一体、どういうつもりだ!? 婚約破棄しているのに、仲良くしたいだなんて...いや、私だってベッドの上で愛する人と仲良くしたいが...物事には順序というものが...でも、クリスチナがいいって言うからいいのか? 優しくシテだなんて、未婚の男女が、ふ、ふしだらじゃないか!? 今までだって、男女の営みはおろか、手を繋いだ事も数えられるくらいだし、それも公式行事のエスコートで仕方なく的な...だが、据え膳食わぬは男の恥じゃないか? それにここで拒否したことによって、一生、クリスチナが自分からねだりに来なくなったら? そもそも、このお願いは、クリスチナの初めての個人的なお願いじゃ...これは、もう、叶えてやるしかないのでは? しかし、王子たるもの国民の規範になるように...
『好きなら、押し倒しちゃえばいいじゃない』
誰かの声が聞こえたような気がした。ヴィルヘルムは心の声に従い、迷う事をやめた。
「あ、あぁ~...だが、結婚するんだったら...その...仲良くしても問題ないかもな?」
ボソボソと喋るヴィルヘルムの声に、クリスチナは目を開け、体を起こした。
「また、ワタクシと婚約して下さるのですか!?」
「あ、あぁ、お前がどうしてもというなら、してやってもいい!」
「有難うございます。どうしてもお願いしたいです。宜しくお願い致します」
「うん...」
クリスチナはビックリしていた。
凄い! 本当に、また婚約が出来て、仲直りが出来た! エミリア嬢は考えが足りない子だと思っていたが、実はワタクシよりもずっと上手(うわて)だった!?
殿下がはにかみながらニヤニヤしている。視線を宙に彷徨わせながらも、チラチラとワタクシを盗み見て。
あ、ワタクシの肩に殿下の手が...
殿下は急に真顔になってワタクシを見つめた。
まさか、抱きしめようとしている?
凄い! 今まで殿下がこんな風に仲良くしようとしてくれた事があっただろうか?
こんなに単純な事だったのだ!
素直に、『仲良くしたい』ワタクシにも『優しくして欲しい』と言うだけで良かったのか!
次の瞬間、引き寄せられると思っていた体が、後ろに押し倒された。
あれ?
覆い被さるようにして迫ってくるヴィルヘルム。
何だか、とても殿下の顔が近い...
ムニッ
ヴィルヘルムの唇がクリスチナの唇に押し付けられる。
ムニッ、ムニッ
おでこに、まぶたに、キスの雨が降ってくる。そして、頬に...
んん!? 夢で見た芋虫を押し付けられる感触に似ている?
そんな事を考えていたら、殿下のキスはワタクシの唇に戻ってきた。
プチュッ
え!? そういえば、これってキス!? どうして!?
_________
狸田真より
※次回の更新は大人のロマンスがきます。ご注意下さいませ。
しかし、殿下は違う。何故ならば、殿下はワタクシよりも権力を持ち、財力を持ち、人脈を持ち、その他多くのものを持っているからだ。殿下がワタクシに与えた花やお菓子、宝石、そして芋虫は、見返りを期待したものではなかった。
人は誰もが心の中に欲望を持っている。贅沢をしたいし、偉くなりたいし、辛い仕事はしたくない、美しい人と遊びたいし、謙(へりくだ)ったりしたくない。
多くの人間は、嫌われたくなくて、その本心を隠す。だが、殿下は隠さない。その理由は簡単である。
本心が透けて見えても、殿下の周囲の人間は、殿下を嫌いになったりしなかったからだ。
『遊びたい!』『勉強したくない!』と言っても、誰よりも勉強する。口煩い家臣に『嫌いだ!』と言っても、言う事をきいて名誉と褒美を与え、側に置く。『不細工だな!』と言っても、自分の服飾品を与え、綺麗に飾って『これならいい!』と言う。
それは、ワタクシに対してもそうだった。
殿下がワタクシに与えた芋虫が、ワタクシにとってどれだけの価値があったのか、きっと殿下は気が付いていないだろう。
毎年、春になると舞う警備兵(蝶)が、どれほどワタクシを救ったかのかを...
ワタクシには殿下がいて下さるが、殿下には無条件で施しを与えてくれる人はいない。王太子夫妻や女王陛下ですら、殿下に国を背負う使命を期待している。
ワタクシは殿下の特別になりたかった。
絶対に、そうなろうと思ったのに、何処で間違えてしまったのだろうか?
ワタクシは殿下から頂いてばかりいたのに、殿下に多くのものを求め過ぎてしまったのだ。
一方、ヴィルヘルムは、自分のベッドで目を閉じて動かなくなったクリスチナにドキドキしていた。
一体、どういうつもりだ!? 婚約破棄しているのに、仲良くしたいだなんて...いや、私だってベッドの上で愛する人と仲良くしたいが...物事には順序というものが...でも、クリスチナがいいって言うからいいのか? 優しくシテだなんて、未婚の男女が、ふ、ふしだらじゃないか!? 今までだって、男女の営みはおろか、手を繋いだ事も数えられるくらいだし、それも公式行事のエスコートで仕方なく的な...だが、据え膳食わぬは男の恥じゃないか? それにここで拒否したことによって、一生、クリスチナが自分からねだりに来なくなったら? そもそも、このお願いは、クリスチナの初めての個人的なお願いじゃ...これは、もう、叶えてやるしかないのでは? しかし、王子たるもの国民の規範になるように...
『好きなら、押し倒しちゃえばいいじゃない』
誰かの声が聞こえたような気がした。ヴィルヘルムは心の声に従い、迷う事をやめた。
「あ、あぁ~...だが、結婚するんだったら...その...仲良くしても問題ないかもな?」
ボソボソと喋るヴィルヘルムの声に、クリスチナは目を開け、体を起こした。
「また、ワタクシと婚約して下さるのですか!?」
「あ、あぁ、お前がどうしてもというなら、してやってもいい!」
「有難うございます。どうしてもお願いしたいです。宜しくお願い致します」
「うん...」
クリスチナはビックリしていた。
凄い! 本当に、また婚約が出来て、仲直りが出来た! エミリア嬢は考えが足りない子だと思っていたが、実はワタクシよりもずっと上手(うわて)だった!?
殿下がはにかみながらニヤニヤしている。視線を宙に彷徨わせながらも、チラチラとワタクシを盗み見て。
あ、ワタクシの肩に殿下の手が...
殿下は急に真顔になってワタクシを見つめた。
まさか、抱きしめようとしている?
凄い! 今まで殿下がこんな風に仲良くしようとしてくれた事があっただろうか?
こんなに単純な事だったのだ!
素直に、『仲良くしたい』ワタクシにも『優しくして欲しい』と言うだけで良かったのか!
次の瞬間、引き寄せられると思っていた体が、後ろに押し倒された。
あれ?
覆い被さるようにして迫ってくるヴィルヘルム。
何だか、とても殿下の顔が近い...
ムニッ
ヴィルヘルムの唇がクリスチナの唇に押し付けられる。
ムニッ、ムニッ
おでこに、まぶたに、キスの雨が降ってくる。そして、頬に...
んん!? 夢で見た芋虫を押し付けられる感触に似ている?
そんな事を考えていたら、殿下のキスはワタクシの唇に戻ってきた。
プチュッ
え!? そういえば、これってキス!? どうして!?
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狸田真より
※次回の更新は大人のロマンスがきます。ご注意下さいませ。
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