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『最適解』
眼前では、シンが筋肉だるまたちときゃふきゃふ楽しんでいる……のではなく、泥と汗にまみれて訓練をしているのだが、どうみてもきゃふきゃふ楽しそうにしか見えない。
シンは久しぶりに惑星自体の重力を受けながら、狙撃も受けず、地雷もなく、未知の生物からも既知の敵からも襲われずに筋肉を鍛えられる状況に喜びを感じているようだ。
その姿は、アーシェには愛犬が泥だけになって遊んでいるように愛らしく見えて、
(あとで一緒にお風呂に入って、きれいきれいしてあげるからねー)
と頭が悪いとしかいいようのないことを考えていた。
普通少佐ともなれば指揮・運用が職務であり、兵士たちと訓練をすることなどほとんどないのだが、シンは兵士たちとまったく同じ内容を、さらに負荷をかけて(靴底に重しを入れられる靴というものは、便利グッズなどではなく、兵士の訓練時にしか使用しない、用途が超限られた装備品である)いながら、動きも時間も訓練慣れしているはずの兵士たちを上回っている。
兵士たちは憧れのヒーローを見るキラキラした目で、シンを見つめている。
根が単純な分、はっきりとわかる格の違いは素直に受け入れる。
シンを取り囲んで、尊敬のまなざしを向けながら、筋肉談義をしている。
好天のもと、男も女も筋肉自慢のなか、その中心で尊敬のまなざしで見つめられているシン。
アーシェはそれを、0.1%の誇らしさと、99.9%の嫉妬のまなざして、天幕の日陰から見ていた。
(お前ら気安く見るな。触られて喜ぶな。シンに触ろうとしたら、その腕ごと切り落とすからな)
幾人かはアーシェの殺意がこもった視線に気づき、シンから少し距離を取った。
しかし、肝心のシンが気にしている様子がないので、尊敬より一歩踏み込んでいきそうな輩が、男女問わずシンを囲む輪を小さくし、距離が縮まってきている。
そいつらは、兵士としての職業本能としてまずいんじゃないかと思われるほど、アーシェからの視線を無視し続けている。
さすがに冷や汗をかきながらの者もいるが、シンに一番近づいている輩どもは、全受容体がシンに向かっている様子で、己の感覚をすべてシンで埋め尽くしたいという願望は理解できるが、許せんとアーシェは殺気を強めていく。
シンも気づいて、早く自分の元に来て機嫌を取るべき、と視線で念を送ろうとするが、アーシェの能力にエンパスはない。
どうやらより負荷の高い訓練をしようと話がまとまったようで、シンを中心に兵士たちが移動していく。
不機嫌を加速させようとしていたアーシェに、シンが振り返った。
目元は普段のサングラスから、活動しやすい遮光ゴーグルに変えているので、見えない。
それでもアーシェにはシンが自分に視線を合わせたのがわかった。
ムッとしたまま、(不機嫌だけど)と見つめ返すと、シンは唇の端を少し上げて笑った。
(いいコで待っててね)
とでもいうように唇を少し、一瞬だけとがらせた。
それが拗ねている自分をからかってのことか、後でキスしてあげるよ、ということか。
それとももっと別のことを、アーシェが大好きはその薄い唇でしてくれるということなのか。
真意が明確でない以上、アーシェとしては目いっぱい期待をして、最大限の成果を得るつもりである。
(自分で自分の指をべちょべちょに濡らして、自分でほぐさせるてやる)
普段だったら恥ずかしがって絶対にやってくれないだろうが、自分をあえて放置しているのだったら、それぐらいしてもらおう。うん。
今日勤務が終わったら、明日は二人とも非番だ。
部屋から一歩も出ずに済むようにするための準備と、もしかしたら映像を撮らせてくれるかもしれないので(勝率は限りなく0に近いが、軍人たるもの勝利をあきらめてはいけない)、その手配をしたい。
俄然労働意欲が湧いたアーシェは、机上のディスプレイに映している資料の回転速度をさらに上げた。
「あの……。シリル特務少佐殿……」
背後から、気遣いと気弱を混ぜたファーニャウ中尉の声がした。
「あん? なに? ニャウニャウ」
「いえ、小官の姓はファーニャウでありますが……。あの、書類の内容はご確認いただいているのかと……」
後ろから同じ画面を見ているファーニャウの目では、書面のタイトルを見るだけで精一杯の速さだ。
確かに管理者である特務少佐の末端で書類を開いた、という形式は必要だが、流し見だけで決済されては困るものもある。
最終承認者である基地司令のボーレン大佐にも、すぐにバレてしまうだろう。
本来なら士官学校で学業にいそしむべき年齢の子どもに、大人の仕事をさせている後ろめたさもあり、後で自分が再チェックをしようかとファーニャウは思っていた。
「あぁ? ちゃんと見てるって。例えば3枚前の書類の17行目にスペルミスあったし。あ、もう5枚前か。
あと、28枚前の書類は書式が違ってる。
直せるとこは直しているけど、再提出が必要なのはマークしてるからそれぞれに戻しといて」
「へ? は、はぁ」
アーシェの言葉に、ファーニャウは自分の端末を連動させ、書類の処理状況をかくにんする。
確かにアーシェがいった通り、些細なミスについてはその箇所にチェックをしたうえで修正されている。
書類の形式が間違っていたり、裁可の要件を満たしていないもの、詳細の追記を必要とするものについてはその旨が記され、分類されている。
「経費については、前にシンが見てるし。
ま、削れなくもないところはあるけど、許容の範囲だな。
惑星に雇用と生み出して費用を落とすのも、宇宙軍の役割だろ」
特に主力となる産業がない惑星クレイアにとって、宇宙軍が生み出している雇用と、落とす経費は惑星政府の大きな収入源となっている。
「はぁ。おっしゃる通りで」
改めて『特務』少佐の意味を認識したファーニャウをよそに、アーシェの処理は進んでいく。
一刻も早く仕事を終わらせて、食料その他もろもろを準備し、部屋を快適に整える。
浴室もピカピカにしておいた方が、シンも『気持ちよく』入ってくれそうだし、他のところも、どんな流れて『使う』かわからない。
清潔にして、かつどんな時でもスムーズに事に及べるよう、手を伸ばせば届く範囲に必要備品を配置しておく必要がある。
あまりにあからさまだとシンが照れギレするので、配備には細心の注意が必要となる。
アーシェにとって目の前で流している基地運営の書類よりも、よほど難関なミッションが控えている。
「ん」
アーシェが僅かに声を上げた。
白皙の美貌は、少し眉をひそめただけでも世界の不条理を嘆いているように見える。
しかし、宇宙港からの送迎を受け持ってしまった縁なのか、新任の特務少佐2人の(といってもシリル特務少佐が85%。テクラダ特務少佐が5%。2人そろってが10%)雑務を引き受けているファーニャウ中尉からしたら、美貌の無駄遣いであることは、この短い付き合いで把握していた。
機嫌が悪い? にしては当たり散らすこともない。
空腹か? それならばファーニャウに買い出しを命じるだろう。(テクラダ特務少佐からシリル特務少佐が自主的に離れることはない。)
何事かと顔を覗き込んむと、わっと驚かす気か? この確率が高いが、なにか……、なんとなく違う気がする。
止まった画面を見ると、数年前に基地を拡張工事した際の地質調査書類だ。
確かに、この惑星独特の地層構造だが、強度に問題はなく、特に危うい地盤ではなかった。
とまった画面を凝視しているアーシェは、まさしく大理石から掘り出され、黄金を彩色された彫像だ。
遠くから眺めていたかった、というのがファーニャウの切望だ。
「ニャウニャウ。なんか甘いもの買ってきて」
アーシェはファーニャウ中尉を振り向かずにいった。
眉は顰められたまま、目は瞳孔を開いているように画面を見て呆けいている。
黄金の光彩に写っているのが無味乾燥は報告書というのが、ファーニャウで美に対して申し訳ない気持ちになる。
しかしながら、上官命令は実行しなくてはならない。
「甘いもの……ですか」
「そ。ぶっちゃげ糖分ならなんでもいいんだけど」
「……了解いたしました。売店でチョコレートや飴やガムなど、調達して参ればよろしいでしょうか」
「ん。これ使って」
アーシェは相変わらず書類を呆けたように見ながら、ファーニャウにカードを渡した。
基地内の買い物はそれぞれの身分証と連動しており、使った分は給与天引になっていた。
些少な金額であっても、部下に対して気遣いができる上官は、悪くない。
「ついでにデロ甘なココアも買ってきて」
「デロ甘、といいますと」
「コーヒーメイカーの横にある砂糖を、とりあえず全部入れといて」
それではおそらくココア味の砂糖になってしまう気がするが、ファーニャウは上官の命を果たすべく席を離れた。
それに一切気を向けることなく、アーシェは画面を見つめたまま動かなかった。
というより動けなかった。
アーシェの形のいい頭蓋骨に収まっている頭脳が、高速回転している。
いや、高速回転というのは比喩的な表現であり、実際は脳細胞間の電気パルスの量が常人の域を超えて増え続けている。
そのため、かろうじて生命維持のため、心臓は動き、肺は酸素を取り込んでいるが、体のエネルギーのほとんどが脳細胞に費やされているので、身動きすら取れない。
無意識領域への刺激により、強制的に起こる神経パルスの増大による超推理。
これが『シリル家の粋』だ。
(やってられっか、こんなのっ)
意識領域で悪態をついても、今アーシェの体を支配しているのは無意識領域の脳だ。
この状態で仮に命を狙われたとしても、それは『生命維持のための活動』と認識されて、やはり無意識領域が体を動かす。
それは『些末なことに煩わせるな』とでもいいたげな動かし方で、アーシェの肉体の活動限界など無視して行われる。
今のところ、翌日筋肉痛で寝たきりになるくらいで済んでいるが、それが必要とあれば手足の一、二本あっさりと犠牲にしそうだ。
それが『最適解』ならば。
シリル家が『黄金』と呼ぶのは、アーシェの外見だと人はいうが、実際には『黄金ほども価値のある脳みそ』ということだ。
今のところ人間から脳だけ摘出して生き永らえる技術が確立していない。
摘出した脳は生物的に動いていても、精神活動的には『発狂』か『無反応』になっている。
(反応を残して摘出できるようになったら、マジヤバいよな、俺)
意識領域では、暇を持て余したアーシェが思考している。
(超推理入ったってことは、見てた資料になんだかのきっかけがあったんだろーけど。なんだかなぁ)
アーシェからすれば、いくら自分の無意識領域とはいっても、自分ではない輩に体の主導権を乗っ取られているような感覚だ。
そんなものをもてはやされても、なんの意味もない。
逆に『考えている自分』は不要の存在とさえ思わされてしまう。
それでも。
(シンってば、俺の外見、好きだもんね)
その自信が、アーシェをアーシェという人格のある存在としてつなぎとめている。
(ケッコー責任重大なんだけどなぁ。気づいてるのかね? アイツ)
アーシェが人間としていられるための錨。
それがなくなれば、ただの有機的計算機械になる。
(あ、そろそろ終わりそうだな)
アーシェは無意識領域の回転数が通常に戻りそうな気配を感じた。
といっても、すべてはアーシェの頭の中の話だ。
(さぁて、なんかオモシロイ答え出たかなぁ)
自明の理の如く、アーシェの頭の中に、無意識領域の計算結果が示された。
『惑星上の生物の殲滅』
(……何考えてんだ、俺の無意識領域)
シンは久しぶりに惑星自体の重力を受けながら、狙撃も受けず、地雷もなく、未知の生物からも既知の敵からも襲われずに筋肉を鍛えられる状況に喜びを感じているようだ。
その姿は、アーシェには愛犬が泥だけになって遊んでいるように愛らしく見えて、
(あとで一緒にお風呂に入って、きれいきれいしてあげるからねー)
と頭が悪いとしかいいようのないことを考えていた。
普通少佐ともなれば指揮・運用が職務であり、兵士たちと訓練をすることなどほとんどないのだが、シンは兵士たちとまったく同じ内容を、さらに負荷をかけて(靴底に重しを入れられる靴というものは、便利グッズなどではなく、兵士の訓練時にしか使用しない、用途が超限られた装備品である)いながら、動きも時間も訓練慣れしているはずの兵士たちを上回っている。
兵士たちは憧れのヒーローを見るキラキラした目で、シンを見つめている。
根が単純な分、はっきりとわかる格の違いは素直に受け入れる。
シンを取り囲んで、尊敬のまなざしを向けながら、筋肉談義をしている。
好天のもと、男も女も筋肉自慢のなか、その中心で尊敬のまなざしで見つめられているシン。
アーシェはそれを、0.1%の誇らしさと、99.9%の嫉妬のまなざして、天幕の日陰から見ていた。
(お前ら気安く見るな。触られて喜ぶな。シンに触ろうとしたら、その腕ごと切り落とすからな)
幾人かはアーシェの殺意がこもった視線に気づき、シンから少し距離を取った。
しかし、肝心のシンが気にしている様子がないので、尊敬より一歩踏み込んでいきそうな輩が、男女問わずシンを囲む輪を小さくし、距離が縮まってきている。
そいつらは、兵士としての職業本能としてまずいんじゃないかと思われるほど、アーシェからの視線を無視し続けている。
さすがに冷や汗をかきながらの者もいるが、シンに一番近づいている輩どもは、全受容体がシンに向かっている様子で、己の感覚をすべてシンで埋め尽くしたいという願望は理解できるが、許せんとアーシェは殺気を強めていく。
シンも気づいて、早く自分の元に来て機嫌を取るべき、と視線で念を送ろうとするが、アーシェの能力にエンパスはない。
どうやらより負荷の高い訓練をしようと話がまとまったようで、シンを中心に兵士たちが移動していく。
不機嫌を加速させようとしていたアーシェに、シンが振り返った。
目元は普段のサングラスから、活動しやすい遮光ゴーグルに変えているので、見えない。
それでもアーシェにはシンが自分に視線を合わせたのがわかった。
ムッとしたまま、(不機嫌だけど)と見つめ返すと、シンは唇の端を少し上げて笑った。
(いいコで待っててね)
とでもいうように唇を少し、一瞬だけとがらせた。
それが拗ねている自分をからかってのことか、後でキスしてあげるよ、ということか。
それとももっと別のことを、アーシェが大好きはその薄い唇でしてくれるということなのか。
真意が明確でない以上、アーシェとしては目いっぱい期待をして、最大限の成果を得るつもりである。
(自分で自分の指をべちょべちょに濡らして、自分でほぐさせるてやる)
普段だったら恥ずかしがって絶対にやってくれないだろうが、自分をあえて放置しているのだったら、それぐらいしてもらおう。うん。
今日勤務が終わったら、明日は二人とも非番だ。
部屋から一歩も出ずに済むようにするための準備と、もしかしたら映像を撮らせてくれるかもしれないので(勝率は限りなく0に近いが、軍人たるもの勝利をあきらめてはいけない)、その手配をしたい。
俄然労働意欲が湧いたアーシェは、机上のディスプレイに映している資料の回転速度をさらに上げた。
「あの……。シリル特務少佐殿……」
背後から、気遣いと気弱を混ぜたファーニャウ中尉の声がした。
「あん? なに? ニャウニャウ」
「いえ、小官の姓はファーニャウでありますが……。あの、書類の内容はご確認いただいているのかと……」
後ろから同じ画面を見ているファーニャウの目では、書面のタイトルを見るだけで精一杯の速さだ。
確かに管理者である特務少佐の末端で書類を開いた、という形式は必要だが、流し見だけで決済されては困るものもある。
最終承認者である基地司令のボーレン大佐にも、すぐにバレてしまうだろう。
本来なら士官学校で学業にいそしむべき年齢の子どもに、大人の仕事をさせている後ろめたさもあり、後で自分が再チェックをしようかとファーニャウは思っていた。
「あぁ? ちゃんと見てるって。例えば3枚前の書類の17行目にスペルミスあったし。あ、もう5枚前か。
あと、28枚前の書類は書式が違ってる。
直せるとこは直しているけど、再提出が必要なのはマークしてるからそれぞれに戻しといて」
「へ? は、はぁ」
アーシェの言葉に、ファーニャウは自分の端末を連動させ、書類の処理状況をかくにんする。
確かにアーシェがいった通り、些細なミスについてはその箇所にチェックをしたうえで修正されている。
書類の形式が間違っていたり、裁可の要件を満たしていないもの、詳細の追記を必要とするものについてはその旨が記され、分類されている。
「経費については、前にシンが見てるし。
ま、削れなくもないところはあるけど、許容の範囲だな。
惑星に雇用と生み出して費用を落とすのも、宇宙軍の役割だろ」
特に主力となる産業がない惑星クレイアにとって、宇宙軍が生み出している雇用と、落とす経費は惑星政府の大きな収入源となっている。
「はぁ。おっしゃる通りで」
改めて『特務』少佐の意味を認識したファーニャウをよそに、アーシェの処理は進んでいく。
一刻も早く仕事を終わらせて、食料その他もろもろを準備し、部屋を快適に整える。
浴室もピカピカにしておいた方が、シンも『気持ちよく』入ってくれそうだし、他のところも、どんな流れて『使う』かわからない。
清潔にして、かつどんな時でもスムーズに事に及べるよう、手を伸ばせば届く範囲に必要備品を配置しておく必要がある。
あまりにあからさまだとシンが照れギレするので、配備には細心の注意が必要となる。
アーシェにとって目の前で流している基地運営の書類よりも、よほど難関なミッションが控えている。
「ん」
アーシェが僅かに声を上げた。
白皙の美貌は、少し眉をひそめただけでも世界の不条理を嘆いているように見える。
しかし、宇宙港からの送迎を受け持ってしまった縁なのか、新任の特務少佐2人の(といってもシリル特務少佐が85%。テクラダ特務少佐が5%。2人そろってが10%)雑務を引き受けているファーニャウ中尉からしたら、美貌の無駄遣いであることは、この短い付き合いで把握していた。
機嫌が悪い? にしては当たり散らすこともない。
空腹か? それならばファーニャウに買い出しを命じるだろう。(テクラダ特務少佐からシリル特務少佐が自主的に離れることはない。)
何事かと顔を覗き込んむと、わっと驚かす気か? この確率が高いが、なにか……、なんとなく違う気がする。
止まった画面を見ると、数年前に基地を拡張工事した際の地質調査書類だ。
確かに、この惑星独特の地層構造だが、強度に問題はなく、特に危うい地盤ではなかった。
とまった画面を凝視しているアーシェは、まさしく大理石から掘り出され、黄金を彩色された彫像だ。
遠くから眺めていたかった、というのがファーニャウの切望だ。
「ニャウニャウ。なんか甘いもの買ってきて」
アーシェはファーニャウ中尉を振り向かずにいった。
眉は顰められたまま、目は瞳孔を開いているように画面を見て呆けいている。
黄金の光彩に写っているのが無味乾燥は報告書というのが、ファーニャウで美に対して申し訳ない気持ちになる。
しかしながら、上官命令は実行しなくてはならない。
「甘いもの……ですか」
「そ。ぶっちゃげ糖分ならなんでもいいんだけど」
「……了解いたしました。売店でチョコレートや飴やガムなど、調達して参ればよろしいでしょうか」
「ん。これ使って」
アーシェは相変わらず書類を呆けたように見ながら、ファーニャウにカードを渡した。
基地内の買い物はそれぞれの身分証と連動しており、使った分は給与天引になっていた。
些少な金額であっても、部下に対して気遣いができる上官は、悪くない。
「ついでにデロ甘なココアも買ってきて」
「デロ甘、といいますと」
「コーヒーメイカーの横にある砂糖を、とりあえず全部入れといて」
それではおそらくココア味の砂糖になってしまう気がするが、ファーニャウは上官の命を果たすべく席を離れた。
それに一切気を向けることなく、アーシェは画面を見つめたまま動かなかった。
というより動けなかった。
アーシェの形のいい頭蓋骨に収まっている頭脳が、高速回転している。
いや、高速回転というのは比喩的な表現であり、実際は脳細胞間の電気パルスの量が常人の域を超えて増え続けている。
そのため、かろうじて生命維持のため、心臓は動き、肺は酸素を取り込んでいるが、体のエネルギーのほとんどが脳細胞に費やされているので、身動きすら取れない。
無意識領域への刺激により、強制的に起こる神経パルスの増大による超推理。
これが『シリル家の粋』だ。
(やってられっか、こんなのっ)
意識領域で悪態をついても、今アーシェの体を支配しているのは無意識領域の脳だ。
この状態で仮に命を狙われたとしても、それは『生命維持のための活動』と認識されて、やはり無意識領域が体を動かす。
それは『些末なことに煩わせるな』とでもいいたげな動かし方で、アーシェの肉体の活動限界など無視して行われる。
今のところ、翌日筋肉痛で寝たきりになるくらいで済んでいるが、それが必要とあれば手足の一、二本あっさりと犠牲にしそうだ。
それが『最適解』ならば。
シリル家が『黄金』と呼ぶのは、アーシェの外見だと人はいうが、実際には『黄金ほども価値のある脳みそ』ということだ。
今のところ人間から脳だけ摘出して生き永らえる技術が確立していない。
摘出した脳は生物的に動いていても、精神活動的には『発狂』か『無反応』になっている。
(反応を残して摘出できるようになったら、マジヤバいよな、俺)
意識領域では、暇を持て余したアーシェが思考している。
(超推理入ったってことは、見てた資料になんだかのきっかけがあったんだろーけど。なんだかなぁ)
アーシェからすれば、いくら自分の無意識領域とはいっても、自分ではない輩に体の主導権を乗っ取られているような感覚だ。
そんなものをもてはやされても、なんの意味もない。
逆に『考えている自分』は不要の存在とさえ思わされてしまう。
それでも。
(シンってば、俺の外見、好きだもんね)
その自信が、アーシェをアーシェという人格のある存在としてつなぎとめている。
(ケッコー責任重大なんだけどなぁ。気づいてるのかね? アイツ)
アーシェが人間としていられるための錨。
それがなくなれば、ただの有機的計算機械になる。
(あ、そろそろ終わりそうだな)
アーシェは無意識領域の回転数が通常に戻りそうな気配を感じた。
といっても、すべてはアーシェの頭の中の話だ。
(さぁて、なんかオモシロイ答え出たかなぁ)
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