あなたは私の、輝ける星 ーーYou're My Only Shinin' Starーー

藍川 東

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来訪者

 特別な欲求がなければ、基地の中ですべてが完結する。
 仕事場はもちろん住居も当然基地の中出し、運動がしたければジムやプールがあり、訓練は仕事だ。家族向けの遊興施設もある。
 やや下卑た歓楽を求める場合は、基地周辺に必ず発生する街に出かける必要があるが、それも基地の壁にへばりつくようにあり、惑星自治の範囲ではあるが憲兵が定期的に見回っており、ほぼ基地機能の一部といってもいい。
 シンはアーシェがいるので、と正面切っていうにはいささか恥ずかしさが先に立つけれど、悪所に行くような必要はみじんもなく、実際のところ基地内ですべての用が済んでしまい、赴任依頼基地外に出ることはなかった。
 惑星クレイアにしてみたところで、政治体制は大統領制。惑星間交易をするほどの特産物はなく、惑星内でほぼ自給自足している。
 少し気になる点といえば、惑星開拓の時シリル家系列の業者が携わっていたことだが、それも銀河連邦の開拓惑星に占める割合を考えれば、それほど珍しいことではない。
 惑星政府との対外的な折衝は基地司令官と幹部たちの職務なので、『下っ端で年若い新任の』自分たちの仕事ではない。
 人によっては、惑星政府の高官たちから礼儀正しい扱いを受けることに快感を感じる類の人種がいるので、そういう輩に任せておけばいい。
 民衆からは『雇われ軍隊』『災害時だけさっさと働け』などと揶揄されていても、表面上の儀礼が必要な場合もある。
 バディでいえば、それは自分の担当だろうとシンは思っている。
 相手が求めているのは『シリル家』とのつながりだとわかっていても、まるっと無視してお行儀よくお相手をする。
 丁々発止の言葉を笑顔で交わし合うのは、ボードゲームをしているようで、正直ちょっとと面白い。
 それも、本来の自分では相手にもされない大人たちがただの子どもである自分の様子を伺いながら、交渉を仕掛けてくる。
 知的なゲームのようなそれを、自分は意外と楽しめるたちだったとは、アーシェと知り合わなければ、気づかなかっただろう。
 実際アーシェと出会わなければ育ててくれた施設の家族たちのために働きはするが、こんな多くの人目に晒されることもなく、見たこともない同胞や、会ったこともない親の影を探しつつ、宇宙の片隅いっそりと暮らしていただろう。
 それが今や、軍が連邦宇宙軍でもーー良くも悪くもーーちょっとした有名人だ。
 アーシェのおまけだとしても。
 まぁともかく、シンとしては自分の職責は文句のつけようがないほどこなすが、銀河連邦宇宙軍のため、とか、この基地のために、といった行動のモチベーションはないので、業務が滞りなく終われば、さっさと官舎ーーアーシェ曰く『俺たちの愛の巣』ーーに戻るだけだ。
 今日は一日アーシェとは別行動ーー朝、拗ねるアーシェを尻キックして官舎から蹴り出しーーひっきりなしに入る『ひま』『飽きた』『寂しくて泣いちゃう(うるん)』というしょうもないメールに『仕事して』『仕事しろ』『……』と五通に一通程度返していた。
 今日の食時当番はアーシェだから、ご褒美も兼ねてデザートでも買って帰ろうか、とシンが歩ていると声が聞こえた。

「規則ですので」
「だから、ちょっとでいいんですよ。取り次いでもらえません?」
「規則通りアポイントメントを取っていただいたら、お通しできます」
「それはそれでお願いしてるんですけど、なかなか許可が下りないんで、直談判に来ちゃいました」
「いえ、来ちゃいました、といわれましても」
 基地を囲っている通用門ゲートで、当番の兵士が困惑しているようだ。
 シンは近づいていくと、士官服を見た兵士がほっとした顔をする。
「どうかしたのか?」
 兵士の敬礼に答礼して、シンが尋ねた。
「いえ。こちらの方が司令官殿への面談をお求めではあるのですが、アポイントを取っていらっしゃらず」
 辺境基地の兵士とはいえ、民間人と接することの多い門兵は比較的圧が少なく、常識的な会話ができる者が任命される。
 自分たちが担当している兵士たちなら、
『あぁん? うぜえ。消えな』
 と端的に対応していただろう。
 門越しにみると、立っていたのはおそらくシンよりいくつかは年上のようだが、子犬のように純真に見える目が、妙に愛嬌のある青年だった。
 活力にあふれた茶色の目には打算が感じられず、ただ純粋さだけが見える。
 年齢を鑑みると素直すぎる感もあるが、これでねだられ続けたら、あまり邪険に追い払えば、こちらが罪悪感を持ってしまうだろう。
「あ。その制服は士官のひとですね。でも若っかいなぁ。ひょっとして僕より年下なんですか?
 僕、惑星政府議員のハルシュミット=ハンゼルっていいます。
 HHって愛称にしたいんだけど、いいにくいらしくて。メールでは使ってくれるんだけど。
 ところで、陳情に来てるんですけど、司令官殿に取り次いでもらえませんか?
 この惑星にとっても、宇宙軍にとってもいい話だと思うんです」
 多言なところはあるが、シンが年下の様子とわかっても、侮ることなく丁寧に対応している。
「こんな感じで、三日と空けずいらっしゃるもので……」
 門兵を見れば、これまでもこの調子で粘られていたのだろう、士官に丸投げした気配がひしひしと伝わってくる。
 シンは軽くため息をつくと、ハンゼルに向き直った。
「司令官閣下にお取次ぎすることはできませんが、小官でよろしければお話を伺います」
 アーシェのいう『幸せになれる何かを売りつける笑み』を浮かべた。
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