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第二章 生き別れの兄と白い狼

3 帰城

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 見慣れた街並みが見えてきたのは、馬を走らせて三日後のこと。エルディアはレンブルの街に戻って来た。

 街の石畳を馬の蹄がカツカツと音を立てて進む。懐かしい店の看板や露店のわきを通り抜けて、街の中央に見える城へと向かう。フェンリルと戦ったのはたった三ヶ月前の事なのに、エルディアはもう何年も経ってしまったかのように感じていた。

 馬を降りて城の門をくぐると、見知った顔を見つけて騎士達が声を掛けてくる。
 

「エル帰ってきたのか」

「おーい、久しぶり」

「無事だったんだな。心配したんだぞ」


 手を振ってくれる騎士達に、笑顔で手をふり返した。皆、怪我も治って元気な様子にエルディアはほっとする。
 

「副団長が待っていたぞ」

「あっちの広場の方に向かっていたよ」
 

 門番の一人に馬を預けて、教えてくれた通りに広場へ向かう。
 心がはやるのは何故だろう。ゆっくり歩けばいいのに、気がつけば軽く走っていた。

 角の植え込みを曲がれば広場に着く。
 視線を塞ぐ緑の生垣の角を走り抜けて、エルディアは一番会いたかった人物の姿をようやく見つけた。
 

「ロイ!」


 名を呼んで駆け寄る。
 訓練を終えた騎士達と話していたロイゼルドがその声に振り返り、そして優しい笑みを浮かべた。


「エル、お帰り」


 久しぶりに見た師の姿は以前と変わらないはずなのに、見惚れるほど格好良くてなんだか照れてしまう。


「ただいま戻りました」


 少し赤くなってそう報告すると、ロイゼルドは首を傾げてエルディアの頭を撫でた。


「感動の再会なんだから、もう少し抱きついてくるなりしてくれるかと思ったのに」


 残念そうにため息をつくが、どこまで本気なのだろうか。エルディアは別れ際の頬へのキスを思い出して、ますます赤くなった。
 からかわれるのは慣れていないので戸惑ってしまう。
 

「お、エル、戻ってきたか!」


 ヴィンセントが遠くからエルディアの姿を見つけて歩いてきた。
 

「団長、ただいま戻りました。またよろしくお願いします」

「おう。ロイがずっと寂しがっていたんだぞ。リズがお前はいつ戻るんだとうるさくて困っていたから良かった。またよろしくな」

「はい!」
 

 ここが自分の居場所だ。
 出迎えてくれた人達に嬉しく思いながら、エルディアは再びこの地に戻ってきたことを改めて実感していた。
 
 
 
 自分の部屋に帰って荷物を整理していると、ロイゼルドが戻って来た。
 また彼の従騎士としての生活が始まる。
 

「エル、お前の兄の事なんだが」


 ロイゼルドが難しい顔をして言う。
 

「レンブルにはもういないのではないかな。色々探してはみたんだが、お前に似た人物を知っている人はいなかった」


 やはり、父の言う通りだ。
 

「ありがとう、ロイ。僕も父と話して、そうではないかと思って」


 八年もの年月が経ってしまっている。
 どこへ行ったか掴むことは難しい。


「エディーサ国内にはいないのだろうと思うんです。いるなら帰って来るはずなので。おそらく他国にいて、帰れない状況なんだと思う」

「いるとしたらやっぱり?」

「そう、落ちた場所から考えて、トルポント王国ではないかと父とも話しました」

「で、どうする?」


 トルポント国内にまで探しに行くには危険が過ぎる。
 さて、と思案していると、部屋のドアがトトンと軽やかに叩かれた。
 

「はい」


 扉を開くと、赤い髪の少女が入ってくるなりエルディアにタックルした。
 

「エル!お帰りなさい!」


 頭がもろに喉に当たって、エルディアはゲフッと嘔吐えずいた。
 相変わらず愛情表現が激しい。リゼットはヴィンセントからエルディアが帰城したことを聞いて、急いで駆けつけて来たらしい。
 

「リズ………痛いよ」

「待っていたのよ!なかなか帰って来ないから、怪我が治らないのかと心配していたんだから」

「ごめん。王都にしばらく用事があって」


 魔道具ブレスが出来上がるまで、帰るに帰れなかったのだ。
 おまけにリュシエラ王女にスパルタ教育を受けたことを話したかったが、言えないのが残念だ。あれで結構リゼットを見直した。今度から真面目に愚痴を聞いてあげようと誓ったのだ。
 

「エルがいない間にロイ様ったら、貴方の妹にデレデレしていましたのよ。わたくしやきもきしてしまいましたわ」

「ええっ、デレデレって」


 今度はロイゼルドが赤面している。


「ロイ様が浮気しないように気をつけるのよ、エル」

「だからリズ、そんなんじゃないって。変な本は読んじゃ駄目って言ってるでしょ!」

「なんのことだ?」

「ロイには内緒の話!」


 リゼットが男性同士の恋物語にハマっているとは到底言えない。
 不審げな表情をしているロイゼルドにこれ以上追求されないようにと、エルディアは荷物の中から王女にもらった化粧品を取り出す。
 

「リズにお土産だよ。綺麗でしょ」


 王室御用達の最高級化粧品は、容器からして緻密な細工がしてある。貴族の少女達の憧れの的だ。案の定、リゼットもキラキラした目で見つめている。


「綺麗だわ!もらっていいの?」


 ありがとう!とエルディアの首に両手で抱きつく。
 リゼットはエルディアを一応男と思っているはずなので、ちょっとスキンシップが過ぎるのではと思ったが、そういう意味の相手とは全く思われていないことはわかっているのでまあいいかと素直に抱かれていた。
 

「仲いいよな」


 ロイゼルドが笑って羨ましそうに呟く。
 

「あら、ロイ様、ヤキモチですの?」


 どっちに?とエルディアは思ったが黙っていた。
 リゼットの性癖を考慮するとややこしくてかなわない。

 自然とリゼットの背に回していたエルディアの腕をとって、リゼットは安心したようにもたれかかった。
 

「はあ、やっぱりわたくしはこっちのエルが良いわ」

「?」


 なんのことだろう。
 不思議に思ってリゼットに聞くと、彼女は思いもよらないことを告げた。
 

「エルが王都に行ってしまったちょっと後に、わたくし、森でエルにそっくりな男性に会いましたの」


 なんだって?
 エルディアとロイゼルドは顔を見合わす。
 

「一瞬エルが死んでお化けになって出てきたかと思いましたのよ」

「心配かけてごめん。リズ、その僕にそっくりな人ってどんな人だったの?」

「エルよりちょっと背が高くて大人っぽくて格好良かったわ。わたくしはエルの方が可愛くて優しくて好きだけど」

「その話、もう少し詳しく教えて!」

「なんですの?やっぱり知り合い?」


 リゼットによるとエルフェルムに似た少年は、他国の軍服らしき服を着て白い狼を連れていたという。
 

「間違いない。ルフィだ」


 レンブルの森に来ていたのなら、彼もフェンリルを追っていたのかもしれない。
 でも、エディーサ国内にいるのであれば、どうして自分だと名乗り出ないのか。
 

「一体なんですの?」

「リズが見たのはずっと探している生き別れの兄なんだ」

「まあ!」


 それなら追いかけて捕まえておけばよかったわ、とリゼットは残念がる。


「エル、貴方妹だけでなくてお兄様もいたのね」


 こんな美形が三人揃うなんてすごいわ~と呑気に感心しているリゼットに、今度はエルディアの方から抱きついた。
 

「ありがとう、リズ!」


 ルフィは生きている。
 それがわかっただけでも嬉しい。
 

 レンブルに来たのであれば、彼は聞いているだろう。妹のエルディアがフェンリルを倒したということを。

 一人で、いや、フェンと一緒にいたということは、特に囚われたりしているわけではなさそうだ。
 きっと、今名乗り出ないのには訳があるに違いない。ならばいずれ出会うことが出来るはず。
 この地で待ち、必ず探し出す。エルディアはそう決心した。
 
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