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第三章 風の神獣の契約者

2 皇妃

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 もうすぐ王国騎士団の騎士の叙任式の時期が来る。それはロイゼルドにとって、自分の従騎士との別れの時期が来たことを意味する。

 師として三年、そばで見ていた。『彼』は戦場でも魔物の討伐でも正騎士以上の働きをし、自分の従者としても問題ないばかりかそれ以上に補佐をしてくれた。
 先だっては、他国に誘拐された騎士団団長兼侯爵の令嬢を、無事に救い出したという功績まであげている。
 今回正式に騎士に叙任される事は間違いない。

 しかし、重大な問題がひとつだけある。

 『彼』は『彼女』なのだ。

 国王も将軍も団長も、その事は了承済みだ。だが、表立っては秘されている。彼女の特異な事情をおいそれとおおやけには出来ないがため。


 彼女の左肩には魔獣の刻印が刻まれている。それは強大な魔力と不死に近い回復力を彼女に与えた。まるで戦う為に作り替えられたかのように。

 しかし、その力とは裏腹に、彼女の心はとても純粋だ。自分をとらえて離さないそのエメラルドの瞳は、いまだ無垢なまま世界を見ている。

 ロイゼルドは血に染まる彼女を幾度も見た。
 彼女の刻印はあまりにも簡単に、他者の命を奪う事を可能とする。そのような力を持ちながら、なお透明であり続ける魂に感嘆しつつ、いつか壊れてしまわぬかと恐怖する。

 刻印は彼女を戦場へといざなう。守りたいと願い、それを可能とする力を持つが故に。

 できることなら彼女を解放したい。永久に戦いの場から遠ざけて、自分の腕の中に囲い込みたい。しかし、彼女はまだ、それをよしとしない。それならば、せめて自分の手元に置いておきたい。

 いくら魔法で姿を変えているといっても、男ばかりの世界では何が起こるかわからない。従騎士である間は、それを理由に守る事ができた。正騎士になればそれほどべったりはしていられない。

 叙任式に出る為に、二ヶ月後エルディアは王都へ向かう。

 配属先は黒竜騎士団になるだろう。自分がそう推薦した。彼女もそう希望している。


「うーん、どうするかな」


 一人頭を捻って悩んでいるが、悩みようがないと言えばそうなのだ。
 幸いエルディアとよくつるんでいるリアムとカルシードが、エルディアの秘密を知ったうえで協力してくれている。自分の目の届かない所は、彼等に任せるしかない。

 色んな意味で、不安はあるのだが。



 レンブル城の騎士達の訓練場から少し奥に入ったところに、小さな試合場がある。
エルディアと仲間達の姿が見えない時は、よくそちらで試合をしていたりする。

 今日もおそらく姿がないのでそこだろうと思い、ロイゼルドは彼等を呼びに向かっていた。
 騎士団での配属を自分直属に出来るかヴィンセントに尋ねてみたのだが、それならば三人一緒がいいだろうと言われた。彼等に一応了承を得ようと思ったのだ。


 案の定、彼等はそこにいた。試合場の隅の休憩所で固まっている。
 いつものように訓練を覗きに来ていたリゼットも加わって、仲良く四人で話していた。

 近づくロイゼルドの耳に、彼等の会話が聞こえてくる。


「エルは男になってる時は、胸もないのね」

「そうだよ。ぺったんこなんだ」


 どうやらリゼットが転びかけて、彼女を抱きとめたエルディアの胸の固さに気づいたらしい。エルディアは、ぽんぽんと自分の胸板を叩いて見せる。

 リゼットは腰は細いのに豊満な胸をしている。とてもスタイルが良い。
 エルディアはリゼットの胸元をじーっと見て、ちょっと羨ましそうにしている。


「リズは胸が大きくていいな。僕、女になってもあんまりないんだよね」

「そんなもの、コルセットで寄せて上げるのよ」

「いや、寄せるほどもない」


 鍛えに鍛えた身体は、無駄な脂肪がないぶん、寄せて上げることもできない。


「おい、聞こえるように女子トークするな。こっちが恥ずかしい」


 カルシードが頬を赤くして止める。
 リアムはそれを見ながらニヤニヤしている。


「お肉食べなさいよ、エル。細すぎるのよ、貴女」

「結構食べてるんだけどな」

「食べる量と運動量が見合ってないんだよ」

「あんまり細いと骨折するぜ」

「仕方ないわね。わたくしがレンブルで一番の菓子職人に頼んで、たっぷり甘いお菓子を差し入れてあげるわ」

「げっ、僕あんまり甘ったるいのは苦手だよ」


 リアムがふと思いついたように、首を傾げて尋ねる。


「なあ、エル、お前のその下の方はどうなってんだ?」


 かなり不躾な質問だったが、リアムが張り倒される事はなかった。
 エルディアは、ふふん、と何故か自慢げに胸を張る。


「アーヴァイン様の魔法は完璧だよ」


 見せられないのが残念だけど、と大真面目に言っている。


「やめろ!想像させるな!」


 カルシードが顔を覆って突っ伏す。さすがのリゼットも頬を染めてリアムの頭をぺシンと叩いた。


「レディになんてこと聞くんですの?」


 ロイゼルドは額に手を遣り天を仰いだ。

 どおりで出会ってすぐの頃、自分の風呂の手伝いも平気な顔でやっていたはずだ。普段から見慣れていたのだろう。しかし、仮にも侯爵家の令嬢がいいのだろうか?
 

 気を取り直して彼等に近づく。


「おい、妙な話をしている所を邪魔するが、団長の所へ来い。お前達に確認しないといけない事がある」

「ロイ様!」

「副団長、なんですか?」

「エルが正騎士になった後の配属についてだ。リアムとシードに団長から話がある。エルもおいで」

「はい」


 彼等とロイゼルドの腕にくっついてきたリゼットを連れて、ヴィンセントの執務室へ向かっていると、前方から慌てた様子の騎士が走ってきた。


「副団長!緊急で団長が呼んでいます」

「今向かっているところだが」


 なんだろう?
 足早に執務室へ向かった彼等を、ヴィンセントは難しい顔をして迎え入れた。


「王都からエルに召還命令が来た」

「召還?何故です?」

「王太子殿下と共にイエラザーム皇国へ行くようにとの命令だ。ロイ、シード、リアム、お前達もエルの護衛で付いて行け」


 戸惑うロイゼルド達に、ヴィンセントが簡潔に説明する。

「イエラザームの第一皇子が皇帝に即位する。エルディアを皇妃にすると言ってきた。アストラルド王太子が即位式に出席する。それに同行するエルディアを守り、ついでにエルフェルムも連れて帰れとの命令だ」


 青天の霹靂に声も出ないエルディアの背後で、ロイゼルド達は顔を見合わせた。
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