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68話 劣等感
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その日の夜、僕達は宿に泊まった。
全員が1人部屋である。
ハウザーには馬小屋で寝てもらうことになった。
その晩の内に、リーザが僕の部屋にやって来た。
最初は、僕のことを責めに来たのかと思ったが、意外と落ち着いた様子だった。
今日の彼女は、普通に服を着ていた。
まあ、当然のことなのだが……。
そんなことを考えていると、リーザは笑顔を浮かべて言った。
「ねえルーク、ラナを抱いた感想を聞かせてくれない?」
「!?」
とんでもないことを言われて、僕はリーザの目が笑っていないことに気付いた。
「だ、抱いてないよ!」
「そう。なら、一体どんな風に楽しんだのかしら?」
「僕は何もしてないよ!」
「ソフィアさんの時みたいに、キスでもされたの?」
「ちょっと腕に抱き付かれただけだよ!」
「……そう。ラナが、貴方に……」
リーザは、ショックを受けた様子だった。
「それ以上のことは、本当に、何もしてないよ?」
「それだけだって、充分に問題だわ。あの子、私が言ったことを真に受けたのね……」
「リーザが、ラナに何か言ったの?」
「……ラナに相談されたことがあるのよ。自分は、ルークに女として扱われてないんじゃないかって」
「そんなつもりは無かったんだけどな……」
「私も、それはラナの思い込みだと思ったわ。だから言ったのよ。『ルークは胸の大きな女性が好きだから、貴方は好かれているはずだ』って」
「ラナに、そんなことを!?」
「……悪かったと思ってるわよ。でも、ラナだって、その時は大して悩んでなかったし、冗談っぽく言ってたのよ? 本気で悩んでいる仲間に、あんなことは言わないわ。あの頃は、レイリスの身長だって、まだラナより低かったし……」
「レイリスの……身長?」
意味が分からなかった。
レイリスの身長が、ラナとどう関係があるのか?
「身長そのものが問題じゃないんだけどね……。貴方がエントワリエに行ってた頃から、レイリスの身長が一気に伸びて、どんどん大人の女性に近付いて……。それで、ラナも焦り出したのよ。レイリスに比べて、自分は見劣りするんじゃないかって」
「レイリスとラナのどっちが好きかなんて、単なる好みの問題だと思うけどな……」
「本当にそうかしら? 今はそうでも……あと何ヶ月かしたら、はっきりと優劣が付く可能性が高いと思うわ」
「優劣って……」
その表現は、あまりにもラナに失礼ではないだろうか?
「じゃあ尋ねるけど、ソフィアさんとラナだったら、見比べた時にどちらの人気が高いか、判断が付くでしょう?」
「……」
「私も、ラナの気持ちはよく分かるのよ。ソフィアさんと比べられたら、絶対に勝ち目がないって分かっていたもの」
「そんなこと、気にする必要なんてないと思うけどな……」
「他人事みたいに言わないで。貴方だって当事者なんだから」
そんなことを言って、リーザは僕を睨んできた。
「でも、ソフィアさんって……ああいう人だよ?」
リーザの、ソフィアさんに対する劣等感は相当なものだ。
確かに、あの人の容姿は極めて優れていると思うが……あの笑顔の裏に隠された本性を知ったら、大抵の男は彼女を避けるだろう。
「分かってないのね……。男って、ああいう危ない感じの女性が好きなのよ」
「そ、そうなの……?」
とても信じられない。
リーザの妄想ではないだろうか?
「……話を戻すけど、ラナはレイリスが綺麗になっていくのを見て、嫉妬みたいな感情を抱いたらしいの。それで、よりにもよってソフィアさんに、男に好かれる方法を尋ねたりしたらしいんだけど……」
「じゃあ、まさか……」
「……ソフィアさんは、身体を委ねるのが最善の方法だと言ったらしいわ。ラナがそれを拒んだら、男が喜ぶことをして、関心を惹くべきだと言ったそうよ」
「ソフィアさん……何てことを……!」
先日の夜のことを思い出す。
ラナの態度は、明らかにおかしかった。
それは、ソフィアさんの助言に従って、無理をしていたからだったのだ!
ソフィアさんは、一見すると、素晴らしいアドバイスをくれそうに見える。
テッドでなくても、男が放っておかないような外見をしているのだ。
恋愛経験が豊富そうに思えるのは当然だろう。
ラナが助言を求めようとした気持ちも、分からないではない。
だが……彼女の常識は、世間のものとはかけ離れている。
何より、男を危険なものだと思っていないソフィアさんの助言が、ラナの役に立つはずがない。
ソフィアさんならば、襲い掛かってきた男を、全て秘密裏に葬ることだって可能だろう。
だから、あの人には男を警戒する習慣がないのである。
しかしラナは、そういうわけにはいかないのだ。
実行を躊躇していたラナの方が、正常なのは明らかである。
「それで、ラナが選んだ方法が、貴方に抱き付くことだった、というわけよ。さすがに、そこまでするほど思い詰めてるとは思わなかったわ……」
「……あれ? ちょっと待って。その方法だと、僕の関心は惹けるかもしれないけど、他の男性から好かれることは無いよね?」
「貴方……それ、本気で言ってるの!?」
「だって、ラナは、僕のことがタイプじゃないって言ったんだよ?」
「貴方ねえ……ひょっとして、女がいつまでも、白馬の王子様か何かに憧れるとでも思ってるの? 現実的なことを考えたら、妥協ぐらいするわよ。私だって、貴方に対する不満なんて山ほどあるけど、なるべく気にしないようにしてるんじゃない」
「……」
ここは、喜ぶべき場面だろうか?
それとも、怒るべき場面だろうか?
「……とにかく、ラナはレイリスに負けたくないと思ってしまったのよ。それもこれも、貴方がレイリスにデレデレするからだわ」
「デレデレなんてしてないよ!」
「ウェイトレス姿のレイリスに、プロポーズする寸前だったくせに」
「そんなことしないってば!」
「でも、レイリスのこと、可愛いと思ってるんでしょ?」
「それは、まあ……」
「……ケダモノ」
「それはさすがに言い過ぎじゃないかな!?」
「レイリスのことが気になってるのに、ラナの胸の感触を楽しむなんて、最低だわ」
「だって、事情を知らなかったんだからしょうがないじゃないか! ラナの様子がおかしかったから、無理矢理振りほどくわけにはいかなかったんだよ!」
「……まあ、いいわ。貴方が状況に流されやすいってことは、ソリアーチェが保証してくれているんですもの」
「……」
「でもね……」
そう言って、リーザは、ラナと同じように、僕の右腕に抱き付いてきた。
さらに、彼女が右手を伸ばし、僕の左頬を撫でる。
突然のことで、意図が分からないままリーザの方を見ると、彼女は僕のことを見つめていた。
「これだけは覚えておいて。貴方が、私達を弄んで捨てたら……その一切合切を街の真ん中で叫んで、死んでやるから」
そう言ったリーザの目は……暗く澱んでいた。
背筋が寒くなる。
彼女は、間違いなく本気だ。
「……わ、分かったよ」
「ならいいの。じゃあ、そろそろ部屋に戻るわ。あ、それと……」
リーザが、今度は伸び上がるようにして、僕に身体を押し付けてくる。
驚いていると、彼女は笑みを浮かべて言った。
「ラナもレイリスも、今は大変な時期だから。男としてじゃなくて、仲間として……守ってあげてね?」
「と、当然だよ……」
「そう、良かった。じゃあ、おやすみなさい」
そう言って、リーザは僕から離れ、部屋を出て行った。
「……ソリアーチェ」
僕は、思わず精霊を呼び出していた。
彼女は、いつもの無表情のまま、僕と握手する。
「人間の女って……怖いね」
そう言っても、ソリアーチェは表情を変えなかった。
その顔は、僕に対して呆れているようにも、同情しているようにも見えた。
全員が1人部屋である。
ハウザーには馬小屋で寝てもらうことになった。
その晩の内に、リーザが僕の部屋にやって来た。
最初は、僕のことを責めに来たのかと思ったが、意外と落ち着いた様子だった。
今日の彼女は、普通に服を着ていた。
まあ、当然のことなのだが……。
そんなことを考えていると、リーザは笑顔を浮かべて言った。
「ねえルーク、ラナを抱いた感想を聞かせてくれない?」
「!?」
とんでもないことを言われて、僕はリーザの目が笑っていないことに気付いた。
「だ、抱いてないよ!」
「そう。なら、一体どんな風に楽しんだのかしら?」
「僕は何もしてないよ!」
「ソフィアさんの時みたいに、キスでもされたの?」
「ちょっと腕に抱き付かれただけだよ!」
「……そう。ラナが、貴方に……」
リーザは、ショックを受けた様子だった。
「それ以上のことは、本当に、何もしてないよ?」
「それだけだって、充分に問題だわ。あの子、私が言ったことを真に受けたのね……」
「リーザが、ラナに何か言ったの?」
「……ラナに相談されたことがあるのよ。自分は、ルークに女として扱われてないんじゃないかって」
「そんなつもりは無かったんだけどな……」
「私も、それはラナの思い込みだと思ったわ。だから言ったのよ。『ルークは胸の大きな女性が好きだから、貴方は好かれているはずだ』って」
「ラナに、そんなことを!?」
「……悪かったと思ってるわよ。でも、ラナだって、その時は大して悩んでなかったし、冗談っぽく言ってたのよ? 本気で悩んでいる仲間に、あんなことは言わないわ。あの頃は、レイリスの身長だって、まだラナより低かったし……」
「レイリスの……身長?」
意味が分からなかった。
レイリスの身長が、ラナとどう関係があるのか?
「身長そのものが問題じゃないんだけどね……。貴方がエントワリエに行ってた頃から、レイリスの身長が一気に伸びて、どんどん大人の女性に近付いて……。それで、ラナも焦り出したのよ。レイリスに比べて、自分は見劣りするんじゃないかって」
「レイリスとラナのどっちが好きかなんて、単なる好みの問題だと思うけどな……」
「本当にそうかしら? 今はそうでも……あと何ヶ月かしたら、はっきりと優劣が付く可能性が高いと思うわ」
「優劣って……」
その表現は、あまりにもラナに失礼ではないだろうか?
「じゃあ尋ねるけど、ソフィアさんとラナだったら、見比べた時にどちらの人気が高いか、判断が付くでしょう?」
「……」
「私も、ラナの気持ちはよく分かるのよ。ソフィアさんと比べられたら、絶対に勝ち目がないって分かっていたもの」
「そんなこと、気にする必要なんてないと思うけどな……」
「他人事みたいに言わないで。貴方だって当事者なんだから」
そんなことを言って、リーザは僕を睨んできた。
「でも、ソフィアさんって……ああいう人だよ?」
リーザの、ソフィアさんに対する劣等感は相当なものだ。
確かに、あの人の容姿は極めて優れていると思うが……あの笑顔の裏に隠された本性を知ったら、大抵の男は彼女を避けるだろう。
「分かってないのね……。男って、ああいう危ない感じの女性が好きなのよ」
「そ、そうなの……?」
とても信じられない。
リーザの妄想ではないだろうか?
「……話を戻すけど、ラナはレイリスが綺麗になっていくのを見て、嫉妬みたいな感情を抱いたらしいの。それで、よりにもよってソフィアさんに、男に好かれる方法を尋ねたりしたらしいんだけど……」
「じゃあ、まさか……」
「……ソフィアさんは、身体を委ねるのが最善の方法だと言ったらしいわ。ラナがそれを拒んだら、男が喜ぶことをして、関心を惹くべきだと言ったそうよ」
「ソフィアさん……何てことを……!」
先日の夜のことを思い出す。
ラナの態度は、明らかにおかしかった。
それは、ソフィアさんの助言に従って、無理をしていたからだったのだ!
ソフィアさんは、一見すると、素晴らしいアドバイスをくれそうに見える。
テッドでなくても、男が放っておかないような外見をしているのだ。
恋愛経験が豊富そうに思えるのは当然だろう。
ラナが助言を求めようとした気持ちも、分からないではない。
だが……彼女の常識は、世間のものとはかけ離れている。
何より、男を危険なものだと思っていないソフィアさんの助言が、ラナの役に立つはずがない。
ソフィアさんならば、襲い掛かってきた男を、全て秘密裏に葬ることだって可能だろう。
だから、あの人には男を警戒する習慣がないのである。
しかしラナは、そういうわけにはいかないのだ。
実行を躊躇していたラナの方が、正常なのは明らかである。
「それで、ラナが選んだ方法が、貴方に抱き付くことだった、というわけよ。さすがに、そこまでするほど思い詰めてるとは思わなかったわ……」
「……あれ? ちょっと待って。その方法だと、僕の関心は惹けるかもしれないけど、他の男性から好かれることは無いよね?」
「貴方……それ、本気で言ってるの!?」
「だって、ラナは、僕のことがタイプじゃないって言ったんだよ?」
「貴方ねえ……ひょっとして、女がいつまでも、白馬の王子様か何かに憧れるとでも思ってるの? 現実的なことを考えたら、妥協ぐらいするわよ。私だって、貴方に対する不満なんて山ほどあるけど、なるべく気にしないようにしてるんじゃない」
「……」
ここは、喜ぶべき場面だろうか?
それとも、怒るべき場面だろうか?
「……とにかく、ラナはレイリスに負けたくないと思ってしまったのよ。それもこれも、貴方がレイリスにデレデレするからだわ」
「デレデレなんてしてないよ!」
「ウェイトレス姿のレイリスに、プロポーズする寸前だったくせに」
「そんなことしないってば!」
「でも、レイリスのこと、可愛いと思ってるんでしょ?」
「それは、まあ……」
「……ケダモノ」
「それはさすがに言い過ぎじゃないかな!?」
「レイリスのことが気になってるのに、ラナの胸の感触を楽しむなんて、最低だわ」
「だって、事情を知らなかったんだからしょうがないじゃないか! ラナの様子がおかしかったから、無理矢理振りほどくわけにはいかなかったんだよ!」
「……まあ、いいわ。貴方が状況に流されやすいってことは、ソリアーチェが保証してくれているんですもの」
「……」
「でもね……」
そう言って、リーザは、ラナと同じように、僕の右腕に抱き付いてきた。
さらに、彼女が右手を伸ばし、僕の左頬を撫でる。
突然のことで、意図が分からないままリーザの方を見ると、彼女は僕のことを見つめていた。
「これだけは覚えておいて。貴方が、私達を弄んで捨てたら……その一切合切を街の真ん中で叫んで、死んでやるから」
そう言ったリーザの目は……暗く澱んでいた。
背筋が寒くなる。
彼女は、間違いなく本気だ。
「……わ、分かったよ」
「ならいいの。じゃあ、そろそろ部屋に戻るわ。あ、それと……」
リーザが、今度は伸び上がるようにして、僕に身体を押し付けてくる。
驚いていると、彼女は笑みを浮かべて言った。
「ラナもレイリスも、今は大変な時期だから。男としてじゃなくて、仲間として……守ってあげてね?」
「と、当然だよ……」
「そう、良かった。じゃあ、おやすみなさい」
そう言って、リーザは僕から離れ、部屋を出て行った。
「……ソリアーチェ」
僕は、思わず精霊を呼び出していた。
彼女は、いつもの無表情のまま、僕と握手する。
「人間の女って……怖いね」
そう言っても、ソリアーチェは表情を変えなかった。
その顔は、僕に対して呆れているようにも、同情しているようにも見えた。
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