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第1章 群青の騎士団と謎の佳人
99 その想いの行方5
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一人になったエドワルドはほっと一息つくと再びお茶を口にする。だが、その静けさもほんのひと時であった。やがて食堂の方からにぎやかな話し声と、物音、更には笑い声まで聞こえてくる。いい加減に腹のたったエドワルドが腰を浮かしかけたところで、それを注意する声が聞こえる。
「お静かに願います」
フロリエの声だった。
「見かけない顔だが何者か?」
「新しい侍女じゃないか?」
「我々に意見するとは生意気な」
親族達が口々に言う。
「女大公様が病に苦しんでいらっしゃいます。更には上でコリンシア様がお休みでございます。どうぞお静かに願います」
あくまで丁寧に彼女は一同に対して頭を下げる。
「誰かと思ったらフロリエじゃねぇか」
既に酔っているらしいラグラスが彼女に近寄ってくる。
「ラグラス、知っているのか?」
「エドワルドの客だと。ちょうどいい、相手しろ」
ラグラスは強引に彼女を引き寄せようとする。
「お止め下さい」
フロリエが彼の手を振り払い、更には彼女の肩に乗っているルルーが威嚇《いかく》の声を上げる。ラグラスは小竜に顔を傷つけられた事を思い出し、思わず手を引いてしまう。
「いずれにせよ、そなたは部外者だ。我らのすることに口を挟《はさ》むな」
「そうじゃ。そうじゃ」
親族達から攻められ、フロリエは思わず涙があふれてくる。
「どうして……。女大公様があまりにもお気の毒でございます」
「あーあ、泣いちゃった。仕方ないあちらで慰めてやろう」
懲りずにラグラスがフロリエの肩を抱こうとするが、その腕を途中でガシリとつかまれる。
「汚い手で彼女に触るな」
フロリエの背後にエドワルドが立っていた。つかんだラグラスの腕を荒々しく払いのけ、泣いている彼女を抱き寄せる。
「恥ずかしいとは思わぬか?叔母上の心配をしているのが、そなた達が部外者というフロリエだけだぞ」
彼が一同をジロリと見渡すと、親族達は黙り込んでしまう。
「殿下の言う通りでございますな」
気づくと疲れた様子のバセットが立っている。
「バセット、叔母上は?」
ずっとグロリアに付きっきりだった彼がこの場にいるという事は、容態に変化があったという事である。この場にいた一同の熱い視線を感じながら彼は飄々と答える。
「グロリア様の意識が戻られました。殿下にお会いしたいと仰せでございます」
エドワルドとフロリエの表情が和らぐ。一方で親族達は落胆の色を隠せない。
「分かった。行こう、フロリエ」
彼は彼女を伴って居間へ向かった。その後ろ姿を見送った後、バセットは落胆する一同に止めを刺す。
「女大公様はあなた方には用が無いそうです。騒がしいだけですから帰って欲しいと仰せになられました」
「我々はただ……」
「心配して来ているのにそれは無いじゃないですか」
彼らは口々に不満をもらすが、老医師は食堂のテーブルに散乱する酒瓶と空いた皿に目をやる。
「ほお……。心配してこられた? それでですかな? 飲み食いしては騒いで、随分と楽しそうですなぁ。何を期待されているか分かりませんが、それでは信じられませんな。とりあえず、何もしないものが大勢居られても迷惑ですからな。お引取り下さい。オルティス、お見送りして差し上げてくれ」
バセットはそれ以上親族達に有無を言わさない。オルティスに追い立てられるようにして彼らはしぶしぶ館から引き上げていった。
フロリエを居間に残し、エドワルドはグロリアの寝室に入った。寝台にはグロリアが横たわり、その脇にクララが控えている。エドワルドが部屋に入ると、彼女は頭を下げて静かに退出する。
「叔母上、エドワルドでございます」
寝台の側に跪くと、彼は静かに語りかける。グロリアはゆっくりと目を開け、彼の姿を見て微笑む。
「エドワルド……心配…かけたね」
いつもの彼女と違い、弱々しい声で語りかけてくる。
「ご回復されるのを信じておりました」
「そなたに……頼みが……あるのじゃ……」
「何でございましょう?」
グロリアは寝台脇の棚を見る。
「2段目……じゃ」
彼女の指示に従い、エドワルドが2段目の引き出しを開けると、中にフォルビア家の紋章の入った封筒が入っていた。彼はそれを取り出して彼女に見せる。
「それを、皇都へ……。陛下へ、お渡し…しておくれ……」
「急がれるのですね?」
「妾の…命があるうちに」
エドワルドは言葉に詰まった。
「そなた達の、幸せの為じゃ」
「叔母上?」
「あの娘を……妾の、娘とする。これで……」
グロリアはそこで咳き込んでしまう。慌ててエドワルドは彼女の背中をさする。
「これで……あの娘の懸念も……」
「叔母上……」
エドワルドは思わず涙を流していた。グロリアはフロリエを養女とし、彼女の身元を保証するというのだ。これで安心して彼女を娶れと……。
「これ、泣くでない」
グロリアは精一杯笑おうとしている。エドワルドは彼女の心遣いに胸が一杯になった。
「分かりました。一番早い奴に頼みます」
彼女は満足そうにうなずいた。エドワルドは涙を拭くと、グロリアの寝室を後にした。居間に出ると、バセットとクララ、そしてフロリエとオルティスが待っていた。
「バセット、疲れているところをすまないが、もう少し叔母上についていてくれるか?」
「もちろんでございます」
彼はそう答えると、クララと共にグロリアの寝室へ入っていった。
「オルティス、ロベリアに戻らねばならない。準備を頼む」
「かしこまりました」
オルティスは頭を下げると居間を出て行く。これで2人きりになってしまった。フロリエは少し落ち着かない気持ちで立ち上がる。
「フロリエ、このような時だが、君の気持ちを聞かせて欲しい」
「殿下、それは……出来ません」
俯いてしまった彼女をエドワルドは抱きしめた。
「私は貴女の事が好きだ。愛している」
「……」
「私は本気だよ」
フロリエは答えない。彼の腕の中で少し震えている。するとドアの外でオルティスがグランシアードの準備が整った事を告げに来た。彼はため息をつくと彼女を離した。
「ロベリアに戻らねばならない。叔母上の事、頼みます」
エドワルドはそう言うと、彼女の頬にキスをして居間を出て行った。1人残ったフロリエは力が抜けたようにソファに座り込む。彼に抱きしめられた上に頬に口づけたれた感触がまだ残っていて心臓が高鳴っている。
春に始めて会った時から彼にずっとあこがれていた。それで終わらせるつもりでいたが、どんどん異性として意識してしまう。立場を自覚しているだけに彼から告白されてもうれしいどころか苦しいだけだった。彼女はその場でしばらく泣いていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
フォルビア所属竜騎士のボヤキ
何ぃ、今から女大公様の所へ連れて行けだって!?
こっちは討伐から帰ったばかりなんだぞ!
何考えてんだ、あのお気楽上司達は!
「お静かに願います」
フロリエの声だった。
「見かけない顔だが何者か?」
「新しい侍女じゃないか?」
「我々に意見するとは生意気な」
親族達が口々に言う。
「女大公様が病に苦しんでいらっしゃいます。更には上でコリンシア様がお休みでございます。どうぞお静かに願います」
あくまで丁寧に彼女は一同に対して頭を下げる。
「誰かと思ったらフロリエじゃねぇか」
既に酔っているらしいラグラスが彼女に近寄ってくる。
「ラグラス、知っているのか?」
「エドワルドの客だと。ちょうどいい、相手しろ」
ラグラスは強引に彼女を引き寄せようとする。
「お止め下さい」
フロリエが彼の手を振り払い、更には彼女の肩に乗っているルルーが威嚇《いかく》の声を上げる。ラグラスは小竜に顔を傷つけられた事を思い出し、思わず手を引いてしまう。
「いずれにせよ、そなたは部外者だ。我らのすることに口を挟《はさ》むな」
「そうじゃ。そうじゃ」
親族達から攻められ、フロリエは思わず涙があふれてくる。
「どうして……。女大公様があまりにもお気の毒でございます」
「あーあ、泣いちゃった。仕方ないあちらで慰めてやろう」
懲りずにラグラスがフロリエの肩を抱こうとするが、その腕を途中でガシリとつかまれる。
「汚い手で彼女に触るな」
フロリエの背後にエドワルドが立っていた。つかんだラグラスの腕を荒々しく払いのけ、泣いている彼女を抱き寄せる。
「恥ずかしいとは思わぬか?叔母上の心配をしているのが、そなた達が部外者というフロリエだけだぞ」
彼が一同をジロリと見渡すと、親族達は黙り込んでしまう。
「殿下の言う通りでございますな」
気づくと疲れた様子のバセットが立っている。
「バセット、叔母上は?」
ずっとグロリアに付きっきりだった彼がこの場にいるという事は、容態に変化があったという事である。この場にいた一同の熱い視線を感じながら彼は飄々と答える。
「グロリア様の意識が戻られました。殿下にお会いしたいと仰せでございます」
エドワルドとフロリエの表情が和らぐ。一方で親族達は落胆の色を隠せない。
「分かった。行こう、フロリエ」
彼は彼女を伴って居間へ向かった。その後ろ姿を見送った後、バセットは落胆する一同に止めを刺す。
「女大公様はあなた方には用が無いそうです。騒がしいだけですから帰って欲しいと仰せになられました」
「我々はただ……」
「心配して来ているのにそれは無いじゃないですか」
彼らは口々に不満をもらすが、老医師は食堂のテーブルに散乱する酒瓶と空いた皿に目をやる。
「ほお……。心配してこられた? それでですかな? 飲み食いしては騒いで、随分と楽しそうですなぁ。何を期待されているか分かりませんが、それでは信じられませんな。とりあえず、何もしないものが大勢居られても迷惑ですからな。お引取り下さい。オルティス、お見送りして差し上げてくれ」
バセットはそれ以上親族達に有無を言わさない。オルティスに追い立てられるようにして彼らはしぶしぶ館から引き上げていった。
フロリエを居間に残し、エドワルドはグロリアの寝室に入った。寝台にはグロリアが横たわり、その脇にクララが控えている。エドワルドが部屋に入ると、彼女は頭を下げて静かに退出する。
「叔母上、エドワルドでございます」
寝台の側に跪くと、彼は静かに語りかける。グロリアはゆっくりと目を開け、彼の姿を見て微笑む。
「エドワルド……心配…かけたね」
いつもの彼女と違い、弱々しい声で語りかけてくる。
「ご回復されるのを信じておりました」
「そなたに……頼みが……あるのじゃ……」
「何でございましょう?」
グロリアは寝台脇の棚を見る。
「2段目……じゃ」
彼女の指示に従い、エドワルドが2段目の引き出しを開けると、中にフォルビア家の紋章の入った封筒が入っていた。彼はそれを取り出して彼女に見せる。
「それを、皇都へ……。陛下へ、お渡し…しておくれ……」
「急がれるのですね?」
「妾の…命があるうちに」
エドワルドは言葉に詰まった。
「そなた達の、幸せの為じゃ」
「叔母上?」
「あの娘を……妾の、娘とする。これで……」
グロリアはそこで咳き込んでしまう。慌ててエドワルドは彼女の背中をさする。
「これで……あの娘の懸念も……」
「叔母上……」
エドワルドは思わず涙を流していた。グロリアはフロリエを養女とし、彼女の身元を保証するというのだ。これで安心して彼女を娶れと……。
「これ、泣くでない」
グロリアは精一杯笑おうとしている。エドワルドは彼女の心遣いに胸が一杯になった。
「分かりました。一番早い奴に頼みます」
彼女は満足そうにうなずいた。エドワルドは涙を拭くと、グロリアの寝室を後にした。居間に出ると、バセットとクララ、そしてフロリエとオルティスが待っていた。
「バセット、疲れているところをすまないが、もう少し叔母上についていてくれるか?」
「もちろんでございます」
彼はそう答えると、クララと共にグロリアの寝室へ入っていった。
「オルティス、ロベリアに戻らねばならない。準備を頼む」
「かしこまりました」
オルティスは頭を下げると居間を出て行く。これで2人きりになってしまった。フロリエは少し落ち着かない気持ちで立ち上がる。
「フロリエ、このような時だが、君の気持ちを聞かせて欲しい」
「殿下、それは……出来ません」
俯いてしまった彼女をエドワルドは抱きしめた。
「私は貴女の事が好きだ。愛している」
「……」
「私は本気だよ」
フロリエは答えない。彼の腕の中で少し震えている。するとドアの外でオルティスがグランシアードの準備が整った事を告げに来た。彼はため息をつくと彼女を離した。
「ロベリアに戻らねばならない。叔母上の事、頼みます」
エドワルドはそう言うと、彼女の頬にキスをして居間を出て行った。1人残ったフロリエは力が抜けたようにソファに座り込む。彼に抱きしめられた上に頬に口づけたれた感触がまだ残っていて心臓が高鳴っている。
春に始めて会った時から彼にずっとあこがれていた。それで終わらせるつもりでいたが、どんどん異性として意識してしまう。立場を自覚しているだけに彼から告白されてもうれしいどころか苦しいだけだった。彼女はその場でしばらく泣いていた。
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フォルビア所属竜騎士のボヤキ
何ぃ、今から女大公様の所へ連れて行けだって!?
こっちは討伐から帰ったばかりなんだぞ!
何考えてんだ、あのお気楽上司達は!
応援ありがとうございます!
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