群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

80 想いは1つ5

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「なぁ、ウォルフ。家から絶縁されたお前がワールウェイド公に認められて嬉しいのはよく伝わった。そして、私達の言葉を急には信じられないのも確かだろう。だから、自分の目で確認してくれないか?」
 呆然として床に座り込んだウォルフの側に膝をつき、ユリウスが静かに話しかける。
「何……を?」
「フォルビア城内にある北の塔の牢にエドワルド殿下が捕らわれている。疑う気持ちは有るだろうが、彼が本当にそこに居たら、私達の言葉を信じて欲しい」
「お願いです、ウォルフ・ディ・ミムラス。私達は不当に囚われている叔父上を助けたいのです。もちろん彼の家族もです。
 認証式の日にちは分かっていますが、その他の細かい所までは分かっていません。確実に叔父上を助ける為には、些細な事でもいいですから、情報が欲しいのです」
 アルメリアも床に膝をついた。そこでようやくウォルフは我に返り、慌てて立ち上がる。
「こ、皇女様、私なんかに膝をつかないでください……」
「私はお願いする立場ですから、いくらでも膝をつきます。お願いです、協力してください」
「わ……わかりました、確認すればいいんですね。もし、間違っていたら……」
「好きにしてくれ」
 アルメリアに懇願され、ウォルフは遂に根負けした。半ば投げやりに言葉を返したが、不思議と言い負かされた悔しさは無い。
 フォルビア城へ戻るウォルフと共に神官長の使節として神官1人が同行する事になっていた。彼等の頼みを了承する証として、神官の護衛としてロベリアの兵を同行させることになった。
 ただ、そうやって城へ入れたとしても、神官の護衛が勝手に城内をうろつけば不審に思われる。ウォルフがもたらす情報をその兵が受け取り、それを街の外で待機しているルークが仲間の元へ運ぶ手筈となっていた。その為に拠点の村へエアリアルを置いて来ている。本当はルーク自身が潜入したがったのだが、彼はフォルビアで顔を知られているので、仕方なく諦めたのだ。
「どうかお気をつけて」
「頼むぞ」
 アルメリアとユリウスに見送られ、複雑な表情を浮かべたウォルフは軽く頭を下げて馬車に乗り込んだ。そして、来た時とは比べ物にならないくらいひっそりと神殿を後にしたのだった。



 エドワルドは固い寝台に横になったまま、その痛みに低くうめいた。頬は腫れて熱を持ち、抵抗できない状態で受けた暴力により、全身は軋む様に痛み、身動きもままならない。特に脇腹は肋骨が折れているのだろう、こうして寝ているだけでも鈍い痛みが襲ってくる。
「くっ……」
 昨夜、久々にラグラスが顔を見せたと思ったら、今回は同伴者がいた。甥のゲオルグと彼の取り巻きである。
 彼がこうして囚われている事にゲオルグは嘲笑するだけでは飽き足らず、昨年の夏至祭の折のお返しとばかりに集団で殴り掛かってきた。
 もちろんただ殴られてやる義理は無いので、殴り掛かってきたゲオルグと腕自慢の取り巻き2名でストレスの発散をさせてもらった。だが、それがいけなかったのだろう。ラグラスの命でエドワルドは兵士に抑え込まれ、その状態で3人に殴る蹴るの暴行を受けたのだ。
 やがて満足したのか、彼等は床に倒れたエドワルドを放置すると、高笑いしながらこの地下室を後にした。
 その後、どうにか自力で這うように移動して寝台に横になったが、もう歩くどころか指一本動かすのも億劫で水を飲む気力すらなかった。もう夜は明けており、いつもなら日課となっている鍛錬を始めるのだが、今日は身動きすら出来そうにない。
「……」
「……」
 誰かが来たのか、扉の外で牢番と会話する声が聞こえる。聞き取ろうとする気力もなく、そのまま横になっていると、軋む様な音がして扉が開いた。また、奴らが来たのか、半ば諦めたようにそのまま横になっていると、ひんやりとした布が腫れた頬に当てられる。
「……誰だ?」
「ウォルフ・ディ・ミムラスと申します、殿下」
「ミムラス家の?」
 その名前に心当たりがあった。昨年、ゲオルグが取り巻きと共に狼藉を働いている現場に居合わせ、それを阻止するために馬を操作した際に落ちて骨折をしたのが彼だった。
「……君も憂さを晴らしに来たのか?」
「……」
 ウォルフは答えず、エドワルドの薄汚れたシャツを肌蹴ると、体を拭いて傷の治療を始める。
「何故?」
 彼は自分の事を少なからず憎んでいるはずである。その意図が掴めずにエドワルドは首をかしげる。
「確かに、殿下の事は恨んでおりました。ですが……こんな事は……許される事ではありません」
 ウォルフは震える声で答えると、擦り傷には軟膏を塗り込み、痣となっている所には湿布を張り付けた。
「くっ……」
 骨が折れていると思われる場所に触れられると、痛みで思わず呻き声が漏れる。ウォルフは思わず手をひっこめると、脂汗が滲む彼の額をもう一度濡れた布で拭いてくれる。
「そこは……2本くらい折れている」
「し、失礼しました」
 ウォルフは応急処置として、ひとまず包帯を巻いて固定する。ここへ持ち込めた医薬品で出来るのはそれが限度だった。
「食事と痛み止めを用意してあります」
「……薬をくれるか?」
「はい」
 長身のエドワルドを苦心して抱えて起こすと、痛み止めの丸薬と水を手渡す。エドワルドはしばらく不審そうに薬を眺めていたが、こうして体を起こしているのも辛いらしく、悩むのを諦めて薬を飲むと再び横になった。
「何故、恨んでいるはずの私を助ける?」
「ユリウスに……頼まれました」
「ユリウスに?」
「あと、アルメリア姫とルーク卿に」
 出てきた名前にエドワルドは目を見張る。彼が聞いている話では、ルークは本宮の地下牢に軟禁され、ゲオルグとの婚礼を控えたアルメリアは神殿で祈りを捧げている最中の筈だったからだ。
「殿下がここに囚われている事……生きておられる事自体に半信半疑でしたが、彼等はここに貴方が捕らわれている情報を得ていて、助けるのに手助けして欲しいと頼まれたのです」
「よく……信じたな……」
「ルーク卿に力でねじ伏せられた感じです」
「くっ……くっ……」
 憮然としたウォルフの表情にエドワルドは笑いたいのだが、骨折した個所の痛みで思う様に笑えない。久しぶりに味わう爽快な気分に笑いの発作はなかなか治まってくれない。
「笑い事ではありません。明日の晩、就任式の前祝に貴方様の首をはねるとラグラスは言っています。ユリウスやルークは就任式の当日に貴方を助ける計画なんです」
「ラグラスも律儀だな。宣言通りにしてくれるとは……」
「殿下!」
 呑気な口調のエドワルドに思わずウォルフは声を荒げる。
「声がでかいぞ。聞かれては困るのだろう?」
「そ、そうですが……」
「この事、アイツらに知らせる手筈は整っているのか?」
「は、はい……」
 気付けばウォルフはすっかりエドワルドに従っていた。やはり、人を従わせる何かをこの人は持っていると感じた。
「ラグラスにせめて最後は空の下で迎えたいと伝えてくれ」
「で、殿下?」
 彼の要望にウォルフはもう諦めてしまったのかと彼の顔を見るが、言葉とは裏腹に目が爛々と輝いている。
「その瞬間に出来るだけ多くの人間を引き連れて来いと言え。後はアイツらがどうにかするだろう」
「もし……間に合わなかったら……」
「時間稼ぎはする。あと、良く効く痛み止めを差し入れてくれ。食事もだ。出来るな?」
「はい」
 ウォルフは殆ど条件反射で答えていた。もちろん、今の彼には怪しまれることなくそれらを用意するのは簡単だった。
「もう行ってくれ。長居しすぎると君も怪しまれる」
「分かりました。失礼します」
 ウォルフが頭を下げてその場を離れようとすると、エドワルドは何かを思い出したように彼を呼び止める。
「あ、ウォルフ」
「はい」
「手助けしてくれて感謝する。ありがとう」
「い……いえ。当然の……事です」
 エドワルドに礼を言われ、ウォルフは戸惑いながらももう一度頭を下げて彼の独房を出て行く。不思議と気分が高揚し、充実感で満たされている。そして何故か、グスタフに頼られた時よりも喜びが勝っていた。気付けば頼まれた以上に何が出来るか考えていた。
「これも、努力の内に入るのだろうか……」
 ふと、ルークに言われた言葉を思い出す。だが、いつまでも難しく考えている暇はない。ウォルフは自分の頬をペシリと叩いて喝を入れると、先ずは頼まれた用事の手配をするために動き始めた。

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