掌中の珠のように

花影

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執着1

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 パシャ……

 体にかけられる温かな湯の感触で沙耶は目を覚ました。眩しさのあまりになかなか目を開けられなかったが、明るさにも慣れて辺りを見回すと、義総に横抱きにされた状態で湯を張った広い浴槽に浸かっていた。
「起きたか」
 義総が顔を覗き込んでくる。明け方の行為を思い出してしまい、沙耶は思わず体を強張らせる。
「義総様……」
 湯に浸かっていると言う事は、当然2人とも裸だった。遅ればせながら沙耶は明るい場所にいることに気付き、慌てて体を隠そうとする。
「……恥ずかしい…のか?」
「は……はい」
 意外そうに聞いてくる義総に沙耶は赤面して答える。あわてて彼の膝から降りようとするが、それを許してはくれなかった。
「あれだけ肌を合わせたのに、まだ恥ずかしいか?」
「……はい」
 こんなに明るい場所で裸身を曝け出しているのだ。毎日の様に体を繋げた相手でも、沙耶にはたまらなく恥ずかしい。
「面白いな、お前」
 呆れたような口調だが、義総は湯から出ている沙耶の肩に湯をかけてくれる。湯をかけた手で肩を撫で、また湯をかけて肩から二の腕に手が触れる。そして何度も何度もサワサワと優しく触れてくる。
「あ……」
 この数日間ですっかり開発されてしまった沙耶の体は、すっかり感じてしまい、思わず声が出てしまう。義総はそんな彼女にそっと唇を重ねた。
「残念ながらあまり時間が無い。そろそろ出るか……」
 沙耶を抱えたまま義総は立ち上がると、浴槽から出る。用意してあったバスタオルで沙耶の体を包み、自分はバスローブに袖を通した。
「綾乃を先に帰らせてしまったが、1人で着替えられるか?」
「は……はい」
 大きな鏡がある洗面所を抜けて寝室に行くと、既に2人分の着替え……義総は夏物のスーツ、沙耶は前日に選んだワンピースが用意されていた。
 義総は破いてしまった服の代わりを選ぶと言ったが、実際にはあの場所に集められていた服の大半を購入していた。このワンピースは中でも一番気に入ったものだったのだが、どうやらそれを覚えていてくれたらしい。閨の中では怖いのだが、こういった優しさを垣間見る度にどんどん義総に魅かれていく。
 義総は沙耶を優しくベッドの縁に座らせる。だが、このままここで一緒に着替えるのは何だか気恥ずかしい。
「髭を剃ってくる」
 どうやら気を使ってくれたらしく、義総は自分の着替えを持って全面所へ引き返した。沙耶はほっとすると立ち上がり、自分の着替えに手を伸ばした。
 ここに保護されてからはずっと身支度の全てを綾乃が手伝ってくれていた。最初の頃はかしずかれるのに慣れず、1人で出来ると断ろうとしていたのだが、『普段はお嬢様のお世話をする事が無いので楽しいのですよ』と本当に楽しそうに手伝ってくれていた。
 そんな生活にいつの間にか慣れてしまったのか、1人で身支度を整える事に不安を感じる。着替えを済ませてもどこかおかしい所があるのではないかと何度も大きな鏡の前で確認してしまう。
「済んだか?」
 ピシッと髪を撫でつけ、スーツに身を包んだ義総が洗面所から出てきた。ここにいる間はラフな服装が多く、こういったスーツ姿は最初に会った時に見かけて以来で、なんだか見惚れてしまう。沙耶は鏡の前で髪を整えていたのだが、思わずブラシを握る手が止まる。
「どうした?」
「い……いえ……」
 慌ててブラシを動かし、急いで髪を整えると、部屋履きから少しヒールの高い靴に履きかえる。それでも並んで立つと、義総とは頭一つは優に違う。
「これはつけてやろう」
 義総は昨日くれたルビーの首飾りをサイドテーブルから手に取る。突然すぎてはっきりとはまだ返答はしていないのに、彼は余程自信があるのか、これらを婚約の証として用意してくれたらしい。
「ありがとう……ございます」
 義総は沙耶の後ろに立つと、彼女の長い髪を掻き分けて項に軽く口づけてからルビーの首飾りをつける。そしてもう一度首筋にチュッと音をたてて口付けた。
「あ……」
「いい声だ。そそられるが、続きは今夜だな」
 後ろから抱きしめられて耳元で囁かられると、全身がゾクリとして力が抜けていきそうになる。
「大丈夫か?」
「は……はい」
 全身が映る鏡の前に立っているので、2人の姿が目に入る。ベージュのワンピースにルビーが映え、義総と並んでも遜色ないように見えるが、自分の顔だけが場違いな気がしてしまう。直視するのが耐えられず、沙耶は目を伏せた。
「自信を持て。さ、降りようか」
 どんな事を考えていたのかすっかりお見通しの義総は、沙耶の頬に軽くキスして彼女の手を取った。自分の腕にその手を回させ、エスコートして戸口に向かう。
「はい……」
 これから軽く食事を済ませ、本宅に向かうと聞いている。ここでの生活にも少し慣れてきていたのだが、また環境が変わる事に不安を覚える。向こうには綾乃以外にも沢山の使用人がいると聞いていたので、それが不安に拍車をかけていた。



 部屋を出て階段を降り、ダイニングに行くと既に朝食の用意が整えられていた。綾乃は既に本宅へと帰ってしまっているので、今朝はこの別荘の管理をしている老婦人がニコニコと2人を迎えてくれる。
「おはようございます、旦那様、沙耶様」
 老婦人に挨拶を済ませると、義総はいつも通り沙耶をエスコートして席に座らせてからその隣の席に座る。
 沙耶にはメイプルシロップをかけたフレンチトーストとフルーツを添えたヨーグルト、義総にはハムとチーズを挟んだクロックムッシュとサラダ、焼いたソーセージが用意されていた。
 この別荘ともしばらくお別れである。老婦人は気を利かせて2人の好きな物ばかりを用意してくれたようだ。
「さあ、沢山召し上がって下さいね」
 老婦人は義総には野菜ジュースとコーヒー、沙耶にはアイスティーを用意してくれる。そして頭を下げるとダイニングから退出していく。
「沙耶」
 ナイフとフォークでフレンチトーストを切り分けていると、義総が硬い表情で話しかけてくる。
「はい」
「結婚の話、答えはもらえないか?」
「それは……」
 沙耶の動きは止まる。義総に処女を捧げたのは契約としてだが、そんな彼に好意を抱いているのは確かだ。しかし、結婚となると素直に頷けない。
「幸嗣がお前を相当気に入ったらしい。自分の方が歳が近いから、お前の結婚相手には自分がなると言っている」
「え?」
 沙耶は信じられなかった。容姿に自信が無い彼女は今までこんなに強く望まれたことなど無い。ましてやこんな美形でセレブな兄弟が自分を求めるなんて絶対嘘ではないかと疑いたくなる。
「話が合うのは昨日で確認できた。今度は体の相性を確かめたいから、今夜は自分がお前を抱くとまで言っている」
「嘘……でしょう?」
「私も簡単に譲るつもりは無いから、必然的に今後は閨で2人を相手にすることになる。しっかり食べて体力をつけておけ」
 沙耶の感覚では絶対に有り得ない事を義総は平然と言ってのける。彼女は固まったまま動けなくなった。
「ほら、残さず食べろ。食べ終わったら家に帰るぞ」
「は……はい」
 沙耶は我に返ると、先程切り分けたフレンチトーストをようやく口に運ぶ。冷めてしまっているが、メイプルシロップの甘さが口の中に幸せを運んでくれる。
 義総の話はきっと物の例えだ。沙耶はそう思い直して食事を続けた。


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前夜の不機嫌の原因は幸嗣とのメールのやり取りでした。
幸嗣 「兄さんだとまるで親子だよ。俺の方が絶対釣り合うって」
義総 「黙れ」
幸嗣 「返事くれないのはその証拠でしょ?」
義総 「勝手な事を……」
幸嗣 「オジサンは引っ込んでなって」
義総 「いい気になるな!」

歳の事を少なからず気にしている義総でした。
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