初恋の実が落ちたら

ゆれ

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月翔と小雨

07

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 会うたびに逞しくなっていく月翔を物理的にも一番近くで見ていた小雨は殆ど感動さえしていた。かっこいい、男らしいと褒められれば悪い気はしないし、以前より恋人からのタッチが多くなったようにも思うので、こちらとしても良いこと尽くめだ。ファンの意見は元より参考にしない。

 毎日がこんなにも楽しく充実していいのだろうかと不安になるなんて、小雨と知り合う前の自分なら想像もつかなかった。恋に落ち恋の中に生きている。それが幸せで仕様が無い。できるだけ長くこの今が続いてほしいと全身全霊かけて願っている。できればこの素敵な恋人を世界に自慢したいが、たくさんの人に迷惑が掛かるので我慢する。しかしいつかは堂々とそう出来る日が来ると信じていた。

「月翔、楽しそうだな」
「うん? ……うん、まあね。肌の調子もすこぶる良いし」

 どれだけ日焼けしても自然と元に戻る白雪のもち肌はいつだって女性の羨望の的らしい。化粧品会社からCMのオファーが来るほどだ。

「小雨はどうなの」
「……うん」

 俺もだよ、と月翔の大好きな笑顔を見せてくれるから、食卓で不意に泣きそうになった。生まれてこのかた省エネでしか使ってなかった感情が一気に負荷を掛けられて混線しているようだ。嬉しいのに涙が出るなんて経験したことがない。左手をそっと伸ばすと、男にしては小ぶりな小雨の右手がぎゅっと握ってくれた。やっぱり冷たくて、あたためてあげたくなる。

 予定では明日の夕方には自宅に帰ってしまうそうなので今日は抱きたい。セックスすると身体に痕跡が残るため、撮影期間中はやめるに越したことはないのだけれど、容易に会える相手じゃないから大目に見てはもらえないだろうか。普通に繋いでいた手を、指の隙間を埋めて繋ぎ直し、ぎゅっと根元を締めつけたりよわく関節を辿ったりしてみる。
 あけすけなお誘いに小雨が耳まで赤くした。口元を手で覆い、伏し目をする。さらに月翔に手をもてあそばれて肩を揺らした。

「こら」
「小雨、かーわいい」
「年上をからかうなよ」

 すぐにそれを持ち出すが、体感では些末なことだ。生活でもベッドでも翻弄しているのは月翔のほうで、でもたまに甘えられるとそれも嬉しい。ひとり住まいにしては贅沢なマンションなのにいつも手の届く距離にいる。暑いと言われたってくっついた。振り払われないことで愛情を量るみたいに無意識に試していたのかもしれない。
 小雨は優しくて悪戯も好きで、よく笑っていた。だから月翔は何も気が付かなかった。

「……あのさ」

 家事を全部終え、ベッドで服を脱がせ合っていると神妙な面持ちで年上の恋人が切り出した。

「何?」
「俺そろそろ……あの、ええと、……ヒートが来る、んだけど……しばらく会わないほうがいい?」
「えっなんで???」
「だ、だって、その……」

 不明瞭な物言いは珍しかった。たどたどしい上にそこで途切れて、もじもじと俯くものだから月翔は噴き出しそうになる。

「付き合ってんだし、別にいいじゃん。俺はかまわないよ」
「え……でも、」
「何なら噛んでもいいけど?」
「――……」

 大きな瞳がうるりと濡れて、泣きだすのかと思ったらとびっきりの笑顔になった。何度目かもうわからない。心のままに見蕩れる月翔にありがとうと小雨が囁く。もしかしたら両親にいい報告のできる日が来たのかもしれない。そんなことを考えながら掻き抱いた彼の身体はたしかに現実だったのに。

 翌早朝、月翔が目を覚ますと小雨の姿は虹のように消えていた。



 * * * *




 つがいの話はやはり時期尚早だったのだろうか。今日も今日とてブツブツ独り言を唱えながらテーブルに伏せ、生気のない目で中空を凝視する月翔に楽屋に入ってきたメンバーがうっと唸る。不気味すぎる。挨拶にもろくに反応せず駄目になっているので、さすがに獅勇が寄ってきて強めに頬に指を突き刺した。
 普通に痛いが胸よりはましだった。きりきりとあの日から、もうずっと、悔やまないときがない。

「月翔ってば~、どうしたんだよ絶好調はよぉ」
「あんだけ偉そうにしてたのにな」
「うるさい……」

 俺の世界はもう終わったんだ。明日にでも地球が滅んでしまってもかまわない。どうせ小雨は戻ってこないし、どこにいるかもわからない。わからなくなった。

「タイムマシンが欲しい」
「そんなときはネットだろ」
「あー俺も地味に欲しいわ。昨日終にテレビが帰らぬ人に……」
「あのちっせえヤツ? ちょうどよかったじゃん、何も見えなかったし」
「俺はあの大きさがいいんじゃ逆に」

 すぐに話題の中心から逸らされるのは有り難かった。誰に愚痴を聞いてほしいわけでもない。ひたすら己を責めるばかりだ。わいわいと家電で勝手に盛り上がっている年上達をよそに、こっそり真面目に心配してくれるのはやっぱり獅勇だった。月翔に負けず劣らず冷たそうな美貌は実は誰よりも思いやりの心を持っている。

「マジで何かあったの」
「……オメガってさ、やっぱ急に噛むとか噛まないとか言われたらなのかな」
「は??」

 つがいのいる者にしか答えようのない質問に獅勇が目を丸くする。どうやらあいつは色ボケしたと噂はしても信じてはなかったらしい。
 
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