絶対、イヤ。絶対、ダメ。

高宮碧稀

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彼女の片想い*****

ヤダ、絶対。5

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「その……よ、よかったら……」
お守りに勇気をもらって絞り出した声は、語尾に従い弱々しく響く。
それ以上何もいえなくて、うつむいた視線の先で『たくまくん』の手のひらが赤くなっている。
とりあえず、熱い思いをさせたくなくて、缶を強引に奪う。指先に少しだけ触れた彼の肌に、胸はさらに騒いだ。
図々しかった?
嫌がられた?
気持ち悪いって思われた?
怖くなったけど、とりあえずお金返さなきゃって思って、熱い缶に邪魔されながらコインを取り出す。
ちょうどあってよかった。足りなかったりしたら、ますますパニックになったと思う。
いきなり現れた変な女にびっくりしたのか、微動だにしない『たくまくん』の空いた手のひら。赤く色づくそこに、お金を落とす。
もう一度触れたら心臓が壊れちゃうかもしれないから、ちょっと上から指を離したら、硬貨は金属音をまとわせて彼の手に着地した。

動かない『たくまくん』から、言葉をかけられる前に踵を返してしまった。
わかりやすく、逃げた。
本当はもっと話したい。ずっと出会う所からやり直したくて、何度も次にあった時の事を考えていたのに。
『その制服、3つ先の駅の学校だよね』なんて、素知らぬふりで話しかけようか?とか。
彼が一人の時だったら『今日はいつものお友達と一緒じゃないの?』なんて、いつも見てますアピールしちゃおうか?とか。
うっかりぶっかったりしないかな?そしたら、次から会釈くらい交わせるのに……とか。
だけど、私にそんな勇気なんて、もちろんなくて。そんなに上手く立ち回れるなら、お守りを拾った時にもっとお話して、ちゃっかり連絡先だって交換できたに違いない。
どこで出会いを広げるのか、いろんな人脈を駆使して合コンを取り付けている友人たちに、意地を張らずに手解きを受けとけばよかった。

「あっ!待って!……あ、ありがとうっ!」
やっぱり思い通りの優しい『たくまくん』は、急に現れて勝手に事を進めた無作法な女にもちゃんとお礼を言ってくれた。
二度目の自己嫌悪に襲われて、今度は軽く頭を下げるなんてこともできずに立ち去る私を、彼はどう思っただろう。
失敗に終わった仕切り直しに、家に帰って部屋に閉じこもり、ベッドの上でジタバタした。
この時は、思った通りに優しい『たくまくん』が、思ってもいなかったくらい意地悪だなんて……考えてもいなかった。

熱い缶の正体はブラックのコーヒーだった。他の飲み物でも、もったいなくて開けられないけど……元からコーヒー牛乳しか飲めない。
冷めるまでベッドの上で抱きしめていたけど、熱を失っていくのが淋しかった。
『たくまくん』とつながった時間が薄れていくようで、このまま熱いままでいてと願ったけど、やっぱり叶わなかった。
机にあちこち置いて、場所を決めて。
勉強中はもちろん、ドアを開けた瞬間、朝目が覚めたベッドの中、部屋のどこからも見える位置に落ち着かせて満足した自分は、他の人から見たら滑稽だろう。
軽く数日間は頬の緩みは治らなくて、勉強も手につかなかった。
慣れてからは、少しでも姿を見れますようにと缶コーヒーに祈って学校に行くのが習慣になった。
馬鹿みたいだけど、私には一番大切な願いだった。

ある日、家に帰って部屋に入ったら、真っ先に目に入る『たくまくんのコーヒー』がなかった。
中身が入っていて、それなりの重量だから、何もしてないのに転がるはずなんかない。慌てて、机の上はもちろん、椅子を引き出して床を確認したり、ベッドの下までみた。
いれた記憶もないのに、引き出しも全部見た。……ない。
軽くパニックになりながら階下に降りる。お気に入りのスリッパは、急ぐのには適さない。もどかしく階段を駆け下りた。
嫌な予感しかしない。出張あがりで珍しく早くに帰っていた兄。その兄が手に持っていたコップが脳裏に浮かぶ。コーラだと思った黒い液体に、泡はたっていただろうか?
だけど、節度をわきまえた10歳も年の離れた兄が、勝手に自分の部屋に入るわけがないと自分に言い聞かせてリビングの扉を開けた。

「……っおにいちゃん!」
兄を信じたいのに、悲鳴のような声が出た。
「……さっき飲んでたの……コーラだよ、ね?」
この世の終わりみたいな顔をしてたに違いない。
「どうした?美夜。コーラ飲みたいのか?」
びっくりした顔の兄が、眼鏡の奥で心配そうに瞳を細めた。そんな兄の朝陽あさひが、視線で缶のゴミ入れを示しながら絶望的な一言を放った。
「美夜がどうせ飲めないブラックコーヒーだぞ」
振り返って缶のゴミ箱に手を突っ込む。一番上にあったから、漁らなくてすんだ。
やっぱりそれは『たくまくんのコーヒー』で、私の1番のお守りであり、宝物だったのに。
私の願いは、いつも叶わないのだ。
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