絶対、イヤ。絶対、ダメ。

高宮碧稀

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彼女の片想い*****

ヤダ、絶対。4

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それからは、しばらくゆっくり目に登校した。
『たくまくん』を見ることができたのは、帰りだけだった。それだって、こっそり後ろ姿を眺めるだけ。
笑った顔が見たい。
声を聞きたい。
でも、恥ずかしくて。
だって、朝一番からボサボサに乱れた髪をして、だらしがない子だって思われたかもしれない。人が聞いたら、それくらいっていうかもしれない。
しかも『たくまくん』が、ちょっと落とし物を拾ってくれた子を気にかけてるわけなんかないし。
でも、自意識過剰だとわかっているけど、そんな小さなことが私の調子を狂わせた。
恋って、だいぶ厄介らしい。

「っあの……っ」
男性の声に、振り返る。『たくまくん』の学校の制服で、胸のあたりがきゅっと縮んだ。でも、知らない人。
顔を赤くして、手に何かを握りしめて、緊張で声を震わせて。
すぐに、その手のお話かなって思った。つまり『お付き合いしてください』とか『連絡先を知りたい』とか。
手に握ってるのは連絡先を書いた紙かな、なんて冷静に思う。
構えたり、つられて緊張したりせずに眺めてられるのは、慣れたから。
それでも、今日はいつもよりドキドキしてしまった。
ただ、制服が『たくまくん』を思い出させたってだけで。
時間をずらしての登校は、数ヶ月続いていた。

「……あっ?……すみませんっ!間違えました!」
ほら、ね。私と後ろ姿が似ている同じ学校の女の子。
彼女と間違えて、こんな風に声をかけてくる人は少なくなかった。なにせ、彼女はとっても可愛いのだ。
あまりに間違える人が多いので、慣れてしまった。男性だけじゃなく、友人らしき女の子すらよく後ろから声をかけてくる。
何度か彼女に声をかけようかと思ったけど、彼女は私を知らないと思うし、やめておいた。
間違われないようにと、一度髪を切ったけど……なんの因果か、数週間後に彼女も偶然カットしてきた。
諦めて、 今は好きなようにしている。
自然と似通った髪型のままなので、どちらかが気まぐれに髪を切るまでこの状態は続きそうだなって、去って行く男子高校生の背中を見ながら思った。

人間違いの高校生をなんとなく見送っていると、その人が同じ制服の男の子を追い越した。
視界に入ったので、意識せずに眺めて……心臓が音を立てて冷えた。
追い越されたのは『たくまくん』で、自販機に立ち止まっている。
ドリンクを購入するようで、軽く迷った後にコインを入れてボタンを押した。ガコンッと鈍い音を追いかけるように軽くかがみ込んでいる。
会いたくなかった。
でも……とっても会いたかった。
出会いをやり直したくて、思わず近くに歩み寄る。声なんて、かけられるわけないのに。
視線は外せないままバッグから財布だけなんとか取り出して、次に購入するふりをして近づく。
心臓がこんなに早く強く脈打つなんて知らなかったけど、そんな中で打算的に行動できた自分を後で密かに自賛した。

かがんでるから『たくまくん』の後頭部が見える。髪は柔らかそうで、触ってみたくなる。……叶わない夢だけど。
ちょっと時間がかかりながら、彼が自販機からドリンクを引っ張り出した。
びくりと華奢な体が震えて、小さな声が漏れ聞こえる。
「……っ、熱っ!?……あー、間違えた……」
自分が選んだディスプレイをもう一度確認しているようだ。冷たい飲み物を購入したかったのに、間違えてしまったらしい。
相当熱いらしく、両手で代わる代わる持ち直している。
考えるより先に、声をかけようと口を開いたけど……なんて言えばいい?急に話しかけて、変に思われない?迷惑にならない?気持ち悪がられない?
そう怖気付いた時、前に立つ『たくまくん』のバッグに、赤いお守りが付いているのが目に入った。
つけ直してる。紐をわざわざ変えて、しっかりと取れないように。
やっぱり大事な物だったんだ。よかった。無駄じゃなかった。
そう思うと、見られたボサボサの髪だってどうでもよくなった。それでも届けられたことが誇らしかった。

「……っあのっ!」
やだー!声が裏返っちゃった!そう思ったけど、勇気がしぼむ前に次を口にする。
「……私、ちょうど、それを買おうと思ってて……!」
嘘だけど。何の飲み物かすらイマイチ見えてないけど。ホットの何かとしかわかってないけど。
『たくまくん』が振り返る前に言い切った。彼の目を見て話す自信なんてなかったから。
何とか言いたいことは伝わったと思うから、固まって不審に思われることだけは避けられそうだ。顔を上げることはできなかったけど。
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