絶対、イヤ。絶対、ダメ。

高宮碧稀

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彼の片想い*****

せめて信じて。7

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「……ありがとう」
美夜ちゃんに付き添って、彼女の部屋に足を踏み入れた。熱が下がったばかりなのに、また顔色が少し悪くなったのを、彼女の母親小夜さよが見咎めたのだ。
兄の朝陽さんは、もう少し遅くなるらしい。父親は更に後とのことだ。待つ間、部屋で休んだらと提案してくれた。
「お部屋で、ゆっくりお話でもしたら?」
そんなお母さんの気遣いに、背中が軽く冷えた。思わずそっと美夜ちゃんを視線だけで伺って、コックリ頷いた小さな顔を凝視してしまった。……『絶対、イヤ。ダメ。ヤダ』なんて、いつもの言葉が紡がれなかったことに安堵した。

いつでも支えられるよう付き添って、1階の美夜ちゃんの部屋に入った。
……扉は、開けておいた。
ベットに座らせて、横になるように促してみる。ここは美夜ちゃんの部屋なんだけど、自分が勧めないと辛くても無理して姿勢を崩さないだろうと思った。
二世帯住宅に立て替えた際に2階から移したという部屋は、新しかったけれど、十分美夜ちゃんの香りがした。
配置された雑貨一つ一つにしても、僕が好きになった女の子を如実に表している気がする。
不躾に部屋を見渡した自分に気がついて、なんとなく美夜ちゃんを見ることができないでいた。
あんなに望んでは、ことごとく却下されたお宅訪問。一人暮らしの彼女の部屋よりも、実家の部屋のドアを先にくぐるとは思っていなかった。

「横になりなよ。眠ってもいいよ」
自分がこの場で言うには、ちょっと不釣り合いかもしれない。でも、本当に顔色が悪い気がする。
「……ありがとう」
そう言って、ポテリとそのまま上半身だけを横たえてこちらを見上げる。……かわいい。
頬にかかった髪を、かがんで彼女の形のいい耳にかけた。触れた時、びくりと華奢な身体が震えた。
男の手が怖いのかもしれない。少しだけ距離を置いて座る。
守りきれなかった自分に、後から苛立ちが沸き起こった。
優しい美夜ちゃんが、また涙を浮かべないように……顔には出さないよう細心の注意をしたけれど。

「……あのね。坂本くん。あの……また、坂本くんの部屋に行ってもいい?今度から……部屋まで送ってくれる?」
上半身を横たえて、無防備な姿で、この前のメッセージが幻なんかじゃないって僕に知らしめてくれるようにねだられた言葉。
瞳に膜が張って、あわてて視線をずらした。
「……また、僕と過ごしてくれるなら、なんでもする」
せっかく顔をそらしたのに、声が震えて無駄に終わった。仕方なく、見栄を張るのは諦めて、美夜ちゃんに向き直る。
「遅くまで引き止めて、怖い思いをさせて……守って、あげられ……なくて……」
「ちがう」
謝罪さえ、言わせてもらえない。当たり前だ。この話をすることで、美夜ちゃんはまた思い出してしまうかもしれないのに。
「ちがう。守ってもらったもの……坂本くんがくれた防犯ベルが、助けてくれた!それに……それに」
ちょっとだけ離れて座った僕に、美夜ちゃんの手が伸びた。吸い寄せられるように、その手を取った。
「それに。坂本くん以外に、触られるなんて嫌だったの。気持ち悪くて、怖くて……」
繋がった手に、先に力を込めたのがどちらかなんてわからなかった。二人とも泣いていた。

「触られるのも。傷つけられるのも……坂本くんが、いいの」
大好きな女の子が、弱った僕の心を揺さぶって、まるで僕を好きなんじゃないかって錯覚させる。

ねぇ、美夜ちゃん。それってもう、僕を好きでしょう?

今なら、頷いてくれる気がして。
「……キスして、いい?」
使い古された問いを、未練がましく尋ねた。
返事は、拒否じゃなくて。でも……

美夜ちゃんのほっそりとした指が、か弱いけれど逆らえない強さで僕を引き寄せて。頬に優しく唇を寄せてくれた。
その、肯定でもない答えに、性懲りも無く傷つく自分は、随分と欲張りだ。自覚してる。
美夜ちゃんが、僕を好きじゃないなら。そう認めないなら。そもそも、本当に他の誰かを好きでも。
それはそれで、もうどうでもいいような気がした。

「美夜ちゃんが、僕を好きじゃなくても……」
美夜ちゃんの身体が震えて、横になったままの彼女の涙がベットに吸い込まれていく。

「僕は、美夜ちゃんが好きだよ」

僕の、一世一代の告白。それは。

「……うそつき」
そんな一言で一蹴された。

ねぇ、美夜ちゃん。
受け止めなくても、聞き流してもいいから。
ごまかしても、聞こえないふりでも、あらゆる拒否の言葉で跳ね除けてもいいから。
だから、せめて……この想いを、信じて。
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