絶対、イヤ。絶対、ダメ。

高宮碧稀

文字の大きさ
91 / 113
閑話*****

母小夜さんは心躍らせる。1

しおりを挟む
「ケンカしたの?……珍しいね」
娘の美夜が、帰って来た家族に声もかけず2階に上るなんて。彼女が出てきたキッチンに入って、そこにいた息子の朝陽に尋ねた。
年の離れた妹を溺愛している朝陽が、美夜とケンカすることなんて滅多になく、あっても彼が妹をたしなめるくらいが常だった。何かあったのかしら?
「母さん。冷蔵庫の缶コーヒー、美夜のだった?」
かたわらのコップで飲んだらしいコーヒー。確かに缶コーヒーは、私が美夜の部屋から下ろしたものだった。
「父さんはドリップだし、母さんは紅茶派だし、美夜はブラック飲めないから、俺が飲んだんだけど……」
『美夜が凄い勢いで降りてきて、ゴミ箱から缶を拾い上げた』なんて言う。
娘は苦いコーヒーが飲めない。机に鎮座していたブラックのそれを、誰かにもらったんだろうと気にも留めなかった。

「やだ。大事なものだったのかしら?お母さんが勝手に持ち出しちゃったわ」
親子で顔を見合わせていると、朝陽と自分にかすかな時間差でメッセージが届いた。

『態度が悪くてごめんなさい。しばらく放っておいてください』

きっと、娘が嫌がることをしてしまったのだ。部屋に入って洗濯物をベッドに置くのはいつものことなので、間違いなくあの缶コーヒーが原因だろう。
どこにでもある物だと思ったが、きっと彼女の中で、あれじゃないといけない理由があったのだ。
「やだ。どうしよう。同じものを買ってきてもダメよね?」
「……たぶんね」
朝陽も罪悪感たっぷりの顔をしていた。でも、一番悪いのは明らかに私だわ。子供達のプライバシーを、なるべく尊重するようにと思ってきたのに。
たかが缶コーヒーと思って、許可なく持ち出したことに、今更ながら後悔した。
娘の好物を意識して夕飯を作り終え、今ある材料で何かお詫びの一品をと思って、ミルクプリンを作った。
気休めだってわかってるし、それで許されるとは思っていないけど、娘の心が少しでも凪いでくれればとは思った。

「……好きな人から、もらったの」
食事に降りてきた娘は、沈んだ様子を隠そうとして失敗していたけれど、それでもいつも通り片付けを申し出てくれた。
『だから、怒ったりして。ごめんなさい』なんて、美夜はちっとも悪くないのに。我が娘ながら、いい子だわ。
「……それは、お母さんが本当に悪かったわ。代わりのものじゃだめね。ごめん」
美夜が小さく首を振る。奥手な美夜に、そんな人がいるのは正直意外だった。今まで聞いたことないし、高校は女子校だから、最近好きになった子かしら?
『正確にはもらったとは違うけど』と言葉は濁しつつ、完全に片想いだと言った。なおさら、貴重な物を奪ってしまった。
「彼氏じゃないにしても……二人にはまだ言わない方が良いわね。ショックでお酒の量が増えるわ」
リビングで言葉少なに会話する男性陣2人を思うと、ちょっと面倒くさい。美夜もそう思ったのか、少し笑ったからほっとした。
娘の滅多にない恋バナに、思わずはしゃいで、根掘り葉掘り聞いてしまいそうなのをぐっとこらえた。今は特に、自分のせいで落ち込んでいるのだし。
でも、ほとぼりが冷めたら聞いてみたい。自分で子育てしておいてなんだけど。手がかからなかったのに、娘は特にいい子に育った。そんな彼女が選んだ男の子は、たぶんステキな子だろうと思った。

それからは、特に進展はないようだった。すごく浮かれた日や、すごく落ち込んでいる日もあったけれど。
しっかりとした彼女は、受験も難なくクリアし、滑り止めを含めたいくつかから、自宅から通える距離の大学を選んだ。
サークルにも入り、少し垢抜けた美夜が、なんだかそわそわして大学生活を送っているから、新しい恋でもしたんだろうと気がついた。相談は特になかったので、こちらからも聞かなかった。
でも、お酒を飲めるようになってきた最近、微妙に帰りが遅い。いつもと違う香りをまとって帰宅する日も増えたし、下着を新調した。前より女性らしくなった。
彼氏が出来たらしいことに気がついたのは、今のところ母親の私だけのようだ。
うなじのキスマークを目にするたびに、愛されてるんだなあと思う。周りへの牽制と、独占欲の表れ。夫の芳輝よしきさんも、若かりし頃は見えるところにつけたがったものだ。見えないところには、未だにつけられるけど。
「小夜、ちょっといいか?」
芳輝さんの声に、リビングに向かう。結婚して25年になるけど、仲はすごくいい方だと思う。美夜にも、そんな相手と添い遂げて欲しい。

「芳輝さん。落ち込んだ時には、私が慰めてあげるからね」
突然の私の言葉に、首を傾げた旦那様。そのうち、涙目でお酒を啜る日が来ると思うわよ?
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

処理中です...