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閑話*****
母小夜さんは心躍らせる。2
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起き抜けに、綾香ちゃんから告げられた話に、体が芯から冷えた。
痴漢だなんて。抵抗して頭を打ったなんて。病院で検査中だなんて。
ちょうど息子の名前が画面に浮かぶ。普段はなんて事ない着信音が、心臓を凍らせる。
「朝陽っ!美夜は?美夜の怪我の様子は?」
「母さん。落ち着いて」
応えた息子の声に焦った色はなく、少し冷静になれた。
「美夜はまだ検査中。大きな怪我はないようだよ。送ってくれた男の子がすぐ駆けつけてくれて、事なきを得たみたいだ」
力が抜けて、しゃがみこむなんて初めてだった。今日は実家に連れ帰ると言うから、必ずそうしてとこちらからも頼んだ。
詳しい事は帰って説明してくれると言う。堪らず芳輝さんを起こして、わかっている範囲で事情を説明した。
「綾香さん。次からそんな時は起こしてくれていいから」
優しくて穏やかな彼が、決して責める口調でないにしても、綾香ちゃんに苦言を呈した。朝陽はきっと、きつく窘められるだろうと思ったけど、助けてあげない。
美夜にしろ、朝陽にしろ、親の仕事を奪うべきじゃない。うちの子は、自分たちでしっかり考えて行動できるからあんまりとやかく言った事はないけれど。心配は親がすべき事の1つなんだから。
温かい飲み物以外にスープやミルクプリンを作って2人を待った。
取り敢えず、美夜の無事を確認して、抱きしめて、抵抗したっていう強さを褒めて。とにかく甘やかして安心させて。そして、同じくら安心したかった。
帰って来た美夜をソファに座らせて、綾香さんがハーブティーで労ってくれている間に、朝陽から事情を聞いた。
送ってくれる子がいて本当に良かった。きっと、最近、サークルの飲み会の後に会っているらしい彼氏だ。
その子も怪我をしたと言うから、お礼とお詫びに行かなくてはと、芳輝さんに提案したけど、父として娘の初彼がショックだったらしく、複雑そうな顔をしていた。
「芳輝さん。その子……坂本くん?がいたから、美夜はショックを受けながらも無事だったのよ?」
そう言うと、いち早く立ち直り、同意してくれた。
娘を助けてくれた子の名前は、坂本くん。坂本拓眞くん。
「下の名前は『たくや』か『たくま』だったかな?」
朝陽はそう言ったけど『たくま』だってすぐにわかった。美夜が未だに大事にしているコーヒーの空き缶を、こっそり『たくまくんのコーヒー』と呼んでいるのを知っていた。
おかしいと思ったのだ。奥手で、少し人見知りな美夜。そんな彼女の好きな人が、そうコロコロ変わるはずがない。なんでもお気に入りの物をずっと大切に使う彼女は、きっと恋愛に対しても簡単に切り替えができないタイプだと思う。
美夜がそわそわし出したのは、キャンパスライフが始まって、本当にすぐだった。
新しい誰かを見つけたのではなくて、きっと、再会する機会があったのだと、今になって思い当たった。
その坂本くんを、ついに我が家に招くことに成功した。美夜の熱も下がったので、いいタイミングだ。
本当は、こちらからお詫びとお礼に行かなければならないのに、坂本くんは美夜のことに責任を感じているらしい。お見舞いを兼ねて、うちを訪ねてくれると言う。
自分も怪我をしたって言うのに、やっぱりいい子だわ。美夜が好きになったのも頷ける。
「……坂本です。っはじめまして」
緊張して、声が震えて裏返ってる。やだ。可愛い!
『あの可愛らしさが朝陽くんにも欲しいです』なんて、後から綾香ちゃんも愚痴っていた。……ごめんね。可愛げないの育てちゃって。
2人で話したいこともあるだろうしと、美夜の部屋に追い立てた。お茶を入れなおして運んだ綾香ちゃんが、にこにこして帰ってきた。
「扉は、開けておくんですって。誠実ですよね。朝陽くんなら、絶対閉めて大変なことをしでかしてくる場面です!」
そう言われて、そんな息子を育て上げちゃった私は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。……ごめんね。綾香ちゃん。
しばらくして、廊下に出たら、坂本くんがトイレから出てきた。
「すみません。お手洗いをお借りしました」
目が、真っ赤。泣いたんだわ。きっと、美夜と2人で。『自由に使って』と声をかけた私に、坂本くんがちょっと迷った素振り見せた後、思い切ったように口を開いた。
「あの……すみませんでした。娘さんを危険な目に合わせて」
「そんな、謝罪なんて。あなたみたいな彼氏がいて、良かったわ」
そう言うと、悲しげに眉根を寄せた。
「彼氏……じゃ、ないんです。まだ。それなのに、遅くまで引き止めました。申し訳ありません」
それは、初耳だった。朝陽が情報操作したのは明白だった。多分、坂本くんは、朝陽にも本当のことを言って謝罪したに違いないもの。
「あの!でも!絶対、美夜ちゃんに振り向いてもらいます!努力します!だから、また、美夜ちゃんに会わせてください」
なんで、両思いなのに、まだ2人が付き合ってないのかはわからない。それなのに、うなじに口付けの跡をつける関係なのかも。
でも、この子は、きっといい子だわ。可愛らしくて、誠実で。何より、私の息子も、娘も、彼を気に入っているんだもの。
私には……うん。
それだけで十分なの。
痴漢だなんて。抵抗して頭を打ったなんて。病院で検査中だなんて。
ちょうど息子の名前が画面に浮かぶ。普段はなんて事ない着信音が、心臓を凍らせる。
「朝陽っ!美夜は?美夜の怪我の様子は?」
「母さん。落ち着いて」
応えた息子の声に焦った色はなく、少し冷静になれた。
「美夜はまだ検査中。大きな怪我はないようだよ。送ってくれた男の子がすぐ駆けつけてくれて、事なきを得たみたいだ」
力が抜けて、しゃがみこむなんて初めてだった。今日は実家に連れ帰ると言うから、必ずそうしてとこちらからも頼んだ。
詳しい事は帰って説明してくれると言う。堪らず芳輝さんを起こして、わかっている範囲で事情を説明した。
「綾香さん。次からそんな時は起こしてくれていいから」
優しくて穏やかな彼が、決して責める口調でないにしても、綾香ちゃんに苦言を呈した。朝陽はきっと、きつく窘められるだろうと思ったけど、助けてあげない。
美夜にしろ、朝陽にしろ、親の仕事を奪うべきじゃない。うちの子は、自分たちでしっかり考えて行動できるからあんまりとやかく言った事はないけれど。心配は親がすべき事の1つなんだから。
温かい飲み物以外にスープやミルクプリンを作って2人を待った。
取り敢えず、美夜の無事を確認して、抱きしめて、抵抗したっていう強さを褒めて。とにかく甘やかして安心させて。そして、同じくら安心したかった。
帰って来た美夜をソファに座らせて、綾香さんがハーブティーで労ってくれている間に、朝陽から事情を聞いた。
送ってくれる子がいて本当に良かった。きっと、最近、サークルの飲み会の後に会っているらしい彼氏だ。
その子も怪我をしたと言うから、お礼とお詫びに行かなくてはと、芳輝さんに提案したけど、父として娘の初彼がショックだったらしく、複雑そうな顔をしていた。
「芳輝さん。その子……坂本くん?がいたから、美夜はショックを受けながらも無事だったのよ?」
そう言うと、いち早く立ち直り、同意してくれた。
娘を助けてくれた子の名前は、坂本くん。坂本拓眞くん。
「下の名前は『たくや』か『たくま』だったかな?」
朝陽はそう言ったけど『たくま』だってすぐにわかった。美夜が未だに大事にしているコーヒーの空き缶を、こっそり『たくまくんのコーヒー』と呼んでいるのを知っていた。
おかしいと思ったのだ。奥手で、少し人見知りな美夜。そんな彼女の好きな人が、そうコロコロ変わるはずがない。なんでもお気に入りの物をずっと大切に使う彼女は、きっと恋愛に対しても簡単に切り替えができないタイプだと思う。
美夜がそわそわし出したのは、キャンパスライフが始まって、本当にすぐだった。
新しい誰かを見つけたのではなくて、きっと、再会する機会があったのだと、今になって思い当たった。
その坂本くんを、ついに我が家に招くことに成功した。美夜の熱も下がったので、いいタイミングだ。
本当は、こちらからお詫びとお礼に行かなければならないのに、坂本くんは美夜のことに責任を感じているらしい。お見舞いを兼ねて、うちを訪ねてくれると言う。
自分も怪我をしたって言うのに、やっぱりいい子だわ。美夜が好きになったのも頷ける。
「……坂本です。っはじめまして」
緊張して、声が震えて裏返ってる。やだ。可愛い!
『あの可愛らしさが朝陽くんにも欲しいです』なんて、後から綾香ちゃんも愚痴っていた。……ごめんね。可愛げないの育てちゃって。
2人で話したいこともあるだろうしと、美夜の部屋に追い立てた。お茶を入れなおして運んだ綾香ちゃんが、にこにこして帰ってきた。
「扉は、開けておくんですって。誠実ですよね。朝陽くんなら、絶対閉めて大変なことをしでかしてくる場面です!」
そう言われて、そんな息子を育て上げちゃった私は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。……ごめんね。綾香ちゃん。
しばらくして、廊下に出たら、坂本くんがトイレから出てきた。
「すみません。お手洗いをお借りしました」
目が、真っ赤。泣いたんだわ。きっと、美夜と2人で。『自由に使って』と声をかけた私に、坂本くんがちょっと迷った素振り見せた後、思い切ったように口を開いた。
「あの……すみませんでした。娘さんを危険な目に合わせて」
「そんな、謝罪なんて。あなたみたいな彼氏がいて、良かったわ」
そう言うと、悲しげに眉根を寄せた。
「彼氏……じゃ、ないんです。まだ。それなのに、遅くまで引き止めました。申し訳ありません」
それは、初耳だった。朝陽が情報操作したのは明白だった。多分、坂本くんは、朝陽にも本当のことを言って謝罪したに違いないもの。
「あの!でも!絶対、美夜ちゃんに振り向いてもらいます!努力します!だから、また、美夜ちゃんに会わせてください」
なんで、両思いなのに、まだ2人が付き合ってないのかはわからない。それなのに、うなじに口付けの跡をつける関係なのかも。
でも、この子は、きっといい子だわ。可愛らしくて、誠実で。何より、私の息子も、娘も、彼を気に入っているんだもの。
私には……うん。
それだけで十分なの。
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