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彼の片想い****
となりにいさせて。5
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震えるまま閉じられたまぶた。
無防備な唇。
フルフルと健気に振動する体。
吸い寄せられるように顔を近づけたけど、寸前で思いとどまった。
初めてのキスで、好きな女の子に、こんな……苦行を受け入れるような表情をさせていいんだろうか。
微かにとはいえ、震えさせていいんだろうか。
『構わないから、瞳を閉じた彼女の迂闊さにつけ込んでしまえ』と思う気持ちと『唇を合わせたあと、幸せそうに微笑んで欲しいのに』と欲張る思い。
今の美夜ちゃんの様子から、後者は望めそうになかった。
キスは、したい。でも……できれば、一方的な想いじゃない方がいいなんて、やっぱり僕の方がわがままなんだろうか?
浅ましい卑怯な自分を振り切って、かぷりと形のいい鼻に甘噛みした。目をまん丸にしてびっくりしたあと、ちょっと怒ったような顔をしたのが可笑しかった。
残念そうにも見えたのは……単に僕の願望の表れかもしれない。
「本当に、ほんっとーに、帰るの?」
真夜中を通り越して、早朝に近い時間。外はだいぶ冷え出すこの季節。家まではコッソリ後をつけるけど、それでも心配だ。
「そう思うなら、今度からもっと手加減して……」
「ごめんね。手加減は、今度からやめるつもり」
そこは被せるように断る。もう無理。存分に美夜ちゃんを味わい尽くした後に、以前なように優しく控えめに抱くなんてできそうにはなかった。
公式に送らせてくれないかと申し出たけど、案の定『ダメ』
もうこの時間なら、美夜ちゃんが恐れてる、大学の誰かにも見られることないと思うけど。
ここまで大学やサークルの仲間にひた隠しするなんて、好きな人は同じ大学なのかなんて邪推してしまう。
胸に底のない黒いもやが広がりそうで、攻め方を変えた。
映画は、絶対に無理だとわかってて持ちかける。
意外と反応が遅かったから、そのうち押し切れるかもとも思うけど、今回の狙いはその先。
後輩のチケットを美夜ちゃんと使わせるわけにはいかない。まずはその可能性を潰さないと。
そして、室内デートを取り付ける。
映画が部屋で鑑賞できるようになるまでには数ヶ月かかるから、そんな先の約束にこぎつけた。
「じゃあ、また……」
未来の約束に浮かれていたら、あっさりと別れを口にされる。名残惜しいのは、僕だけのように思えて悲しい。
つい力を込めて、華奢な体をさらに抱きしめた。
「キス、したい」
学習能力がない僕は、何回拒否されてもそんな風にねだってしまう。
内緒話でもするのか、鼓膜に直接拒絶の言葉を吹きかけるつもりなのか、美夜ちゃんが身じろぎして僕の耳近くに顔を寄せて来た。
さっき憶えたばかりの、やわらかな感触が頬をかすめて……ビクリと体を震わせてしまった。
味わう前に離れてしまった唇が名残惜しくて、さらに腕に力を込めて囲ってしまいたかったのに。せいぜい内緒話だと思っていた僕は、少しも動けなかった。
「次はもっと早く帰らせてね」
なんて言いながら僕の腕からまんまと抜け出した美夜ちゃんは、ちょっと迷って、最後に僕を『拓眞くん』と呼ぶ爆弾まで投下した。
いたずらが成功したような顔で微笑んで、顔だけ余裕綽々の子鹿は……僕が情けなくも動けないのをいいことに、ぎこちなくドアから出て行った。
しばらくぼんやりと立ちすくんだ。
はっと気づいて、急いで上着をかけて外に飛び出した。
いつもより空いた距離を、白い息を吐きながら詰める。
こんな早朝なのに、すでにジョギングをしている人がいるのも驚きだ。
美夜ちゃんの住む4階建ての建物が見えてきた。美夜ちゃんがヨロヨロと入って行く。
入れ替わりに女性が出てきて、僕を見てちょっと顔を強張らせた。しかたなく、会釈して『こんばんは』と挨拶を交わした。警戒が解かれないので、次いで口を開いた。
「彼女を送ってきたんです。お姉さんも暗いから気をつけてくださいね」
そう言えば、納得したように微笑んだ。
「ありがとう。やさしい彼氏さんで彼女も幸せね」
『彼氏』という嘘に、少しの罪悪感。
早くその地位におさまらなければ、と思いながら家路を引き返した。
無防備な唇。
フルフルと健気に振動する体。
吸い寄せられるように顔を近づけたけど、寸前で思いとどまった。
初めてのキスで、好きな女の子に、こんな……苦行を受け入れるような表情をさせていいんだろうか。
微かにとはいえ、震えさせていいんだろうか。
『構わないから、瞳を閉じた彼女の迂闊さにつけ込んでしまえ』と思う気持ちと『唇を合わせたあと、幸せそうに微笑んで欲しいのに』と欲張る思い。
今の美夜ちゃんの様子から、後者は望めそうになかった。
キスは、したい。でも……できれば、一方的な想いじゃない方がいいなんて、やっぱり僕の方がわがままなんだろうか?
浅ましい卑怯な自分を振り切って、かぷりと形のいい鼻に甘噛みした。目をまん丸にしてびっくりしたあと、ちょっと怒ったような顔をしたのが可笑しかった。
残念そうにも見えたのは……単に僕の願望の表れかもしれない。
「本当に、ほんっとーに、帰るの?」
真夜中を通り越して、早朝に近い時間。外はだいぶ冷え出すこの季節。家まではコッソリ後をつけるけど、それでも心配だ。
「そう思うなら、今度からもっと手加減して……」
「ごめんね。手加減は、今度からやめるつもり」
そこは被せるように断る。もう無理。存分に美夜ちゃんを味わい尽くした後に、以前なように優しく控えめに抱くなんてできそうにはなかった。
公式に送らせてくれないかと申し出たけど、案の定『ダメ』
もうこの時間なら、美夜ちゃんが恐れてる、大学の誰かにも見られることないと思うけど。
ここまで大学やサークルの仲間にひた隠しするなんて、好きな人は同じ大学なのかなんて邪推してしまう。
胸に底のない黒いもやが広がりそうで、攻め方を変えた。
映画は、絶対に無理だとわかってて持ちかける。
意外と反応が遅かったから、そのうち押し切れるかもとも思うけど、今回の狙いはその先。
後輩のチケットを美夜ちゃんと使わせるわけにはいかない。まずはその可能性を潰さないと。
そして、室内デートを取り付ける。
映画が部屋で鑑賞できるようになるまでには数ヶ月かかるから、そんな先の約束にこぎつけた。
「じゃあ、また……」
未来の約束に浮かれていたら、あっさりと別れを口にされる。名残惜しいのは、僕だけのように思えて悲しい。
つい力を込めて、華奢な体をさらに抱きしめた。
「キス、したい」
学習能力がない僕は、何回拒否されてもそんな風にねだってしまう。
内緒話でもするのか、鼓膜に直接拒絶の言葉を吹きかけるつもりなのか、美夜ちゃんが身じろぎして僕の耳近くに顔を寄せて来た。
さっき憶えたばかりの、やわらかな感触が頬をかすめて……ビクリと体を震わせてしまった。
味わう前に離れてしまった唇が名残惜しくて、さらに腕に力を込めて囲ってしまいたかったのに。せいぜい内緒話だと思っていた僕は、少しも動けなかった。
「次はもっと早く帰らせてね」
なんて言いながら僕の腕からまんまと抜け出した美夜ちゃんは、ちょっと迷って、最後に僕を『拓眞くん』と呼ぶ爆弾まで投下した。
いたずらが成功したような顔で微笑んで、顔だけ余裕綽々の子鹿は……僕が情けなくも動けないのをいいことに、ぎこちなくドアから出て行った。
しばらくぼんやりと立ちすくんだ。
はっと気づいて、急いで上着をかけて外に飛び出した。
いつもより空いた距離を、白い息を吐きながら詰める。
こんな早朝なのに、すでにジョギングをしている人がいるのも驚きだ。
美夜ちゃんの住む4階建ての建物が見えてきた。美夜ちゃんがヨロヨロと入って行く。
入れ替わりに女性が出てきて、僕を見てちょっと顔を強張らせた。しかたなく、会釈して『こんばんは』と挨拶を交わした。警戒が解かれないので、次いで口を開いた。
「彼女を送ってきたんです。お姉さんも暗いから気をつけてくださいね」
そう言えば、納得したように微笑んだ。
「ありがとう。やさしい彼氏さんで彼女も幸せね」
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早くその地位におさまらなければ、と思いながら家路を引き返した。
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