絶対、イヤ。絶対、ダメ。

高宮碧稀

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彼の片想い****

となりにいさせて。7

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「……っあの、私……ちょうど、それを買おうと思ってて……」
澄んだ声は、緊張のためか少し上ずってたどたどしく響いていたけど、僕の鼓膜を心地よく震わせた。
その感覚には覚えがあって、きっと、少し前にお守りを拾ってくれた子だって思った。
あわてて振りかぶって、日中の自分を呪った。なんで体育なんて出たんだろう。なんでコンタクトを落としたんだろう。
なんで……多少の違和感なんて気にして、もう片方もレンズを外してしまったんだろう。
ちょっと離れて立つ彼女が、ぼやけてよく見えない。しかも、彼女は顔を全然あげてくれない。
「その。よ、よかったら……」
そう言って、控えめだけど有無を言わさずに僕の手から熱いコーヒーをもぎ取る。缶の容赦ない熱に苦戦しながら、彼女は硬貨をとりだした。
奪われた缶コーヒーに焼かれた熱い手のひら。そこに冷たい硬貨を乗せてくれた。

チャリッて音が駅の喧騒の中でも、耳の中までなぜか響いた。それに気をとられるうちに、彼女は小走りで去ってしまった。
「あっ!待って!……あ、ありがとうっ!」
『りこさん』と呼ぼうとして、ためらった。知らない男が自分の名前を知ってたら怖いだろうし、彼女自身からその名前を聞いてから口にしたかった。お礼は彼女の耳に届いたただろうか?
彼女に優しさを分けてもらったのは、2回目。顔は、2回ともよく見えなかった。だけど、透明な声と凛とした雰囲気、綺麗に伸びた背筋。お守りを届けてくれた時の、触れた冷たい指先。
どれも、僕の胸を騒がせて……ああ、この感情を『好き』っていうんだって、初めて気がついた。
気がついてしまうと、その日は触れなかった手がとても淋しかった。

目の前の甘い飲み物は、冷めていて少し物悲しい。高校生だった僕は、こんなに暑い日でも買い求めるくらいホットのブラックコーヒーが好きなんだなって思った。
最初は名前こそ勘違いしていたけれど、美夜ちゃんを好きだと意識したあの日の思い出が、僕を頑なにしていたらしい。
自分だけの思い出だという気持ちが、優越感を伴って離してくれなくて……ムキになってブラックコーヒーにこだわりすぎた。
次は、ラテを出してみよう。うんと甘くした、マグカップかカフェオレボウルにたっぷりの。
美夜ちゃんは嫌がるけれど、明日彼女専用のカップを買いに行こうって決めた。
それから、取り付けた映画鑑賞の約束を、さらに強固なものにしなければ。後輩には悪いけど、機会があれば釘を刺して、彼が美夜ちゃんに話しかけるチャンスさえ潰してしまいたい。
我ながら心が狭いけど、みっともなくても、全然手に入らない想い人に僕だって必死なのだ。

美夜ちゃんが、コクリまたコクリとソイラテを喉に通していく。ラテに変えてからは、カップに飲み物が残らなくなった。まだ試してないけど、ミルクティーなんかも好きかもしれない。
マグカップを初めてみた時、小さく『かわいい……』ってつぶやいたから、気に入ってくれたようだ。
『味覚が変わってしまったの?』とか『美夜ちゃんのマグカップだよ』なんて、無粋な気がして言わなかった。でも、何回目かにカップを出した時、恐る恐るといった風情で控えめに『……私、専用?』って見上げてきたのが破壊的に可愛かった。
肯定したら、真っ赤になって、頬を緩めるのを見て、さっさと僕のものになったらいいのにって思った。
青い鳥のマグカップ。幸福の象徴で、なかなか捕まらなくて、鳥籠に閉じ込めておきたいからなんて、言えやしなかったけど。

次回は来れないと言って、美夜ちゃんが部屋を後にした。僕は抱きしめるだけでも幸せなんだけど、いつも通り来てくれないらしい。
最後にキスをねだると、なだめるように頬に口づけを一つくれた。
本当は、唇を存分に味わいたいけれど、今までを思うと飛躍的に進展しているから、と自分を抑えた。
美夜ちゃんを追って、最近では慣れた早朝の道を歩く。何度もすれ違ってる人達に、前方で美夜ちゃんが軽く頭を下げるのが見える。会釈だけなのか、軽く挨拶しているのかまではわからない。
良からぬことを考えてないだろうなと、自分がすれ違うときに睨んでみたけど、向こうも胡乱げにこちらを伺って通り過ぎた。
……ストーカーだと思われてるかもしれない。ちょっと悲しい。
早く隣を歩かなくてはと、決意して、美夜ちゃんが建物に吸い込まれるのを見送った。

いつものように、ゆっくりと引き返しながら連絡を待つ。自動販売機に差し掛かって。
連絡がないので足を止めた。
たまに入れ替わって出てくる女性と話しでもしているのか……?
振り返ってみたら、その女性は小型犬にリードをつけて少し離れた道に進んでいくのが見えた。もう、彼女とも別れた後、この時間に何が美夜ちゃんを足止めするものがある……?
答えを見つけるより先に、地を蹴って建物を目指す。
扉をすり抜けたとき、静寂を破って耳障りな電子音が階上で響いた。

美夜ちゃん。もう多くを望まないから。無事でいて。
ただ、となりにいさせて……
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