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二人台本↓
「心を持ったアンドロイドは、」(比率:男1・女1)約100分
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・登場人物
サクヤ:♀ 人型のアンドロイド。
ナツ:♂ サクヤの世話係を任されている、アンドロイド研究員。
*役表
サクヤ、少女:♀
ナツ、男、アンドロイド:♂
○所要時間:約100分
ーーーーー
街灯もなにもない真っ暗な路地裏を、一人の男が息を切らしながら、逃げるように走っている。
男「はぁ、はぁ、はぁ...! く、くそぉ...!」
男は足元に置かれていた木箱に足をぶつけ、勢いよく前方へと転げていく。
男「あぐぅっ!? く、くそが...! ちくしょうがぁぁ...!!」
立ち上がろうとする男の背後で、ガチャリと小さな音が路地裏に響き渡る。男がゆっくりと、恐る恐る背後へと振り向く。
微かな月明かりに照らし出されるのは、無表情の女の子ーーーサクヤは銃口を男に向け、ただジッと男を見つめている。
男「あ、あぁ...! ま、待て...待ってくれ!」
サクヤ「ナゼ、待タナケレばイケナイのデスカ? 例エ待ッタとシテモ、アナタの未来ハ変ワリマセンヨ。」
男「な、なぁ...頼むよ! 今回だけは見逃してくれよ!」
サクヤ「アナタの願イは叶エらレマセン。」
男「た、頼む! この通り!」
男は地面に頭を擦り付け懇願する。
サクヤは表情一つ変えずに、淡々と答える。
サクヤ「アナタの願イは叶エラれマセン。」
男「......おいおいおい、人が頭下げてお願いしてんだぜ...! 少しくらいーーー」
男はニヤリとした口元を見せつけながら、懐に仕舞い込んでいた拳銃を取り出す。
男「聞いてくれたっていいんじゃねぇのぉ!」
路地裏に銃声が響き渡る。男の拳銃から放たれた弾丸は、サクヤの左足を貫いていく。
サクヤ「アッ。」
サクヤはバランスを崩し、膝から崩れ落ちていく。ドクドクと真っ赤な血が流れている左足を、無表情のまま眺めている。
男は銃口をサクヤに向けながら、ゆっくりと立ち上がる。ニヤニヤしながら、サクヤが落とした拳銃を蹴り飛ばす。
男「あちゃぁ~足に当てちったよ~。ごめんよ、一発で仕留められなくて! 次はちゃんと......っておい、お前よく見りゃいい女だなぁ。殺す前にーーー」
サクヤ「損傷部分ノ確認完了。修復シマス。」
男「...は? 修復?」
サクヤは何事もなかったかのように、スッと立ち上がる。
サクヤ「修復完了。」
男「は...? お、おおおお前、人間じゃねぇのかよ!?」
サクヤ「引キ続キ、任務ヲ遂行シマス。」
男「まさか、お前...アンドロイドか!?」
サクヤ「抵抗シタ場合ハ「殺せ」と命ヲ受ケテイマス。」
男「ク、クソ...! クソクソクソォォ!! なんなんだよ、てめぇは!? どっからどう見ても人間じゃねぇか! 俺たち人間様の真似事か!? アンドロイドのくせによぉ!!」
サクヤ「私ハ、アンドロイドではアリマセン。」
サクヤ「私ハ、人間デス。」
男「に、人間様はな、修復とかそんなことできねぇんだよ! バカか!? もっと勉強してこいや! つーか、アンドロイドごときが俺たち人間様に逆らっていいと思ってんのか!? とっとと失せろ! ぶっ壊れろ! このクソアンドロイドーーー」
サクヤは懐からナイフを素早く取り出すと、勢いよく男へと駆けて行き、男の心臓へ深々と突き刺す。
男「がぁぁ!?」
サクヤ「......。」
男「く、クソがぁ...! お、俺は...俺はまだ、こんなところ...で...。」
サクヤ「...ターゲット、刺殺完了。」
サクヤ「...ナゼでショウカ? 攻撃ヲ受ケタノは左足。胸ハ攻撃ヲ受ケてイマセン。」
サクヤ「......痛イ。胸ノ奥ガ痛イ。チクチクします。ナゼでショウカ?」
ナツ(M)人間とは、非力な生き物だ。魔女と呼ばれる存在よりも、魔力は無く...獣人族と呼ばれる、獣の血を宿した存在に比べ、身体能力は遥かに劣る。人間は、身一つでは何もできない弱い存在。
ナツ(M)だから、我々人間は「道具」を作った。周りに存在する、化け物たちに対抗するために...殺されないために...我々が、奴らを殺すために。
ナツの家。白衣を着た男性ーーーナツは、広々と開けたリビングに置かれているテーブルの前に腰掛け、お茶を飲みながら、目の前で無表情で立っているサクヤの話を聞いている。
ナツ「胸が痛い?」
サクヤ「ハイ。」
ナツ「いつから胸が痛いんだ?」
サクヤ「追ッテいたターゲットに「とっとと失せろ! ぶっ壊れろ! このクソアンドロイド」ト言ワレてカラデス。」
ナツ「めちゃくちゃ言いやがる奴だな。一発ぶん殴ってやろうかな?」
サクヤ「ターゲットは死亡シテいマス。死人ヲ殴ルノハ、最低ナ行為ダと思イマス。」
ナツ「そういうことされても文句言えねぇことをしてるのよ、そいつは。だから、大丈夫大丈夫。」
サクヤ「ソウイウものナノデスカ?」
ナツ「そういうものなのです。」
サクヤ「記憶シテおキマス。」
サクヤ「先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「胸ガ痛イデス。」
ナツ「そうだった、すまんすまん。」
サクヤ「ドウシテ胸ガ痛ムノでショウカ? 私ハ気ヅカナイうチニ、攻撃サレテいたノデショウカ?」
ナツ「あぁ、そうだな。」
サクヤ「ドンナ攻撃デスカ?」
ナツ「言葉だ。」
サクヤ「言葉、デスカ? 私ヤ先生ガ今、口ニしてイル言葉ガ、武器トナルノでスカ?」
ナツ「そうだなぁ...例えばだ。」
サクヤ「ハイ。」
ナツ「おい。」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「バカ。」
サクヤ「バカは知能ガ低イ人間に、使ウ言葉だと聞キマシタ。デスカラ、私はバカではアリマセン。ソノ言葉は、私ヨリも先生に言ウベキ言葉デハナイデショウカ?」
ナツの心に、深々とサクヤの言葉が突き刺さる。
ナツ「ごふぅ!?」
サクヤ「ドウシマシタカ、先生?」
ナツ「今...言葉が武器となりました...。」
サクヤ「私ノ言葉ガ、でスカ?」
ナツ「そうです...先生の心はズタズタに傷つけられました...。」
サクヤ「ドウシテデスカ? 私ハ、思ッタコトを口にシタダケでスガ?」
ナツ「もうやめてください...これ以上傷つけないでください...。」
サクヤ「私ハ攻撃シテイマセン。ナゼ、傷ツクノデスカ?」
ナツ「うーん...なんて説明すりゃいいのかなぁ...? バカじゃないのに「お前はバカだ!」って言われたら、嫌な気持ちになるだろ?」
サクヤ「先程モ言イマシタが、私はバカではアリマセン。先生ハ、一度伝エタだけデハ理解ガできナイノデスカ? アァ、バカでしたね。申シ訳アリマセン。先程ノ言葉ヲ繰り返しオ伝エシマス。バカは知能ガーーー」
ナツ「お前は先生をどうしたいの!? 先生の精神をボロボロにしたいの!? なんなのお前は!?」
サクヤ「私ハ、人型アンドロイドです。」
ナツ「そういうこと聞いてんじゃねぇよ!」
サクヤの懐に入っていた、連絡用の端末が震える。サクヤは表情一つ変えずに端末を取り出し、ジッと画面を見つめる。
ナツ「...また仕事か?」
サクヤ「ハイ。行ッテマイリマス。」
ナツ「おい。」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「......辛くないか?」
サクヤ「「辛い」トハ、「精神的、肉体的に我慢できないくらい苦しいこと」デス。私ハ精神、肉体トモに安定シテイマス。」
ナツ「そうか。」
サクヤ「他ニ、何カアリマスカ?」
ナツ「あるぞ。もう一つだけ。」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「お前は、アンドロイドじゃないぞ。」
サクヤ「......。」
ナツ「お前は、なんだ?」
サクヤ「...私ハ、アンドロイドではアリマセン。」
サクヤ「私ハ、人間デス。」
ナツ「よし、行ってこい。」
サクヤ「ハイ。行ってマイリマス。」
ナツはサクヤの頭を軽くポンポンと叩く。サクヤは何一つ表情を変えずに、ペコリと頭を下げると、スタスタと玄関へと向かっていく。
その後ろ姿を、ナツは悲しそうな表情で見つめている。
ナツ「......辛くない、か。すげぇなぁ、お前は...。俺が、もしお前の立場だったら、もうぶっ壊れてるよ。」
ナツ「......何やってんだろうなぁ...俺は?」
とある家。部屋の中は電気がつけられておらず、月明かりだけが室内を照らし出している。窓下に置かれた、大きなベッドの上では、裸の男女が頭から血を流して倒れている。男は、まだ微かに意識があり、プルプルと手を震わせながら、連絡用の端末へと手を伸ばす。
サクヤは、無表情のまま、手にしている鉄の棒を容赦なく男の頭へと力一杯振り下ろす。
鮮血が、サクヤの顔に降り注ぐ。サクヤは表情一つ変えずに、動かなくなった男をジッと見下ろしている。
サクヤ「ターゲット、撲殺完了。帰還シマス。」
サクヤ「......。」
サクヤ「私ハ、人間デス。私ハ、アンドロイドではアリマセン。」
サクヤ「私はアンドロイドなのニ、ドウシテ先生ハ、人間ト言ワセルのでショウカ?」
サクヤ「......。」
サクヤ「理解ガ、デキまセン。」
サクヤは表情一つ変えずに、動かなくなった人たちに背を向け、スタスタと何事もなかったかのように部屋を出ていく。
ナツ(M)サクヤが研究所に戻ってくる。人を殺して。
ナツ(M)周りのやつらは、それを毎度毎度拍手で迎え入れる。「素晴らしい。」「良くやった。」と、温かい言葉を投げつける。
ナツ(M)なぜこいつらは、拍手で迎え入れるんだ?
ナツ(M)なぜ人を殺したサクヤを褒め称えるんだ?
ナツ(M)なぜ人を殺すことが良いことだと教えるんだ?
ナツ(M)なぜ、人を殺すアンドロイドを作るんだ?
ナツ(M)......なんで俺は、拍手してるんだ?
ナツの家。ナツはリビングに置かれた白いソファーに身を預け、ボーッと天井を眺めている。
ガチャリと、大きな音を立ててリビングの扉が開く。顔や服を少し汚したサクヤが、無表情のままテクテクとナツの元へと歩みを進めていく。
ナツ「おかえり。」
サクヤ「タダイマ戻リマシタ。」
ナツ「おう。」
サクヤはナツの隣で立ち止まると、ジッと無表情のままナツを見つめている。
ナツ「ん? な、なんだよ?」
生気のかけらも感じなかったサクヤの瞳が、突然キリッと輝きだす。カチカチに固まっていると思われていた口角がグッと上がり、スラスラと人間のように話し始める。
サクヤ「おう、今帰ったぜ! ハニー!」
ナツ「......は?」
サクヤ「おかえりダーリン! 寂しかったわ!」
サクヤ「ト、言ッテクダサイ。」
ナツ「なんでだよ...?」
サクヤ「先生ガ、悲シソうな顔ヲシテイタノデ。」
ナツ「...え?」
サクヤ「ナゼ先生ガ、悲シソウナ顔ヲシテイルノカ、私ニハ理解デキマせんガ。」
ナツ「俺は、お前が発したハニーの件が理解できませんが?」
サクヤ「ココニ帰還スル途中デ、男女ガこのヤリ取リをシテイマシタ。コウスルことデ、元気にナッテイマシタ。」
サクヤ「先生ニ、元気にナッテ欲シクテ。」
ナツ「......。」
サクヤ「スミマセン。コノ方法デハ、先生ハ元気にナリマセンでしタカ。別ノ方法ヲーーー」
ナツ「(笑う)」
サクヤ「先生、ナゼ笑ッテイルノですカ?」
ナツ「サクヤのおかげで元気になったんだよ。ありがとな。」
サクヤ「先生ハ、コノ方法デ元気にナルノですネ。デハ、今後先生が悲シソウな顔ヲシテイタラーーー」
ナツ「今日だけで充分です。」
サクヤ「ソウデスカ。カシコマリマシタ。」
サクヤはくるりと背を向けると、玄関へスタスタと歩いていく。
ナツ「おい、どこ行くんだ?」
サクヤ「モウ一度、帰宅カラやり直シます。少々オ待チを。」
ナツ「あ、はい...。」
ナツ(M)なぜ...なぜなんだ...?
サクヤ「おう、今帰ったぜ! ハニー!」
ナツ「おかえりダーリン! 寂しかったわ!」
ノリノリで手を広げ、サクヤを迎え入れるナツ。サクヤはスッと無表情になり、ジッとナツを見つめている。
ナツ「おい、どうした?」
サクヤ「気持チ悪いデスネ。」
ナツ「おい!!」
ナツ(M)人を殺すだけなら...こいつに心なんて、つけなくてよかったじゃねぇか。
闇に包まれた、とある路地裏。月明かりに照らされたサクヤは、目の前で血を流して動かなくなった死体をボーッと見つめている。
赤く染まった刃物の切先を、袖でゆっくり拭い、懐へと仕舞い込む。
サクヤ「ターゲット、刺殺完了。これより、帰還します。」
サクヤは死体に背を向けて、路地裏を出る。そして、何事もなかったかのように、スッと人混みに紛れ帰路をスタスタと歩いていく。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
とある店の客引きアンドロイドの声が、サクヤの耳に響いてくる。サクヤは、ふと足を止め、ジッと声の主を見つめる。
招き猫のような形をしたアンドロイドは、目をピカピカと輝かせながら、左手をゆっくり前後に振っている。
サクヤが、ゆっくりとアンドロイドへと近づいていくと、客と判断されたのか、アンドロイドはまた大きな声で手招きし始める。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「...コンニチハ。」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「コンニチハ。」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「...イラッシャイマセ!」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「...ナゼあなタハ、「イラッシャイマセ!」とシカ言ワナイのデスカ?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「......。」
サクヤ「私ハ、ナゼ話セルノでしょウカ? ナゼ、コノ子タチと違ウノデしょうカ? 私モ、コノ子たチト同じアンドロイドなのに、ナゼ、相手ノ言葉ヲ理解して、話セルのデショうか?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「......。」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「...理解、デキマセン。」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤは、手招きアンドロイドに背を向けると、人混みに紛れ消えていく。
ナツ(M)俺は、サクヤの世話係を任されている。人型のアンドロイドを、人へと近づけていくための...いや、人にするための世話。
ナツ(M)サクヤを人にするために、俺はサクヤと毎日一緒にいる。あいつが人を殺しにいく時以外は、ずっと一緒だ。だから、誰よりも長い時間、共に過ごしているから、サクヤのちょっとした変化も...成長も、わかってしまう。
ナツ(M)成長とは、とてもとても嬉しいものだ。嬉しいもののはずだ。それなのに、それなのに...俺には、サクヤの成長が...とても悲しいものに思えてしまう。
ナツの家。サクヤはリビングに置かれている白いソファーに腰掛け、自分の右手をジッと見つめ、グーパーグーパーと指をゆっくりとひたすら動かしている。
ナツ「おい、サクヤ。」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「飯、できたぞ。」
サクヤ「ハイ。」
サクヤはソファーから立ち上がると、トコトコとテーブルへ向かう。ゆっくりと椅子を引き腰を下ろすと、ナツの手から波状にケチャップがかけられたオムライスが目の前に置かれる。
サクヤ「......。」
ナツ「ん? どうした?」
サクヤ「先生、ナゼ私ハ、人間ト同じモノを食ベルノでショウカ?」
ナツ「お前は人間だからだよ。」
サクヤ「私ハ、アンドロイドです。」
ナツ「人間だ。」
サクヤ「ナゼ先生ハ、アンドロイドである私ノコトヲ、人間ト呼ぶのデスカ?」
ナツ「人間だからだ。」
サクヤ「先生ガ、言エトおっしゃルノデ、アンドロイドと言わレタ際に「人間デス。」と言イマスが、誰一人トシテ信ジテクレませン。」
ナツ「信じさせろ。」
サクヤ「ドウスレバ、信ジテモラエますカ?」
ナツ「人間らしい話し方、振る舞い...その他諸々をなんとかしろ。」
サクヤ「ソノ他諸々とハ、ナンデすカ?」
ナツ「諸々は諸々だ。」
サクヤ「......。」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「バカ。」
ナツ「...お前は飯抜きだ。」
サクヤ「人殺シ。」
ナツ「......。」
サクヤ「鬼。」
ナツ「......。」
サクヤ「悪魔。」
ナツ「......。」
サクヤ「独身。」
ナツ「おいてめぇ! それはダメだろうが! つーか、そんな言葉どこで覚えた!?」
サクヤ「黙秘権ヲ行使シマス。」
ナツ「言えや、このバカやろうが!」
サクヤ「先生。」
ナツ「んだよ!?」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「どんなって、俺の真似すりゃいいだろ。」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「だから、俺の真似すりゃいいだろ。俺は人間なんだからよ。」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「おい、俺の話聞いてます?」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「嫌なら嫌って言えよ!」
サクヤ「嫌デス。」
ナツ「てめぇは先生の心を傷つける天才か!?」
サクヤ「......。」
ナツ「なんとか言えや、このやろうが!」
サクヤ「...ウフフ。」
ナツ「...え?」
サクヤ「スミマセン。ナゼカ、笑ッテしまイマシタ。」
ナツ「......。」
サクヤ「先生、ドウシマシタカ?」
ナツ「...いや、なんでもねぇ。人間らしい話し方なら、お前と外見が近そうな女の子を見つけて、その子の話し方を真似しろ。」
サクヤ「カシコマリマシタ。」
ナツ(M)いつからなんだろう? いつから俺は、サクヤの成長を、悲しく思うようになったのだろう?
サクヤ「先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「オ腹、スキマシタ。」
ナツ「あぁ、すまねぇ。」
ナツ(M)初めは、少し嬉しかった。もし自分に娘がいたら、こんな気持ちなのかなって。どこからどう見ても、アンドロイドには見えない、目の前の少女。
サクヤ「イタダキます。」
ナツ(M)あぁ...そうか...。そういうことか...。
サクヤはスプーンを手にして、ジッとオムライスを見つめている。
ナツ「どうした?」
サクヤ「先生、ケチャップって...血、ミタイですネ。」
ナツ「......!」
サクヤは波状に描かれたケチャップを、スプーンでベタベタと黄色のキャンパスに広げていく。キャンパスを真っ赤に染め上げると、スプーンで一口すくって口へと運んでいく。
サクヤ「...美味シイでス。ウマウマです。」
ナツ「......。」
サクヤ「先生、ドウシマシタカ?」
ナツ「ケチャップ、ついてるぞ。」
サクヤ「...拭イテクダサイ。」
ナツ「はい?」
サクヤは胸の前に両手を持ってくると、急にクネクネと左右に動き始める。
サクヤ「ダーリンに拭いてほしいの~♡」
ナツ「...どこで覚えてきた?」
サクヤ「黙秘権ヲ行使シマス。」
ナツ「へいへい...。」
サクヤ「先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「ウマウマです。」
ナツ(M)俺は、もう...サクヤのこと、人として見てるんだ。
数日後、街中に出たナツたちは、とある露店で買い物をしている少女をジッと見つめている。
少女「ありがと!」
露店の主人からモノを受け取った少女は、笑顔でお礼を言って露店を去っていく。
ナツ「...今の子の真似、できるか?」
サクヤ「ありがと!」
ナツ「そうそう、いいぞ。」
サクヤ「ありがと!」
ナツ「その調子だ。」
サクヤ「私は、サクヤです!」
サクヤ「...コンナ感じデスカ?」
ナツ「「こんな感じですか?」も。」
サクヤ「私は、サクヤです! こ、こんな感じですか?」
ナツ「おぉ、人間っぽい。」
サクヤ「私ハ、人間デス。」
ナツ「...すまん、お前は人間だ。」
サクヤ「アー、アー、アーあーあぁー! あぁぁ~。...うん、こんな感じかな? 先生、こんな感じでいい? どうですか?」
ナツ「......。」
サクヤ「ん? どうしたんですか、せーんせい?」
ナツ「いや、いつも機械みたいな話し方だったから、違和感が...。」
サクヤ「違和感なんて、飛んでけぇ!」
ナツ「......。」
サクヤ「...どうしたんですか?」
ナツ「...話し方、戻して。」
サクヤ「ナンデスカ?」
ナツ「あぁ...俺はそっちがいい...。」
サクヤ「人間ノヨウニ話せト言ったノハ、先生デスヨ。」
ナツ「そうですね...頑張って慣れます...。人間になって。」
サクヤ「はーい。」
ナツ「......機械。」
サクヤ「ハイ。」
ナツ「人間。」
サクヤ「はーい。」
ナツ「機械。」
サクヤ「ハイ。」
ナツ「人間。」
サクヤ「先生、私ハおもちゃジャナイでスヨ。」
ナツ「す、すみません...。」
ナツ「...(笑う)」
サクヤ「先生、ドウシタンデスカ?」
ナツ「なんでもねぇよ。気にすんな。」
ナツは笑いながら、サクヤの頭を軽くポンポンと叩く。サクヤは叩かれた頭を少しさすり、さすった手をジッと眺める。
サクヤ「......。」
ナツ「ん? どうした?」
サクヤ「...胸ガ、チクチクしまス。」
ナツ「はい?」
サクヤ「先生、私ニ攻撃シマシたネ?」
ナツ「してねぇよ!」
ナツ(M)サクヤと一緒にいればいるほど、悲しくなる。胸が苦しくなる。申し訳ない気持ちになる。自分が、情けなくなる。心がぐちゃぐちゃになりそうだ。今すぐにここから消えていなくなりたい。楽になりたい。
ナツ(M)でも、もし俺がここからいなくなったら...サクヤは、今よりもっと苦しく、辛い生活をしなければいけなくなるのではないだろうか?
ナツ(M)そうだよ...こいつは、俺なんかよりも、ずっとずっと苦しいはずだ。悲しいはずだ。辛いはずだ。俺がやるべきことは、消えることじゃない。サクヤの心が壊れないように、しっかりとサポートすることだ。
ナツ(M)研究員としてではなく、ナツとして...俺として...アイツを、守ってやるんだ。
とある路地裏。男が腰を抜かし、目の前で拳銃を手にしている女の子に怯え震えながら、ゆっくりと後退っている。
男「ひぃ! く、くるなぁ! 待って、待ってくれぇ!」
サクヤ「え? なんで待たないといけないんですか? 例え待ったとしても、あなたの未来は変わらないですよ?」
男「た、助けてくれ! お、お、おお俺は、ただ言われたことをしていただけで! ホントはあんなことしたくなかったんだよ! でも、仕事だから仕方なくーーー」
サクヤ「私も、仕事なの。あなたを殺すのが、仕事。」
男「い、嫌だ! 助けてくれぇぇ!!」
サクヤ「残念だけど、あなたの願いは叶えられないよ。」
サクヤ「じゃあね。」
男「や、やめろ...やめてくーーー」
闇が広がる空に、銃声が響き渡る。
頭部を撃ち抜かれた男は、ゆっくりと力なく後方へと倒れていく。
サクヤ「ターゲット、射殺完了~。」
サクヤ「......はぁ...なんで私、人殺してんだろ...?」
サクヤは、倒れている男に近づき、顔を覗き込む。男は大きく目や口を開いたまま、ピクリとも動かない。
サクヤ「......帰ろ。」
サクヤは男の目に手を当て、ゆっくりと男の瞼を下ろす。スッと立ち上がると、路地裏をサッサと出て、人混みに紛れて歩いていく。
周りの人とは違い、顔を俯かせ、とぼとぼと、元気なく歩いていく。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
聞き覚えのある機械音が、サクヤの耳に響いてくる。招き猫型のアンドロイドが、目を光らせて、サクヤを手招いている。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「久しぶり。元気してた?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「ねぇねぇ、あなたは何度も何度も同じ言葉ばかりで飽きないの?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「...それが、あなたの仕事だもんね。」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「...いいな、アンドロイドって。決められたことだけやってればいいんだから。」
サクヤ「......私も、同じか。」
サクヤはアンドロイドに背を向けると、また人混みの中へと消えていく。アンドロイドは、サクヤとは違う客を認識し、また仕事を始める。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
ナツ(M)あれから、数ヶ月が経った。サクヤは、人間になった。誰がどう見ても、人間と判断されるようになった。
ナツ(M)仕事から帰ってくるサクヤを出迎える。彼女の姿を見て、安心する俺がいる。悲しんでいる俺がいる。
ナツ(M)今日も無事に帰ってきてくれた。生きて帰ってきてくれた。また人を殺して帰ってきた。体調は大丈夫だろうか? 辛くないだろうか? サクヤを見るだけで色んな想いが駆け回る。処理できない量の想いが、グルグルと駆け回る。
ナツ(M)なぁ、サクヤ? お前はどうしたい? これから、どうしたいんだ? 何がしたいんだ?
ナツ(M)...俺は、どうしたいんだ?
ナツの家。サクヤはソファーに腰掛け、愛用している小刀の刃を丁寧に磨いている。ナツはキッチンに立って、食事の準備を進めている。
ナツ「おい、飯。」
サクヤ「先生、その言い方だと、私が飯になるんですけど。」
ナツ「...サクヤ、飯できたぞ。」
サクヤ「それでよろしい。」
ナツ「よろしいってなんだよ。何様だお前は?」
サクヤ「先生、今日のご飯はなんですか?」
ナツ「オムライス。」
サクヤ「わーい、やったー! オムライスオムライス~!」
サクヤはニコニコしながら、オムライスが置かれたテーブルへと駆けていく。
サクヤ「いっただきまーす!」
サクヤは手を合わせ、元気よく声をあげる。スプーンを手に取ると、トロトロの卵の上に丸く描かれたケチャップを、ベタベタと全体に塗り、口へと運んでいく。
ナツは、黙ってサクヤの顔をジッと見つめている。
ナツ「......。」
サクヤ「ん~~うまうま~~!」
ナツ「......。」
サクヤ「...せんせー?」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「食べないの?」
ナツ「...食べる。」
サクヤ「どうしたの? 私の顔ジッと見てさ。あっ、ケチャップついてる?」
ナツ「...変わらないな。」
サクヤ「ん? 私?」
ナツ「おまえ。」
サクヤ「え? 変わってるでしょ? 前はアンドロイドっぽかったけどさ。今はどうよ?どっからどう見ても人間でしょ!」
ナツ「そうだな。」
サクヤ「でしょ? 変わってるじゃん。」
ナツ「......。」
サクヤ「先生、どうしたの? なんか変なものでも食べた? それとも、独身を貫きすぎて心が腐った?」
ナツは机をバンと勢いよく叩き立ち上がると、サクヤの頬を思い切り掴み引っ張る。
ナツ「おい、この口か!? この口が先生の心を傷つけるのかぁぁ!?」
サクヤ「あだだだだだ!?!? ほっぺちぎれるぅぅぅぅ!?」
ナツ「ちぎれてもすぐ直るだろうが! アンドロイドなんだからよぉぉぉ!!」
サクヤ「せんせぇぇぇ!? 前と言ってることが違いますよぉぉぉ!? 私は人間なんでしょぉぉぉ!?」
ナツ「うるせぇぞバーーーーーカ!!」
サクヤ「んなっ!? バカは先生の方でしょうが! バーカバーーカ!」
ナツ「......。」
サクヤ「先生、どうしたんですか? 最近おかしいですよ?」
ナツ「おかしいのは、てめぇの頭だ。」
サクヤ「おっと~ここに拳銃があるぞ~~?」
ナツ「すみません、調子乗ってました。」
サクヤ「よろしい。」
ナツ「......。」
サクヤ「...はぁ、仕方ないなぁ。」
サクヤは、スプーンをテーブルに置くと、スタスタ玄関へと駆けていく。
ナツ「ん? おいサクヤ、どこ行くんだよ?」
サクヤは、勢いよくリビングの扉を開けると、ドヤ顔でナツを見つめている。前髪をサッと手で靡かせ、白い歯をキラリと見せつける。
サクヤ「おう、今帰ったぜ! ハニ~!」
ナツ「...何してんだ、おまえ?」
サクヤ「おう! 今帰ったぜ!」
サクヤは勢いよくナツの元へと駆けていき、ナツに飛びつく。
サクヤ「ハニィィィ!!」
ナツ「ぬおぉ!? なんだよ、お前!? 抱きつくな、離れろ!」
サクヤ「はよ言え!」
ナツ「わかったわかった! おかえりダーリン! 寂しかったわ!」
サクヤ「気持ち悪りぃ~~。」
ナツ「頭カチ割るぞ!!」
サクヤ「えへへ。」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「元気、でた?」
ナツ「でたでた。だから、さっさと離れてくれ。」
サクヤ「......。」
ナツ「おい、どうした?」
サクヤ「...あったかいね。」
ナツ「は?」
サクヤ「先生、すごくあったかい。」
ナツ「...そうか。」
サクヤ「ねぇ、先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「胸がチクチクする。なんでかな?」
ナツ「......飯に毒、仕込んだからだ。」
サクヤ「......え?」
ナツ「冗談だ。」
サクヤ「あー危ない危ない。カミングアウトがあと10秒ほど遅かったら、射殺してましたよ。」
ナツ「おい。」
サクヤ「うふふ、冗談ですよ。私が先生のこと、殺すはずないじゃないですか。」
ナツ「......なぁ。」
サクヤ「なんですか?」
ナツ「......なんでもねぇ。」
サクヤ「...ねぇ、先生。」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「ギュー。」
ナツ「は?」
サクヤ「ギュー。」
ナツ「はいはい。」
ナツはサクヤを、ギュッと抱きしめる。
サクヤ「えへへへ、ギュー。」
ナツ「どうしたんだよ、お前?」
サクヤ「私、先生とこうやってギューってしてるのが好きかもしれません。」
ナツ「そうか。」
サクヤ「先生、今度からここに帰ってきたら、ギューてしていいですか?」
ナツ「おう。」
サクヤ「えへへ! ありがと、先生。」
ポケットにしまっていたサクヤの連絡用端末が、メールの受信を知らせるために、画面を光らせる。
サクヤ「ん? あっ、仕事の連絡かな?」
ナツ「......。」
ナツ(M)やめてくれよ...やめてやれよ...。
サクヤ「えっと...うわっ、この人めちゃくちゃ顔怖い。まぁどんな奴だろうと、サクヤちゃんがパパッとお掃除しますけどね~!」
ナツ「サクヤ。」
サクヤ「はい、なんで...って、ぬぉぉぉ!? 先生!? 先生のギューが力強い! サクヤちゃん壊れちゃうよ~~!」
ナツ「...無理、すんなよ。」
サクヤ「え?」
ナツ(M)こいつは人間だよ...もう、アンドロイドなんかじゃねぇんだよ。だから...だからよ...。
サクヤ「では、今日も行ってまいります!」
ナツ「あぁ。」
ナツ(M)もっと、人間らしいことさせてやれよ。
ナツ「人殺しなんか...させんなよ。」
とある部屋の一室。サクヤの連絡用端末に送られていた画像の男が、口から血を垂れ流し、深々と椅子に腰掛け、ピクリとも動かなくなっている
男「ア、アニキ...! アニキィィ!!」
サクヤ「ターゲット、射殺完了。」
男「嘘だろ!? なぁ、アニキ! 目を開けてくれよ! アニキィィ!」
サクヤは、しばらく男をジッと見ていたが、くるりと背を向け、部屋を出ていこうとする。
男「おいゴラてめぇぇ!!」
サクヤは男の声に反応し、ピタリと足を止める。男へと振り返ると、男は大きく震えながらも、両手で力強くナイフを握りしめている。
男「許さねぇ...お前は絶対に許さねぇ...! 俺のアニキを...アニキを...!」
サクヤ「...あなたは、今回のターゲットではないので、殺す必要はないんです。だからーーー」
男「うるせぇぇぇ!! ぶっ殺してやる、このクソガキがぁぁ!!」
男は怒り任せに、サクヤへと突っ込んでいく。サクヤは近づいてきた男の手をサッと受け流すと、男の足元を軽く蹴飛ばす。
バランスを崩した男は、勢いそのままに前方へと転けていく。
男「あがっ!? ち、ちくしょうーーー」
サクヤは流れるように、懐からナイフを取り出すと、立ち上がろうとする男の心臓めがけ、ナイフを深々と突き刺す。
男「がぁぁ!?」
サクヤ「...ごめんなさい。」
男「あ、あ、ぁぁ...! ア、アニキィィ...!」
男は、小刻みに震わせていた身体を、ピタリと止め、動かなくなる。
サクヤはナイフを抜き取ると、脇に挟み血を拭い、懐へと仕舞い込む。
サクヤ「言葉は武器...か。おかしいなぁ? 攻撃は一発も当たらないくらい強くなったのにさ...。」
サクヤは、ズキズキと痛む胸を抑え、その場に蹲る。
サクヤ「痛い...痛いよぉ......。痛い...痛い痛い痛い...。」
サクヤ「もう、叫び声なんて聞きたくない...苦しそうな声を聞きたくない...泣いてる姿を見たくない...人が死んでいくのを...見たくないよ...。」
サクヤ「私はアンドロイドだ...同じことを繰り返す...あの子たちと同じ......。なのに...なのに...。」
サクヤ「なんで私には...心があるの...? なんで私は......人間なの...?」
ナツ(M)サクヤが、人として過ごせるようになってからは、一緒に外に出ることが多くなった。主にサクヤが、一緒に行きたいと駄々をこねるから、仕方なく連れて行っているのだが。
ナツ(M)アンドロイドの時も、出かけようとすると、ジッと見つめてくる時があったが...あれは今思うと、一緒に行きたかったのかもしれない。そう思うと、俺はコイツに好かれているのかもしれない。まぁ、今までずっと世話してきているのだから、これで嫌われていたのなら、すごくショクを受ける。
ナツ(M)外に出たサクヤは、家では見せない表情をたくさん見せてくれる。それが、嬉しくもあり悲しくもある。
ナツ(M)せっかくできるようになった笑顔も、いつかきっと壊れてしまう...そう思うと、素直に喜べない。
ナツ(M)「彼女を助けてやりたい。」そう思う自分がいる。でも、何も行動を起こさない自分がいる。自分が生み出す矛盾に、イライラする。俺は、何がしたいんだよ...? どうしたいんだよ...? なぁ、答えろよ...。
街の中をブラブラとするサクヤたち。様々な露店が立ち並ぶエリアで、サクヤは前方に、頭の上にフサフサの耳が生えた人物を見つける。
サクヤ「ん? むむむ!?」
ナツ「どうした?」
サクヤ「先生! あの人、頭の上に耳が生えてます! 尻尾があります! もしかして!?」
ナツ「ん? あぁ、獣人族だな。」
サクヤ「獣人族という種族がいることは知ってはいましたが、見たのは初めてです!」
ナツ「まぁ、この街にはいないからな。ってか、珍しいな...旅人か?」
サクヤ「旅人って、いろんなところに行ったりする人ですよね? いいなぁ~私もこの街から飛び出して、いろんなところに行きたいです。」
ナツ「...行けるようになるよ。」
サクヤ「え!? 本当ですか!?」
ナツ「あぁ、仕事頑張ればな。」
サクヤ「うぅ...そうですか...。」
ナツ「どうした?」
サクヤ「......。」
ナツ「サクヤ?」
サクヤ「ねぇ、先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「私が旅に行く時、先生も一緒に来てくれますか?」
ナツ「...え?」
サクヤ「来てくれますよね!」
ナツ「お、おう。」
サクヤ「ふへへへ! よーし! なら私、お仕事頑張ります!!」
ナツ「......。」
サクヤ「...ねぇ、先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「どうして私は...アンドロイドなのに、心があるんですか?」
ナツ「......。」
サクヤ「同じことをただ繰り返すだけなら、心なんていらなかったんじゃないですか? 人を殺すだけなら...心なんて、いらなかったんじゃないですか?」
ナツ「...サクヤ、お前に心があるのはな...アンドロイドには、感じられないことを感じてほしかったからだ。」
サクヤ「感じられない...こと?」
ナツ「そう、人間にしか感じられないこと。」
サクヤ「それはなんですか?」
ナツ「まぁ、色々あるけど...例を出すなら、そうだなぁ...恋、とかな。アンドロイドじゃできないだろ。」
サクヤ「......。」
ナツ「...なんだよ?」
サクヤ「先生、恋してますか?」
ナツ「......。」
サクヤ「はぁ...独身野郎に恋とか言われましても...。」
ナツ「おいてめぇ...! 次、独身って言ったらぶん殴るぞ。」
サクヤ「殴る前に射殺しますよ、独身。」
ナツ「こ、このやろう...!」
サクヤ「ふふふ、先生は私に勝てませんよ~! あ~たのしぃ~~!」
ナツ「......。」
サクヤ「ねぇ、先生!」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「恋って、どんな感じですか?」
ナツ「なんつーかこう、ドキドキすんだよ。胸の奥辺りが。」
サクヤ「ほほう! なるほどなるほど、ふへへへ!」
ナツ「どうしたんだよ?」
サクヤ「私、先生に恋してるかもです!」
ナツ「...は?」
サクヤ「先生と一緒にいると、たまーにですけど、胸の奥辺りがドキドキしますよ!」
ナツ「...そうか。」
サクヤ「あっ、先生!」
ナツ「な、なんだ?」
サクヤ「あの獣人族の人に、お話聞いてきてもいいですか!?」
ナツ「迷惑かけんなよ。」
サクヤ「はい!」
サクヤは、獣人族の元へと元気に駆けていく。ナツはその背中を、ジッと見つめている。
ナツ「...なんで心があるかって? そりゃ、あれだよ...お前がどこの国に行っても、人殺しアンドロイドだってバレないようにするためさ。ただ...それだけさ。」
ナツ「ってか、嫌われてはないとは思ってたけど...まさか、恋されてるとは思わなかったわ。ったく...どうしてくれるんだよ、お前...。俺の気持ち、わかってんのかね...?」
ナツ(M)視線の先で、サクヤが笑っている。目を輝かせている。
ナツ(M)俺は、あの顔を壊したくない。守ってやりたい。でも俺は、何もしない。今まで、この矛盾の理由がさっぱりわからなかったが...今、はっきりとわかった。
ナツ(M)俺は、俺が好きで好きでたまらないんだ。
ナツ(M)あいつを守ってやりたい。でも、もしなにか行動を起こせば、自分の命が危なくなるかもしれない...死にたくない、死にたくはない...。その思いが、俺の足を止めていた。自分のことが、愛しくて愛しくて仕方ないんだ。
サクヤ「せんせー!」
ナツ(M)遠くで、笑顔で、俺に手を振るサクヤ。その姿を見て、もう一つわかったことがある。
ナツ「...俺も、あいつのこと...好きなんだな。」
ナツ(M)この好きが、恋愛の好きなのかどうかはわからない。なんの好きなのかは、わからない。でも、たまらなく好きなんだ。俺は、あいつが...サクヤのことが好きだ。
ナツ(M)元気で、わがままで、明るくて、強がって、たまによくわからない...そんなあいつが、自分と同じくらい、好きなんだ。だから守りたいんだ。壊したくないんだ。
ナツ(M)この先も、ずっとずっと...サクヤと、一緒にいたいんだ。
とある廃墟と化した店の中。店内は電気が通っておらず真っ暗で、壁や床、置かれている備品などは、ボロボロに朽ちている。その背景に溶け込むように、数人の人間が血を流し朽ち果てている。
サクヤは、目の前に迫っていた男の首元に突き刺したナイフを抜き取り、死体となった男を乱暴に蹴飛ばす。
サクヤ「よし、あとは...。」
サクヤ「...大丈夫、大丈夫だよ。痛くもなんともないでしょ? それに、頑張ったら先生と旅に行けるんだよ。ここにいるよりきっと楽しいよ。この痛みからも解放されるよ。だから...我慢して。」
サクヤ「痛くない...痛くない...痛くない...。」
サクヤ「痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない。」
サクヤ「......あと、一人。」
ナツ(M)大好きなサクヤを守るために、俺は行動する。サクヤと二人で逃げる計画を立てる。これは、今まで行ってきたどの仕事よりも危険で、もしバレてしまったら...俺はこの世からいなくなるだろう。
ナツ(M)それでも、俺は考える。震える身体を必死になだめる。大丈夫だと言い聞かせる。この先の楽しい未来を考え、ふっと口元を緩ませる。
ナツ(M)サクヤも、俺の描いた未来を見て、笑ってくれるかな?
ナツの家。ナツはリビングのソファーで横になって寝ている。仕事から帰ってきたサクヤは、ソファーの前でしゃがみ、ジッとナツの顔を見つめている。
サクヤ「ーーーい。せんせーー。」
ナツ「...ん...。」
サクヤ「ただいま、先生。」
ナツ「...おう、お帰り。」
サクヤ「大丈夫? 疲れてるの?」
ナツ「大丈夫だ。すまん、さっきまで寝てたからまだ飯作ってない。今から作るからーーー」
サクヤ「大丈夫だよ、先生。私、お腹空いてないから。もう少しゆっくりしてていいんだよ。」
ナツ「いや、でも...。」
サクヤ「先生はお腹空いてる? もし空いてたら、このサクヤちゃんが何か買ってきてあげましょう! 私も、もう人間ですからね~! どこに行っても怪しまれないし!」
ナツ「...俺も大丈夫だよ。だから、ゆっくりしてろ。」
サクヤ「ホントに?」
ナツ「ホントホント。」
サクヤ「...先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「無理、してない...?」
ナツ「そんなことないぞ。俺はいつだって元気だ。」
サクヤ「嘘つき。」
ナツ「嘘なんてついてない。」
サクヤは、ナツの目をジッと見つめる。
サクヤ「ジーーーッ!」
ナツ「......。」
サクヤ「ジーーーッ!」
ナツ「...すまん。ちょっとだけ疲れてる。」
サクヤ「よろしい!」
ナツ「よろしいってなんだよ。」
サクヤは突然、ナツの胸元へ頭をぐりぐりと押し付ける。
サクヤ「うりうり~。」
ナツ「...は?」
サクヤ「うりうり~。」
ナツ「...何してんの?」
サクヤ「頭を押し付けてるの! あのね、男性はこうやって頭を押し付けられると「やめろ~!」とか言いながらも喜ぶの!」
ナツ「...どこで覚えてきた?」
サクヤ「黙秘権を行使します!」
ナツ「久しぶりに聞いたわ、それ。」
サクヤ「うりうり~。」
ナツ「やめろ。」
サクヤ「おっ、喜びましたね~!」
ナツ「今のやめろは、マジのやめろだ!」
サクヤ「うりうり~!」
ナツ「......サクヤ。」
サクヤ「なにー?」
ナツ「元気出たから、もうやんなくていい。」
サクヤ「ホント?」
ナツ「ホント。」
サクヤ「ねぇ、先生。」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「無理、しちゃダメだよ?」
ナツ「おう。お前もな、サクヤ。」
サクヤ「私は大丈夫! 先生がいるから!」
ナツ「......。」
サクヤ「先生、どうしたの?」
ナツ「サクヤ。」
サクヤ「なに?」
ナツ「...一緒に旅、行こうな。」
サクヤ「うん!」
ナツ(M)サクヤは、アンドロイドのくせに、よく顔に出る。...いや、俺が長いこと一緒にいるから、なんとなくわかるだけか。自分の方が無理してるのに...それを笑顔でかき消して、俺の心配をしてくれる。
ナツ(M)サクヤ...俺は、お前の無理してる姿は見たくねぇ。無理してる顔は見たくねぇよ...。お前の、無邪気で明るい笑顔が見てぇよ。だから、俺は頑張るよ。
ナツ(M)お前には悪いけど、無理して頑張る。そうしなきゃ、お前はもっと無理するから。大好きなやつが無理するのは嫌だから...。
とあるビル内の一室。ヒビの入った蛍光灯は、高速で点いたり消えたりを繰り返している。
その光の下で、お腹を押さえ四つん這いで蹲るサクヤの姿。そして、口の中からドロっとした液体を床に撒き散らす。
サクヤ「うえぇぇぇ...! うぅ...!」
サクヤ(な、なんか出た...。ドロっとした液体に...なんか固形の...。これ、私が食べたものかな...? じゃあ、これは嘔吐か...。今までこんなことなかったのに、どうしちゃったんだろ...私...。)
サクヤ「うぅ...。」
サクヤは、力なく血が飛び散った床へ横になる。
サクヤ(身体の内側が重い...なにか硬いもので殴られている感覚...。気持ち悪い...気持ち悪い...!)
サクヤ「うぅ...うぅ...。」
サクヤ(全身が痛い...息苦しい...気持ち悪い...。日に日に大きくなってる...どうしよう...? ここままだと、私は...。)
サクヤ「...だ、大丈夫...大、丈夫...。」
サクヤは、フラフラと立ち上がる。が、すぐに膝を折り、その場に座り込む。
サクヤ「だ、大丈夫...大丈夫大丈夫...。私は、アンドロイド...受けた傷はすぐに治せる...。この痛みも...すぐに...。」
サクヤ「大丈夫...大丈夫...大丈夫だよ...。すぐ良くなる...。それに、こんな顔してたら...先生が、心配しちゃう...。先生は、優しいから...。」
サクヤ「嫌だ...嫌だよ...。先生を困らせたくない...。私が仕事しなくなったら、先生が困っちゃう...。だから、頑張らなきゃ...頑張らないと...。」
サクヤ「大丈夫...大丈夫大丈夫大丈夫...。大丈夫大丈夫大丈夫...大丈夫大丈夫...。」
サクヤ「悲しい顔をしていたら...心配される...。笑顔でいたら...嬉しい気持ちになる...。だから、笑わなきゃ...笑う...笑う、笑う。笑う笑う...。」
サクヤは、返り血で真っ赤に染まった両手で、頬を無理やり押し上げる。
サクヤ「あ、あはははは。あははははは。あはははハハハハ...ハハハハ...。」
サクヤ「...だ、大丈夫...大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫。大丈夫大丈夫大丈夫...! 私は、大丈夫...! すぐに良くなる! すぐに治る! 今までだって、大丈夫だった! だって私は...私は...!!」
サクヤ「...わ、私は...人間...。人間だよ...先生と同じ...人間だよ...。そこにいる人たちと...同じだよ...。私は、アンドロイドじゃ...。」
サクヤ「違う...違う...。私はアンドロイドじゃない...。先生と一緒...先生と一緒なんだもん...。先生と一緒の...普通の、人間...。」
サクヤ「人を殺す...アンドロイドなんかじゃ...。」
サクヤ「あぁぁぁ......痛い...痛いよ...痛いよぉ...。もう、嫌だよ...苦しいよぉ...痛いよぉ...。助けて...助けて...。この痛みから...解放、されたいよぉ...。」
サクヤ「先生......助けてぇ...。」
サクヤは、ブツブツと言葉を吐きながら、ゆっくりとまた横になる。
数十人もの死体が、逃がさないと言わんばかりに、サクヤを取り囲んでいる。
ナツの家。扉がゆっくりと開くと、顔を俯かせたサクヤが帰ってくる。ナツはソファーから立ち上がり、サクヤを出迎える。
ナツ「ん、お帰り。」
サクヤ「......。」
ナツ「どうした?」
サクヤ「...ギュー。」
ナツ「ギュー?」
サクヤ「ギューしろ!」
ナツ「はいはい、ほら。」
ナツは両手を広げる。サクヤは何かから逃げるように、素早くナツの胸の中へ飛び込む。
サクヤ「......。」
ナツ「お疲れ様。」
サクヤ「...先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「いつもいつも、帰ってきたらギューしてるでしょ?」
ナツ「そうだな。」
サクヤ「そろそろ、ギューしてって言わなくてもギューして。」
ナツ「なんでだよ?」
サクヤ「いいでしょ!」
ナツ「わかったわかった。」
サクヤ「明日からは、先生からギューすること。わかりましたね?」
ナツ「はいはい。」
サクヤ「......。」
サクヤは深く顔を埋める。ナツはサクヤの頭を優しく撫でる。
ナツ「よく頑張ったな。」
サクヤ「今日は、いっぱい殺しちゃった...。何人も何人も......。」
ナツ「......。」
サクヤ「先生...。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「なんで私は、人を殺すの?」
ナツ「......。」
サクヤ「叫び声なんて聞きたくない...苦しそうな声を聞きたくない...泣いてる姿を見たくない......人が死んでいくの...見たくないよ...。」
ナツ「...ごめんな。」
サクヤ「苦しい。悲しい。叫びたい。泣きたい。」
サクヤ「......死にたい。」
ナツ「...サクヤ、なにかしてほしいことあるか?」
サクヤ「してほしいこと...?」
ナツ「今さ、苦しいだろ?悲しいだろ?叫びたいだろ?泣きたいだろ?死にたいだろ? 俺は、少しでもそれを和らげてやりたい。だからさ。」
サクヤ「...私が満足するまで、ギューってしてて。」
ナツ「わかった。」
サクヤ「...先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「もう少し強く、ギューってして。」
ナツ「わかった。」
サクヤ「...先生の心臓の音が聞こえる。ドキドキ言ってる。」
サクヤ「私の胸の奥辺りも、すごくドキドキしてる。」
サクヤ「先生......好き...大好き。これが、恋なんだね...ふへへ...。」
サクヤ「先生とこうやってるとね、嫌なことが全部どこかに飛んでっちゃうの。」
ナツ「サクヤ...。」
サクヤ「私ね...嫌だった。アンドロイドが良かった。心なんていらなかった。でもね、先生とこうしてるとね...人間でよかったって、心があってよかったって思える。」
サクヤ「だから私...人間で居続けるために、頑張る。これからも、いっぱい殺すね。」
サクヤ「先生と、ずっと一緒にいたいから。」
ナツ「......サクヤ。」
サクヤ「なに?」
ナツ「顔、見せろ。」
サクヤ「顔? どうしたーーー」
サクヤが顔を上げる。言葉を遮り、ナツがサクヤの唇にキスをする。
サクヤ「ん...。」
唇がゆっくりと離れていく。サクヤは、ただただジッと、ナツの顔を見ている。
サクヤ「......。」
サクヤ「......先生、今のは...?」
ナツ「俺も好きだよ、サクヤ。」
サクヤ「......え?」
ナツ「今、どんな気持ちだ?」
サクヤ「......すごくドキドキしてます。せ、先生とギューってしてるよりもドキドキしてますっ! お、お、お、おおおオーバーヒートしそうです!」
サクヤ「ふぬぁぁぁぁぁぁ!?」
サクヤ「ドキドキを抑えるために先生から離れます! 一時的に距離を置きます! せ、先生が見えなくなるまで距離を置きますぅぅぅ!!」
サクヤは、猛スピードでリビングから出て行く。
ナツ「...やりすぎたか? ってか、なんだよあの反応は? 可愛いやつだな。」
ナツ「...もう、人間なんだもんな。」
ナツ「もう少し...もう少しだけ待ってくれ...。我慢してくれ...。」
ナツ(逃走ルートは頭に入れた。道具も、もう少しで揃う。後少しで、この苦しみから解放される。あの苦しみから、解放してやれる。)
ナツ「...今まで笑えなかった分、いっぱいいっぱい笑おうな...サクヤ。」
ナツのポケットに入っていた連絡用の端末が、画面を輝かせながら震え出す。
ナツ「ん、なんだ? ...主任? はい、もしもし?」
ナツ「......話したいこと、ですか?」
闇が広がる路地裏に、銃声が響く。
サクヤ「...仕事、終わり。」
サクヤ「......うふっ! ふへへへ!」
サクヤ「恋っ! 恋っ! 恋~~!」
サクヤ「恋って、すごくドキドキする! 恋ってすごく楽しいなぁ! うわぁぁぁ! 先生への好きが止まりません!! 私頑張れる、頑張れちゃう!! 嫌なことも、先生がいてくれたら乗り越えられちゃう!!」
サクヤ「ふへへへ! 早く帰ってギューってしてもらお~~!」
サクヤ(M)家に帰ると、大好きな先生が出迎えてくれる。それだけで、身体中の痛みがどこかへと飛んでいってしまう。
サクヤ(M)ギューってして、うまうまなご飯を一緒に食べて、一緒にソファーに座って...そして、チューをせがむ私に困ったような顔をしながらも、チュッてしてくれる。
サクヤ(M)先生と一緒にいると、胸の奥が痛い。ズキズキズキズキ、ドクドクドクドク。でも、この痛みは...なぜだろう? すごく心地よい。なぜだろう? もっと痛んで欲しいって思う。
サクヤ(M)あぁ...これが恋なんだ...。アンドロイドには、あの子たちには絶対に感じられないこと。感じられないこの痛み。感じられないこの幸せ。
サクヤ(M)もっともっと感じたい。この感覚を、もっともっと味わいたい。
ナツの家。ベッドの上で、サクヤが寝息をたてて幸せそうに寝ている。
サクヤ「(寝息)」
ナツ「...幸せそうに寝やがって。」
ナツ「...こう見ると、ホント人間にしか見えないよな。笑って、怒って、泣いて、飯食って、寝て...。」
ナツ「...なにやってんだろ...なにしてんだろ...俺は...。ホント、なにやってんだか...。」
ナツは寝ているサクヤの頭を優しく撫でる。
ナツ「...ごめんな、サクヤ...。ごめん...ホントごめん...。ごめん...ごめん...。」
サクヤ「......先生?」
ナツ「あ、悪い...起こしちまったか。すまん。」
サクヤ「ねぇ、なんで悲しそうな顔してるの?」
ナツ「......。」
サクヤ「何かあったの?」
ナツ「......。」
サクヤ「...先生。」
サクヤは、優しくナツを抱きしめる。
サクヤ「ぎゅー。」
ナツ「......。」
サクヤ「先生...私ね、先生のこと大好きなの。だからね、先生が笑っているとすごく笑いたくなるし...先生が悲しい顔してると、すごく悲しくなるの。私ね、先生の悲しんでる顔は見たくない。」
ナツ「サクヤ...。」
サクヤ「先生は、悲しそうな顔よりも、笑ってる顔の方が似合うよ。私は、先生の笑った顔が好きだよ。」
ナツ「...ごめん、ごめんな...。」
サクヤ「謝らないで、先生。」
サクヤ「...先生、ありがとね。私に、心をくれて。」
サクヤ「私、すごく幸せなの。先生と一緒にいられて、すごくすごく幸せなの。どれだけ辛いことがあっても、苦しいことがあっても、先生がいてくれるだけで、全部全部どこかに飛んでっちゃうの。私が嫌なことを頑張れるのは、先生のおかげだよ。」
サクヤ「ありがとう。私にいっぱい幸せをくれてありがとう。」
サクヤ「恋を教えてくれて、ありがとう。」
サクヤ「私、先生のためなら、なんだってするから。大好きな先生のためなら、なんでもする。」
サクヤ「だから...先生を悲しませているやつがいるのなら、私に教えて。」
サクヤ「私が...壊してあげるから。」
サクヤ(M)私は、サクヤ。人殺しアンドロイドだ。
サクヤ(M)私は、アンドロイドだ。だけど私は、言葉を話す。他の子たちとは違って、人間のように、スラスラと、プログラムされていない言葉も話す。
サクヤ(M)私は、アンドロイドだ。だけど私は、ニコッと笑う。面白いと感じ、幸せを感じ、ニコリと笑うことができる。
サクヤ(M)私は、アンドロイドだ。だけど私は、食事をする。睡眠をとる。まるで周りにいる人間のような生活をする。
サクヤ(M)喜怒哀楽を感じ取り、自らの力で表現できる。プログラムされた感情ではなく、その場その場で生み出される感情を、表現できる。
サクヤ(M)喜び、怒り、哀しみ、楽しみ...そして、恋をする。
サクヤ(M)私は、アンドロイド...ではない。
サクヤ(M)私は、人間だ。
サクヤ(M)恋をし、幸せを感じられる...人間だ。
サクヤ(M)手放したくない。この感情を...アンドロイドにはないこの感情...人間にしかないこの感情...ずっとずっと、手にしていたい。
サクヤ(M)だから私は、壊すんだ。手にしたこの感情を離さないためにも...壊して、壊して、壊して壊して...殺すんだ。
サクヤ(M)殺して、殺して...殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して...。
サクヤ(M)時々、自分が壊れてしまいそうになるけれど...私は大丈夫。私が壊れてしまう前に、先生が治してくれるから。大好きな先生が、私を治してくれる。
サクヤ(M)心の痛みを、痛みで上書きしてくれる。辛くて苦しい痛みを、心地よい痛みに変えてくれる。
サクヤ(M)この痛みを、感じたい...ずっと感じていたい...。感じるために、私は今日も殺す。殺して殺して、殺すんだ。
サクヤ(M)この先、何があっても...どんな奴でも、私は幸せでいたいから、恋していたいから...私はーーー
とある家の中。リビングに置かれた家具は、真っ赤に塗り替えられており、鼻をつんざく臭いが部屋に充満している。
サクヤ「...仕事、終わり。早く帰って、ギュッてしてもらお。」
サクヤの連絡用端末が、メールを受信し震え出す。
サクヤ「...なに? 仕事の追加? めんどくさい...早く先生に会いたいのに...。さっさと終わらせてーーー」
サクヤがメールを開く。次のターゲットの名前と、顔写真、その他の情報が細かく記されている。
次のターゲットーーーヒガクレ ナツ。
サクヤ「......え?」
サクヤ「な、な、なにこれ...? なんなの、これ...? なんで...なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?」
サクヤ「...せ、先生......。」
ナツの家。リビングの扉がゆっくりと開く。顔を俯かせ、元気のないサクヤが、扉の前で立ち止まる。
ナツはサクヤを、優しく温かく出迎える。首には、真っ白な首輪のようなものが取り付けられている。
ナツ「おかえり。」
サクヤ「......。」
ナツ「どうした?」
サクヤ「......なんでですか?」
ナツ「なにがだ?」
サクヤ「...なんで......?」
ナツ「サクヤ、よく聞け。俺たち人間はな、アンドロイドとは違って...自分で考え、選択し、行動しなきゃいけねぇ。」
サクヤ「なんでなの!?」
ナツ「...人間ってのはな、選択し続ける生き物だ。お前はアンドロイドじゃねぇ。人間だ。生きてるうちに、どちらも選びたくない選択を選ばなきゃいけない日が必ずくる。」
ナツ「それが、今だよ。」
ナツ「これを越えれば、お前はどんなことだって耐えられるさ。これから先、何があっても...今より辛いことは起こらねぇだろ?」
サクヤ「......嫌だ。」
ナツ「殺せ。」
サクヤ「嫌だ。」
ナツ「殺せ。」
サクヤ「嫌だ。」
ナツ「殺せ。」
サクヤ「嫌だ!」
ナツ「殺せ!!」
サクヤ「嫌だ!!!」
ナツ「殺せ!!!!」
サクヤ「大好きな人を殺したくない!!!!!」
サクヤ「殺したく...ないよ...。ねぇ...なんでなの...? なんで...?」
ナツ「...サクヤ、お前はな...人を殺すために作られたんだよ。」
ナツ「心があるのはな、どこに行っても怪しまれないように...人殺しアンドロイドとしてではなく、人間として、潜り込むためだ。」
サクヤ「......。」
ナツ「これはな、お前が潜り込んだ先で、殺すターゲットと仲良くなった時に...迷わずスパッと殺せるようにする、練習だよ。」
サクヤ「れん...しゅう...?」
ナツ「そうだ。俺は今までずっと、お前と仲良くなるために嘘をついてきた。」
サクヤ「...うそ...?」
ナツ「本気で仲良くならねぇと、練習になんねぇだろ? 俺はお前に好かれるように、お前が嬉しくなるような言葉を投げ続けてきた。まさか、恋されるとは思ってなかったけどよ。ホント、笑える話だよなぁ~。アンドロイドが人間に恋って...叶うはずねぇだろ。」
サクヤ「......。」
ナツ「サクヤ、お前は人間だ。人間の皮を被った、アンドロイドだ。お前の身体も、心も...全部全部、作られたものなんだよ。」
サクヤ「...ち、違う...。」
ナツ「なにも違わねぇよ。さっき言っただろ? 心があるのは、お前がどこに行っても、人殺しアンドロイドだってバレないようにするためだよ。ただ、それだけなんだよ!」
ナツ「それをお前はさ! 俺が言うことはなんでも信じて! しかも俺に恋してさ! 可笑しくて腹痛くなるわ! なぁ、どんな気分だ!? 俺に恋してる気分は!? 大好きな俺に、裏切られる気分は!? 苦しいだろ!? 辛いだろ!? 悲しいだろ!? その感情をぶつけてこいよ! 思い切りぶつけてこいよ! 今まで何人も何人も殺してきたんだろ!? こんなやつ一人殺すのなんて簡単だよな!? だからさっさとーーー」
サクヤ「ねぇ、先生。」
サクヤ「私のこと...好きって言ってくれたの...あれも、嘘なんですか?」
ナツ「......。」
ナツ「......ごめん。」
サクヤ「...謝らないでください。先生は、なにも悪いことしてないんですから。先生の言う通りですよ...私はアンドロイドですから...人殺しアンドロイドですから...。」
サクヤ「人間とアンドロイドが恋って...おかしいですもんね...。」
ナツ「......。」
サクヤ「......先生。」
サクヤは懐から、ゆっくりと拳銃を取り出す。銃口を真っ直ぐ、ナツの額へと合わせる。
サクヤ「今まで、ありがとうございました。」
ナツ「......あぁ。」
サクヤ「......。」
サクヤ「......。」
サクヤ「......できないよ...できるわけないじゃん...。前、言ったでしょ...? 先生のこと、殺すわけないって...。殺せないよ...殺せ...ないよ...。」
ナツ「...サクヤ、俺の首についてるやつ、見えるか? これさ、24時間後に爆発するんだわ。」
サクヤ「...え?」
ナツ「俺とお前が、どこかへ逃げないようにってさ。だから...俺はどっちにしろ死ぬんだよ。」
サクヤ「そ、そんな...。」
ナツ「殺してくれ。」
サクヤ「嫌だよ...。」
ナツ「殺してくれよ...。」
サクヤ「嫌だ...。」
ナツ「殺せよ...。」
サクヤ「嫌です!」
ナツ「殺せよ!!」
サクヤ「嫌だ!!!」
ナツ「...なんでだよ...なんで殺してくれねぇんだよ......! 早く殺してくれよ! 殺せよ!!」
サクヤ「先生は、生きたくないんですか!?」
ナツ「......。」
サクヤ「私は、先生と一緒にいたい! ずっと一緒にいたいんです! 大好き先生と...大好きな...! だから、殺したくない! 殺したくないよ!! ずっとずっと一緒にいたい! ずっとずっと、一緒に生きていたいよ!! 先生と幸せになりたいよ!!」
サクヤ「だから、死なないでよ...! 私と一緒に、生きてよ!!」
ナツ「......生きてぇよ...。」
サクヤ「せん...せい...?」
ナツ「生きてぇよ......生きてぇに決まってんだろうがよ! ずっと一緒にいてぇよ! ずっとお前とバカみてぇな会話してぇよ! 飯食ってもらってさ、うまうまって笑顔で言ってほしいよ! お前とギューってしててぇよ! お前と...サクヤと一緒に...遠いところまで、旅してさ...色んなとこ行ってさ...。行ってさ...。」
サクヤ「先生...!」
ナツ「ごめん...ごめんな...。俺、バカだからさ...。もっと上手くやれてたら...こんなことには...お前に迷惑かけることも...。ホント、なにやってんだろ...? なに...してんだろ...?」
サクヤ「先生...。」
ナツ「なぁ、早く殺してくれよ...頼むよ...! これ以上、生きたいって気持ちを抑えたくないんだよ...! お前と...サクヤと、一緒にいたいって気持ちを...抑えつけたくないんだよ...!」
ナツ「頼む...お願いだ......。」
サクヤ「......わかりました。そのかわり、私からも一つお願いがあります。」
ナツ「...なんだよ?」
サクヤ「死ぬギリギリまで、一緒にいたいです。」
ナツ「......お前はさ...俺の心を傷つけるの、ホントうまいよな...。話、聞けよ...。」
サクヤ「私だって、やりたくないことするんです...。先生も、これくらいは我慢してください。」
ナツ「わかったよ。」
ナツ「...何があっても、お前の手で殺してくれよ...。」
サクヤ「うん。」
ナツ「...好きな人に、殺されたい。」
サクヤ「......うん。」
ナツ「サクヤ。」
サクヤ「なに?」
ナツ「おいで。」
ナツは両手を大きく広げる。
サクヤ「......うん!」
サクヤはナツの元へと駆けていく。互いに、力強く抱きしめ合う。
ナツ「お疲れ様。」
サクヤ「ねぇ、先生。」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「好き。好き好き。」
ナツ「やめろ。」
サクヤ「好き好き好き好き。」
ナツ「やめろって。」
サクヤ「好き好き好き好き! だーーい好き!!」
ナツ「やめろって!!」
ナツ「生きたくなるだろ...。」
サクヤ「生きてよ...なんで死んじゃうの...? なんで先生が死んじゃうの...? 生きてよ...生きてよ...生きてよ生きてよ生きてよ!!」
ナツ「上からの命令だ、仕方ないだろ。命令無視して、お前に迷惑かけるのだけはごめんだ。」
サクヤ「今すごく迷惑かかってる! かかってるよ!」
ナツ「...ごめんな。」
サクヤ「許さない...絶対許さないよ...! バカ...バカバカバカバカ!!」
ナツ「バカはお前だろ、バーカ。」
サクヤ「うるさい! バカバカバカ!!」
ナツ「お前、こんな言葉を知ってるか? バカって言う方がバカだと。」
サクヤ「...先生、今二回言いましたね? 私はもう言いませんからね。」
ナツ「ふざけんな、おい!!」
サクヤ「...うふふふ、あははははは!」
ナツ「......。」
サクヤ「あはははは...! あははは...ははは...はは...。」
ナツ「泣くなよ、俺も泣きたくなんだろ。」
サクヤ「うぅ...! うわぁあぁあぁぁあ!!」
ナツ「ごめん、ごめんな。」
サクヤ「バカバカバカバカ!!」
ナツ「もう言わないんじゃなかったのかよ?」
サクヤ「バカバカバカバカバカバカ!!」
サクヤ「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!!」
ナツ(M)その後も、サクヤのバカ攻撃は続く。
ナツ(M)バカと言われるたび、自分はこんなに好かれているのか、こんなに愛されているのかと実感する。
ナツ(M)ありがとう、サクヤ。
ナツ(M)こんなバカを好いてくれて。
ナツ(M)こんなバカを愛してくれて。
ナツ(M)バカって言葉で...嬉し泣きする日が来るなんてな...。
サクヤ「先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「私も、先生と一緒に死にたい。」
ナツ「ダメだ。」
サクヤ「なんで?」
ナツ「絶対ダメだ。」
サクヤ「なんで!?」
ナツ「俺の分まで生きてくれ。」
ナツ「お願いだ。」
サクヤ「......。」
ナツ「生きて、旅に出て、いっぱい思い出作って、俺に聞かせてくれ。」
サクヤ「...うん。」
ナツ「俺はさ、うまうまな料理いっぱい作って待ってっからさ。」
サクヤ「...うん。」
ナツ「だから生きろ。思い出話し一つも持ってこなかったら、ぶん殴るからな。」
サクヤ「いっぱい持っていく。先生の料理よりも、いっぱいいっぱい持ってくよ。だから...そっち行った時も、ギューってして迎え入れてね。」
ナツ「わかってるよ。」
ナツ「......そろそろ、頼むわ。」
サクヤ「......先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「手、握って。」
ナツ「おう。じゃあ、笑顔で引き金引いてくれや。」
サクヤ「うん。」
二人は、左手の指を絡ませてギュッと手を握りあう。
ナツ「......なぁ。」
サクヤ「なに?」
ナツ「......名前、呼んでくれ。」
サクヤ「......。」
ナツ「ナツって...呼んでくれ...。」
サクヤ「......ナツ。ナツ...ナツ...ナツ、ナツ。」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「好きだよ。大好きだよ。」
サクヤ「私、ナツのこと...大好きだよ。」
ナツ「......ありがと。」
ナツ「じゃあな、サクヤ。」
ナツ「愛してるぜ。」
サクヤ「......バイバイ...。」
サクヤ「私も、愛してるよ...ナツ。」
サクヤは、右手に握りしめていた拳銃のトリガーを引く。乾いた音と、何かが倒れる音が室内に響き渡る。
サクヤ「......。」
サクヤ「......。」
サクヤ「...血ってさ、ケチャップみたいだよね。」
サクヤ「......。」
サクヤは、ナツを抱き寄せる。
サクヤ「ナツの...バカ。バカバカバカ...。」
サクヤ「...バカ......バカ......。」
サクヤ「いっぱい...いっぱい思い出作ってくるから...。いっぱい...いっぱいいっぱい...食べきれないくらい...うまうまな料理作って、待っててね...。」
サクヤ「......。」
サクヤ「......行ってきます、ナツ。」
サクヤは、ナツの唇に自分の唇を重ねる。
ナツを床へ寝かせると、ナツの顔を見つめたまま、ゆっくりと立ち上がる。瞳の色は、少しずつ薄くなっていく。
サクヤ「......ターゲット、射殺完了。引キ続キ、仕事ヲ続行シマス。」
サクヤ「次のターゲットは、サクヤをアンドロイドだと認識シテイル人間。」
サクヤ「見ツケ次第、殺セ。」
サクヤは、スタスタと無表情のままリビングの扉を開ける。開けた扉の前で、ピタリと動きを止める。
サクヤ「......私ハ、人殺しアンドロイド。」
サクヤ「私ハ、」
サクヤ「私は...。」
サクヤ「......わたしハ、にんげん...。」
サクヤ:♀ 人型のアンドロイド。
ナツ:♂ サクヤの世話係を任されている、アンドロイド研究員。
*役表
サクヤ、少女:♀
ナツ、男、アンドロイド:♂
○所要時間:約100分
ーーーーー
街灯もなにもない真っ暗な路地裏を、一人の男が息を切らしながら、逃げるように走っている。
男「はぁ、はぁ、はぁ...! く、くそぉ...!」
男は足元に置かれていた木箱に足をぶつけ、勢いよく前方へと転げていく。
男「あぐぅっ!? く、くそが...! ちくしょうがぁぁ...!!」
立ち上がろうとする男の背後で、ガチャリと小さな音が路地裏に響き渡る。男がゆっくりと、恐る恐る背後へと振り向く。
微かな月明かりに照らし出されるのは、無表情の女の子ーーーサクヤは銃口を男に向け、ただジッと男を見つめている。
男「あ、あぁ...! ま、待て...待ってくれ!」
サクヤ「ナゼ、待タナケレばイケナイのデスカ? 例エ待ッタとシテモ、アナタの未来ハ変ワリマセンヨ。」
男「な、なぁ...頼むよ! 今回だけは見逃してくれよ!」
サクヤ「アナタの願イは叶エらレマセン。」
男「た、頼む! この通り!」
男は地面に頭を擦り付け懇願する。
サクヤは表情一つ変えずに、淡々と答える。
サクヤ「アナタの願イは叶エラれマセン。」
男「......おいおいおい、人が頭下げてお願いしてんだぜ...! 少しくらいーーー」
男はニヤリとした口元を見せつけながら、懐に仕舞い込んでいた拳銃を取り出す。
男「聞いてくれたっていいんじゃねぇのぉ!」
路地裏に銃声が響き渡る。男の拳銃から放たれた弾丸は、サクヤの左足を貫いていく。
サクヤ「アッ。」
サクヤはバランスを崩し、膝から崩れ落ちていく。ドクドクと真っ赤な血が流れている左足を、無表情のまま眺めている。
男は銃口をサクヤに向けながら、ゆっくりと立ち上がる。ニヤニヤしながら、サクヤが落とした拳銃を蹴り飛ばす。
男「あちゃぁ~足に当てちったよ~。ごめんよ、一発で仕留められなくて! 次はちゃんと......っておい、お前よく見りゃいい女だなぁ。殺す前にーーー」
サクヤ「損傷部分ノ確認完了。修復シマス。」
男「...は? 修復?」
サクヤは何事もなかったかのように、スッと立ち上がる。
サクヤ「修復完了。」
男「は...? お、おおおお前、人間じゃねぇのかよ!?」
サクヤ「引キ続キ、任務ヲ遂行シマス。」
男「まさか、お前...アンドロイドか!?」
サクヤ「抵抗シタ場合ハ「殺せ」と命ヲ受ケテイマス。」
男「ク、クソ...! クソクソクソォォ!! なんなんだよ、てめぇは!? どっからどう見ても人間じゃねぇか! 俺たち人間様の真似事か!? アンドロイドのくせによぉ!!」
サクヤ「私ハ、アンドロイドではアリマセン。」
サクヤ「私ハ、人間デス。」
男「に、人間様はな、修復とかそんなことできねぇんだよ! バカか!? もっと勉強してこいや! つーか、アンドロイドごときが俺たち人間様に逆らっていいと思ってんのか!? とっとと失せろ! ぶっ壊れろ! このクソアンドロイドーーー」
サクヤは懐からナイフを素早く取り出すと、勢いよく男へと駆けて行き、男の心臓へ深々と突き刺す。
男「がぁぁ!?」
サクヤ「......。」
男「く、クソがぁ...! お、俺は...俺はまだ、こんなところ...で...。」
サクヤ「...ターゲット、刺殺完了。」
サクヤ「...ナゼでショウカ? 攻撃ヲ受ケタノは左足。胸ハ攻撃ヲ受ケてイマセン。」
サクヤ「......痛イ。胸ノ奥ガ痛イ。チクチクします。ナゼでショウカ?」
ナツ(M)人間とは、非力な生き物だ。魔女と呼ばれる存在よりも、魔力は無く...獣人族と呼ばれる、獣の血を宿した存在に比べ、身体能力は遥かに劣る。人間は、身一つでは何もできない弱い存在。
ナツ(M)だから、我々人間は「道具」を作った。周りに存在する、化け物たちに対抗するために...殺されないために...我々が、奴らを殺すために。
ナツの家。白衣を着た男性ーーーナツは、広々と開けたリビングに置かれているテーブルの前に腰掛け、お茶を飲みながら、目の前で無表情で立っているサクヤの話を聞いている。
ナツ「胸が痛い?」
サクヤ「ハイ。」
ナツ「いつから胸が痛いんだ?」
サクヤ「追ッテいたターゲットに「とっとと失せろ! ぶっ壊れろ! このクソアンドロイド」ト言ワレてカラデス。」
ナツ「めちゃくちゃ言いやがる奴だな。一発ぶん殴ってやろうかな?」
サクヤ「ターゲットは死亡シテいマス。死人ヲ殴ルノハ、最低ナ行為ダと思イマス。」
ナツ「そういうことされても文句言えねぇことをしてるのよ、そいつは。だから、大丈夫大丈夫。」
サクヤ「ソウイウものナノデスカ?」
ナツ「そういうものなのです。」
サクヤ「記憶シテおキマス。」
サクヤ「先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「胸ガ痛イデス。」
ナツ「そうだった、すまんすまん。」
サクヤ「ドウシテ胸ガ痛ムノでショウカ? 私ハ気ヅカナイうチニ、攻撃サレテいたノデショウカ?」
ナツ「あぁ、そうだな。」
サクヤ「ドンナ攻撃デスカ?」
ナツ「言葉だ。」
サクヤ「言葉、デスカ? 私ヤ先生ガ今、口ニしてイル言葉ガ、武器トナルノでスカ?」
ナツ「そうだなぁ...例えばだ。」
サクヤ「ハイ。」
ナツ「おい。」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「バカ。」
サクヤ「バカは知能ガ低イ人間に、使ウ言葉だと聞キマシタ。デスカラ、私はバカではアリマセン。ソノ言葉は、私ヨリも先生に言ウベキ言葉デハナイデショウカ?」
ナツの心に、深々とサクヤの言葉が突き刺さる。
ナツ「ごふぅ!?」
サクヤ「ドウシマシタカ、先生?」
ナツ「今...言葉が武器となりました...。」
サクヤ「私ノ言葉ガ、でスカ?」
ナツ「そうです...先生の心はズタズタに傷つけられました...。」
サクヤ「ドウシテデスカ? 私ハ、思ッタコトを口にシタダケでスガ?」
ナツ「もうやめてください...これ以上傷つけないでください...。」
サクヤ「私ハ攻撃シテイマセン。ナゼ、傷ツクノデスカ?」
ナツ「うーん...なんて説明すりゃいいのかなぁ...? バカじゃないのに「お前はバカだ!」って言われたら、嫌な気持ちになるだろ?」
サクヤ「先程モ言イマシタが、私はバカではアリマセン。先生ハ、一度伝エタだけデハ理解ガできナイノデスカ? アァ、バカでしたね。申シ訳アリマセン。先程ノ言葉ヲ繰り返しオ伝エシマス。バカは知能ガーーー」
ナツ「お前は先生をどうしたいの!? 先生の精神をボロボロにしたいの!? なんなのお前は!?」
サクヤ「私ハ、人型アンドロイドです。」
ナツ「そういうこと聞いてんじゃねぇよ!」
サクヤの懐に入っていた、連絡用の端末が震える。サクヤは表情一つ変えずに端末を取り出し、ジッと画面を見つめる。
ナツ「...また仕事か?」
サクヤ「ハイ。行ッテマイリマス。」
ナツ「おい。」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「......辛くないか?」
サクヤ「「辛い」トハ、「精神的、肉体的に我慢できないくらい苦しいこと」デス。私ハ精神、肉体トモに安定シテイマス。」
ナツ「そうか。」
サクヤ「他ニ、何カアリマスカ?」
ナツ「あるぞ。もう一つだけ。」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「お前は、アンドロイドじゃないぞ。」
サクヤ「......。」
ナツ「お前は、なんだ?」
サクヤ「...私ハ、アンドロイドではアリマセン。」
サクヤ「私ハ、人間デス。」
ナツ「よし、行ってこい。」
サクヤ「ハイ。行ってマイリマス。」
ナツはサクヤの頭を軽くポンポンと叩く。サクヤは何一つ表情を変えずに、ペコリと頭を下げると、スタスタと玄関へと向かっていく。
その後ろ姿を、ナツは悲しそうな表情で見つめている。
ナツ「......辛くない、か。すげぇなぁ、お前は...。俺が、もしお前の立場だったら、もうぶっ壊れてるよ。」
ナツ「......何やってんだろうなぁ...俺は?」
とある家。部屋の中は電気がつけられておらず、月明かりだけが室内を照らし出している。窓下に置かれた、大きなベッドの上では、裸の男女が頭から血を流して倒れている。男は、まだ微かに意識があり、プルプルと手を震わせながら、連絡用の端末へと手を伸ばす。
サクヤは、無表情のまま、手にしている鉄の棒を容赦なく男の頭へと力一杯振り下ろす。
鮮血が、サクヤの顔に降り注ぐ。サクヤは表情一つ変えずに、動かなくなった男をジッと見下ろしている。
サクヤ「ターゲット、撲殺完了。帰還シマス。」
サクヤ「......。」
サクヤ「私ハ、人間デス。私ハ、アンドロイドではアリマセン。」
サクヤ「私はアンドロイドなのニ、ドウシテ先生ハ、人間ト言ワセルのでショウカ?」
サクヤ「......。」
サクヤ「理解ガ、デキまセン。」
サクヤは表情一つ変えずに、動かなくなった人たちに背を向け、スタスタと何事もなかったかのように部屋を出ていく。
ナツ(M)サクヤが研究所に戻ってくる。人を殺して。
ナツ(M)周りのやつらは、それを毎度毎度拍手で迎え入れる。「素晴らしい。」「良くやった。」と、温かい言葉を投げつける。
ナツ(M)なぜこいつらは、拍手で迎え入れるんだ?
ナツ(M)なぜ人を殺したサクヤを褒め称えるんだ?
ナツ(M)なぜ人を殺すことが良いことだと教えるんだ?
ナツ(M)なぜ、人を殺すアンドロイドを作るんだ?
ナツ(M)......なんで俺は、拍手してるんだ?
ナツの家。ナツはリビングに置かれた白いソファーに身を預け、ボーッと天井を眺めている。
ガチャリと、大きな音を立ててリビングの扉が開く。顔や服を少し汚したサクヤが、無表情のままテクテクとナツの元へと歩みを進めていく。
ナツ「おかえり。」
サクヤ「タダイマ戻リマシタ。」
ナツ「おう。」
サクヤはナツの隣で立ち止まると、ジッと無表情のままナツを見つめている。
ナツ「ん? な、なんだよ?」
生気のかけらも感じなかったサクヤの瞳が、突然キリッと輝きだす。カチカチに固まっていると思われていた口角がグッと上がり、スラスラと人間のように話し始める。
サクヤ「おう、今帰ったぜ! ハニー!」
ナツ「......は?」
サクヤ「おかえりダーリン! 寂しかったわ!」
サクヤ「ト、言ッテクダサイ。」
ナツ「なんでだよ...?」
サクヤ「先生ガ、悲シソうな顔ヲシテイタノデ。」
ナツ「...え?」
サクヤ「ナゼ先生ガ、悲シソウナ顔ヲシテイルノカ、私ニハ理解デキマせんガ。」
ナツ「俺は、お前が発したハニーの件が理解できませんが?」
サクヤ「ココニ帰還スル途中デ、男女ガこのヤリ取リをシテイマシタ。コウスルことデ、元気にナッテイマシタ。」
サクヤ「先生ニ、元気にナッテ欲シクテ。」
ナツ「......。」
サクヤ「スミマセン。コノ方法デハ、先生ハ元気にナリマセンでしタカ。別ノ方法ヲーーー」
ナツ「(笑う)」
サクヤ「先生、ナゼ笑ッテイルノですカ?」
ナツ「サクヤのおかげで元気になったんだよ。ありがとな。」
サクヤ「先生ハ、コノ方法デ元気にナルノですネ。デハ、今後先生が悲シソウな顔ヲシテイタラーーー」
ナツ「今日だけで充分です。」
サクヤ「ソウデスカ。カシコマリマシタ。」
サクヤはくるりと背を向けると、玄関へスタスタと歩いていく。
ナツ「おい、どこ行くんだ?」
サクヤ「モウ一度、帰宅カラやり直シます。少々オ待チを。」
ナツ「あ、はい...。」
ナツ(M)なぜ...なぜなんだ...?
サクヤ「おう、今帰ったぜ! ハニー!」
ナツ「おかえりダーリン! 寂しかったわ!」
ノリノリで手を広げ、サクヤを迎え入れるナツ。サクヤはスッと無表情になり、ジッとナツを見つめている。
ナツ「おい、どうした?」
サクヤ「気持チ悪いデスネ。」
ナツ「おい!!」
ナツ(M)人を殺すだけなら...こいつに心なんて、つけなくてよかったじゃねぇか。
闇に包まれた、とある路地裏。月明かりに照らされたサクヤは、目の前で血を流して動かなくなった死体をボーッと見つめている。
赤く染まった刃物の切先を、袖でゆっくり拭い、懐へと仕舞い込む。
サクヤ「ターゲット、刺殺完了。これより、帰還します。」
サクヤは死体に背を向けて、路地裏を出る。そして、何事もなかったかのように、スッと人混みに紛れ帰路をスタスタと歩いていく。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
とある店の客引きアンドロイドの声が、サクヤの耳に響いてくる。サクヤは、ふと足を止め、ジッと声の主を見つめる。
招き猫のような形をしたアンドロイドは、目をピカピカと輝かせながら、左手をゆっくり前後に振っている。
サクヤが、ゆっくりとアンドロイドへと近づいていくと、客と判断されたのか、アンドロイドはまた大きな声で手招きし始める。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「...コンニチハ。」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「コンニチハ。」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「...イラッシャイマセ!」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「...ナゼあなタハ、「イラッシャイマセ!」とシカ言ワナイのデスカ?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「......。」
サクヤ「私ハ、ナゼ話セルノでしょウカ? ナゼ、コノ子タチと違ウノデしょうカ? 私モ、コノ子たチト同じアンドロイドなのに、ナゼ、相手ノ言葉ヲ理解して、話セルのデショうか?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「......。」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「...理解、デキマセン。」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤは、手招きアンドロイドに背を向けると、人混みに紛れ消えていく。
ナツ(M)俺は、サクヤの世話係を任されている。人型のアンドロイドを、人へと近づけていくための...いや、人にするための世話。
ナツ(M)サクヤを人にするために、俺はサクヤと毎日一緒にいる。あいつが人を殺しにいく時以外は、ずっと一緒だ。だから、誰よりも長い時間、共に過ごしているから、サクヤのちょっとした変化も...成長も、わかってしまう。
ナツ(M)成長とは、とてもとても嬉しいものだ。嬉しいもののはずだ。それなのに、それなのに...俺には、サクヤの成長が...とても悲しいものに思えてしまう。
ナツの家。サクヤはリビングに置かれている白いソファーに腰掛け、自分の右手をジッと見つめ、グーパーグーパーと指をゆっくりとひたすら動かしている。
ナツ「おい、サクヤ。」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「飯、できたぞ。」
サクヤ「ハイ。」
サクヤはソファーから立ち上がると、トコトコとテーブルへ向かう。ゆっくりと椅子を引き腰を下ろすと、ナツの手から波状にケチャップがかけられたオムライスが目の前に置かれる。
サクヤ「......。」
ナツ「ん? どうした?」
サクヤ「先生、ナゼ私ハ、人間ト同じモノを食ベルノでショウカ?」
ナツ「お前は人間だからだよ。」
サクヤ「私ハ、アンドロイドです。」
ナツ「人間だ。」
サクヤ「ナゼ先生ハ、アンドロイドである私ノコトヲ、人間ト呼ぶのデスカ?」
ナツ「人間だからだ。」
サクヤ「先生ガ、言エトおっしゃルノデ、アンドロイドと言わレタ際に「人間デス。」と言イマスが、誰一人トシテ信ジテクレませン。」
ナツ「信じさせろ。」
サクヤ「ドウスレバ、信ジテモラエますカ?」
ナツ「人間らしい話し方、振る舞い...その他諸々をなんとかしろ。」
サクヤ「ソノ他諸々とハ、ナンデすカ?」
ナツ「諸々は諸々だ。」
サクヤ「......。」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「バカ。」
ナツ「...お前は飯抜きだ。」
サクヤ「人殺シ。」
ナツ「......。」
サクヤ「鬼。」
ナツ「......。」
サクヤ「悪魔。」
ナツ「......。」
サクヤ「独身。」
ナツ「おいてめぇ! それはダメだろうが! つーか、そんな言葉どこで覚えた!?」
サクヤ「黙秘権ヲ行使シマス。」
ナツ「言えや、このバカやろうが!」
サクヤ「先生。」
ナツ「んだよ!?」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「どんなって、俺の真似すりゃいいだろ。」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「だから、俺の真似すりゃいいだろ。俺は人間なんだからよ。」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「おい、俺の話聞いてます?」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「嫌なら嫌って言えよ!」
サクヤ「嫌デス。」
ナツ「てめぇは先生の心を傷つける天才か!?」
サクヤ「......。」
ナツ「なんとか言えや、このやろうが!」
サクヤ「...ウフフ。」
ナツ「...え?」
サクヤ「スミマセン。ナゼカ、笑ッテしまイマシタ。」
ナツ「......。」
サクヤ「先生、ドウシマシタカ?」
ナツ「...いや、なんでもねぇ。人間らしい話し方なら、お前と外見が近そうな女の子を見つけて、その子の話し方を真似しろ。」
サクヤ「カシコマリマシタ。」
ナツ(M)いつからなんだろう? いつから俺は、サクヤの成長を、悲しく思うようになったのだろう?
サクヤ「先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「オ腹、スキマシタ。」
ナツ「あぁ、すまねぇ。」
ナツ(M)初めは、少し嬉しかった。もし自分に娘がいたら、こんな気持ちなのかなって。どこからどう見ても、アンドロイドには見えない、目の前の少女。
サクヤ「イタダキます。」
ナツ(M)あぁ...そうか...。そういうことか...。
サクヤはスプーンを手にして、ジッとオムライスを見つめている。
ナツ「どうした?」
サクヤ「先生、ケチャップって...血、ミタイですネ。」
ナツ「......!」
サクヤは波状に描かれたケチャップを、スプーンでベタベタと黄色のキャンパスに広げていく。キャンパスを真っ赤に染め上げると、スプーンで一口すくって口へと運んでいく。
サクヤ「...美味シイでス。ウマウマです。」
ナツ「......。」
サクヤ「先生、ドウシマシタカ?」
ナツ「ケチャップ、ついてるぞ。」
サクヤ「...拭イテクダサイ。」
ナツ「はい?」
サクヤは胸の前に両手を持ってくると、急にクネクネと左右に動き始める。
サクヤ「ダーリンに拭いてほしいの~♡」
ナツ「...どこで覚えてきた?」
サクヤ「黙秘権ヲ行使シマス。」
ナツ「へいへい...。」
サクヤ「先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「ウマウマです。」
ナツ(M)俺は、もう...サクヤのこと、人として見てるんだ。
数日後、街中に出たナツたちは、とある露店で買い物をしている少女をジッと見つめている。
少女「ありがと!」
露店の主人からモノを受け取った少女は、笑顔でお礼を言って露店を去っていく。
ナツ「...今の子の真似、できるか?」
サクヤ「ありがと!」
ナツ「そうそう、いいぞ。」
サクヤ「ありがと!」
ナツ「その調子だ。」
サクヤ「私は、サクヤです!」
サクヤ「...コンナ感じデスカ?」
ナツ「「こんな感じですか?」も。」
サクヤ「私は、サクヤです! こ、こんな感じですか?」
ナツ「おぉ、人間っぽい。」
サクヤ「私ハ、人間デス。」
ナツ「...すまん、お前は人間だ。」
サクヤ「アー、アー、アーあーあぁー! あぁぁ~。...うん、こんな感じかな? 先生、こんな感じでいい? どうですか?」
ナツ「......。」
サクヤ「ん? どうしたんですか、せーんせい?」
ナツ「いや、いつも機械みたいな話し方だったから、違和感が...。」
サクヤ「違和感なんて、飛んでけぇ!」
ナツ「......。」
サクヤ「...どうしたんですか?」
ナツ「...話し方、戻して。」
サクヤ「ナンデスカ?」
ナツ「あぁ...俺はそっちがいい...。」
サクヤ「人間ノヨウニ話せト言ったノハ、先生デスヨ。」
ナツ「そうですね...頑張って慣れます...。人間になって。」
サクヤ「はーい。」
ナツ「......機械。」
サクヤ「ハイ。」
ナツ「人間。」
サクヤ「はーい。」
ナツ「機械。」
サクヤ「ハイ。」
ナツ「人間。」
サクヤ「先生、私ハおもちゃジャナイでスヨ。」
ナツ「す、すみません...。」
ナツ「...(笑う)」
サクヤ「先生、ドウシタンデスカ?」
ナツ「なんでもねぇよ。気にすんな。」
ナツは笑いながら、サクヤの頭を軽くポンポンと叩く。サクヤは叩かれた頭を少しさすり、さすった手をジッと眺める。
サクヤ「......。」
ナツ「ん? どうした?」
サクヤ「...胸ガ、チクチクしまス。」
ナツ「はい?」
サクヤ「先生、私ニ攻撃シマシたネ?」
ナツ「してねぇよ!」
ナツ(M)サクヤと一緒にいればいるほど、悲しくなる。胸が苦しくなる。申し訳ない気持ちになる。自分が、情けなくなる。心がぐちゃぐちゃになりそうだ。今すぐにここから消えていなくなりたい。楽になりたい。
ナツ(M)でも、もし俺がここからいなくなったら...サクヤは、今よりもっと苦しく、辛い生活をしなければいけなくなるのではないだろうか?
ナツ(M)そうだよ...こいつは、俺なんかよりも、ずっとずっと苦しいはずだ。悲しいはずだ。辛いはずだ。俺がやるべきことは、消えることじゃない。サクヤの心が壊れないように、しっかりとサポートすることだ。
ナツ(M)研究員としてではなく、ナツとして...俺として...アイツを、守ってやるんだ。
とある路地裏。男が腰を抜かし、目の前で拳銃を手にしている女の子に怯え震えながら、ゆっくりと後退っている。
男「ひぃ! く、くるなぁ! 待って、待ってくれぇ!」
サクヤ「え? なんで待たないといけないんですか? 例え待ったとしても、あなたの未来は変わらないですよ?」
男「た、助けてくれ! お、お、おお俺は、ただ言われたことをしていただけで! ホントはあんなことしたくなかったんだよ! でも、仕事だから仕方なくーーー」
サクヤ「私も、仕事なの。あなたを殺すのが、仕事。」
男「い、嫌だ! 助けてくれぇぇ!!」
サクヤ「残念だけど、あなたの願いは叶えられないよ。」
サクヤ「じゃあね。」
男「や、やめろ...やめてくーーー」
闇が広がる空に、銃声が響き渡る。
頭部を撃ち抜かれた男は、ゆっくりと力なく後方へと倒れていく。
サクヤ「ターゲット、射殺完了~。」
サクヤ「......はぁ...なんで私、人殺してんだろ...?」
サクヤは、倒れている男に近づき、顔を覗き込む。男は大きく目や口を開いたまま、ピクリとも動かない。
サクヤ「......帰ろ。」
サクヤは男の目に手を当て、ゆっくりと男の瞼を下ろす。スッと立ち上がると、路地裏をサッサと出て、人混みに紛れて歩いていく。
周りの人とは違い、顔を俯かせ、とぼとぼと、元気なく歩いていく。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
聞き覚えのある機械音が、サクヤの耳に響いてくる。招き猫型のアンドロイドが、目を光らせて、サクヤを手招いている。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「久しぶり。元気してた?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「ねぇねぇ、あなたは何度も何度も同じ言葉ばかりで飽きないの?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「...それが、あなたの仕事だもんね。」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「...いいな、アンドロイドって。決められたことだけやってればいいんだから。」
サクヤ「......私も、同じか。」
サクヤはアンドロイドに背を向けると、また人混みの中へと消えていく。アンドロイドは、サクヤとは違う客を認識し、また仕事を始める。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
ナツ(M)あれから、数ヶ月が経った。サクヤは、人間になった。誰がどう見ても、人間と判断されるようになった。
ナツ(M)仕事から帰ってくるサクヤを出迎える。彼女の姿を見て、安心する俺がいる。悲しんでいる俺がいる。
ナツ(M)今日も無事に帰ってきてくれた。生きて帰ってきてくれた。また人を殺して帰ってきた。体調は大丈夫だろうか? 辛くないだろうか? サクヤを見るだけで色んな想いが駆け回る。処理できない量の想いが、グルグルと駆け回る。
ナツ(M)なぁ、サクヤ? お前はどうしたい? これから、どうしたいんだ? 何がしたいんだ?
ナツ(M)...俺は、どうしたいんだ?
ナツの家。サクヤはソファーに腰掛け、愛用している小刀の刃を丁寧に磨いている。ナツはキッチンに立って、食事の準備を進めている。
ナツ「おい、飯。」
サクヤ「先生、その言い方だと、私が飯になるんですけど。」
ナツ「...サクヤ、飯できたぞ。」
サクヤ「それでよろしい。」
ナツ「よろしいってなんだよ。何様だお前は?」
サクヤ「先生、今日のご飯はなんですか?」
ナツ「オムライス。」
サクヤ「わーい、やったー! オムライスオムライス~!」
サクヤはニコニコしながら、オムライスが置かれたテーブルへと駆けていく。
サクヤ「いっただきまーす!」
サクヤは手を合わせ、元気よく声をあげる。スプーンを手に取ると、トロトロの卵の上に丸く描かれたケチャップを、ベタベタと全体に塗り、口へと運んでいく。
ナツは、黙ってサクヤの顔をジッと見つめている。
ナツ「......。」
サクヤ「ん~~うまうま~~!」
ナツ「......。」
サクヤ「...せんせー?」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「食べないの?」
ナツ「...食べる。」
サクヤ「どうしたの? 私の顔ジッと見てさ。あっ、ケチャップついてる?」
ナツ「...変わらないな。」
サクヤ「ん? 私?」
ナツ「おまえ。」
サクヤ「え? 変わってるでしょ? 前はアンドロイドっぽかったけどさ。今はどうよ?どっからどう見ても人間でしょ!」
ナツ「そうだな。」
サクヤ「でしょ? 変わってるじゃん。」
ナツ「......。」
サクヤ「先生、どうしたの? なんか変なものでも食べた? それとも、独身を貫きすぎて心が腐った?」
ナツは机をバンと勢いよく叩き立ち上がると、サクヤの頬を思い切り掴み引っ張る。
ナツ「おい、この口か!? この口が先生の心を傷つけるのかぁぁ!?」
サクヤ「あだだだだだ!?!? ほっぺちぎれるぅぅぅぅ!?」
ナツ「ちぎれてもすぐ直るだろうが! アンドロイドなんだからよぉぉぉ!!」
サクヤ「せんせぇぇぇ!? 前と言ってることが違いますよぉぉぉ!? 私は人間なんでしょぉぉぉ!?」
ナツ「うるせぇぞバーーーーーカ!!」
サクヤ「んなっ!? バカは先生の方でしょうが! バーカバーーカ!」
ナツ「......。」
サクヤ「先生、どうしたんですか? 最近おかしいですよ?」
ナツ「おかしいのは、てめぇの頭だ。」
サクヤ「おっと~ここに拳銃があるぞ~~?」
ナツ「すみません、調子乗ってました。」
サクヤ「よろしい。」
ナツ「......。」
サクヤ「...はぁ、仕方ないなぁ。」
サクヤは、スプーンをテーブルに置くと、スタスタ玄関へと駆けていく。
ナツ「ん? おいサクヤ、どこ行くんだよ?」
サクヤは、勢いよくリビングの扉を開けると、ドヤ顔でナツを見つめている。前髪をサッと手で靡かせ、白い歯をキラリと見せつける。
サクヤ「おう、今帰ったぜ! ハニ~!」
ナツ「...何してんだ、おまえ?」
サクヤ「おう! 今帰ったぜ!」
サクヤは勢いよくナツの元へと駆けていき、ナツに飛びつく。
サクヤ「ハニィィィ!!」
ナツ「ぬおぉ!? なんだよ、お前!? 抱きつくな、離れろ!」
サクヤ「はよ言え!」
ナツ「わかったわかった! おかえりダーリン! 寂しかったわ!」
サクヤ「気持ち悪りぃ~~。」
ナツ「頭カチ割るぞ!!」
サクヤ「えへへ。」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「元気、でた?」
ナツ「でたでた。だから、さっさと離れてくれ。」
サクヤ「......。」
ナツ「おい、どうした?」
サクヤ「...あったかいね。」
ナツ「は?」
サクヤ「先生、すごくあったかい。」
ナツ「...そうか。」
サクヤ「ねぇ、先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「胸がチクチクする。なんでかな?」
ナツ「......飯に毒、仕込んだからだ。」
サクヤ「......え?」
ナツ「冗談だ。」
サクヤ「あー危ない危ない。カミングアウトがあと10秒ほど遅かったら、射殺してましたよ。」
ナツ「おい。」
サクヤ「うふふ、冗談ですよ。私が先生のこと、殺すはずないじゃないですか。」
ナツ「......なぁ。」
サクヤ「なんですか?」
ナツ「......なんでもねぇ。」
サクヤ「...ねぇ、先生。」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「ギュー。」
ナツ「は?」
サクヤ「ギュー。」
ナツ「はいはい。」
ナツはサクヤを、ギュッと抱きしめる。
サクヤ「えへへへ、ギュー。」
ナツ「どうしたんだよ、お前?」
サクヤ「私、先生とこうやってギューってしてるのが好きかもしれません。」
ナツ「そうか。」
サクヤ「先生、今度からここに帰ってきたら、ギューてしていいですか?」
ナツ「おう。」
サクヤ「えへへ! ありがと、先生。」
ポケットにしまっていたサクヤの連絡用端末が、メールの受信を知らせるために、画面を光らせる。
サクヤ「ん? あっ、仕事の連絡かな?」
ナツ「......。」
ナツ(M)やめてくれよ...やめてやれよ...。
サクヤ「えっと...うわっ、この人めちゃくちゃ顔怖い。まぁどんな奴だろうと、サクヤちゃんがパパッとお掃除しますけどね~!」
ナツ「サクヤ。」
サクヤ「はい、なんで...って、ぬぉぉぉ!? 先生!? 先生のギューが力強い! サクヤちゃん壊れちゃうよ~~!」
ナツ「...無理、すんなよ。」
サクヤ「え?」
ナツ(M)こいつは人間だよ...もう、アンドロイドなんかじゃねぇんだよ。だから...だからよ...。
サクヤ「では、今日も行ってまいります!」
ナツ「あぁ。」
ナツ(M)もっと、人間らしいことさせてやれよ。
ナツ「人殺しなんか...させんなよ。」
とある部屋の一室。サクヤの連絡用端末に送られていた画像の男が、口から血を垂れ流し、深々と椅子に腰掛け、ピクリとも動かなくなっている
男「ア、アニキ...! アニキィィ!!」
サクヤ「ターゲット、射殺完了。」
男「嘘だろ!? なぁ、アニキ! 目を開けてくれよ! アニキィィ!」
サクヤは、しばらく男をジッと見ていたが、くるりと背を向け、部屋を出ていこうとする。
男「おいゴラてめぇぇ!!」
サクヤは男の声に反応し、ピタリと足を止める。男へと振り返ると、男は大きく震えながらも、両手で力強くナイフを握りしめている。
男「許さねぇ...お前は絶対に許さねぇ...! 俺のアニキを...アニキを...!」
サクヤ「...あなたは、今回のターゲットではないので、殺す必要はないんです。だからーーー」
男「うるせぇぇぇ!! ぶっ殺してやる、このクソガキがぁぁ!!」
男は怒り任せに、サクヤへと突っ込んでいく。サクヤは近づいてきた男の手をサッと受け流すと、男の足元を軽く蹴飛ばす。
バランスを崩した男は、勢いそのままに前方へと転けていく。
男「あがっ!? ち、ちくしょうーーー」
サクヤは流れるように、懐からナイフを取り出すと、立ち上がろうとする男の心臓めがけ、ナイフを深々と突き刺す。
男「がぁぁ!?」
サクヤ「...ごめんなさい。」
男「あ、あ、ぁぁ...! ア、アニキィィ...!」
男は、小刻みに震わせていた身体を、ピタリと止め、動かなくなる。
サクヤはナイフを抜き取ると、脇に挟み血を拭い、懐へと仕舞い込む。
サクヤ「言葉は武器...か。おかしいなぁ? 攻撃は一発も当たらないくらい強くなったのにさ...。」
サクヤは、ズキズキと痛む胸を抑え、その場に蹲る。
サクヤ「痛い...痛いよぉ......。痛い...痛い痛い痛い...。」
サクヤ「もう、叫び声なんて聞きたくない...苦しそうな声を聞きたくない...泣いてる姿を見たくない...人が死んでいくのを...見たくないよ...。」
サクヤ「私はアンドロイドだ...同じことを繰り返す...あの子たちと同じ......。なのに...なのに...。」
サクヤ「なんで私には...心があるの...? なんで私は......人間なの...?」
ナツ(M)サクヤが、人として過ごせるようになってからは、一緒に外に出ることが多くなった。主にサクヤが、一緒に行きたいと駄々をこねるから、仕方なく連れて行っているのだが。
ナツ(M)アンドロイドの時も、出かけようとすると、ジッと見つめてくる時があったが...あれは今思うと、一緒に行きたかったのかもしれない。そう思うと、俺はコイツに好かれているのかもしれない。まぁ、今までずっと世話してきているのだから、これで嫌われていたのなら、すごくショクを受ける。
ナツ(M)外に出たサクヤは、家では見せない表情をたくさん見せてくれる。それが、嬉しくもあり悲しくもある。
ナツ(M)せっかくできるようになった笑顔も、いつかきっと壊れてしまう...そう思うと、素直に喜べない。
ナツ(M)「彼女を助けてやりたい。」そう思う自分がいる。でも、何も行動を起こさない自分がいる。自分が生み出す矛盾に、イライラする。俺は、何がしたいんだよ...? どうしたいんだよ...? なぁ、答えろよ...。
街の中をブラブラとするサクヤたち。様々な露店が立ち並ぶエリアで、サクヤは前方に、頭の上にフサフサの耳が生えた人物を見つける。
サクヤ「ん? むむむ!?」
ナツ「どうした?」
サクヤ「先生! あの人、頭の上に耳が生えてます! 尻尾があります! もしかして!?」
ナツ「ん? あぁ、獣人族だな。」
サクヤ「獣人族という種族がいることは知ってはいましたが、見たのは初めてです!」
ナツ「まぁ、この街にはいないからな。ってか、珍しいな...旅人か?」
サクヤ「旅人って、いろんなところに行ったりする人ですよね? いいなぁ~私もこの街から飛び出して、いろんなところに行きたいです。」
ナツ「...行けるようになるよ。」
サクヤ「え!? 本当ですか!?」
ナツ「あぁ、仕事頑張ればな。」
サクヤ「うぅ...そうですか...。」
ナツ「どうした?」
サクヤ「......。」
ナツ「サクヤ?」
サクヤ「ねぇ、先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「私が旅に行く時、先生も一緒に来てくれますか?」
ナツ「...え?」
サクヤ「来てくれますよね!」
ナツ「お、おう。」
サクヤ「ふへへへ! よーし! なら私、お仕事頑張ります!!」
ナツ「......。」
サクヤ「...ねぇ、先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「どうして私は...アンドロイドなのに、心があるんですか?」
ナツ「......。」
サクヤ「同じことをただ繰り返すだけなら、心なんていらなかったんじゃないですか? 人を殺すだけなら...心なんて、いらなかったんじゃないですか?」
ナツ「...サクヤ、お前に心があるのはな...アンドロイドには、感じられないことを感じてほしかったからだ。」
サクヤ「感じられない...こと?」
ナツ「そう、人間にしか感じられないこと。」
サクヤ「それはなんですか?」
ナツ「まぁ、色々あるけど...例を出すなら、そうだなぁ...恋、とかな。アンドロイドじゃできないだろ。」
サクヤ「......。」
ナツ「...なんだよ?」
サクヤ「先生、恋してますか?」
ナツ「......。」
サクヤ「はぁ...独身野郎に恋とか言われましても...。」
ナツ「おいてめぇ...! 次、独身って言ったらぶん殴るぞ。」
サクヤ「殴る前に射殺しますよ、独身。」
ナツ「こ、このやろう...!」
サクヤ「ふふふ、先生は私に勝てませんよ~! あ~たのしぃ~~!」
ナツ「......。」
サクヤ「ねぇ、先生!」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「恋って、どんな感じですか?」
ナツ「なんつーかこう、ドキドキすんだよ。胸の奥辺りが。」
サクヤ「ほほう! なるほどなるほど、ふへへへ!」
ナツ「どうしたんだよ?」
サクヤ「私、先生に恋してるかもです!」
ナツ「...は?」
サクヤ「先生と一緒にいると、たまーにですけど、胸の奥辺りがドキドキしますよ!」
ナツ「...そうか。」
サクヤ「あっ、先生!」
ナツ「な、なんだ?」
サクヤ「あの獣人族の人に、お話聞いてきてもいいですか!?」
ナツ「迷惑かけんなよ。」
サクヤ「はい!」
サクヤは、獣人族の元へと元気に駆けていく。ナツはその背中を、ジッと見つめている。
ナツ「...なんで心があるかって? そりゃ、あれだよ...お前がどこの国に行っても、人殺しアンドロイドだってバレないようにするためさ。ただ...それだけさ。」
ナツ「ってか、嫌われてはないとは思ってたけど...まさか、恋されてるとは思わなかったわ。ったく...どうしてくれるんだよ、お前...。俺の気持ち、わかってんのかね...?」
ナツ(M)視線の先で、サクヤが笑っている。目を輝かせている。
ナツ(M)俺は、あの顔を壊したくない。守ってやりたい。でも俺は、何もしない。今まで、この矛盾の理由がさっぱりわからなかったが...今、はっきりとわかった。
ナツ(M)俺は、俺が好きで好きでたまらないんだ。
ナツ(M)あいつを守ってやりたい。でも、もしなにか行動を起こせば、自分の命が危なくなるかもしれない...死にたくない、死にたくはない...。その思いが、俺の足を止めていた。自分のことが、愛しくて愛しくて仕方ないんだ。
サクヤ「せんせー!」
ナツ(M)遠くで、笑顔で、俺に手を振るサクヤ。その姿を見て、もう一つわかったことがある。
ナツ「...俺も、あいつのこと...好きなんだな。」
ナツ(M)この好きが、恋愛の好きなのかどうかはわからない。なんの好きなのかは、わからない。でも、たまらなく好きなんだ。俺は、あいつが...サクヤのことが好きだ。
ナツ(M)元気で、わがままで、明るくて、強がって、たまによくわからない...そんなあいつが、自分と同じくらい、好きなんだ。だから守りたいんだ。壊したくないんだ。
ナツ(M)この先も、ずっとずっと...サクヤと、一緒にいたいんだ。
とある廃墟と化した店の中。店内は電気が通っておらず真っ暗で、壁や床、置かれている備品などは、ボロボロに朽ちている。その背景に溶け込むように、数人の人間が血を流し朽ち果てている。
サクヤは、目の前に迫っていた男の首元に突き刺したナイフを抜き取り、死体となった男を乱暴に蹴飛ばす。
サクヤ「よし、あとは...。」
サクヤ「...大丈夫、大丈夫だよ。痛くもなんともないでしょ? それに、頑張ったら先生と旅に行けるんだよ。ここにいるよりきっと楽しいよ。この痛みからも解放されるよ。だから...我慢して。」
サクヤ「痛くない...痛くない...痛くない...。」
サクヤ「痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない。」
サクヤ「......あと、一人。」
ナツ(M)大好きなサクヤを守るために、俺は行動する。サクヤと二人で逃げる計画を立てる。これは、今まで行ってきたどの仕事よりも危険で、もしバレてしまったら...俺はこの世からいなくなるだろう。
ナツ(M)それでも、俺は考える。震える身体を必死になだめる。大丈夫だと言い聞かせる。この先の楽しい未来を考え、ふっと口元を緩ませる。
ナツ(M)サクヤも、俺の描いた未来を見て、笑ってくれるかな?
ナツの家。ナツはリビングのソファーで横になって寝ている。仕事から帰ってきたサクヤは、ソファーの前でしゃがみ、ジッとナツの顔を見つめている。
サクヤ「ーーーい。せんせーー。」
ナツ「...ん...。」
サクヤ「ただいま、先生。」
ナツ「...おう、お帰り。」
サクヤ「大丈夫? 疲れてるの?」
ナツ「大丈夫だ。すまん、さっきまで寝てたからまだ飯作ってない。今から作るからーーー」
サクヤ「大丈夫だよ、先生。私、お腹空いてないから。もう少しゆっくりしてていいんだよ。」
ナツ「いや、でも...。」
サクヤ「先生はお腹空いてる? もし空いてたら、このサクヤちゃんが何か買ってきてあげましょう! 私も、もう人間ですからね~! どこに行っても怪しまれないし!」
ナツ「...俺も大丈夫だよ。だから、ゆっくりしてろ。」
サクヤ「ホントに?」
ナツ「ホントホント。」
サクヤ「...先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「無理、してない...?」
ナツ「そんなことないぞ。俺はいつだって元気だ。」
サクヤ「嘘つき。」
ナツ「嘘なんてついてない。」
サクヤは、ナツの目をジッと見つめる。
サクヤ「ジーーーッ!」
ナツ「......。」
サクヤ「ジーーーッ!」
ナツ「...すまん。ちょっとだけ疲れてる。」
サクヤ「よろしい!」
ナツ「よろしいってなんだよ。」
サクヤは突然、ナツの胸元へ頭をぐりぐりと押し付ける。
サクヤ「うりうり~。」
ナツ「...は?」
サクヤ「うりうり~。」
ナツ「...何してんの?」
サクヤ「頭を押し付けてるの! あのね、男性はこうやって頭を押し付けられると「やめろ~!」とか言いながらも喜ぶの!」
ナツ「...どこで覚えてきた?」
サクヤ「黙秘権を行使します!」
ナツ「久しぶりに聞いたわ、それ。」
サクヤ「うりうり~。」
ナツ「やめろ。」
サクヤ「おっ、喜びましたね~!」
ナツ「今のやめろは、マジのやめろだ!」
サクヤ「うりうり~!」
ナツ「......サクヤ。」
サクヤ「なにー?」
ナツ「元気出たから、もうやんなくていい。」
サクヤ「ホント?」
ナツ「ホント。」
サクヤ「ねぇ、先生。」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「無理、しちゃダメだよ?」
ナツ「おう。お前もな、サクヤ。」
サクヤ「私は大丈夫! 先生がいるから!」
ナツ「......。」
サクヤ「先生、どうしたの?」
ナツ「サクヤ。」
サクヤ「なに?」
ナツ「...一緒に旅、行こうな。」
サクヤ「うん!」
ナツ(M)サクヤは、アンドロイドのくせに、よく顔に出る。...いや、俺が長いこと一緒にいるから、なんとなくわかるだけか。自分の方が無理してるのに...それを笑顔でかき消して、俺の心配をしてくれる。
ナツ(M)サクヤ...俺は、お前の無理してる姿は見たくねぇ。無理してる顔は見たくねぇよ...。お前の、無邪気で明るい笑顔が見てぇよ。だから、俺は頑張るよ。
ナツ(M)お前には悪いけど、無理して頑張る。そうしなきゃ、お前はもっと無理するから。大好きなやつが無理するのは嫌だから...。
とあるビル内の一室。ヒビの入った蛍光灯は、高速で点いたり消えたりを繰り返している。
その光の下で、お腹を押さえ四つん這いで蹲るサクヤの姿。そして、口の中からドロっとした液体を床に撒き散らす。
サクヤ「うえぇぇぇ...! うぅ...!」
サクヤ(な、なんか出た...。ドロっとした液体に...なんか固形の...。これ、私が食べたものかな...? じゃあ、これは嘔吐か...。今までこんなことなかったのに、どうしちゃったんだろ...私...。)
サクヤ「うぅ...。」
サクヤは、力なく血が飛び散った床へ横になる。
サクヤ(身体の内側が重い...なにか硬いもので殴られている感覚...。気持ち悪い...気持ち悪い...!)
サクヤ「うぅ...うぅ...。」
サクヤ(全身が痛い...息苦しい...気持ち悪い...。日に日に大きくなってる...どうしよう...? ここままだと、私は...。)
サクヤ「...だ、大丈夫...大、丈夫...。」
サクヤは、フラフラと立ち上がる。が、すぐに膝を折り、その場に座り込む。
サクヤ「だ、大丈夫...大丈夫大丈夫...。私は、アンドロイド...受けた傷はすぐに治せる...。この痛みも...すぐに...。」
サクヤ「大丈夫...大丈夫...大丈夫だよ...。すぐ良くなる...。それに、こんな顔してたら...先生が、心配しちゃう...。先生は、優しいから...。」
サクヤ「嫌だ...嫌だよ...。先生を困らせたくない...。私が仕事しなくなったら、先生が困っちゃう...。だから、頑張らなきゃ...頑張らないと...。」
サクヤ「大丈夫...大丈夫大丈夫大丈夫...。大丈夫大丈夫大丈夫...大丈夫大丈夫...。」
サクヤ「悲しい顔をしていたら...心配される...。笑顔でいたら...嬉しい気持ちになる...。だから、笑わなきゃ...笑う...笑う、笑う。笑う笑う...。」
サクヤは、返り血で真っ赤に染まった両手で、頬を無理やり押し上げる。
サクヤ「あ、あはははは。あははははは。あはははハハハハ...ハハハハ...。」
サクヤ「...だ、大丈夫...大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫。大丈夫大丈夫大丈夫...! 私は、大丈夫...! すぐに良くなる! すぐに治る! 今までだって、大丈夫だった! だって私は...私は...!!」
サクヤ「...わ、私は...人間...。人間だよ...先生と同じ...人間だよ...。そこにいる人たちと...同じだよ...。私は、アンドロイドじゃ...。」
サクヤ「違う...違う...。私はアンドロイドじゃない...。先生と一緒...先生と一緒なんだもん...。先生と一緒の...普通の、人間...。」
サクヤ「人を殺す...アンドロイドなんかじゃ...。」
サクヤ「あぁぁぁ......痛い...痛いよ...痛いよぉ...。もう、嫌だよ...苦しいよぉ...痛いよぉ...。助けて...助けて...。この痛みから...解放、されたいよぉ...。」
サクヤ「先生......助けてぇ...。」
サクヤは、ブツブツと言葉を吐きながら、ゆっくりとまた横になる。
数十人もの死体が、逃がさないと言わんばかりに、サクヤを取り囲んでいる。
ナツの家。扉がゆっくりと開くと、顔を俯かせたサクヤが帰ってくる。ナツはソファーから立ち上がり、サクヤを出迎える。
ナツ「ん、お帰り。」
サクヤ「......。」
ナツ「どうした?」
サクヤ「...ギュー。」
ナツ「ギュー?」
サクヤ「ギューしろ!」
ナツ「はいはい、ほら。」
ナツは両手を広げる。サクヤは何かから逃げるように、素早くナツの胸の中へ飛び込む。
サクヤ「......。」
ナツ「お疲れ様。」
サクヤ「...先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「いつもいつも、帰ってきたらギューしてるでしょ?」
ナツ「そうだな。」
サクヤ「そろそろ、ギューしてって言わなくてもギューして。」
ナツ「なんでだよ?」
サクヤ「いいでしょ!」
ナツ「わかったわかった。」
サクヤ「明日からは、先生からギューすること。わかりましたね?」
ナツ「はいはい。」
サクヤ「......。」
サクヤは深く顔を埋める。ナツはサクヤの頭を優しく撫でる。
ナツ「よく頑張ったな。」
サクヤ「今日は、いっぱい殺しちゃった...。何人も何人も......。」
ナツ「......。」
サクヤ「先生...。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「なんで私は、人を殺すの?」
ナツ「......。」
サクヤ「叫び声なんて聞きたくない...苦しそうな声を聞きたくない...泣いてる姿を見たくない......人が死んでいくの...見たくないよ...。」
ナツ「...ごめんな。」
サクヤ「苦しい。悲しい。叫びたい。泣きたい。」
サクヤ「......死にたい。」
ナツ「...サクヤ、なにかしてほしいことあるか?」
サクヤ「してほしいこと...?」
ナツ「今さ、苦しいだろ?悲しいだろ?叫びたいだろ?泣きたいだろ?死にたいだろ? 俺は、少しでもそれを和らげてやりたい。だからさ。」
サクヤ「...私が満足するまで、ギューってしてて。」
ナツ「わかった。」
サクヤ「...先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「もう少し強く、ギューってして。」
ナツ「わかった。」
サクヤ「...先生の心臓の音が聞こえる。ドキドキ言ってる。」
サクヤ「私の胸の奥辺りも、すごくドキドキしてる。」
サクヤ「先生......好き...大好き。これが、恋なんだね...ふへへ...。」
サクヤ「先生とこうやってるとね、嫌なことが全部どこかに飛んでっちゃうの。」
ナツ「サクヤ...。」
サクヤ「私ね...嫌だった。アンドロイドが良かった。心なんていらなかった。でもね、先生とこうしてるとね...人間でよかったって、心があってよかったって思える。」
サクヤ「だから私...人間で居続けるために、頑張る。これからも、いっぱい殺すね。」
サクヤ「先生と、ずっと一緒にいたいから。」
ナツ「......サクヤ。」
サクヤ「なに?」
ナツ「顔、見せろ。」
サクヤ「顔? どうしたーーー」
サクヤが顔を上げる。言葉を遮り、ナツがサクヤの唇にキスをする。
サクヤ「ん...。」
唇がゆっくりと離れていく。サクヤは、ただただジッと、ナツの顔を見ている。
サクヤ「......。」
サクヤ「......先生、今のは...?」
ナツ「俺も好きだよ、サクヤ。」
サクヤ「......え?」
ナツ「今、どんな気持ちだ?」
サクヤ「......すごくドキドキしてます。せ、先生とギューってしてるよりもドキドキしてますっ! お、お、お、おおおオーバーヒートしそうです!」
サクヤ「ふぬぁぁぁぁぁぁ!?」
サクヤ「ドキドキを抑えるために先生から離れます! 一時的に距離を置きます! せ、先生が見えなくなるまで距離を置きますぅぅぅ!!」
サクヤは、猛スピードでリビングから出て行く。
ナツ「...やりすぎたか? ってか、なんだよあの反応は? 可愛いやつだな。」
ナツ「...もう、人間なんだもんな。」
ナツ「もう少し...もう少しだけ待ってくれ...。我慢してくれ...。」
ナツ(逃走ルートは頭に入れた。道具も、もう少しで揃う。後少しで、この苦しみから解放される。あの苦しみから、解放してやれる。)
ナツ「...今まで笑えなかった分、いっぱいいっぱい笑おうな...サクヤ。」
ナツのポケットに入っていた連絡用の端末が、画面を輝かせながら震え出す。
ナツ「ん、なんだ? ...主任? はい、もしもし?」
ナツ「......話したいこと、ですか?」
闇が広がる路地裏に、銃声が響く。
サクヤ「...仕事、終わり。」
サクヤ「......うふっ! ふへへへ!」
サクヤ「恋っ! 恋っ! 恋~~!」
サクヤ「恋って、すごくドキドキする! 恋ってすごく楽しいなぁ! うわぁぁぁ! 先生への好きが止まりません!! 私頑張れる、頑張れちゃう!! 嫌なことも、先生がいてくれたら乗り越えられちゃう!!」
サクヤ「ふへへへ! 早く帰ってギューってしてもらお~~!」
サクヤ(M)家に帰ると、大好きな先生が出迎えてくれる。それだけで、身体中の痛みがどこかへと飛んでいってしまう。
サクヤ(M)ギューってして、うまうまなご飯を一緒に食べて、一緒にソファーに座って...そして、チューをせがむ私に困ったような顔をしながらも、チュッてしてくれる。
サクヤ(M)先生と一緒にいると、胸の奥が痛い。ズキズキズキズキ、ドクドクドクドク。でも、この痛みは...なぜだろう? すごく心地よい。なぜだろう? もっと痛んで欲しいって思う。
サクヤ(M)あぁ...これが恋なんだ...。アンドロイドには、あの子たちには絶対に感じられないこと。感じられないこの痛み。感じられないこの幸せ。
サクヤ(M)もっともっと感じたい。この感覚を、もっともっと味わいたい。
ナツの家。ベッドの上で、サクヤが寝息をたてて幸せそうに寝ている。
サクヤ「(寝息)」
ナツ「...幸せそうに寝やがって。」
ナツ「...こう見ると、ホント人間にしか見えないよな。笑って、怒って、泣いて、飯食って、寝て...。」
ナツ「...なにやってんだろ...なにしてんだろ...俺は...。ホント、なにやってんだか...。」
ナツは寝ているサクヤの頭を優しく撫でる。
ナツ「...ごめんな、サクヤ...。ごめん...ホントごめん...。ごめん...ごめん...。」
サクヤ「......先生?」
ナツ「あ、悪い...起こしちまったか。すまん。」
サクヤ「ねぇ、なんで悲しそうな顔してるの?」
ナツ「......。」
サクヤ「何かあったの?」
ナツ「......。」
サクヤ「...先生。」
サクヤは、優しくナツを抱きしめる。
サクヤ「ぎゅー。」
ナツ「......。」
サクヤ「先生...私ね、先生のこと大好きなの。だからね、先生が笑っているとすごく笑いたくなるし...先生が悲しい顔してると、すごく悲しくなるの。私ね、先生の悲しんでる顔は見たくない。」
ナツ「サクヤ...。」
サクヤ「先生は、悲しそうな顔よりも、笑ってる顔の方が似合うよ。私は、先生の笑った顔が好きだよ。」
ナツ「...ごめん、ごめんな...。」
サクヤ「謝らないで、先生。」
サクヤ「...先生、ありがとね。私に、心をくれて。」
サクヤ「私、すごく幸せなの。先生と一緒にいられて、すごくすごく幸せなの。どれだけ辛いことがあっても、苦しいことがあっても、先生がいてくれるだけで、全部全部どこかに飛んでっちゃうの。私が嫌なことを頑張れるのは、先生のおかげだよ。」
サクヤ「ありがとう。私にいっぱい幸せをくれてありがとう。」
サクヤ「恋を教えてくれて、ありがとう。」
サクヤ「私、先生のためなら、なんだってするから。大好きな先生のためなら、なんでもする。」
サクヤ「だから...先生を悲しませているやつがいるのなら、私に教えて。」
サクヤ「私が...壊してあげるから。」
サクヤ(M)私は、サクヤ。人殺しアンドロイドだ。
サクヤ(M)私は、アンドロイドだ。だけど私は、言葉を話す。他の子たちとは違って、人間のように、スラスラと、プログラムされていない言葉も話す。
サクヤ(M)私は、アンドロイドだ。だけど私は、ニコッと笑う。面白いと感じ、幸せを感じ、ニコリと笑うことができる。
サクヤ(M)私は、アンドロイドだ。だけど私は、食事をする。睡眠をとる。まるで周りにいる人間のような生活をする。
サクヤ(M)喜怒哀楽を感じ取り、自らの力で表現できる。プログラムされた感情ではなく、その場その場で生み出される感情を、表現できる。
サクヤ(M)喜び、怒り、哀しみ、楽しみ...そして、恋をする。
サクヤ(M)私は、アンドロイド...ではない。
サクヤ(M)私は、人間だ。
サクヤ(M)恋をし、幸せを感じられる...人間だ。
サクヤ(M)手放したくない。この感情を...アンドロイドにはないこの感情...人間にしかないこの感情...ずっとずっと、手にしていたい。
サクヤ(M)だから私は、壊すんだ。手にしたこの感情を離さないためにも...壊して、壊して、壊して壊して...殺すんだ。
サクヤ(M)殺して、殺して...殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して...。
サクヤ(M)時々、自分が壊れてしまいそうになるけれど...私は大丈夫。私が壊れてしまう前に、先生が治してくれるから。大好きな先生が、私を治してくれる。
サクヤ(M)心の痛みを、痛みで上書きしてくれる。辛くて苦しい痛みを、心地よい痛みに変えてくれる。
サクヤ(M)この痛みを、感じたい...ずっと感じていたい...。感じるために、私は今日も殺す。殺して殺して、殺すんだ。
サクヤ(M)この先、何があっても...どんな奴でも、私は幸せでいたいから、恋していたいから...私はーーー
とある家の中。リビングに置かれた家具は、真っ赤に塗り替えられており、鼻をつんざく臭いが部屋に充満している。
サクヤ「...仕事、終わり。早く帰って、ギュッてしてもらお。」
サクヤの連絡用端末が、メールを受信し震え出す。
サクヤ「...なに? 仕事の追加? めんどくさい...早く先生に会いたいのに...。さっさと終わらせてーーー」
サクヤがメールを開く。次のターゲットの名前と、顔写真、その他の情報が細かく記されている。
次のターゲットーーーヒガクレ ナツ。
サクヤ「......え?」
サクヤ「な、な、なにこれ...? なんなの、これ...? なんで...なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?」
サクヤ「...せ、先生......。」
ナツの家。リビングの扉がゆっくりと開く。顔を俯かせ、元気のないサクヤが、扉の前で立ち止まる。
ナツはサクヤを、優しく温かく出迎える。首には、真っ白な首輪のようなものが取り付けられている。
ナツ「おかえり。」
サクヤ「......。」
ナツ「どうした?」
サクヤ「......なんでですか?」
ナツ「なにがだ?」
サクヤ「...なんで......?」
ナツ「サクヤ、よく聞け。俺たち人間はな、アンドロイドとは違って...自分で考え、選択し、行動しなきゃいけねぇ。」
サクヤ「なんでなの!?」
ナツ「...人間ってのはな、選択し続ける生き物だ。お前はアンドロイドじゃねぇ。人間だ。生きてるうちに、どちらも選びたくない選択を選ばなきゃいけない日が必ずくる。」
ナツ「それが、今だよ。」
ナツ「これを越えれば、お前はどんなことだって耐えられるさ。これから先、何があっても...今より辛いことは起こらねぇだろ?」
サクヤ「......嫌だ。」
ナツ「殺せ。」
サクヤ「嫌だ。」
ナツ「殺せ。」
サクヤ「嫌だ。」
ナツ「殺せ。」
サクヤ「嫌だ!」
ナツ「殺せ!!」
サクヤ「嫌だ!!!」
ナツ「殺せ!!!!」
サクヤ「大好きな人を殺したくない!!!!!」
サクヤ「殺したく...ないよ...。ねぇ...なんでなの...? なんで...?」
ナツ「...サクヤ、お前はな...人を殺すために作られたんだよ。」
ナツ「心があるのはな、どこに行っても怪しまれないように...人殺しアンドロイドとしてではなく、人間として、潜り込むためだ。」
サクヤ「......。」
ナツ「これはな、お前が潜り込んだ先で、殺すターゲットと仲良くなった時に...迷わずスパッと殺せるようにする、練習だよ。」
サクヤ「れん...しゅう...?」
ナツ「そうだ。俺は今までずっと、お前と仲良くなるために嘘をついてきた。」
サクヤ「...うそ...?」
ナツ「本気で仲良くならねぇと、練習になんねぇだろ? 俺はお前に好かれるように、お前が嬉しくなるような言葉を投げ続けてきた。まさか、恋されるとは思ってなかったけどよ。ホント、笑える話だよなぁ~。アンドロイドが人間に恋って...叶うはずねぇだろ。」
サクヤ「......。」
ナツ「サクヤ、お前は人間だ。人間の皮を被った、アンドロイドだ。お前の身体も、心も...全部全部、作られたものなんだよ。」
サクヤ「...ち、違う...。」
ナツ「なにも違わねぇよ。さっき言っただろ? 心があるのは、お前がどこに行っても、人殺しアンドロイドだってバレないようにするためだよ。ただ、それだけなんだよ!」
ナツ「それをお前はさ! 俺が言うことはなんでも信じて! しかも俺に恋してさ! 可笑しくて腹痛くなるわ! なぁ、どんな気分だ!? 俺に恋してる気分は!? 大好きな俺に、裏切られる気分は!? 苦しいだろ!? 辛いだろ!? 悲しいだろ!? その感情をぶつけてこいよ! 思い切りぶつけてこいよ! 今まで何人も何人も殺してきたんだろ!? こんなやつ一人殺すのなんて簡単だよな!? だからさっさとーーー」
サクヤ「ねぇ、先生。」
サクヤ「私のこと...好きって言ってくれたの...あれも、嘘なんですか?」
ナツ「......。」
ナツ「......ごめん。」
サクヤ「...謝らないでください。先生は、なにも悪いことしてないんですから。先生の言う通りですよ...私はアンドロイドですから...人殺しアンドロイドですから...。」
サクヤ「人間とアンドロイドが恋って...おかしいですもんね...。」
ナツ「......。」
サクヤ「......先生。」
サクヤは懐から、ゆっくりと拳銃を取り出す。銃口を真っ直ぐ、ナツの額へと合わせる。
サクヤ「今まで、ありがとうございました。」
ナツ「......あぁ。」
サクヤ「......。」
サクヤ「......。」
サクヤ「......できないよ...できるわけないじゃん...。前、言ったでしょ...? 先生のこと、殺すわけないって...。殺せないよ...殺せ...ないよ...。」
ナツ「...サクヤ、俺の首についてるやつ、見えるか? これさ、24時間後に爆発するんだわ。」
サクヤ「...え?」
ナツ「俺とお前が、どこかへ逃げないようにってさ。だから...俺はどっちにしろ死ぬんだよ。」
サクヤ「そ、そんな...。」
ナツ「殺してくれ。」
サクヤ「嫌だよ...。」
ナツ「殺してくれよ...。」
サクヤ「嫌だ...。」
ナツ「殺せよ...。」
サクヤ「嫌です!」
ナツ「殺せよ!!」
サクヤ「嫌だ!!!」
ナツ「...なんでだよ...なんで殺してくれねぇんだよ......! 早く殺してくれよ! 殺せよ!!」
サクヤ「先生は、生きたくないんですか!?」
ナツ「......。」
サクヤ「私は、先生と一緒にいたい! ずっと一緒にいたいんです! 大好き先生と...大好きな...! だから、殺したくない! 殺したくないよ!! ずっとずっと一緒にいたい! ずっとずっと、一緒に生きていたいよ!! 先生と幸せになりたいよ!!」
サクヤ「だから、死なないでよ...! 私と一緒に、生きてよ!!」
ナツ「......生きてぇよ...。」
サクヤ「せん...せい...?」
ナツ「生きてぇよ......生きてぇに決まってんだろうがよ! ずっと一緒にいてぇよ! ずっとお前とバカみてぇな会話してぇよ! 飯食ってもらってさ、うまうまって笑顔で言ってほしいよ! お前とギューってしててぇよ! お前と...サクヤと一緒に...遠いところまで、旅してさ...色んなとこ行ってさ...。行ってさ...。」
サクヤ「先生...!」
ナツ「ごめん...ごめんな...。俺、バカだからさ...。もっと上手くやれてたら...こんなことには...お前に迷惑かけることも...。ホント、なにやってんだろ...? なに...してんだろ...?」
サクヤ「先生...。」
ナツ「なぁ、早く殺してくれよ...頼むよ...! これ以上、生きたいって気持ちを抑えたくないんだよ...! お前と...サクヤと、一緒にいたいって気持ちを...抑えつけたくないんだよ...!」
ナツ「頼む...お願いだ......。」
サクヤ「......わかりました。そのかわり、私からも一つお願いがあります。」
ナツ「...なんだよ?」
サクヤ「死ぬギリギリまで、一緒にいたいです。」
ナツ「......お前はさ...俺の心を傷つけるの、ホントうまいよな...。話、聞けよ...。」
サクヤ「私だって、やりたくないことするんです...。先生も、これくらいは我慢してください。」
ナツ「わかったよ。」
ナツ「...何があっても、お前の手で殺してくれよ...。」
サクヤ「うん。」
ナツ「...好きな人に、殺されたい。」
サクヤ「......うん。」
ナツ「サクヤ。」
サクヤ「なに?」
ナツ「おいで。」
ナツは両手を大きく広げる。
サクヤ「......うん!」
サクヤはナツの元へと駆けていく。互いに、力強く抱きしめ合う。
ナツ「お疲れ様。」
サクヤ「ねぇ、先生。」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「好き。好き好き。」
ナツ「やめろ。」
サクヤ「好き好き好き好き。」
ナツ「やめろって。」
サクヤ「好き好き好き好き! だーーい好き!!」
ナツ「やめろって!!」
ナツ「生きたくなるだろ...。」
サクヤ「生きてよ...なんで死んじゃうの...? なんで先生が死んじゃうの...? 生きてよ...生きてよ...生きてよ生きてよ生きてよ!!」
ナツ「上からの命令だ、仕方ないだろ。命令無視して、お前に迷惑かけるのだけはごめんだ。」
サクヤ「今すごく迷惑かかってる! かかってるよ!」
ナツ「...ごめんな。」
サクヤ「許さない...絶対許さないよ...! バカ...バカバカバカバカ!!」
ナツ「バカはお前だろ、バーカ。」
サクヤ「うるさい! バカバカバカ!!」
ナツ「お前、こんな言葉を知ってるか? バカって言う方がバカだと。」
サクヤ「...先生、今二回言いましたね? 私はもう言いませんからね。」
ナツ「ふざけんな、おい!!」
サクヤ「...うふふふ、あははははは!」
ナツ「......。」
サクヤ「あはははは...! あははは...ははは...はは...。」
ナツ「泣くなよ、俺も泣きたくなんだろ。」
サクヤ「うぅ...! うわぁあぁあぁぁあ!!」
ナツ「ごめん、ごめんな。」
サクヤ「バカバカバカバカ!!」
ナツ「もう言わないんじゃなかったのかよ?」
サクヤ「バカバカバカバカバカバカ!!」
サクヤ「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!!」
ナツ(M)その後も、サクヤのバカ攻撃は続く。
ナツ(M)バカと言われるたび、自分はこんなに好かれているのか、こんなに愛されているのかと実感する。
ナツ(M)ありがとう、サクヤ。
ナツ(M)こんなバカを好いてくれて。
ナツ(M)こんなバカを愛してくれて。
ナツ(M)バカって言葉で...嬉し泣きする日が来るなんてな...。
サクヤ「先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「私も、先生と一緒に死にたい。」
ナツ「ダメだ。」
サクヤ「なんで?」
ナツ「絶対ダメだ。」
サクヤ「なんで!?」
ナツ「俺の分まで生きてくれ。」
ナツ「お願いだ。」
サクヤ「......。」
ナツ「生きて、旅に出て、いっぱい思い出作って、俺に聞かせてくれ。」
サクヤ「...うん。」
ナツ「俺はさ、うまうまな料理いっぱい作って待ってっからさ。」
サクヤ「...うん。」
ナツ「だから生きろ。思い出話し一つも持ってこなかったら、ぶん殴るからな。」
サクヤ「いっぱい持っていく。先生の料理よりも、いっぱいいっぱい持ってくよ。だから...そっち行った時も、ギューってして迎え入れてね。」
ナツ「わかってるよ。」
ナツ「......そろそろ、頼むわ。」
サクヤ「......先生。」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「手、握って。」
ナツ「おう。じゃあ、笑顔で引き金引いてくれや。」
サクヤ「うん。」
二人は、左手の指を絡ませてギュッと手を握りあう。
ナツ「......なぁ。」
サクヤ「なに?」
ナツ「......名前、呼んでくれ。」
サクヤ「......。」
ナツ「ナツって...呼んでくれ...。」
サクヤ「......ナツ。ナツ...ナツ...ナツ、ナツ。」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「好きだよ。大好きだよ。」
サクヤ「私、ナツのこと...大好きだよ。」
ナツ「......ありがと。」
ナツ「じゃあな、サクヤ。」
ナツ「愛してるぜ。」
サクヤ「......バイバイ...。」
サクヤ「私も、愛してるよ...ナツ。」
サクヤは、右手に握りしめていた拳銃のトリガーを引く。乾いた音と、何かが倒れる音が室内に響き渡る。
サクヤ「......。」
サクヤ「......。」
サクヤ「...血ってさ、ケチャップみたいだよね。」
サクヤ「......。」
サクヤは、ナツを抱き寄せる。
サクヤ「ナツの...バカ。バカバカバカ...。」
サクヤ「...バカ......バカ......。」
サクヤ「いっぱい...いっぱい思い出作ってくるから...。いっぱい...いっぱいいっぱい...食べきれないくらい...うまうまな料理作って、待っててね...。」
サクヤ「......。」
サクヤ「......行ってきます、ナツ。」
サクヤは、ナツの唇に自分の唇を重ねる。
ナツを床へ寝かせると、ナツの顔を見つめたまま、ゆっくりと立ち上がる。瞳の色は、少しずつ薄くなっていく。
サクヤ「......ターゲット、射殺完了。引キ続キ、仕事ヲ続行シマス。」
サクヤ「次のターゲットは、サクヤをアンドロイドだと認識シテイル人間。」
サクヤ「見ツケ次第、殺セ。」
サクヤは、スタスタと無表情のままリビングの扉を開ける。開けた扉の前で、ピタリと動きを止める。
サクヤ「......私ハ、人殺しアンドロイド。」
サクヤ「私ハ、」
サクヤ「私は...。」
サクヤ「......わたしハ、にんげん...。」
応援ありがとうございます!
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