【完】ユールの祝祭

伊藤クロエ

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11 二人の誓約 ★

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 たっぷりと湯を汲んだ大きな桶を抱え、腕にはパンと肉とワインを入れた籠を下げたスヴェンが塔の部屋に戻ると、イリアスがしどけない姿で寝台に腰掛けてこちらを見ていた。

「…………どこへ行っていた」
「湯あみの用意を」
「……そうか」

 いつものきちんと整えられた様子とはかけ離れて金色の髪はひどく乱れ、昨夜スヴェンが着せた夜着は首元が大きく開いて鎖骨の辺りには赤い跡が散らばっている。それでもイリアスは常と変わらず凛として美しかった。
 彼は王族らしい他を寄せ付けぬ表情で寝台から立ち上がろうとしたが、腰が立たないのか、ぐらりと身体が傾ぐ。それを見てスヴェンは桶や籠を置き、急いで駆け寄った。
 イリアスが口から漏れそうになった罵り声をぐっと呑み込む。スヴェンは彼を寝台の縁に座らせて、昨日彼が気絶するように寝落ちた後に着せた夜着を頭から抜いてやった。

 昨夜の情交の跡がありありと残る身体にキルトを羽織らせて、その間に銅の盥に湯を注ぎ、温度を確かめてからイリアスを浸からせる。丸めたリネンを濡らして背中を擦ってやると、よほど気持ちいいのかイリアスが深くため息を漏らした。
 スヴェンは彼が身じろぐ度に動く筋肉や艶やかな肌にできる皺の一つ一つを目に刻み、身体を洗っていく。そして何度も丁寧に髪を梳いて洗った後に、後ろから抱きしめるように前に手を回しイリアスの足の間に差し入れた。

「…………っ、ふ」

 ゆるやかに撫でて擦って、股間にこびりついた二人の精液やスヴェンの唾液の跡を落としていく。そして太い指を中に潜り込ませると、イリアスが感じ入ったような声を漏らしてスヴェンの肩に頭を乗せた。
 くちゅ、ちゅく、と湯を中に押し込むように洗ってやると、指が狭い肉壁を掻き分けて行き来するのがいいのか、イリアスの声が段々色づいていく。

「ん…ぁ、っ……んっ」
「……気持ちがいいですか?」
「っそ、そんなこと、ない……っ」

 スヴェンはあたたかく柔らかい肉が自分の指を締め付ける感触を存分に楽しむと、濡れた彼の身体を再びキルトで包んで寝台に座らせた。

「薬を塗っても?」
「…………許す」

 その言葉に頭を下げて、懐から西で一番の腕を持つアステールの魔女ウイッカから譲り受けた軟膏を取り出した。ほのかに薬草の香りがするそれをたっぷりと指に掬い取ると、イリアスの両足の間にひざまずく。そして最初に皮膚の薄い内腿に口づけると昨夜太すぎる剛直に散々擦られて赤く熱を持った秘腔に軟膏を塗りつけ、中へと指を潜り込ませていった。

「……っふ、あ、…………っ、ん……っ」

 イリアスがスヴェンの髪を掴んで喘ぎ始める。何かを思い出すように目を閉じ息を弾ませる彼の背中を支えて寝台に横たえ、スヴェンはその上に覆いかぶさった。そして奥の奥までゆっくりと指を抜き挿しして腫れぼったい粘膜に薬を塗りこめていく。

 昨日色が透明になるほど限界まで精を吐き出させられたイリアスの性器は、若さゆえかそれでも健気に震えて勃ち上がっている。それを口に含んで可愛がってやりながら、スヴェンは中からそっと指を抜き取った。それを惜しむように絡みついてくる粘膜が愛おしくて目を細くする。
 ほどなくしてイリアスが出した体液をすべて呑み込んでスヴェンは口を拭った。口と目を薄く開いて息を荒げているイリアスの顔を覗き込むと、不意に彼がスヴェンの顔に手を伸ばしてきた。その形のいい指先が自分の頬に触れて、スヴェンは驚きのあまり硬直する。

「…………驚いたな」

 イリアスが呟く。

「……お前、こんなに深く、美しい目をしていたのか」

 こんな戦場にあってもきちんと整えられている爪の先に、目の際を撫でられる。

「深くて青い、いい色だ」
「……お好きですか、青い色が」

 イリアスの目がどこかをさ迷い、そして言った。

「…………そうだな。好きかもしれない」

 その言葉を聞いて、スヴェンはふと思い出した。
 このイェルランドの王家には代々受け継がれる青い宝玉がはめ込まれた王冠と王杖がある。王となる者は戴冠式の日や春を迎えるオスタラの祝祭でそれらを携え、国中から集まった民の前で披露するのだ。
 スヴェンは頭の中で夢想する。この大陸で最も大きな《冬の青》と呼ばれる宝玉を頭に戴き輝く王杖を持つイリアスはきっと世界中の何よりも美しいに違いない。

「……差し上げましょうか、この世で一番深い青を」
「何?」

 イリアスが驚いたように数度、瞬きをする。その目に浮かぶ、どこかあどけない少年のような感情の色をスヴェンは黙って見下ろした。

 スヴェンにはイリアスのようなカリスマも、ゲーリクのような名声も思慮遠望もない。だがゲーリクと共に王都に乗り込みすべての護衛兵を殺して王と王太子の首を叩き斬ることなら容易にできる。それは自惚れではなくれっきとした事実だ。
 王都で行われる御前試合でスヴェンはいつも片手剣を使っていたが、本当に得意な獲物は重さ20ベクタを越えるハルバードだ。スヴェンがそれを使うと誰が相手でもまるで勝負にならず、あまりにも一方的な殺戮にかえって批難が集まるとゲーリクに使用を禁じられた武器だ。だがこの戦場にはもちろん持ち込んでいる。あれならほんの一瞬でイリアスにこのような苦労を強いている元凶を狩り獲れるだろう。

「どうですか。貴方は欲しいと思いますか?」

 そう尋ねるとイリアスは瞬きもせずスヴェンの目を見て、やがて小さく頷いた。

「決まりですね」

 スヴェンは頷いて早速ゲーリクの元へ行こうと寝台から下りようとする。だがイリアスに袖を掴まれて思いとどまった。

「……その時は褒美をやらねばな」

 どことなく上の空といった声でイリアスが呟いた。スヴェンはまだ一度として触れてはいない唇が言葉を紡ぐのを見る。

「何がいい」

 問いかけるイリアスの口から吐息が漏れる。

「…………どんなものでも御心のままに」

 スヴェンはイリアスの手を取ると、万感の思いを込めて静かに口づけた。

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