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伴侶として

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土曜になりジュエリーショップに誠吾と共に向かうと、洒落たデザインの指輪が準備されていた。
「鷹臣社長、優様、ようこそ起こしくださいました」
女性店長に出迎えられケースの前に腰を下ろすと指輪を数種類差し出された。
「こちら、当ショップの新作でございます」
「お義母様の好みのものがいいな」
「社長の、ですか?」
「はい」
笑顔で頷く優に店長の女性が一番端の指輪を指差した。
「こちらは社長のデザインです」
実は誠吾の母はグループの会社経営者でもあると同時に、世界的ジュエリーデザイナーとしての顔も持っていた。そのことを知っていた優が田村にセッティングを頼んだのである。
「誠吾さん、つけてみてもいい?」
「ああ」
誠吾の許可をもらい指輪を嵌めた優が手を広げてみせた。
「綺麗だね。お義母様のデザイン好きだな」
「じゃあそれにする?」
「うん」
頷く優に誠吾が目を細める。
「それじゃ、これを箱に入れてもらっていいかな?顔合わせの席で渡す形だけどいい?」
「誠吾さんにお任せします」
にっこりとほほ笑む優に誠吾が店長へ指示を出すと直ぐに箱に入れられラッピングが施された。
ジュエリーショップを出ると、車を回した田村が待っていた。
「気に入るものはございましたか?」
「うん。さすが田村さん。俺の望みをかなえてくれてありがとう」
「優様のお気に召したのでしたのでしたらなによりです。それでは会場へ車を回します」
「ああ、頼む」
誠吾の言葉に田村がドアを開けるとふたりが乗り込む。
「優様のご両親も先ほど別の車で会場に入ったとのことです」
「そう」
運転席に乗り込んだ田村の言葉に優が頷く。
そのまま静かに走り出した車の中で誠吾が優の手をとった。
「今日の会食と明日の婚約披露パーティーが終わると色々なことが楽になると思う」
「誠吾さんが俺に誠実であることを必死に証明してくれていることは理解してる。だから精一杯譲歩してるだろ」
「婚約者になるんだから、一緒に寝てもいいだろう?」
実は初日こそ優のベッドで眠ることが出来たが、それ以降はベッドに入ろうとすると優が怒るためベッドの前で懇願を繰り返す状態だったのだ。
「ダメ」
「そんな……疲れて帰って癒されたいのに」
「食事待ってやってるだろ?」
ツンとした物言いの優に誠吾が縋りつく。
「それはもちろん嬉しいけど、でも夜も……」
「ちゃんと家の中では誠吾さんを立ててるのに、これ以上文句あるわけ?」
「そのことも感謝している。うちの使用人たちは優のことを賢妻と認めているわけだし」
「だったらいいよね。俺は婚前交渉はしない」
「無理矢理なことはしないのに……」
「αの言うことは信用しない」
顔を背けた優に誠吾がガクンと項垂れる。
「誠吾、諦めろ。俺たちαが万が一フェロモンに充てられたら堪えられないのはお前も分かっているだろ。そのために抑制剤を飲んでいるわけだし」
田村の言葉に誠吾が「あうう」と嘆きの声を上げた。
「こうなれば早く結婚の日取りを決めないと」
「高校にいるうちは結婚する気はないよ」
優の言葉に誠吾が打ちのめされた顔をする。
「そんなことしてる間に俺、おじさんになっちゃう……」
「いいんじゃない?その間にもう少し大人になった方がいいよ」
「そう言えば優様の好みを聞いていませんでしたね」
田村がバックミラー越しに優をチラリとみると、誠吾とは距離を取り窓の向こうを見ていた。
「別に好みはないよ。多分好きになった人がタイプなんだと思う」
「恋愛のご経験は」
「ないよ。告白はされるけど、興味ないし。そういうの嫌だから陰キャしてるわけだし」
恐らく随分と言い寄られたのだろうと察した田村はそれ以上追及するのを止めた。
「誠吾のタイプは?」
「優だよ」
「それはアホウの答えですね」
田村の辛辣な返しに誠吾が涙目になる。
「だってあんな感情になったのは優がはじめてで、それ以外に理由がある?」
「確かに学生時代浮いた話はありませんでしたけど」
「ふぅん、モテないんだ」
優がクスッと笑うと田村が大げさにため息をついた。
「ええ、誠吾に群がるのは金目当ての連中ですよ。αもΩも。特にΩはフェロモンで誘惑して無理矢理迫ることもありましたから、悪質ですよ」
「それは、大変だ……そんな中田村さんだけは誠吾さんの味方でいたんだ」
「まあ腐れ縁でしたし」
車が会場のホテルに到着し、エントランスで車が停まると田村が車から降りドアを開けた。
「優様、お手を」
「ありがとう」
田村の手を取り車を降りると続いて降りた誠吾が優の腰を抱いた。
「お車を」
「ああ、頼む」
田村が車のキーを預けると、ホテルに入っていく。
「両家それぞれに控室がございますので、おふたりにはしばらくそれぞれのご家族とご歓談いただきます」
田村の説明に誠吾と優が頷く。
「誠吾様は葵の間に、優様は私がお連れいたします」
「よろしく頼むぞ」
葵の間の前で片手をあげた誠吾が部屋に入ると田村が優の半歩前を歩き出した。
「ご両親とはお久しぶりだと思いますので、会食は一時間後になっています」
「そんな気を使わなくていいのに」
「いえ、突然連れ出してしまいましたから。こちらです」
芙蓉の間と書かれた部屋の前で立ち止まると田村がドアをノックした。
「浅葱様、優様をお連れしました」
そう言ってドアを開くと優の両親が立ち上がった。
「優!」
「久しぶり」
「それではごゆっくり」
頭を下げた田村が部屋を出ると優が肩を竦めて部屋を見渡した。
「お茶のポットはあるみたいだね」
そう言ってお茶を淹れると、テーブルに三つ湯呑を並べた。
「あちらの家ではどうなの?」
「誠吾さんの家だからね。普段屋敷の指示は俺がしてるよ」
「苦労はしてない?」
「使用人はみんないい人だし、誠吾さんも仕事で忙しいみたいだけど、朝と夜の食事の時は一緒だよ」
穏やかに優が答えると両親があからさまに安堵の様子を見せた。
「まさか、こんな格の違う家に……それにあなたがΩなんて知らなくて」
「うーん、誠吾さんたちが家にくる一週間前に診断されて、その帰り道に誠吾さんに会っちゃったからね」
肩を竦め湯呑に手を伸ばすと優が一息ついた。
「それより、そっちは大丈夫?」
「ええ、まあ……我が家は庶民だから……」
「ならいいけど」
ふっと笑った優が湯呑を置いた。
「ごめんね、色々突然で」
「元々数が多くないΩがαに見初められてしまったんだ。相手が鷹臣グループなんてなったら……」
「だよね」
すっかり忘れていたが、自分はΩで、誠吾と運命の番だからだということを思い出す。
まだヒートも起こっていないことを考えると、これからのことの方が心配だろうなと息を吐いた。
「学校は?」
「そのまま通ってるよ。ちょっと周囲がうるさくなったけど、関わらないようにしてる。もしも何かあって誠吾さんの会社に迷惑をかけたらいけないからね」
「色々考えているんだな」
「まあね。損害与えて破局して借金持ちにはなりたくないし」
クスッと笑うと父親が苦笑した。
「優がそんな風に考えているとは思わなかったよ。とにかく、不自由なく生活しているなら良かった」
「とりあえず、良くしてもらってるから安心して。まあ、また明日もパーティだから頭が痛いけど」
「上流階級は大変だな」
「そうね。私たち平凡な人間は平凡にテレビ見て、お茶飲んで、そんな日曜でいいわ」
確かにそうだ。両親の言葉を聞いて、普通のありがたみをしみじみと思い知った。
談笑している間に時間になったようで、ホテルのスタッフが呼びに来たので会場となっている小さな広間に案内された。
「ようこそおいでくださいました」
先に部屋にいた誠吾の家族が立ち上がり出迎えられると両親が恐縮したように頭を下げた。
「今日はこのような場を設けていただきありがとうございます。お義父様、お義母様、こちらがうちの両親です」
代わりに優がそう挨拶をすると、誠吾の両親が頷いた。
「さあ、おかけになって」
言われるまま腰を下ろすと正面にいた誠吾が片目を閉じた。
「このたびは優さんを誠吾のパートナーにありがとうございます。一族皆が優さんが来てくださったことを喜んでいますわ」
「ありがとうございます。なにかと至らないところもあるかと思いますが、よろしくお願いします」
父親が辛うじてそう言って頭を下げると、誠吾の父が頷いた。
「先日の誠吾の誕生パーティでは、優さんが心のこもったサプライズをしてくださって、我が家の株をあげてくださったよ。本当に良く出来た方だ」
「お義父様、ありがとうございます」
料理が運ばれてきて、会食が始まる。
「それに優さんは下の者にも優しくしてくださると、使えているものたちから慕われていてね。気配りに感心しているです」
「そ、そうですか……」
引き攣った笑みを浮かべる両親に、優が代わりに口を開く。
「いえ、本当に良くしてくださるので、自分なりに気持ちを返しているつもりです。もちろん誠吾さんにもね」
そう言って誠吾に微笑みかけると、誠吾がぱっと笑顔になった。
「ああ、毎朝身だしなみを整えてくれたり、本当に良くしてもらっている。早く結婚したいと毎日思っているよ」
「そう言っていただけて嬉しいです」
にっこりと笑いながらも結婚の話を持ち出した誠吾を優が軽く睨む。
「そう言えば結婚はいつ頃になりそうなの?」
「はい。高校を出てからになります」
誠吾を遮ってそう答えると、「まあ」と誠吾の母親が声をあげた。
「じゃあ、式は少し先になりそうね」
「そうですね……でも、そろそろ受験のことを考えないといけない時期ですので」
「優さんには、是非私が運営している鶴鷹学園を受けていただきたいものだな」
「はい。今第一志望にいれて勉強しています。政財界の重鎮の方を輩出されている名門ですし、ただ入学できるだけでなくそれなりの成績を残したいと思っています」
「それは頼もしい」
楽しそうに笑う義両親に微笑みかけ、優が誠吾を見た。
「誠吾さんも応援してくれるよね」
「ああ、もちろん。優が行きたい大学に行けるように精一杯フォローするよ」
「ありがとうございます」
これで寝室に潜り込まれることはない。胸の内でガッツポーズをして優が食事を再開する。
「それで、将来的に優さんはうちの会社に来てくれるのかな?」
「それはーー」
優が何かを言おうとする前に、誠吾が口を開いた。
「実は優が提案したボーイズブランドを今度展開しようと考えていて、近々優をその会社のプロジェクトに加えようと思ってます」
「まあ、優さんてば、もうちゃんと誠吾の手伝いをしているのね」
「はいお母様。優はとても優秀なクリエイターだと思います。若い優の力を生かして、ブランド展開が成功した暁には大学に通いながらインターンとして採用する予定です」
以前誠吾に話したことを早速実行していると思わなかったし、誠吾の会社に引き入れる準備をされていると思わなかった。
家ではへらへらしているが、油断はならない相手かもしれない。そう気づいて優は気を引き締めた。
会食は順調に進みデザートが出たところで、誠吾が今朝買ったジュエリーショップの箱を取り出した。
「実は優が選んだ指輪を婚約指輪として、ここで渡したいんだ」
「ありがとうございます」
にこやかに微笑んだ優にラッピングを解いた誠吾が箱を開ける。
「優……」
手を差し出した優の指に指輪を嵌めると誠吾の母が「まあ」と声をあげた。
「優さん、センスがいいわ」
「ありがとうございます。とても気に入ったので、誠吾さんに婚約指輪はこれがいいとお願いしていたんです」
ひし形のダイヤが三連に埋め込まれたシンプルながらも豪華な指輪に優が満足そうな笑みを浮かべると、誠吾の母が頷いた。
「どんなところが気にいったの?」
「ダイヤが四角ではなく斜めにシャープに加工されていて、それだけでスタイリッシュだと感じました。洗練されていて、きちんとダイヤの存在を主張している。その計算されたデザインが素晴らしいと思います」
「優さん素晴らしいわ」
母親の心を完全につかんだ優の言葉に誠吾が感心する。
連れてきた当初こそ、Ωである優の身を守る以上の関係にはならないと告げていたのに、先日のパーティでもゲストの心をつかみ、今また母の心をつかんで、ただの伴侶としてだけでなく鷹臣家に必要な存在として認められるようにふるまっている。
優とならば、ただの夫婦としてだけでなくお互いに相談出来、高め合い、パートナーとしても良い関係が築けるような気がしていた。
「それでは、誠吾と優さんは本日をもって婚約者ということで。すでに誠吾の元でお預かりしていますが、大事にいたしますので、ご安心ください」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
優の両親が頭を下げ、会食が終わった。
両親たちを見送り広間に二人きりになると一気に緊張が解けて優が息を吐いた。
「お疲れ、両親の相手をしてくれてありがとう」
「こちらこそ。まあ、明日の前哨戦だと思えば」
肩を竦めた優に誠吾がクスッと笑った。
「優はセンスがいいな」
「なんのこと?」
「いや、指輪のこと。ちょっと尊敬した」
「まあ、以前お会いした時にお洒落な方だなと思っていたからね。デザインの勉強をする気はないけど」
そう言って笑って優が指輪を見つめる。
その横顔を見ながら、やはり好きだなと感じた。
「さて、我らが秘書様がお待ちだ。帰るか」
「うん。やることあるし」
そう笑って優が先に歩き出した。

両家挨拶を終え部屋に戻るとメイドたちが出迎えた。
「お帰りなさいませ、ご主人様、優様」
「ありがとう。明日のパーティーの準備はどう?」
「はい。滞りなく進んでおります」
「ごめんね。慌ただしくて」
笑顔で優が広間へと足を向けるとテーブルを見て回りはじめた。
急遽決まったパーティのために大急ぎで取り寄せたリネンのテーブルクロスの肌触りを確かめた優がカトラリーに目を配る。
国内のメーカーの在庫を確認して揃えたものだが、仕上がりのよい美しい曲線と銀色の光に満足し、テーブルの上の細い一輪挿しに視線を移す。
大きな花瓶ではなくあえて一輪挿しにし、その代わりすらりとした品の良いものを複数の窯元から送ってもらい、テーブルごとに違う色合いを醸し出していた。
「会場は大丈夫みたいだね」
「はい。優様のご指示どおりに」
「俺は選んだだけで、買い付けは田村さんだからね。これは頭があがらないな」
そう言って笑うとキッチンに足を向けた。
「こんにちは。明日の仕入れは大丈夫そうですか?」
優が声をかけると、シェフが笑顔で振り返った。
「はい。ご安心ください」
「当日お手伝いしてくださる人もシェフのお友達だと聞いているので、申し訳ありませんがすべてお任せしますね」
「必ず、優様のご満足いただけるものを」
「うん、楽しみにしてる」
そう言ってキッチンを出ると田村が待っていた。
「田村さんありがとう。大急ぎだったのに、完璧すぎて怖いぐらい」
「優様にお褒めいただき光栄です」
「会場の接客は明日田村さんにお任せするね」
「はい。すでに人員は確保いたしております。色々な屋敷のパーティを経験しているものだけを集めておりますので、ご心配なく」
「ありがとう。それじゃ俺は部屋に戻ってリストの人たちの顔を覚える作業に戻るよ」
「かしこまりました」
頭を下げる田村に背中を向け階段を昇ると優が部屋へと戻っていく。
「すまないが優様の部屋に紅茶を。そうだな、ハーブティーをお出しして。それと誠吾と私の方にはコーヒーを。私は誠吾の部屋にいますので」
メイドにそう言いつけると田村が誠吾の部屋へと向かい部屋のドアをノックした。
「誠吾、ちょっと小耳にいれたいことがあるんだが」
「なんだ?」
新聞に目を通していた誠吾が顔をあげた。
「城東紀子が昨日帰国した」
「なんだと」
田村の言葉に誠吾が顔色を変えた。
「嫌なことは聞きたくないが、明日来るつもりじゃないよな」
「分からん。だが父親には招待状を送っている」
「出来れば優には会わせたくないな……あの毒女」
誠吾が腕を組み考え込む。
「いっそ優様の立場を思い知らせた方が良くないか?」
「パーティー会場でもあの毒女めちゃくちゃやるのにか?」
「ああ、ドレスを引き裂いたりするあのやり口は気に入らないが、優様ならこちらの想像のつかない対応をしてくれるんじゃないか」
田村の言葉に誠吾が天井を仰ぐ。
「優が対応できずに危険が及べば、叩き出すという手を使ってもいいかもしれんな。うちを追い出されたと広まれば、またイギリスに逃げるだろう」
「なるほど。それもいいかもしれんな」
ニヤリと笑った田村に誠吾がため息をつく。
「とにかくケガだけはさせるなよ」
「分かっている」
部屋のドアがノックされ、メイドがコーヒーを持ってきた。
「優様は?」
「はい、明日の招待客のリストと顔写真を相変わらず眺めていらっしゃいます」
「そうか、ありがとう」
一礼をしたメイドが部屋を出ると田村がコーヒーに口をつけた。
「鷹臣の名を大事にするあの姿勢は頭が下がるな」
「Ωだからとものおじしないところもな」
「αが優れているなんて、ホント暴言だよ。芸術面では圧倒的にΩが優れているし、会社を経営しているΩもいる。人間、努力が価値を産むんだ」
田村の言葉に誠吾が頷く。
「そうだ。今日の会食の席で立ちあげているブランドメンバーに優を入れることを話してきたよ」
「早いな」
「企画者は元々優だからな。ブランド立ち上げの時は優を社長に据えるつもりだ」
ニヤリと笑った誠吾に田村が頷く。
「そうだな。優様にも箔は必要だ」
「ただのΩとして社交界の華にするつもりはないよ。きちんと自立してもらう」
「案外ライバルになったりしてな」
「その時は勝負するさ」
楽しそうにコーヒーを飲む誠吾に、田村も気持ちが沸き上がるのを感じていた。

パーティーの当日になり、慌ただしく使用人たちが動く中、大量の紙袋を両手にした誠吾が優の部屋を訪れた。
「今日の服を持ってきたんだ」
「一着でいいんだけど、何無駄遣いしてるの?」
「パーティーはこれからも出るんだし、持っておくのは悪いことじゃないだろ」
そう言ってベッドや床に箱を開いて出していく。
「優は色が白いし美人だから、何でも似合いそうだよね」
「これ、いい?」
黒いスーツを手にすると、黒いシャツとあわせグレーのネクタイを締める。
「もう少し華やかな方が良くないか?」
「黒づくめなんて、若いうちしか出来ないからね。なんかスーツの襟に着けるアクセサリーある?」
ツンと襟を突いた優に慌てて部屋に戻った誠吾が机にアクセサリーを広げた。
「借りていいの?」
「欲しいなら優にあげるよ」
「ううん、借りるだけでいい。これが品がいいかな?」
ブルーサファイアのブローチを嵌めた優が鏡の前に立った。
「うん、すっきり。いくら自分の婚約披露といってもあくまでもてなす側だからね。目立たないぐらいでちょうどいいよ」
「もっと目立って俺のだってしたいのに」
「そういうのは結婚してからでいいよ。まあ今日もキスぐらいなら許すけど」
「嬉しい……」
「それより、その服片付けるから、アクセサリー自分の部屋に戻してきな」
「分かった」
片づけをはじめるとドアがノックされ田村が顔を出した。
「お取込み中でしたか?」
「いいよ。何かトラブルでも?」
「いえ、すべて配置に着きましたのでご連絡を」
「ありがとう。じゃあ、そろそろお客様が来る頃かな?誠吾さんの着替をお願いしていい?」
「かしこまりました」
部屋を出て行った田村を見送って優がパンと頬を叩いた。
「嫁ぐとなった以上、とにかく今日を乗り切らなきゃ」
そう言い聞かせると鏡をみつめた。

「優、そろそろ会場に行こう」
黒のタキシードに身を包んだ誠吾が優に腕を差し出す。
「うん」
階段を降り、パーティー会場に入ると拍手が出迎えた。
「今日は私たちの婚約披露パーティーにお越しいただきありがとうございます。婚約者の優です」
軽く頭を下げ笑みを浮かべると大きな拍手が沸き上がった。
「今日はどうぞゆっくりお寛ぎください」
そう言ってマイクを置くと誠吾が挨拶に回る。
「大津留様、こんにちは」
「優さん、今日もお綺麗だ」
「ありがとうございます」
この一週間田村に用意してもらったリストと写真を記憶していた優が順調に挨拶を交わす。
美しい容貌に淡い笑みをたたえ挨拶をこなす様子に感心していると、「せーいご!」と女性の声がして腰に女性が抱き着いた。
「ひさしぶり。なに?そんな不細工と婚約なんかしたの?誠吾らしくなぁい」
甲高い甘えるような声をあげた女性を引きはがすと誠吾が女性を睨みつけた。
「相変わらず自分の不細工を棚にあげて他人を貶めるのが趣味のようだな」
「なによ。誠吾、本当は私のこと好きなくせに」
「好きになったことなんてねぇよ」
ツンと顔を背けた誠吾に優が声をかけた。
「誠吾さん、こちらのご婦人はどちらの奥様?誠吾さんの誕生日パーティーにもいらしてなかったし、お取引先のご婦人なら紹介していただきたいんだけど」
「ああこいつは……」
「城東紀子よ。まあアンタなんて、直ぐに鷹臣の家を追い出されるでしょうけど」
「JYOTO電機の城東様ですか?城東様はすでにご長男様には百合子様がいらっしゃいますし、そのお年でご結婚されていないと思いますし、実はご次男様がいらっしゃるとか?」
にこやかに優がそう言うと、紀子が真っ赤になった。
「な、なによ、私が行き遅れだと言いたいの!」
「まさか。紀子様ほどお美しい方でしたらどこかのご婦人だと思いましたので」
優が精一杯の皮肉を込めてそう言うと、ふんと紀子が鼻を鳴らした。
「私ほどの美貌は誠吾にしか似合わないから、プロポーズを待ってあげていたのよ。さあ誠吾、ここで私にプロポーズなさい」
手を差し出した紀子に誠吾が肩を竦めた。
「悪い、俺、お前みたいな不細工で性格悪い女苦手だし、優一筋だから。行こう、優。あちらに園田様がいらっしゃる」
紀子の脇を抜け誠吾と優が通り過ぎるとクスクスと言う笑いが起こり、紀子が俯いて震え出す。
「な、なによ……庶民の分際で……」
ワイングラスをつかんだ紀子が振り返り優に投げつけようとした時だった。田村がその手をつかんだ。
「申し訳ございません、今日ここに置かれたグラスは宮間グラスというすべてが一点もののグラスでございまして、優様が集めたコレクションでございます。そのようなふるまいのためにご用意したものではございません」
「な!」
「なんと、宮間グラスをこの数コレクションされているのか」
感嘆の声があちこちからあがり、紀子の手からグラスを奪った田村がにこやかに微笑む。
「なによ!みんなしてあんな庶民の肩持って!」
「紀子様、昨日の婚約を持ちまして優様は鷹臣の人間でございます。たとえ紀子様でありましても優様への暴言、鷹臣家に仕えるものとして見過ごすことは出来ません。これ以上誠吾様を怒らせたくないのであればお帰りください」
「私を追い出すの?!」
「はい。ここは誠吾様と優様を祝う会場です。場違いの貴女はご退場ください」
そう言って田村が手をあげると男がふたり紀子の脇をつかんだ。
「は、離しなさい!」
「玄関の外に」
「かしこまりました」
「ちょっと!」
喚く紀子が外に出され、後を追うように父親が出ていくとまた歓談がはじまった。
「宮間グラスを用意するとは、優さんは相当なセンスをお持ちのようだ」
「はい、カトラリーは四条の銀食器です。とても繊細な曲線で持ちやすく作られているんです」
「ほう……」
「皿は白磁の透明度では一番だと思っている天城のものを揃えてみました、いかがでしょう」
「いやいや、知らない国内メーカーだが、どれも品がいい。是非我が家も使わせてもらうよ」
「ありがとうございます」
にっこりと微笑み優が頭を下げる。
挨拶周りを終えた誠吾と優が正面に戻ると、田村がマイクを取った。
「本日はお越しいただきありがとうございました。鷹臣と婚約者がお見送りをいたします。重ねて本日はありがとうございました」
拍手が起こり、参加者がふたりの前を通り帰っていく。
全て見送ると田村がふたりに近づいた。
「ふたりともお疲れ様」
「色々助かった。それより腹が減った」
「優様が食堂に簡易食を準備してくれているから、それを食べに行こう」
メイドたちが会場の片づけをはじめる中、三人で部屋を出ると食堂に入る。そして、優の指示で置かれたおにぎりを見ると誠吾が目を輝かせた。
「うまそう」
「朝作ったものだからね」
「優が作ってくれたならなんでもいい」
「田村さんも座って、疲れたでしょう?」
「いえ、優様ほどじゃありませんよ。城東紀子への対応お見事でした」
クスクスと笑う田村と思いだしたのかニヤニヤと笑う誠吾に優が頬を膨らませた。
「あの人なんなんですか?」
「誠吾のストーカーですよ」
「うわ……」
嫌そうな顔をした優に誠吾が肩を竦める。
「どんなに付き合ってないって言っても自分のことが好きなはずだ、彼女だと付きまとわれてさ。ほんと、迷惑なんだよな」
「地雷女って感じがしたけど、何年も拗らせてるならすごいね」
「しかし、どこの奥様ですか?には笑ったな。自分で行き遅れって言ってるし」
「まあ、優様を前に自分の方が美人のような発言をしましたからね。恐らくどこの社交界でもしばらくはネタになると思いますよ。優様と比べてみろって」
「女の人に美醜で優劣つけるのは良くないよ」
優がやんわりとそう言うと、誠吾が首を横に振った。
「優を貶めるようなヤツは別にいいんだよ。あの女にいじめられるからパーティーに出ない女性も多かったんだ」
「ふぅん」
「ま、実際、優様の背中に向けてグラスを投げつけようとしていましたからね」
「そうなの?」
「ええ、やんわりお止めしましたが逆上されましたので摘まみだしました」
「次から城東社長には奥様以外の方とのご同伴はお断りしますの文がいるね」
「そうですね」
おにぎりを三人で頬張り、そんな話をしているうちに夜が更けていく。
「学校があるからそろそろ寝るよ。おふたりはごゆっくり」
「おやすみ」
「おやすみなさいませ」
優が食堂を出て行くと、誠吾と田村が顔を見合せた。
「もうすっかり馴染んだな」
「ああ、想像以上だよ。優は理想のパートナーだ」
「じゃあ、お茶会の誘いも解禁だな」
「土曜のサロンだけにしておけよ。一応うちの系列の大学を受験予定だから」
誠吾がそう言うと田村が目を丸くした。
「そこは推薦だろ?」
「いや、一般受験で上位を狙うみたいだ。昨日父さんにそう言ってた」
「確かに今も公立とはいえ進学校にいるが……」
「必要なら塾に通わせていいと思っている。元々大学卒業までこちらが学費を出すことは条件だったからな」
おにぎりが皿からなくなると誠吾が大きく伸びをした。
「今日は客室を使ってくれ。朝から悪かったな」
「いや、優様も鷹臣家の一員としてふるまってくれたからな。本当にあの方には恐れ入るよ」
「そうだな」
顔を見合わせたふたりが笑いあった。
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