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それからも、夫と愛犬の暮らしをそばで見守る日々が続いた。ベルナルドは無事に公務に復帰したようで、部屋にいる時間は格段に少なくなった。ベッドの中で小さくまるまって眠るリールと共に、毎日彼の帰りを待った。部屋から出られない以上、彼がどこで何をしているのかはちっとも分からない。生前はほとんど顔を合わせないのが当たり前だったのに、今は半日会えないだけで心が擦り切れそうになる。
「お前たちはいつもこんな気持ちで主人を待ってるのか?」
触れられない愛犬の頭を何度も撫でてやる。そうするだけで気持ちが楽になるのが不思議だった。
リールの目が、突然にパッと開かれた。勢いよく身体を起こして、部屋の入口へと駆けていく。外はとうに日が暮れていた。どうやらベルナルドが帰ってきたらしい。
じきに扉が開いて、やつれきった様子の夫が帰宅した。彼の下瞼に刻まれた隈が今朝よりも濃くなっている気がする。
「ベルナルド……」
彼は元から忙しい身だった。第三王子とはいえ、王族としてこなすべき仕事は山のようにある。休んでいた分も取り返さなくてはいけない。彼はきっと、どんなに些細な仕事でも手を抜けない性分だろう。常に肩に力を入れて、国中を走り回る姿が目に浮かんだ。
ただでさえ多忙なのに、そこに亡き妻の受けた呪いについて調べるという、無謀かつ重すぎる使命まで乗っかってしまったのだ。ベルナルドの身体は、確実に悲鳴を上げていた。
「ベルナルド、休んでくれ。少しでも多く眠るんだ」
リールを抱き上げてあやす夫に横から声をかける。聞こえないと分かっていても言わずにはいられない。愛犬をベッドに下ろし、資料が積み上げられたテーブルへと向かう彼を追いかける。
「今日はもう呪いについて調べなくていい。……いいや、もういいんだ。俺がどうして死んだかなんて、どうだっていい。誰に殺されたって関係ないんだ」
必死になって話しかけてもベルナルドは止まってくれない。国内外から集めた大量の資料に片っ端から目を通していく。
「なあ、ベルナルド、頼む。自分を大事にしてくれ」
半年が経っても妻の死を追い続ける夫の姿を、リュカはもう見たくなかった。
はじめは泣き続けるベルナルドを見て苛立っていた。それがいつしか愛おしさを感じるまでになって、彼の愛を実感する度に自分の中の気持ちも大きくなった。ずっと愛していてほしいと身勝手に願うまでになった。でも今は、忘れられる方がマシだと思う。自分の存在がベルナルドを苦しめ、追い込むのなら、もう忘れてくれていい。
この半年間、もう充分に愛を貰ったから。もういいんだよ、と彼を抱きしめ、解放してあげたかった。
夫の痛ましい姿を見ていられずに思わず目を閉じた時、リールが大きく吠えた。ハッと瞼を開く。意識を失い、倒れていくベルナルドの姿が、まるでスロモーションのようにゆっくりと、けれどはっきりリュカの目に映る。大きな体躯が鈍い音を立てて床に叩きつけられた。
「ベルナルド!」
自分よりもずっと逞しい彼の身体を必死で抱き起こそうとする。当然触れられなくて、それでも諦められずに何度も何度も手を伸ばす。駆けつけたリールが全身を使って大声で吠えた。長年を共にしたリュカですら聞いた事のないような叫びだった。
「リール、人を呼んできてくれ! 医者を、医者を呼ぶんだ!」
こんなことを言っても意味がない。分かっている。けれど、やはり叫ばずにはいられない。
この声が届かずとも、賢いリールは扉の方まで走っていく。重圧なそれを前足でひっかき続けた。悲鳴に近い遠吠えを繰り返しながら。
「誰か、誰か来てくれ……ベルナルドが、ベルナルドが……」
彼の身体を温めることすらできない無力な自分に、リュカは泣いた。自分が生きてさえいれば、今すぐに助けてやれるのに。ぼろぼろと溢れて止まらない涙が頬を滑り落ちる。それはやがて顎を伝ってリュカの身体を離れ、ぽちゃん、とベルナルドの頬を跳ねた、ように見えた。衝撃で涙が引っ込む。
ベルナルドの瞼がゆっくりと持ち上げられた。
「――リュカ?」
「お前たちはいつもこんな気持ちで主人を待ってるのか?」
触れられない愛犬の頭を何度も撫でてやる。そうするだけで気持ちが楽になるのが不思議だった。
リールの目が、突然にパッと開かれた。勢いよく身体を起こして、部屋の入口へと駆けていく。外はとうに日が暮れていた。どうやらベルナルドが帰ってきたらしい。
じきに扉が開いて、やつれきった様子の夫が帰宅した。彼の下瞼に刻まれた隈が今朝よりも濃くなっている気がする。
「ベルナルド……」
彼は元から忙しい身だった。第三王子とはいえ、王族としてこなすべき仕事は山のようにある。休んでいた分も取り返さなくてはいけない。彼はきっと、どんなに些細な仕事でも手を抜けない性分だろう。常に肩に力を入れて、国中を走り回る姿が目に浮かんだ。
ただでさえ多忙なのに、そこに亡き妻の受けた呪いについて調べるという、無謀かつ重すぎる使命まで乗っかってしまったのだ。ベルナルドの身体は、確実に悲鳴を上げていた。
「ベルナルド、休んでくれ。少しでも多く眠るんだ」
リールを抱き上げてあやす夫に横から声をかける。聞こえないと分かっていても言わずにはいられない。愛犬をベッドに下ろし、資料が積み上げられたテーブルへと向かう彼を追いかける。
「今日はもう呪いについて調べなくていい。……いいや、もういいんだ。俺がどうして死んだかなんて、どうだっていい。誰に殺されたって関係ないんだ」
必死になって話しかけてもベルナルドは止まってくれない。国内外から集めた大量の資料に片っ端から目を通していく。
「なあ、ベルナルド、頼む。自分を大事にしてくれ」
半年が経っても妻の死を追い続ける夫の姿を、リュカはもう見たくなかった。
はじめは泣き続けるベルナルドを見て苛立っていた。それがいつしか愛おしさを感じるまでになって、彼の愛を実感する度に自分の中の気持ちも大きくなった。ずっと愛していてほしいと身勝手に願うまでになった。でも今は、忘れられる方がマシだと思う。自分の存在がベルナルドを苦しめ、追い込むのなら、もう忘れてくれていい。
この半年間、もう充分に愛を貰ったから。もういいんだよ、と彼を抱きしめ、解放してあげたかった。
夫の痛ましい姿を見ていられずに思わず目を閉じた時、リールが大きく吠えた。ハッと瞼を開く。意識を失い、倒れていくベルナルドの姿が、まるでスロモーションのようにゆっくりと、けれどはっきりリュカの目に映る。大きな体躯が鈍い音を立てて床に叩きつけられた。
「ベルナルド!」
自分よりもずっと逞しい彼の身体を必死で抱き起こそうとする。当然触れられなくて、それでも諦められずに何度も何度も手を伸ばす。駆けつけたリールが全身を使って大声で吠えた。長年を共にしたリュカですら聞いた事のないような叫びだった。
「リール、人を呼んできてくれ! 医者を、医者を呼ぶんだ!」
こんなことを言っても意味がない。分かっている。けれど、やはり叫ばずにはいられない。
この声が届かずとも、賢いリールは扉の方まで走っていく。重圧なそれを前足でひっかき続けた。悲鳴に近い遠吠えを繰り返しながら。
「誰か、誰か来てくれ……ベルナルドが、ベルナルドが……」
彼の身体を温めることすらできない無力な自分に、リュカは泣いた。自分が生きてさえいれば、今すぐに助けてやれるのに。ぼろぼろと溢れて止まらない涙が頬を滑り落ちる。それはやがて顎を伝ってリュカの身体を離れ、ぽちゃん、とベルナルドの頬を跳ねた、ように見えた。衝撃で涙が引っ込む。
ベルナルドの瞼がゆっくりと持ち上げられた。
「――リュカ?」
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