5 / 20
5
しおりを挟む
それからも、夫と愛犬の暮らしをそばで見守る日々が続いた。ベルナルドは無事に公務に復帰したようで、部屋にいる時間は格段に少なくなった。ベッドの中で小さくまるまって眠るリールと共に、毎日彼の帰りを待った。部屋から出られない以上、彼がどこで何をしているのかはちっとも分からない。生前はほとんど顔を合わせないのが当たり前だったのに、今は半日会えないだけで心が擦り切れそうになる。
「お前たちはいつもこんな気持ちで主人を待ってるのか?」
触れられない愛犬の頭を何度も撫でてやる。そうするだけで気持ちが楽になるのが不思議だった。
リールの目が、突然にパッと開かれた。勢いよく身体を起こして、部屋の入口へと駆けていく。外はとうに日が暮れていた。どうやらベルナルドが帰ってきたらしい。
じきに扉が開いて、やつれきった様子の夫が帰宅した。彼の下瞼に刻まれた隈が今朝よりも濃くなっている気がする。
「ベルナルド……」
彼は元から忙しい身だった。第三王子とはいえ、王族としてこなすべき仕事は山のようにある。休んでいた分も取り返さなくてはいけない。彼はきっと、どんなに些細な仕事でも手を抜けない性分だろう。常に肩に力を入れて、国中を走り回る姿が目に浮かんだ。
ただでさえ多忙なのに、そこに亡き妻の受けた呪いについて調べるという、無謀かつ重すぎる使命まで乗っかってしまったのだ。ベルナルドの身体は、確実に悲鳴を上げていた。
「ベルナルド、休んでくれ。少しでも多く眠るんだ」
リールを抱き上げてあやす夫に横から声をかける。聞こえないと分かっていても言わずにはいられない。愛犬をベッドに下ろし、資料が積み上げられたテーブルへと向かう彼を追いかける。
「今日はもう呪いについて調べなくていい。……いいや、もういいんだ。俺がどうして死んだかなんて、どうだっていい。誰に殺されたって関係ないんだ」
必死になって話しかけてもベルナルドは止まってくれない。国内外から集めた大量の資料に片っ端から目を通していく。
「なあ、ベルナルド、頼む。自分を大事にしてくれ」
半年が経っても妻の死を追い続ける夫の姿を、リュカはもう見たくなかった。
はじめは泣き続けるベルナルドを見て苛立っていた。それがいつしか愛おしさを感じるまでになって、彼の愛を実感する度に自分の中の気持ちも大きくなった。ずっと愛していてほしいと身勝手に願うまでになった。でも今は、忘れられる方がマシだと思う。自分の存在がベルナルドを苦しめ、追い込むのなら、もう忘れてくれていい。
この半年間、もう充分に愛を貰ったから。もういいんだよ、と彼を抱きしめ、解放してあげたかった。
夫の痛ましい姿を見ていられずに思わず目を閉じた時、リールが大きく吠えた。ハッと瞼を開く。意識を失い、倒れていくベルナルドの姿が、まるでスロモーションのようにゆっくりと、けれどはっきりリュカの目に映る。大きな体躯が鈍い音を立てて床に叩きつけられた。
「ベルナルド!」
自分よりもずっと逞しい彼の身体を必死で抱き起こそうとする。当然触れられなくて、それでも諦められずに何度も何度も手を伸ばす。駆けつけたリールが全身を使って大声で吠えた。長年を共にしたリュカですら聞いた事のないような叫びだった。
「リール、人を呼んできてくれ! 医者を、医者を呼ぶんだ!」
こんなことを言っても意味がない。分かっている。けれど、やはり叫ばずにはいられない。
この声が届かずとも、賢いリールは扉の方まで走っていく。重圧なそれを前足でひっかき続けた。悲鳴に近い遠吠えを繰り返しながら。
「誰か、誰か来てくれ……ベルナルドが、ベルナルドが……」
彼の身体を温めることすらできない無力な自分に、リュカは泣いた。自分が生きてさえいれば、今すぐに助けてやれるのに。ぼろぼろと溢れて止まらない涙が頬を滑り落ちる。それはやがて顎を伝ってリュカの身体を離れ、ぽちゃん、とベルナルドの頬を跳ねた、ように見えた。衝撃で涙が引っ込む。
ベルナルドの瞼がゆっくりと持ち上げられた。
「――リュカ?」
「お前たちはいつもこんな気持ちで主人を待ってるのか?」
触れられない愛犬の頭を何度も撫でてやる。そうするだけで気持ちが楽になるのが不思議だった。
リールの目が、突然にパッと開かれた。勢いよく身体を起こして、部屋の入口へと駆けていく。外はとうに日が暮れていた。どうやらベルナルドが帰ってきたらしい。
じきに扉が開いて、やつれきった様子の夫が帰宅した。彼の下瞼に刻まれた隈が今朝よりも濃くなっている気がする。
「ベルナルド……」
彼は元から忙しい身だった。第三王子とはいえ、王族としてこなすべき仕事は山のようにある。休んでいた分も取り返さなくてはいけない。彼はきっと、どんなに些細な仕事でも手を抜けない性分だろう。常に肩に力を入れて、国中を走り回る姿が目に浮かんだ。
ただでさえ多忙なのに、そこに亡き妻の受けた呪いについて調べるという、無謀かつ重すぎる使命まで乗っかってしまったのだ。ベルナルドの身体は、確実に悲鳴を上げていた。
「ベルナルド、休んでくれ。少しでも多く眠るんだ」
リールを抱き上げてあやす夫に横から声をかける。聞こえないと分かっていても言わずにはいられない。愛犬をベッドに下ろし、資料が積み上げられたテーブルへと向かう彼を追いかける。
「今日はもう呪いについて調べなくていい。……いいや、もういいんだ。俺がどうして死んだかなんて、どうだっていい。誰に殺されたって関係ないんだ」
必死になって話しかけてもベルナルドは止まってくれない。国内外から集めた大量の資料に片っ端から目を通していく。
「なあ、ベルナルド、頼む。自分を大事にしてくれ」
半年が経っても妻の死を追い続ける夫の姿を、リュカはもう見たくなかった。
はじめは泣き続けるベルナルドを見て苛立っていた。それがいつしか愛おしさを感じるまでになって、彼の愛を実感する度に自分の中の気持ちも大きくなった。ずっと愛していてほしいと身勝手に願うまでになった。でも今は、忘れられる方がマシだと思う。自分の存在がベルナルドを苦しめ、追い込むのなら、もう忘れてくれていい。
この半年間、もう充分に愛を貰ったから。もういいんだよ、と彼を抱きしめ、解放してあげたかった。
夫の痛ましい姿を見ていられずに思わず目を閉じた時、リールが大きく吠えた。ハッと瞼を開く。意識を失い、倒れていくベルナルドの姿が、まるでスロモーションのようにゆっくりと、けれどはっきりリュカの目に映る。大きな体躯が鈍い音を立てて床に叩きつけられた。
「ベルナルド!」
自分よりもずっと逞しい彼の身体を必死で抱き起こそうとする。当然触れられなくて、それでも諦められずに何度も何度も手を伸ばす。駆けつけたリールが全身を使って大声で吠えた。長年を共にしたリュカですら聞いた事のないような叫びだった。
「リール、人を呼んできてくれ! 医者を、医者を呼ぶんだ!」
こんなことを言っても意味がない。分かっている。けれど、やはり叫ばずにはいられない。
この声が届かずとも、賢いリールは扉の方まで走っていく。重圧なそれを前足でひっかき続けた。悲鳴に近い遠吠えを繰り返しながら。
「誰か、誰か来てくれ……ベルナルドが、ベルナルドが……」
彼の身体を温めることすらできない無力な自分に、リュカは泣いた。自分が生きてさえいれば、今すぐに助けてやれるのに。ぼろぼろと溢れて止まらない涙が頬を滑り落ちる。それはやがて顎を伝ってリュカの身体を離れ、ぽちゃん、とベルナルドの頬を跳ねた、ように見えた。衝撃で涙が引っ込む。
ベルナルドの瞼がゆっくりと持ち上げられた。
「――リュカ?」
8
あなたにおすすめの小説
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
国民的アイドルの元ライバルが、俺の底辺配信をなぜか認知している
逢 舞夏
BL
「高校に行っても、お前には負けないからな!」
「……もう、俺を追いかけるな」
中三の卒業式。幼馴染であり、唯一無二のライバルだった蓮田深月(はすだ みつき)にそう突き放されたあの日から、俺の時間は止まったままだ。
あれから15年。深月は国民的アイドルグループのセンターとして芸能界の頂点に立ち、俺、梅本陸(うめもと りく)は、アパートでコンビニのサラミを齧る、しがない30歳の社畜になった。
誰にも祝われない30歳の誕生日。孤独と酒に酔った勢いで、俺は『おでん』という名の猫耳アバターを被り、VTuberとして配信を始めた。
どうせ誰も来ない。チラ裏の愚痴配信だ。
そう思っていた俺の画面を、見たことのない金額の赤スパ(投げ銭)が埋め尽くした。
『K:¥50,000 誕生日おめでとう。いい声だ、もっと話して』
『K』と名乗る謎の太客。
【執着強めの国民的アイドル】×【酒飲みツンデレおじさんV】
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
婚活アプリのテスト版に登録させられたら何故か自社の社長としかマッチング出来ないのですが?
こたま
BL
オメガ男子の小島史(ふみ)は、ネットを中心に展開している中小広告代理店の経理部に勤めている。会社が国の補助金が入る婚活アプリ開発に関わる事になった。テスト版には、自社の未婚で番のいないアルファとオメガはもちろん未婚のベータも必ず登録して動作確認をするようにと業務命令が下された。史が仕方なく登録すると社長の辰巳皇成(こうせい)からマッチング希望が…
竜神様の番
田舎
BL
いつかX内で呟いた、
『えーん、えーん…💦
竜人の攻めが長いこと探してた番の人間くんを探して(半強制的)に結婚したのに、ツンデレどころかクーデレが過ぎてたせいで、ある日人間くんが「離縁します」と置き手紙残して失踪…!
後悔とブチギレしてる話がなきゃ掃除と洗濯できない😭😭』
という自分の愚痴から始まったツイノベもどきを、再構成と校正しました。
「番」とは何かも知らされず、
選択肢すら与えられなかった人間リオと、
大切にしている“つもり”だった竜人のナガレ。
ちゃんとハッピーエンドです。
妹の代わりにシロクマ獣人と真っ白婚!?
虎ノ威きよひ
BL
結婚相手が想像以上にシロクマでした!!
小国の王子ルカは、妹の代わりに政略結婚することになってしまった。
結婚の相手は、軍事大国の皇子のクマ獣人!
どんな相手だろうと必ず良い関係を築き、諸外国に狙われやすい祖国を守ってもらう。
強い決意を胸に国を渡ったルカだったが、城の前にデンッと居たのは巨大なシロクマだった。
シロクマ獣人とは聞いていたが、初対面で獣化してるなんてことがあるのか!
さすがに怯んでしまったルカに対してシロクマは紳士的な態度で、
「結婚相手のグンナルだ」
と名乗る。
人の姿でいることが少ないグンナルに混乱するルカだったが、どうやらグンナルにも事情があるようで……。
諸事情で頻繁にシロクマになってしまう寡黙な美形攻め×天真爛漫でとにかく明るい受け
2人がドタバタしながら、白い結婚から抜け出す物語
※人の姿になったりシロクマ姿になったりする、変身タイプの獣人です。
※Rシーンの攻めは人間です。
※挿入無し→⭐︎ 挿入有り→★
※初日4話更新、以降は2話更新
偽りの聖者と泥の国
篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」
自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。
しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。
壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。
二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。
裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。
これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。
-----------------------------------------
『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ
この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。
本編に救いはありません。
セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。
本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。
第八皇子は人質王子を幸福にしたい
アオウミガメ
BL
属国から皇国へ送られてきたのは、留学とは名目ばかりの人質王子。――祖国を離れ、いつ命を奪われても仕方のない国で、王子ははじめて安堵する。
不遇の人質王子が、愛され愛を知り、幸福な日々を送る物語。
注意:
・性表現のある場合は、※をつけます。苦手な方はご注意ください。
・基本※部分は読まなくても支障はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる