死に戻りの王子妃は今度こそ溺愛を逃さない

海辺ユジン

文字の大きさ
6 / 20

6

しおりを挟む
 彼の目は、確かにリュカを捉えていた。驚いて、すぐには返事ができない。

「そこにいるのか、リュカ……」

 唇が小刻みに震え、喉の奥がきゅうと締まった。

「ああ、いる。ずっと、ずっとそばにいた……」
「ずっと? それは少し照れくさいな……」

 制御する間もないまま、再び涙が溢れ出していた。泣きじゃくるリュカの姿に、ベルナルドは驚いた顔をする。

「君もそんなふうに泣いたりするのだな」
「お前が死にかけてるからだろうがっ……」

 必死に抗議しているのに彼は驚きつつも嬉しそうな表情をしていて、腹立たしいのに愛おしい。

「君が僕のために泣いてくれるとは思わなかった。……もっと早く、言葉を交わすべきだった」
「……っ、こっちのセリフだ、馬鹿!」

 ベルナルドの骨ばった手がリュカの頬へと伸ばされる。かさついた指先が繰り返し撫でてくれた。

(こんなに優しく触れられるのは……生まれて初めてだ)

 彼の手に自分のそれを重ねると、これが二人の正しい在り方だと確信を持てた。

 ワン、と弱々しい鳴き声がした。ベルナルドと二人でそちらに視線を向けると、潤んだ目が縋るようにこちらを見ていた。リールにも見えているのだ。やっと、本当に再会できたのだ。


「おいで、リール」

 抱きかかえていたベルナルドの上体を膝の上に乗せると、愛犬に向けて両手を広げた。愛おしさの塊が一目散に駆け寄ってくる。胸の中に飛び込んできたそれをベルナルドと共にたくさん撫で回した。こんなにも幸福な時間は、今までなかった。きっとこれが最後になるであろうことは、リールにすら伝わっているようだった。

「……リュカ」

 二人と一匹で抱き合いながら、囁くように言葉を交わす。

「僕もそろそろ、だめみたいだ」

 ベルナルドの身体はもうほとんど体温を持たなかった。死んでしまうのだ、彼もここで。リュカのために無理をしたせいで。自分はそんなこと、ちっとも望んでいなかったのに。

「……許さない。お前が死んだら、誰がリールの面倒を見るんだ」
「あの侍女がきっと大事にしてくれる。リールはあの子にとっても懐いているんだ」
「……ダメだ。俺とお前の家族を他の誰かが愛すなんて、俺は認めない」

 ははっ、とベルナルドが笑い声を上げる。

「死んだら、また共に過ごせるだろうか」
「……さあな。死後の世界なんて誰も知らない。俺がこうしてここにいるのも……全く意味が分からない」
「……それもそうだ。あの世で一緒に暮らせたらいいが……もしも叶うのなら、この世界で、もう一度君と出会いたい。今度こそ君と、きちんと愛し合いたいんだ」

 ずっと聞きたかったセリフだった。ずっと望んでいた言葉だった。だけど今は、喜びよりも痛みの方がずっと大きい。

 ベルナルドが自嘲気味に笑みをこぼす。

「今際の際にしか素直になれないのだから、自分で呆れる……」
「本当だよ、お前はとんだ天邪鬼だ。こんなお前を愛せるのは俺くらいのもんだよ……」
「ああそうかもしれない。君から愛してもらえれば、僕はそれだけで良かった」

 生きているあいだは、けっして見られなかった微笑みが自分に向けられている。自分にだけ見せてくれる特別な表情。愛おしくて、哀しくて、綯い交ぜになった感情のままに彼に口付けた。接吻ですら、これが初めてだ。柔らかな唇の感触が、リュカの全てを満たしてくれる。

「愛している、ベルナルド。死してもなお、お前だけを愛し続ける……」

 ゆっくりと離れた唇からこぼれたのは、リュカの気持ち全てだった。

「ああ、僕も愛している。僕のリュカ……僕のオメガ」

 誰よりも大切な人が同じだけの気持ちを返してくれる。これ以上ない幸福の中で目を閉じた。再び目を開けた時、愛する人は事切れていて、リュカと同じようにその魂だけが現れることはなかった。

 細い一筋の涙が頬を伝っていく。

 できることなら、君と――もう一度人生をやり直したい。

 そう願った刹那、強い光に包まれ、リュカは意識を手放した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

拝啓、親愛なる王子、魔族に求婚されて元従者は花嫁と相成りそうです

石月煤子
BL
「――迎えにきたぞ、ロザ――」 とある国の王子に仕える従者のロザ。 過保護な余り、単独必須の武者修行へ赴く王子をこっそり尾行し、魔獣が巣食う「暁の森」へとやってきた。 そこでロザは出会う。 ウルヴァスという名の不敵な魔族に。 「俺の花嫁に相応しい」 (は? 今、何て言った?) ■表紙イラスト(フリー素材)はお借りしています■

病み墜ちした騎士を救う方法

無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。 死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。 死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。 どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……? ※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

お互い嫌っていると思っていたのは俺だけだったらしい【完】

おはぎ
BL
お互い嫌っていて、会えば憎まれ口を叩くわ喧嘩するわで犬猿の仲のルイスとディラン。そんな中、一緒に潜入捜査をすることになり……。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

処理中です...