美食耽溺人生快楽

如月緋衣名

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悪鬼羅刹

悪鬼羅刹 第三話

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 京條さんが迎えに来るまでの間、ずっとオグロは俺の膝で目を閉じていた。
 そしてオグロが俺に手を出すことは無いままで、結局何もないままで会員制のバーを後にする。
 
 
「………オグロ勿体ない事したなぁ!!ゼノちゃん抱いてないなんてさぁ!!」
 
 
 京條さんはご機嫌にフェラーリのハンドルを回し、楽しそうに笑っている。
 別に京條さんに俺がオグロと何をしたのかなんて話はしてはいないのに、匂いだけで見抜いてくるのは流石である。
 
 
 けれど今、俺はとても機嫌が悪かった。
 
 
「………京條さん、俺流石に今日のは辛かった」
 
 
 正直な気持ちを吐露すれば、京條さんが満足気に笑う。そして俺はそんな京條さんの表情を見ながら、ほんの少しだけ腹立たしい気持ちになるのだ。
 ケーキの密売ショーも京條さんの手掛ける仕事の一つだろう。ケーキ絡まりの如何わしい仕事には、必ずといっていい程に京條漣の名前がある。
 色々なおかしな人間とは昔から対峙してきたつもりではあったが、あんなことは流石に初めてだ。
 
 
 俺と同じケーキが殺される瞬間なんて、流石の俺も本当に初めて見た。
 あの時オグロがもし俺の身体を求めてきたとしても、正直まともに対応できたのかどうかは解らない。
 それ位に俺は、恐怖に竦んでいた。
 
 
「パティスリーショップもそうなんだけどね、ケーキの肉の密売もこの世界では必要悪だと俺は思ってるよ」
 
 
 京條さんがそう言って、パティスリーショップの前に車を付ける。そして俺に自棄に分厚い茶封筒を手渡してから微笑んだ。
 俺の身体を引き寄せて、とても優しいキスをした。
 必要悪。この世界においては正直、俺の立ち位置もそれにきっと値する。
 
 
「…………でもごめんね、今日はゼノちゃん怖かっただろ?ちゃんと色付けといたから、好きな服でも買って?」
 
 
 京條さんが自分からごめんと言い出すことは、正直とても珍しい。
 そして俺は京條さん独特の甘いマスクにほだされて、仕方なく深くため息を吐いた。
 
 
「怖かったけどもういいです。もう一回キスしましょ」
 
 
 そう言って可愛らしく強請って見せれば、京條さんが笑い俺に舌を絡める。そしてキスの合間に京條さんは囁いた。
 
 
「ゼノちゃんのそういうとこ、俺ホント大好き………また遊んでね?」
「………ええ、お待ちしてます」
 
 
 京條さんの車から降りた瞬間に、店の前に立っていたボディーガードの男たちが俺に歩み寄る。振り返れば、京條さんが車の中から俺に向かって手を振った。
 毒々しい程の真っ赤なフェラーリを見送ってから、俺はパティスリーショップの中に入る。
 24時間俺を貸し切りの特別プレイコースは、やっとこれで終わった。
 
 
***
 
 
「色付けとく、の色が50万円か…………」
 
 
 想像を絶するほどに額が増えた貯金通帳を見ながら、俺はぼんやり嘆く。
 纏まったお金が手の中に入った瞬間に、正直怒りが収まる自分はとても現金な性格をしていると思う。
 そして見慣れた赤い壁の部屋にあるベッドの上で、俺は手足を投げ出して伸びをした。
 
 
 薄いクリーム色の高級感溢れるホテルの一室も素敵ではあったが、やはり真っ赤なプレイルームの壁が落ち着く。
 それにしても今、身体がとても辛い。
 京條さんとのプレイの後は、三日は疲労感が続く。それだけ激しく京條さんは俺を抱くのだ。
 特に身体が辛いのは、疲労感が残ったままで二本目を終わらせた今である。
 
 
 京條さんに抱かれた後暫くは、身体が馬鹿みたいに敏感になってしまう。沢山イくのは良い事なのだが、イクのにもそれなりの体力は使う。
 時間を気にせずに泥の様に眠りたい。そう思った瞬間、けたたましく部屋の電話が鳴り響いた。
 
 
 怠い体を引きずりながら、電話の受話器に手をかける。そして渾身の力を振り絞り受話器を手にした。
 
 
『ゼノ、新規の客だ。今から四時間頼む』
 
 
 四時間。この体力が限界値に達している状態の四時間は、正直身体がもつのかが心配だ。
 
 
「…あ、はい………」
 
 
 思わず雑な返事を返してから、電話を切る。そしてけだるい体を引きずってから、必要最低限の身支度を始めた。
 ドアのノックの音が響いて、俺は頭を切り替える。そしてこちらからドアを開いた。
 
 
「こんにちはー、初めましてー!!」
 
 
 愛想よく何時もよりワントーン高い声色でドアを開けば、黒いマスクを身に着けた男が立っている。
 男は紺色のチェックのスーツを着ていて、長い髪を後ろで束ねていた。
 その男が俺の目を見た瞬間に、俺は思わず息を呑む。
 
 
 オグロだ。この男は間違いなくオグロだ。
 
 
 俺が言葉を失った瞬間に、オグロはプレイルームの中に入ってくる。そして後ろ手で、ゆっくりとドアを閉めた。
 脳裏に浮かんで消えてゆく、チェーンソーでケーキの少女の首を跳ねるオグロの姿。蘇るあの時の恐怖心。
 するとオグロが静かにこういった。
 
 
「………俺が怖いか?」
 
 
 出された質問に対して出せる、最適な答えが見つからない。質問に答えられないままで、懸命に俺が出した言葉はたった一つだけだった。
 
 
「………何しにきたの?」
 
 
 オグロはケーキを殺したところを見たケーキの俺を、殺しに来たのではないだろうか。
 そう思い身を強張らせれば、オグロは不思議そうな表情を浮かべて首を傾げる。
 
 
「…………会いに来た。お前に」
 
 
 迷いなく投げつけられた言葉に、ほんの少しだけ怯む。するとオグロは俺の頭を撫でた。
 優しい手つきなのに、やはり緊張を解くことが出来ない。けれど意を決して、俺はオグロの手を引いた。
 
 
「そう。じゃあシャワー浴びよう。………あんたも俺を抱きに来たんだよな?」
 
 
 そう言って作り笑いを浮かべて見せれば、オグロの目は少し困ったような表情を浮かべる。
 そしてオグロの付けている黒いマスクが動いた。
 
 
「…………シャワーはいい。ただ昨日みたいにしてほしい」
 
 
 オグロはそういって、俺の身体を抱き寄せる。そしてオグロは俺の匂いを嗅いでから、甘えるように囁いた。
 
 
「何もしないでいい……昨日みたいに寄り添ってくれ………」
 
 
 オグロはそういってから、俺の身体を抱えるようにして持ち上げる。そしてベッドの上に俺を降ろした。
 オグロは髪を纏めているゴムを取り、マスクを外してスーツのジャケットを脱ぐ。
 ベッドの上に座った俺の膝を枕にして、オグロはベッドの上に寝そべる。そしてベッドの下に脱いだジャケットを放り投げた。
 
 
 俺の身体に抱きしめるように腕を回して、小さく寝息を立て始める。
 オグロが眠る迄の時間は、本当に一瞬だった。
 
 
「え………は?………お前寝んの??」
 
 
 パティスリーショップにまできて、フォークがケーキをわざわざ買っておきながら寝る。
 思わず声に出してしまうくらいに驚いたけれど、オグロからは何の返事も返ってこない。
 だから俺は仕方なくため息を吐いて、眠るオグロの頭を撫でる。
 さらさらさらさら指を通る艶々した髪の色は、脱色をしているのか色が薄い。
 金色に限りなく近い髪の色はとても綺麗で、思わず見とれてしまう。
 穏やかに寝息を立てるオグロはとても幸せそうで、さっきまで怯えていた自分が馬鹿みたいに感じられる。
 そして俺も眠るオグロを見ていたら、だんだん眠くなってきてしまった。
 
 
 ケーキを殺しているような男の脇で眠くなるなんて、正直警戒心に欠けているのは解っている。
 けれど俺は京條さんとのプレイの疲労もあり、なんだかとても眠たくなってしまっていた。
 
 
 寝惚け眼を擦って目を開けば、視界に入った真っ赤な天井が、俺が眠っていたことを教えてくれる。
 その隣ではオグロが、俺を抱きしめながら眠っていた。
 眠るオグロに手を伸ばし頬にある傷を撫でる。するとオグロは擽ったそうに笑いながら、健やかな寝息を立てていた。 
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