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 死んだ。死んだはずだった。
 だが、俺は――山崎裕真ゆうまは生きていた。
 ただし、高校時代にまで遡って。
 しかも何という皮肉だろうか。まさかこの瞬間とは。
 高校二年の春。放課後、オレンジ色に染まる教室で、俺は妻に告白した。
 今がまさにその瞬間だった。
 目の前には妻が――いや、この時はまだ、ただのクラスメイトでしかなかった彼女がいる。
 茅山かやま愛実めぐみ
 肩の辺りまで伸ばした黒髪に、少しだけ垂れた感じの大きな瞳。
 ぷっくりとした唇が自分では嫌いだと言っていたが、俺はかわいらしくて好きだった。
 覚えている。忘れたことなど、一度もない。
 この日、俺は彼女に告白した。
 彼女はかわいくて、クラスメイトには彼女のことが好きだという男子がかなりいた。
 だからこの後、俺はクラスメイトにやっかまれながらも、しあわせな高校時代を過ごすことになる。
 大学受験はお互いに励まし合い、大学の合格発表の日、俺たちは初めて結ばれた。
 そしてその四年後。
 大学卒業を機に結婚。
 お互いに仕事で忙しい日々を過ごすが、その分、休日は一緒に過ごし、愛を育んできた。
 そう思っていた。
 実際、仕事が落ち着いたら子どもが欲しい、マイホームが欲しい、そんな話もしていた。
 彼女のことが大好きだった。本当に、心のそこから愛していた。
 けど、そう思っていたのは俺だけだった。
 俺の体感としてはついさっき、俺はそれを知ってしまった。
 彼女には俺の他に好きな人がいた。
 ……いや、違う。
 そいつこそ、彼女が本当に愛している人物だったのだ。
 彼女には幼馴染みがいた。結婚式にも出席してもらった。
 電話の内容から考えると、そいつが彼女の本命で間違いない。
「ねえ、山崎くん」
 彼女が不安そうに呼びかける。
 話がある。そう言って呼び出したのは他でもない俺だ。
 それなのに黙り込んでいたら不安に思ってしまうのも仕方がない。
 告白するために呼び出したことは、おそらく彼女も薄々は察しているはずだ。
 今から一年前だった。桜舞う高校一年の春、俺は彼女と出会った。
 一緒のクラス、隣の席。
 最初は「おはよう」と声をかけるだけだったのに、俺の寝癖がすごいことを彼女が指摘してくれたことをきっかけに何気ないことも話すようになって、彼女のことを意識するようになっていった。
 卵焼きはしょっぱいのが好きで。目玉焼きにかけるのはケチャップで。授業中、問題が難しいと唇をむぎゅっと突き出して。恥ずかしがると両手を突き出してわちゃわちゃさせて。
 気がつけば、彼女のすべてをかわいく、愛おしいと思うようになっていた。
 それでも告白しようとまでは思っていなかった。俺の主観だけでなく、彼女がすごくかわいくて、人気者だったから。
 俺なんかと、俺みたいな地味な男とは釣り合わないと、そう思っていたから。
 けど、二年生になっても、俺は彼女と同じクラスになった。
 しかもまた、隣の席。
 運命を感じてしまったのは仕方ないことだと思う。
 俺はこうして彼女を呼び出した。すべては告白するために。
 思えば俺自身、彼女への好意を隠し切れていなかったと思う。
 彼女と目が合うだけで顔を赤くしていたし、話す時は声が弾んでいた。
 だからきっと、彼女は俺の好意に気づいていたはずだ。
 それでも俺の呼び出しに応じてくれたのは、彼女も俺のことを憎からず思ってくれているからに違いない。
 だからあとは俺が告白するだけ。
 そうすれば彼女と晴れて両想いになって、しあわせな未来を過ごすことができる――そんなふうに、この時の俺は思っていた。
 思っていたけど、未来からこの時に戻ってきた俺は違う。そんなふうに思うことはできない。
 彼女には俺じゃない、本当に愛している相手がいることを知ってしまったから。
「……ごめん。呼び出したのは俺なのに、ちょっと体調が悪くなって」
「え? 大丈夫!? 家まで送るよ」
「大丈夫だから。本当にごめん」
 本気で心配してくれている彼女に手を振り、俺は教室を出た。
 告白したくない。あのままふたりきりというのも嫌だ。
 そう思うのも本当だ。
 けど、体調が悪くなったというのも嘘じゃなかった。
 気持ちが悪い。頭がガンガンする。
 何でこの時に戻ってきたのだろう。
 どうして俺はあの時死ななかったのだろう。
 あの時死んでいれば。
 そうすればこんな苦しい思いをしなくて済んだのに。
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